翌日、起きると隣にシガーがいてとても驚いた。明さんのところに行かなくてもいいのか?と疑問に思いながらも朝からもふもふが堪能できて喜んでいると、ようやく昨夜の失態を思い出した。


しばらくシガーの毛に埋もれながら羞恥に耐えていると外から大きな声が聞こえて来て飛び起きた。窓から外を覗くと、巨人がいた。二階建のこの建物に相当する大きさの大男だ。しかも一つ目。あんまりなことに愕然としていると、シガーが一声吠えた。


見ると外に行きたいようで扉をカリカリとしている。


「あ、ごめん。シガー昨日はありがとう」


シガーの頭をひと撫でしてから外へ出してやる。あとで明さんにもシガーを貸してくれたお礼を言いに行かなければ。


昨日のままの服装だということに苦笑し、素早く着替えをすませる。今日は昼からアルバイトだからよかった。目覚まし時計もセットせずに寝てしまったため、午前からのアルバイトだったら遅刻しているところだった。


居間へ行くと、庭には大きなイノシシが。そしてその周りでは大人たちが小躍りしている。その様子をあぐらをかいた一つ目の巨人が眺めていた。その様はどれから食べようかと吟味しているように見えて、居間に踏み入れるのを躊躇してしまう。


「おや、七海ちゃん。起きたんだね」

「あ!龍さん!き、昨日はとんだ醜態をさらしてしまってすみませんでしたっ!」

「はははっ、元気がいいね。素直に泣けるのはいいことだよ。泣ける時に泣いて、笑う時に笑う。これが一番大事だ」

「はい!」


朝から龍さんはやっぱりかっこいい!一つ目の巨人の驚きも吹っ飛んでしまうかっこよさだ。


「よお、七海。よく眠れたみてえだな」

「明さん!シガーを貸してもらってありがとうございました。おかげでぐっすりです」

「こいつがそばに居たがっただけだ。にしても、お前はもうちょっと食え!軽すぎるぞ」

「ええ!?って、なんで明さんが私の体重知っているんですか!?」

「そりゃあ、俺がお前を部屋に運んでやったからだろ」

「ええええっ。運ぶって……」


顔に熱が集まるのがわかった。だって、そんなまるで子供のようなことをされたのかと思うと情けないやら恥ずかしいやら。


「お、田中起きたのか」

「い、稲葉っ」


うろたえる私に、稲葉は首をかしげたが、私と明さんを見比べるとははーんとニヤリと笑った。


「昨日、お姫様抱っこされた感想は?」

「お、お姫様抱っこって……え、まじでっ?」

「おう。さすがだよなあ。こう軽々っと」

「うーわーっ!もう言わないでっ!っていうか、貴子とかにも言わないでよね!?」

「そんなにはずかしがることか?」

「稲葉の時とは事情が違う!あっ、もし私のこと言ったら、稲葉も姫抱きされたってバラしてやるんだから!」

「てめっ!絶対に言うなよ!?」

「稲葉次第でーす」


朝からわーきゃーと騒いでいると、長谷が止めに来た。


「お前ら、いい加減にしろ」


ゴン、パシ、とそれぞれの頭上に降り注ぐ鉄拳。


「おい、長谷。なんで俺は拳で田中は平手なんだよ」

「男女の差だ!」

「女尊男卑だ!えこひいきだ!」

「女性を立てるのは当たり前だろう!」

「パパ〜!ママがいじめて来たー」

「ママは成敗してやったからな。ほら、あっちで猪鍋だ。行こう」


相変わらずよくノッてくれるとおもう。


「新入りか。わしゃあ又十郎いうモンや。うまいシシ肉を持ってきたったぞ」

「ど、どうも……。田中七海です」


意外と礼儀正しいことにとても驚いた。しかも、さっきまでは人間も食べてしまいそうに見えたと言うのに、こうして喋ってみると彼がとても穏やかなのだとよくわかる。


「白神で狩合戦があってなあ。わしゃ、これで優勝した!」

「さ〜すが〜!!」

「おまえらにも お裾分けじゃ!」


これには明さんや龍さんまでも大喜びだ。


「お前らにはこっちや。いい具合に腐る寸前やからうまいぞ〜」


又十郎さんはそう言って、一抱えもある包みを画家に渡した。あのでかいイノシシは鞍馬の天狗に献上するらしい。鞍馬の天狗といえば、妖怪にあまり詳しくない私でも知っているようなメジャーな妖怪だ。やっぱりいるところにはいるんだなと感心する。


「又十郎さんは、熊野の山奥の隠れ里の里人だ」


龍さんが解説してくれた。


「熊野や飛騨、白神のような山深いところには隠れ里というのがあってね。この世界とほんのちょっとだけ位相がずれていたり、結界が張られたりしているから、普通の人は簡単にはいけないけど、そこに住む人々というのは妖怪や精霊という存在じゃなくて、私たちともとても近い生き物なんだよ。それは『人種が違う』ぐらいの差なんだ」


人種が違う。という言葉に改めて又十郎さんをみるが、人種という言葉だけで片付けていい存在なのだろうか。人種の違いとは。と首をかしげた。


隠れ里の人は、超能力があったり、外見的な特徴があって、だんだん追いやられていったらしい。人は力が弱いぶん、異色というのに敏感で、それらを排除しようとする。おそらくそうやってここまで成り立って来たのだろうが、追いやったものにこそ真に人間が捨ててはいけない部分があったのではないだろうかと考えさせられた。


「それが、俺たちの属性なんだろうよ」


長谷が言った。


「又十郎さんの一族が『一つ目』であるように、俺たちには『数を増やして発達してゆく』って属性があるんだ。それが、俺たちの”生き残り”の手段なんだよ」

「弱い生き物が、卵をたくさん産むように、か……?」


そうしなければ、人は自然界のヒエラルキーの中で生きていけなかったのだろう。弱い生き物だから、数の力で生き残って来たのだ。そうしなければ、生きてはいけないと本能で知って居たのかもしれない。だとしたら、確かに、私たちの手段の一つだったのだろう。


又十郎さんはクリを手に抱き、大イノシシを仕留めた武勇伝を熱く語ってくれた。


「山奥におる奴らあ、心得たもんでな。わしらを見て、びっくりするけど騒いだりせん。煙草をくれたりするぞ」


又十郎さんは嬉しそうに言った。


自分も想像してみた。山奥に入って、もし又十郎さんにあったら。きっと、腰を抜かして居ただろう。動けなくなって食われると泣く私に、又十郎さんが逆におろおろしながら懐からお菓子を取り出してあやすのだ。そう思えたらなんだかとても可笑しかった。


「又十郎さん。私も持ち上げて!」


クリが羨ましくなって私も抱っこをねだってみる。こういう時は、恥はかき捨てだ。


又十郎さんは嬉しそうに笑いながら私の胴体部分をその大きな手で掴んだ。片手で掴んで持ち上げられることに驚く。クリと同じ高さに連れて行かれ、一つ目がぎょろりと私をみる。しかし、もう怖くなんてなかった。又十郎さんの高さからみる景色は新鮮だった。


寿荘の屋根がすぐそこにあるのだ。下を見下ろせばその高さに足が竦みそうだが、いつもは見上げる大人たちがはるか下にいることが楽しくて仕方がない。


「クリ!楽しいね」


そのあと、詩人に電話が鳴っているよと呼ばれ、ケータイを取ってみると、喫茶店の店長が風邪をひいたらしく、今日はお店をお休みするためアルバイトもなしということになった。


なので、今日は思いっきりいろいろな話をきいて、お腹がよじれるほど笑った。


ここの大人たちの話は、よくも悪くもとにかく面白い。中には良い子は真似しないでねという話だってあったりするけれど、それさえも包み隠さず話してくれる大人たちの話はとても私たちのためになるだろう。


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