本屋のアルバイトが終わり、夜道を自転車にのって帰っていると気持ち足早に帰っていく見慣れた姿を見つけた。


でもこんな時間に本当にいるのだろうかと首を傾げる。他人の空似じゃないかと思いながら横を通り過ぎるときにちらっと見るとやっぱり稲葉だった。


「稲葉!」

「田中!?こんなところでどうしたんだよ」

「アルバイト帰り。稲葉こそどうしたの?」

「ああ。田代を送ってきたんだ」

「貴子?どういうこと?」


今日の貴子は気分が悪いとかでお昼休みに早退していた。その貴子をどうして稲葉が送ることになったのだろうと首をかしげる。


それから聞いた話は、背筋がぞっとするような思いだった。


三浦が倒れた時は私も教室にいたため覚えている。騒がしくなった廊下。しばらくして聞こえて来た救急車のサイレン。そしてその時の授業担当の先生も廊下へ飛び出して行き、一時騒然となった。そのまま授業は自習になり、誰かがどこからか仕入れて来た三浦が倒れたという話に、再び騒然となる。


「田代が三浦の話を仕入れて来たんだよ」


三浦は以前白峰女子高校にいた。その時は普通の青年だったらしい。演劇部の顧問になり熱血な指導を行ったところ、白峰女子の反感を買い、軌道修正することもできず教師いじめ。そして三浦は登校拒否になった。やっと立ち直ってうちの学校に来たらしいが、あの様子じゃあ立ち直ったかどうかは怪しいだろう。


昼休みに貴子と演劇部の小部屋へ行って見たところ、部屋の奥、ダンボールで隠してある場所に女に対する文句が書かれた場所があったらしい。そこから「イドの怪物」みたいなものが出て、三浦に取り付いたように見えたという。そして貴子を投げ飛ばした。間一髪、稲葉が貴子と壁の間に入ったため怪我はなかったらしいが、そのあとに普通に授業を受ける気になるはずもなく、貴子は昼休みで早退したということだったらしい。


そのこともあって、嫌な予感がした稲葉は貴子のもとへ駆けつけ送って行ったところ、本当に三浦が襲って来て、ブロンディーズでことなきを得たのだと言う。


「そんなことがあったんだ……。にしても、三浦が取り憑かれているにしても、怖いね」

「ああ。だから、田中も帰り道は気をつけろよ?」

「気をつけようがないところがなんともいえないけど。防犯ブザーぐらいは持ち歩くことにするよ」

「そうしてくれ」


神妙に頷く稲葉は、むうと思い悩んでいた。


「あ!そうだ!コロッケ飯!」

「コロッケ飯?」

「ルリ子さんのおやつが今日コロッケだったらしいんだけど、それが冷めてもうまいんだよ!で、一色さんがコロッケを冷やご飯に乗せてソースをかけて食べるの絶品だって言ってたから、俺食おうとしてたところで田代から電話があったんだよ!早く帰らないとコロッケなくなる!」

「うわ、空腹にその話は辛い。よし、稲葉のって!もちろん、稲葉が運転ね!」

「おう!」


稲葉と二人のりをして(二人乗りは犯罪です。良い子のみんなはマネしないでね!)、アパートまで超特急で帰った。


ルリ子さんはちゃんと私たちのコロッケも残しておいてくれた。


毎度恒例のクリとのハグを交わした後、ルリ子さん特製のご飯を食べるころには三浦のことなんか頭からすっぽり抜けてしまっていたけれど。





翌日、アルバイト帰りにすでに部屋に引っ込んでいた稲葉のもとを訪ねて見た。今日は、アパートにすぐに帰って秋音さんに話を聞くと言っていたからだ。


「明日、病院に言って『イドの怪物』を三浦からはがすことになった」

「どうやって?」

「秋音ちゃんが協力してくれる。俺も、どうやってかはいまいちよくわかってないけど」

「そっか……」


三浦が取り憑かれたのは、三浦の中が空っぽだったからだ。そして、その原因の女子を妬んでもいた。そこが同調してしまい、取り憑かれたらしい。


「三浦ってさ、今の状態しかみてないからイマイチよくわからないけど、なんか、一面しか見てないところがあるよね」

「昼休みに怒鳴って来たことか?」

「そういうの。女子っていうのを見たらかっとなっちゃう感じ?あれって『イドの怪物』が乗り移る前だったわけじゃん?取り払っても、三浦って何か変わるのかな?」

「わかんねえ。でも、今ならまだチャンスがあるんだ。本当に、何もできなくなる前に……」

「稲葉。全部、救うなんてそれは無理な話だよ。救えないものはあるよ」

「一色さんがさ、『救う』ことと『救わない』ことのボーダーラインは『見捨てないこと』じゃないかっていったんだ。縁があるものは、自分の手の届くところに現れるって。だから、手を差し伸べられる。でも、隣にいても手が届かないこともあるって」

「その手を取るも取らないも相手次第でもある、ってことかあ……」


片一方だけが救おうとしても意味がないのだろう。救われる側も、手を伸ばさなければいけない。誰かが勝手に引き上げてくれるなってことはないのだ。人の力を借りても、なんでも、最終的には自分の力で立ち上がらなければいけない。救う側が、それをほんのすこし手助けするしかできないのだろう。


「龍さんってさ、ここに刀傷みたいなのがあるんだ」


稲葉は自身の肩口に指先を滑らせた。


「アメリカの砂漠で人間を生贄にする儀式をしてた宗教団体があったんだって。それを壊滅させるべく、龍さんは州警察と一緒に乗り込んだんだって。でも、結果、団員は全員死亡。集団自殺だったらしい。龍さんでも救えないことがあるんだって思った。あんなにすごい人がだぜ?」


稲葉は手元にあるプチの表紙を撫でた。稲葉にとっては、龍さんはある意味憧れの先輩なのだろう。


「救える場合もあるんだろうけど、救えない場合もある。それが、現実なんだ……」


龍さんの話は壮大で、まるでドキュメンタリーの話を聞いてるようだった。私の乏しい想像力では想像することすらできないけれど。救える時は救えるし、救えない時は救えない。それが現実なのだ。


無情とも言えるほどに、この世界は時に残酷だ。


「………明日、気をつけてね」


私はそれだけ言って稲葉の部屋を出た。部屋を出た瞬間、目の前に貞子さんがいて思わず悲鳴をあげそうになったのは秘密だ。





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