彼は、策士 ルッチとスペッキオの噂は当然、昨日のうちにCP9全員の耳にも届いている。居場所のつかみにくいスペッキオはともかく、ルッチへ直撃していくチャンスならあるはずだというのに、命が惜しいが為に誰もがその話題に触れられずにいた。
────この男をのぞいては。
「どういう事だゴラァ!」
司令長官室にひびく怒号。
スパンダムに呼び出されたルッチは、背筋をのばして後ろ手を組み、肩にハットリをのせ、眉ひとつうごかすことなく執務机の前に立っていた。対照的に、血管を浮き上がらせているスパンダムには怒気と共に動揺した気配がある。
「おおおお前、男が好きだったのか!?いや女の話も前に……──どっちもか!?」
「噂は聞き及んでおります。長官とスペッキオが破局、新たな恋人に自分の名が挙げられたとか……」
「冷静過ぎねェかおい!?お前のことだデマなら即くだらねェって鼻で笑うなり呆れるなり……ま、まさか、事実か!?そうなのかッ?!キスまでしたのかコラてめなんとか言えェ!!」
「……長官は、何に怒っておられるのですか?」
「誰が怒ってるってんだ!!!」
ダァン!と勢いよく叩かれたデスクの振動により、コーヒーカップがスパンダムの腕にひっくり返る。「あちィ!──ああっ!さっき書き上げた書類が!」ひとり慌ただしそうにしていた。
そんな光景をすこし遠くの入り口から見守っているCPメンバーたち6名。
「……あのスパンダムに上手く聞き出せんのかァ?」
「心配ならジャブラもあそこに参加してくるといいぞ」
「誰が行くか!」
「しっ!黙って二人とも!」
入り口からは不安の声が相次いでいる。
そんな多くの期待を背負っているとも知らず、スパンダムはコーヒーを粗方拭き取ると姿勢を正し、コホンと咳払いをしてみせた。仕切り直しだ。
「あー、なんつーか……こう……職場全体が変な空気になるだろ?いやもうすでになってる、わかんだろ。仕事に支障はねェと思うが、立場上、真偽くらいは確かめておかねェとな」
「真偽──ですか」
意味ありげに呟くルッチ。そのまま視線をはずし、否定を返してこなかった。スパンダムは次第に空気に呑まれ、口をへの字に曲げてルッチを凝視しはじめる。
「──スパンダムはともかく、どうしたら化け猫とバカの召使いにあんな噂が立つんだ?大した接点もねェだろ……」
「二人には過去に因縁があるんじゃろ?」
「此処へ来てからは二人が話している姿すら見たことがないわ」
「同じ場にいることも稀だったろう」
「因縁の深さはァ〜〜、あ相ォ〜当ォ〜だぜェ〜〜!?よよいよい!」
「………………」
フクロウはチャックを閉じ、一番うしろから皆を見守っていた。発信源であるとは知られていない様子である。
そろそろルッチの流す沈黙に堪えきれなくなってきたスパンダムは、「おい……おいおいおい、妙な沈黙すんじゃねェよ……!」と怯えだしてしまった。それを見て、ようやくルッチが口をひらく。
「────長官は、スペッキオと婚姻関係にあられたのですか?」
「……………………ハァ!?」
意表をつく問いかけに、スパンダムは顔が青くなったり赤くなったり、百面相で忙しそうである。
「んなわけねーだろ!」
「では恋人?」
「ちげーよ!」
「しかし、噂では『破局』したと」
「ンなもんっ……」
「「……………………」」
スパンダムの勢いが沈静化した。途切れた先の言葉こそ、この問答の答えになる気がしたからである。噂でスパンダムとスペッキオが夫婦の様にいわれているのは嘘っぱち、せいぜい比喩的なものに過ぎず、「実家へ帰ります」発言にしたってスペッキオの冗談でしかない。恋仲といった事実は、一欠片も────。
ルッチと目を合わせたスパンダムは、部下の鋭い目に『判断材料をもつ当人でありながら振り回されるとは……』と批難されている気分になった。
「用件は以上でしょうか?」
上司の返事も待たず、踵をかえすルッチ。手をのばして何かを言おうとするスパンダムだったが、結局言葉が出てくることはなく、歯を食いしばって見送っていた。
「なんだ、やっぱ違うんじゃねェか」
「いちばん騒いでたのはあなたじゃない?ジャブラ」
「ジャブラだな」
「ジャブラに〜違ェねェ〜〜!」
「うるせェ!」
否定もしとらんがのう、というカクの呟きは賑やかさの中に紛れていく。
ルッチとハットリが入口の方へとやって来た。全員、覗きスタイルを解いて自然な立ち姿で輪をつくる。そうして実動部隊のリーダーを迎えた。
そのときちょうどチャックを開き終えたフクロウだったが、ルッチの一睨みにより、ジ、ジ、ジ、とおとなしくもどしていくのであった。
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「────おかしいな」
屋外の原っぱ、ファンクフリードの背中に寝そべって。スペッキオは衛兵たちが自分を見ながらしゃべっていたであろう噂話を思い返していた。
「なんで僕までロブ・ルッチを好きだという話になってるんだい?あっちの一方的なものなのに?ハァ?おかしい、全くおかしい──実に不快だ、不愉快だ、不本意だ」
策の失敗に憤慨していた。
ちなみに。このあと部屋へ戻ったスペッキオは、鉄板を破壊し再び侵入を果たしていたルッチと遭遇。次はセメントで埋め立て爆弾でも仕込んでおこう、とさらなる苛立ちを募らせるのであった。
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