彼は、単純


チリン、チリン、パン。
チリン、チリン、チリン、パン。
チリン、チリン、


ドガン──ッ!


「うるせェ!」

自室で昼寝をしていたジャブラが堪らず廊下まで怒鳴りに出れば、吹き抜けのひらけたそこには────肩をコキコキ鳴らしているスパンダムの信者と、逆さになって背中から壁にめり込んでいるカクの姿があった。どういう状況だこれ、としばらく考えてしまったのも無理はない。

「何してんだ、カク、お前……まさかあいつに投げ飛ばされたってわけじゃあねェよな?」
「うるさいわい」

壁から抜け出たカクからチリン、と音が鳴る。右足首に鈴がくくりつけられていた。訝しむジャブラ。回廊の向こう側からスパンダム信者が悠長な声をひびかせる。

「うるさくしてごめんね、ロウガくん」
「ジャブラだって言ってんだ狼牙!」

「よそ見は禁物じゃよ、スペッキオ」

剃で高速移動したカクがスペッキオの両肩を捉え、「わしの勝ちじゃ!」と弾んだ声をあげた──

「虚蝉=v

……と思えば、カクの手に握られていたのは、スーツの上着をかぶせられた花びんの“持ち手”であった。ウツセミは隙をついたり逃走の際に使う変わり身の術。目癈とは思えぬ鮮やかな手際に、カクの背中は花びんを見つめて呆然としていた。

「………………」
「ぎゃははははは!あんな奴に弄ばれてやがんのか!ま、腐っても元CP9だしな」
「今だってCP9じゃ」
「バーカ。あれはスパンダムの召し使いだろ」
「その言葉で片付けるのは、どうにものう……」

パリンと花びんを放り捨てると、残った上着をむんずと掴み、見失った人影をさがしにスタコラ去っていくカク。行った行った、と部屋にもどったジャブラは、それにしても何してたんだあいつら?と状況を聞き損ねたことを目の前にいるスペッキオを見ながら思い出した。────目の前にいる……?

「このスズメおおきいね、肥やして食べる予定?」
「なんでお前がここに居んだよ!?あとそいつはニワトリだ!」

え、でもチュンって鳴いてるよ。あ、トサカある。などと暢気に胡座をかいて腕の中のニワトリを撫でているスペッキオ。侵入に気づかなかったジャブラはカクのことを笑える立場ではなくなり、すこしだけ悔しい思いがこみ上げた。

「で」
「で?」
「なんで此処にいんだ、お前はよ」
「シカクくんと君は互いにつっかかり合う様な仲だから、この部屋にいれば寄り付くこともなさそうだし、上手くやり過ごせるかなって。三時のおやつまでが刻限なんだ、『鬼ごっこ』」
「おれの承諾はなしか」

話を聞けば、なんでもカクの方からいきなり提案された遊びらしい。スペッキオは視力を理由に何度も断ろうとしたらしいが、しつこく食い下がってくるので折れてしまったのだとか。ルールは3つ。
・カクが『両手』でスペッキオに触れればカクの勝ち。
・スペッキオがおやつの時間まで逃げ切れればスペッキオの勝ち。
・ハンデとして、カクは足に鈴をつけること。

「いくら鈴の音で接近が分かるっつったって、よく逃げられてるな、お前」
「ずぅーっと神経を尖らせてればギリなんとかね。それにしても、彼はなんであんなにも鬼ごっこに拘っていたんだろう?訓練所の演習が懐かしいのかね」
「………………」

ジャブラは溜息を吐いて、スペッキオの向かいに座った。長く吐き出されたその深い息には含みがありそうで、スペッキオの耳も自然とジャブラの方を向く。彼はカクと鬼ごっこの関係性について、なにか知っている様だった。

「あいつは……しんだ『弟』を、忘れられねェんだよ」

核心へ飛びすぎたのだろう、すぐには結びつかない答えに、スペッキオは黙ってつづきに耳を傾ける。

「カクの鼻が長いことは知ってるか?」
「ああ、四角くて長いんだっけ?」
「あれも関係があってな……。実は、『呪い』なんだ」
「またまたァ」
「……………………」
「え…………ほんと?」

あまり言い触らすなよ、と前置きをして、ジャブラは語り出した。

「あいつとその弟は、とても仲のいい兄弟だったみてェだ。ある日山で鬼ごっこをして遊んでいたとき、カクの目の前で……追いかけていた弟が、崖から落ちてしんだ」
「…………」
「ただの悲しい事故だ。が、あいつは自分がころしたと思っちまったらしいな。帰宅して、親に弟の所在を尋ねられたとき、罪悪感から逃れたくてとっさにこう答えたんだと……──」

“今日はいっしょに遊んどらんから、わしは知らん”。

「そのあとだ、カクの鼻に変化が起きたのは……。気づいたら、まるで嘘をついた罰の様に、鼻が長くのびていやがったんだそうだ。自責の念によるものか、弟の怨念か、はたまた山の神の仕業か……原因は分からねェ。とにかくあいつはその日以来、忘れたいハズの罪をずっと視界に入れながら生きてきたことになる。発作的に誰かと鬼ごっこをしたがるのは、おそらくあの日を再現して、相手を捕まえて、幻想でいいから……救われたがってるんだろ。だからよ……──子ども染みてるかもしれねェが、此処に隠れてねェで、あいつの遊びにちゃんと付き合ってやってくんねェか?」

ジャブラが顔をあげると、スペッキオはハンカチで目元を押さえさめざめと泣いていた。腕の中のニワトリが心配そうに頭上を見上げている。

「彼にそんな過去があったなんて……。負けるのは悔しいと思ってたけど……もしかして、捕まった方がいいのかな……?」
「そうだな……そうすれば遊戯も早く終わるし、あいつだって満足なハズだ」
「僕、行ってくるよ」
「おう」

────チリン。

鈴の音が響いて、スペッキオの元いた場所の芝生が鋭く抉れた。「ふゥ、怖い」と離れた位置に跳んで着地したスペッキオは、暴れているニワトリをそっと解放してやる。ジャブラも巻き添えを恐れていっしょに飛び退いていた。

「こんな所におったんかスペッキオ」

カクは得意の嵐脚で足留めできなかったことを残念そうにしながら、同じ地に降り立った。

「なんじゃ、すぐに逃げようとせんのじゃな?罠でもあるんかのう」
「カク…………すまなかった」
「? ……何がじゃ?」

スペッキオの脇でジャブラが「おいスペッキオ、早く部屋を出ていった方が──」と声をかけようとするも、神妙な表情をしたスペッキオには聞き入れてもらえないまま。

「手を抜いていたつもりはないけど、僕は鬼ごっこに真面目にも取り組めていなかった。……──知らなかったよ。君に、弟がいたなんてね」

暗に話は聞いたと伝えるスペッキオ。本人に秘密にすることは、ジャブラとの約束の中に含まれていなかったからだ。スペッキオとしては決意表明の様なつもりで告げたことだったのだが、言われた当人であるカクの方は話が呑み込めていない様子で、まんまるな目を何度か瞬かせると、

「何を言うとるんじゃ、スペッキオ」

不可思議そうに首を傾げる。


「わしに弟はおらんぞ」


────……さらさらと流れる小川のせせらぎが聞こえる。この部屋のガーデニングは立派だ。壁から流れる滝、庭石や草木を配してつくられた水の通り路、自由に飛び交う鳥たちの長閑なさえずり。──そんな空間に虚しく響く、「え?」というすっとんきょうな声。カクは渋い顔をしているジャブラを見て、なにかを察した。

「またしょうもない嘘をついたんじゃな、ジャブラ」
「嘘……?」
「こいつがおれの部屋に居座るつもりだったから悪ィんだ、お前のチリンチリンって音もうるせェしよ!」
「そういうわけじゃスペッキオ、ジャブラの言ったことを真に受けてはいかん」
「そ、そっか、作り話だったかァ……。もちろん気づいてたよ」
「「嘘つけ!」」

ハモった二人に「あれ?実は仲がいい?」とスペッキオが発言したことにより、カクとジャブラの目つきは鋭くなり、のちにガーデニングの前には『工事中』の立札が立てられる事態となった。


  
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