中間試験が始まった。中間試験一週間前から私はアルバイトを休み、勉強をしてきた。といっても貴子たちと勉強を理由にファミレスでだべったり、誰かの家に行って勉強会と称しつつおしゃべりに発展したりしていたが、ちゃんと勉強はしてきた。
自分の中では、まあまあできたかなあと思っている試験の2日目の時だった。
他クラスの西山という生徒が携帯を使ってカンニングをしたらしい。それをなお君が発見。そして激怒。
携帯電話は校則により校内持ち込み禁止になっている。そうはいっても現代社会。携帯電話を持って来るなというほうが無理な話だ。もとから持っていない稲葉は別として。教師たちもそこらへんはわかっている。そのため授業中に使わなければ見逃している状態だった。
それをテスト中のカンニングに使っていたバカがいたらしい。わざわざそれを貴子に知らせに来てくれた、そのクラスの四方(ヨモ)ちゃん。こうして貴子に情報が集まっていくのかと、話半分に聴きながら感心していた。
西山は見つかったとわかったあと、テスト時間終了と同時に逃げようとしたらしい。そこへなお君の一喝。西山は固まり、お縄についたというわけだ。私はなお君が怒ったときのことを思い出し苦笑を浮かべた。とくに見たことがない人にとったら、なお君は普段本当にだらけている人だから、ギャップの激しさに驚くだろう。
怒ると怖い。顔が綺麗なだけに、余計に怒ると迫力があるのかもしれない。私が怒られたのはいつだったか。確か小学校の低学年の時。あれは何で怒られたんだっけ。遠い記憶に思いを馳せている間に、話はなお君のギャップへと話が進んでいた。
「お前たちに携帯を持つななんて無理な話だって千晶もわかってるから、マナー違反さえしないならってせっかく見逃してやってんのに、それを裏切るような真似しやがって。千晶が鬼みたいに怒っても仕方ないぜ。普段優しくて甘いからって、そいつがそんな顔しか持ってないと思うなよ。本当はメチャクチャ厳しいから、だから優しい顔ができるのかもしれないだろ」
おお、稲葉が良いこと言った。と音が出ないように指先で拍手をする。それに気づいた稲葉がふざけるなよと顔をしかめた。
「なあんだ。普段の顔はあたしたちを騙す仮面ってわけ?千晶先生ってそんな人だったの?」
「それは違うでしょ!」
クラスにいた女子の一人が言った言葉に、桜子が否定した。
「怒る時には、ちゃんと怒る人なんだよ。千晶センセは。いつもはどんなに甘くてもさあ、子供がホントにやっちゃいけないことをしたらちゃんと怒らなきゃー。それが大人の仕事でしょ」
「桜いいこと言う!」
「あたしも千晶先生をちょっと見直したな」
桜子、貴子、由衣が言った。
「ずーっとヤル気のない先生かと思ってた。面白くて優しいのはいいけどさ。やる時はやるのね。廊下を通ってた時のあのキツイ顔にちょっとクラッときちゃった」
「ウッチーったら大胆発言〜!」
「それは卒業してからよー」
この子たちはどこまでいってもこの子たちなんだろうなあと思わず笑ってしまった。
翌日、中間試験最終日。携帯カンニングは、生徒総会を開く大事になっていた。
「稲葉、これどうなると思う?」
「さあ?携帯の持ち込み禁止です、で終わりじゃないのか?」
「それが、高校生に守れる約束じゃないからいままで見逃されてたんじゃん?」
「まあ、俺には関係ない話だな」
「稲葉も持ったらいいのに。長谷がすぐに連絡取れないから心配してるよ。たまに私に稲葉どうしてる?って確認メールくるし」
「げっ、そんなの来てるのかよ!変なこと言ってないだろうな?」
「大丈夫。パパにはちゃんと、ママは毎日修行に勤しんでますって送ってある。クリの画像付きで」
「ああ、そりゃ、喜ぶだろうなあ・・・」
体育館は妙な高揚感につつまれていた。生徒は誰もが落ち着きがない。おそらく噂はもう全学年に広まっているのだろう。
生徒会長の神谷さんが開会宣言をして、生徒総会は開かれた。
「今後、携帯の校内への持ち込み禁止を徹底する!なんなら、校門で持ち物チェックしたっていいぜ!そのうえで、もし校内で携帯を持っているのをみつけたら、その場でこうだ!」
なお君は携帯を床へ落とすと思いっきりふみつけた。バキッ!とすごい音がして、会場がざわめく。私も、思わず顔をしかめた。
今携帯を壊されると、主にアルバイトに関してやりにくくなるため困る。
その時、会場の脇にいた教師たちの中から、青木が会場内のマイクに飛びついて叫んだ。
「千晶先生!やりすぎです!」
青木のその言葉に煽られ、他の生徒たちも騒ぎ出す。思わずこの場所から逃げたくなった。こういう、一致団結する雰囲気は苦手だ。一種の集団催眠のようなものがあるような気がするのだ。その場の空気に流されているような気がして、気持ち悪くなる。
思わず耳を塞いだ。
少しだけ外界と遮断され、ほっと息をつく。雑音が激しくて、目眩さえしてきそうだ。
「席に戻りなさい!」
キンッとマイクが甲高い音を奏でた。
「青木先生あなたもです。議論を混ぜかえさないでください」
「かっこいー」
思わず本音が口からこぼれた。
神谷さんは、青木が何かを言う前になお君に向きなおる。
「千晶先生。先生方の信頼を一番ひどい形で裏切ってしまったことを、深くお詫びします」
神谷さんはふかぶかと頭を下げた。
「携帯は一切持ち込み禁止となっても文句は言えません。でもどうか、お願いです。今後絶対にマナーは守りますから、引き続き携帯の持ち込みを黙認してください。それから、携帯を壊すのだけは許してください」
拍手が起きた。
「いいだろう。どうせ携帯の持ち込みはとめられないだろうしな。違反者の携帯は没収。卒業時に返却、だな」
「そこをなんとか!3日で!!」
「おいおい、生徒会長。そんな下げ幅アリか?」
「無理は承知の上です。お願いします!」
「ただでさえ携帯の持ち込みを黙認してるんだぜ?いくらなんでも3日はないだろう。半年ぐらいなら・・・」
「一週間!」
「そんな譲歩はできん!」
「二週間!」
かけあいをする二人に既視感を覚え、私は思わず遠い目をした。
「ねえ、稲葉?」
「なんだ?」
「この光景さあ」
「ああ」
「どっかで見たことあるなあって思うんだけど、どうよ」
「・・・俺も今、同じこと考えてたぜ」
最終的に、なお君は1ヶ月で手を打った。
「これは・・・。そうか。『シャット・イン・ザ・ドア』だ」
「何それ」
「心理操作の一手法で、あらかじめ想定していたラインに無理なく落とすために、初めにわざとふっかけるやり方だよ。ほら、長谷もやってただろ」
「へえ、そんな名前がついてるやつなんだ・・・。ってことはさあ、これ」
「ああ。もしかしたら・・・」
私たちは顔を見合わせ口をつぐんだ。
どこまで、なお君の想定内だったんだろうかと考えると恐ろしくなる。おそらく生徒全員がなお君の手のひらの上で踊らされたのだろう。
よくよく考えたら、1ヶ月でも相当長いと思うのだけど、それでも大丈夫という雰囲気が流れている。ようは壊されるよりマシというやつだ。
「相変わらず、怖いなあ・・・」
すっかりいつもの顔に戻ったなお君を眺めながらそんなことを思った。
もしかしたら、最初に壊した携帯も、西山のものではないのかもしれない。いや、西山のものではないのだろう。見せしめでわざわざ携帯を用意するあたり、やることが派手だなあと苦笑した。