梅雨も半ばを過ぎた。


毎日のようにじめじめとした空気が漂い、連日降る雨に辟易してきたころ、貴子から聞かされた話に目を瞬かせる。


「幽霊?この学校に?」

「そう。なんか、演劇部の小道具を管理してる部屋があるらしいんだけど、あまりそこに長くいると誰かに見られている感じが凄くするんだって。もともと、変に狭くて埃っぽくて陰気な場所だから、あの部屋は気持ち悪いって言われてたらしいんだわ」

「えー、それは気持ち悪いね。なんかビデオカメラとか仕掛けてあるんじゃないの?ほら、ニュースでもあったじゃん。女子更衣室にビデオカメラがしかけられていたって奴。ああいうのじゃなくて?」

「それだったら、更衣室につけるって!小道具部屋でつけても意味ないじゃん」

「そこが、カップルのいちゃつき場所とかそういうのじゃないのー?」

「ええっ、あんな埃っぽいところじゃ、ヤル気も失せるよ!」

「そういう話じゃなくない?」


自分で言って起きながら、自分で笑う貴子に呆れながらも、幽霊話のことを考える。


幽霊がいるというのはこの目で確かめてしまっているのだから、実際に学校にいてもおかしくはないだろう。なんていったって学校だ。怪談話に事欠かない学校という場所だ。一番多感なお年頃が詰め込まれた学校という中だったら、たとえ自殺した場所が家であっても、学校に地縛霊として存在するようになっても不思議ではないような気がした。


「いや、そりゃやっぱり誰かがいたんだろうぜ。部屋の中に」

「あの部屋に講堂の中を見渡せる小さな窓があるでしょ。バトミントン部の人が練習してた時、そこに誰か立ってるの見たって!」

「だから誰かがいたんだろ?」

「んもーう!うるさい稲葉!」

「夢がないんだから〜」


桜子と由衣が言うのを聞き、苦笑する。


そのとき、ここで聞こえるはずのない声が聞こえた。


「ご主人様、ご主人様」

「なんか今、声がしなかった?」


由衣が言った言葉に、ぎょっとした。今のは絶対にフールの声だ。私は思わずその場で頭を抱えたくなった。


「いやっ、何も!」


とっさだったのだろうが、左胸のポケットを抑える稲葉に、今度は隠さず額を抑えた。


「何?なんか隠してるの?稲葉」

「怪しい!!」


貴子たち3人がまるで刑事のように稲葉に詰め寄り、シャツを剥がそうとしたりポケットに手を突っ込もうとしたりした。


「おーい。それ以上やると強姦未遂だよー」


こちらに飛び火しないようにひっそりと注意をしてみるが、彼女たちに届くはずもなく、稲葉が助けろという目を送って来た。仕方なく、貴子たちを止めようと動き出そうとしたときだった。


「うるさいぞ!!」


ヒステリックな声だった。


教室中がシンと静まりかえる。


今年赴任してきた、英語担当の三浦先生だった。すごい形相で私たちを睨みつけている。


「べたべた乳繰りあってるんじゃない!」


呆然とした。


「な、何よ、あの言い方。感じわるーい!」


確かに、うるさかったかもしれない。しかし、今は昼休みなのだ。怒られる筋合いはないと思う。よほど虫の居処が悪かったのだろうか。でも、それにしてはあまりにも剣呑すぎて、私たちは揃って眉をひそめた。






5時間目、自習をいいことに早々にクラスからいなくなった稲葉を追いかける。


稲葉は屋上へ向かった。彼のサボり場所なのかもしれない。なんだかんだ、不良らしいサボり場所に思わず笑いそうになる。


しかし屋上に出て見てもそこに稲葉はいなかった。首をかしげ周りを見回すと、給水塔の方から声が聞こえて来た。


「稲葉!」

「うわあっ!って、田中じゃねえか!脅かすなよ!」

「事情知らなかったら、あんた独り言を言ってるやばい奴だったよ」


あまりの驚きように笑いながら言ってやると、ほっとけと返された。


「にしても、何しに来たんだよ」

「忠告!あんた、もうちょっと誤魔化し方上手くなりなさいよ!馬鹿正直に、隠したい場所を押さえるとか、そこに何かありますって言ってるようなもんじゃない!もっと上手く嘘つかないと、ああ見えて、貴子たちって結構、鋭いんだから気をつけた方がいいよ」

「あいつらが鋭いかあ?」

「あら、女の勘は舐めたら怖いよー?まあ一番は、フールが出てこないようにすることなんだけどね」

「申し訳ありません。田中様。つい」


ついでバレてしまったらたまったものじゃないだろうなあ。と稲葉に同情した。


「じゃあ、いいたいこと言ったから戻るね」

「あ、田中!今から、ノルンにあの幽霊のこと占わせるんだけど、お前も見ていくか?」

「ノルン?」

「ああ。まあプチだからどうせ大したことないんだろうけど」


苦笑する稲葉にどうしようか迷うのは一瞬だった。


給水塔に登る。こんなところがあったんだなあと感心している間に、稲葉はプチを開いてノルンを呼び出した。


「ノルン!スクルド、ザンディ、ウルズの3人の運命の女神でございます!」


青白い放電がカッと閃いて、大きな黒い甕と3人の女神が現れた。


「お呼びでございますか、ご主人様」


そう言って出て来たのは、一人は大げさにウェーブした栗色の髪に大きな花の髪飾り。もう一人は金色のストレートヘアにヘアピンをずらずらとつけ、いずれもまるで隈取りのようなアイメイクに口紅をぬりたくっている。二人とも手は長い付け爪で魔女のようだ。さらには、超ミニスカにルーズソックス。


さいごの一人は、ガングロだった。しかも唇は真っ白だ。


「……これって、稲葉の趣味?」

「はあ!?ちげえよ!つうか、なんだよその格好は!」

「な、何かおかしいかしら?今風に合わせたつもりなんですけど」

「今風っていうか、九十年代とかだよね」

「その今風とやらの情報はどこから仕入れたんですか、スクルド?」


フールが聞くと、ケット・シーに聞いたという。稲葉曰く、ケット・シーとは『長靴をはいた猫』で有名な猫王の眷属で、ホラ吹きなんだとか。


なんでそんな奴の言うことを聞いたのやら。というか、精霊同士で会話とかができるものなんだなと思った。思うに、彼らは別の空間に一箇所に集まっているのかもしれない。


女神3人は大変仲が悪いらしく、喧嘩が終わりを見せない。


3人の喧嘩が続き、なんとか取り成したりしながらようやく占ってもらえたのは、


「何かドロドロしたもの感じます。ご主人様」


これだけだった。


「稲葉……」

「言うな。田中」


うなだれる稲葉の肩をぽんと叩いてやった。いやもう、なんだろうね。笑えてくるよね。


「ご主人様!やはり何かあるようでございますな。見に行きましょう、見に行きましょう!」

「あー、わかったわかった。クラブが終わってからな」

「魔法男子稲葉君の始まりだね!」

「うっせえ!お前は人ごとだと思って!」

「私は放課後アルバイトがあるしー。成果報告期待してるよ!」


再び稲葉の肩をポンポンと叩き激励を送る。その際に、私が肩を震わせて笑っているのに気づいた稲葉にヘッドロックをかまされたのは余談だ。


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