彼は、毒舌


外にいると滝の音がよく聞こえる。不夜島の下にぽっかりとあいた底なし穴へ落ちていく滝だ────。
司法の塔をでて通用口をおりていくと、背のひくい草っぱらがある。スペッキオは世話係として、スパンダムの愛象・ファンクフリードを散歩兼夕飯の為に連れ出していた。草を食むファンクフリードの背中に寝そべりながら、日光浴を楽しむ。そんなとき、滝の音にまじって、誰かが近づいてくる足音が聴こえてきた。身長、体重、歩き方の癖。総合してかんたんに一人の像に結びつき、スペッキオは日光浴の続行を決める。

「──気づいてるな」

傍で止まった足音の主は、確信を込めた静かな声でスペッキオに話しかけてきた。静かなくせに、耳に射込む様にはいってくる声だ。

「……そこにいるのは誰?僕に話しかけてる?」
「白々しい」

おどけた調子とも、かるい普段どおりの調子とも取れる声に、疑いなく前者だと受け取って、ロブ・ルッチが吐き捨てる。スペッキオは唇をそりかえす様にニッと笑った。

「はじめまして。────『ロブ・ルッチ』」
「……!」

上体を起こし、ルッチがいるであろう方角を見下ろすスペッキオ。ルッチが名前に反応したのを感じ取り、アイマスクの上から指をやさしく這わせてみせた。

「さすがにおぼえてるよ。これは、君からのプレゼントだ」
「…………」
「────こうなったお陰で、スパンダムが僕にとても優しくなった」

肌を突き刺す刃物の様な視線、その鋭利さが増していく。当然だろう、とスペッキオは他人事の様に視線を受け流した。────ルッチが『望むもの』はもう二度と手に入らない。だから彼はやり場のない怒りを滾らせてしまうのだと、スペッキオは知っている。



────ウォーターセブンにて、古代兵器の設計図を奪う為に罠にはめた者達から、鼻をへし折られるなどの大変な逆襲に遭ってしまったスパンダムは、治療の為にしばらくの入院を余儀なくされた。その間、CP5主官代理を務めることになったスペッキオ。CP9との合同任務にあたったのは、そんなときだった。

「おや、CP9の方。どうされました?」

主力であるCP9が合流した夜、二十歳そこそこの青年がスペッキオの滞在している部屋へと訪れた。そこは壁紙のシミや角に砂ぼこりがたまっているのが目立つ安ホテルの狭い一室だった。隣室には、今回のターゲットである革命軍の張り込みをしている部下達がいる。ひとまず青年を中へ通したスペッキオは、水をコップに注ぎながら、用件が切り出されるのを待った。体を突き通すほどの鋭い視線については、気づかぬふりをして。

「……グアンハオで、特別講師をしていたな」
「!」

てっきり任務に関する話だと思っていたものだから、予想外の話題にスペッキオの反応は遅れる。といっても振られて困る様な話でもなかったので、「よくご存知で」と応えながら水を差し出した。あれは何年前の出来事だっただろうか。コップの底をテーブルに着かせながら、記憶を掘り起こそうとする。

「……ロブ・ルッチだ」

目の前の青年がぼそりと何かを口にした。掘り起こす作業は中断。

「おれの名は、ロブ・ルッチだ」

二回目にして、彼の名前なのだと理解する。まっすぐ向けられた眼光は獲物を前にした獣のごとく。スペッキオは、この青年には自分に訴えたい何かがあるのだと察した。しかもそれは、名前を言えばわかるだろうと思う様な接点のある知り合いなのだろうと。……ただ、残念ながら。

「すみません、人の顔と名前を覚えるのは苦手で……いえ、仕事で覚えたターゲットの顔は忘れないんですが」

人には得手不得手がある。スペッキオの頭の中は、留め置く必要がなくなったと判断された情報から自動でシュレッダーにかけられていく構造になっていた。これがきっと、『地雷』を踏んでしまった瞬間なのだろう。このあと一旦電伝虫が鳴り、スペッキオは青年に断りを述べたのち、これに応答した。退院間近のスパンダムからだった。しかし通信は途中で青年によって切られ、


「────屋上に出ろ」


怒気を纏う彼に、いきなり宣戦布告を受けてしまったのである。

「勝負だ。お前を殺す」
「……ノーと言ったら?」
「勝負を受けさせるまでだ」

パリン、と窓を割り、スペッキオは建物と建物のすきまを月歩で駆け上がっていった。あとを追うもう一つの影。
二人は屋上に降り立った。凹凸のまばらな煙突や、あちこちに張り巡らされたパイプでごちゃついた寂しい場所。スペッキオが不本意ながらも此処へ来たのは、頭の片隅に任務のことがあり、人目を避けた結果だった。窓が割れるくらいであれば、付近の治安を考えてもそう大した問題にはならないだろう。

「理由を訊いても?」
「人の骨をさんざん折っておいて忘れるとは、いい度胸だな」

ここでようやく、スペッキオは細切れになっていた記憶を繋ぎあわせることに成功した。あの目つきのわるさ。重なる一人の人物。上からの通達で構い倒すことになった、天才少年────。

「あのときの!」

ここで言葉を止めておけばよかったのに、スペッキオには余計な一言を発してしまうきらいがあり、

「えーと……そう、『ブチくん』だ」

火に油を注ぐという意味で、効果覿面だった。説得するひまもなく戦闘が開始されてしまったのである。記憶にある少年とはケタ違いのスピード、切れ、威力をもった六式の数々。

「どうすればおれの名が、その頭に刻まれる?」

青年の体がめきめきと形を変えていった。月光に縁取られたおおきな体躯は、彼が悪魔の実の能力者であることを明示してくれる。

「あー……その爪で直接刻むとか?って自分で言っててこわい」

人獣化されたことにより、紙一重で避けても風圧だけで服が裂ける様になってしまった。最悪、任務を放棄してこの街から逃亡する手しかないなと策を練っていたところで、人獣の口から聞き逃せない一言が発される。


「スパンダム≠ニいう男を殺せば、お前の怒りを誘えるか?」


────逃げまわるだけだった足が止まった。警戒してか、人獣も距離のあいた位置で止まってくれる。
スペッキオの頭の回路がいままでにない速度で作動した。一本の道をさがして意識を超えた無意識のうちに望む答えを見つけ出す。事前に調べた情報にせよ、さきほどの電伝虫のやりとりから察したにせよ、その分析力や攻撃から伝わってくる本気加減から、ほんとうにスパンダムの息の根は止められかねないと判断した。

「……そこまでお望みなら、僭越ながらお相手しようか。命を落とすことになっても構わないね?」

そこで初めて、スペッキオは青年の笑う顔を見た気がする。とても可愛いといえる様な笑みではなかったけれど。
────剃をつかった残像の化かし合いがつづいた。時に鉄塊で防御するも、攻撃の元の力量がおおきければ無効化はできない。スペッキオは仕方なく、避けきれないときにのみ鉄塊をつかっていた。
人獣の彼は冷静に、けれど愉しそうに襲いかかってくる。興にのってきているな、とスペッキオは思った。そうして何回目かの背後をとる。反応速度の上がってきている人獣が眼を爛々とさせてふりむき、体のひねりを利用して攻撃を繰り出そうとした。頃合いだ──と思った。

鉄塊のモーションを解き、目をとじる。


  
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