「あれ!見て!」
一番初めに声をあげたのはハーマイオニーだった。
ハーマイオニーが指をさした先にいたのは、銀色に光る雄鹿。その雄鹿はじっとこちらを見るようにして佇んでいる。
「あれ、君のパトローナスじゃないか。いつ出したんだい?」
「ううん。僕は出してない……」
「でも、あれは君のパトローナスだろう?」
「……父さん?」
「え?」
「前、聞いたんだ。僕のお父さんも同じ雄鹿のパトローナスを出していたって!」
雄鹿は踵を返した。ハリーは透明マントを脱ぎ捨てて雄鹿を追いかけていく。
「ハリー!」
「ハリー!だめよ!戻って!」
ロンとハーマイオニーの悲鳴に似た声が暗闇の中に響く。俺たちは駆け出し、ハリーを追いかけた。
パトローナスは暴れ柳の根本にある洞へと消えていく。
「ハリー!暴れ柳だ!」
俺は足のスピードを上げると同時に、ハリーへ向け杖を振る。
ハリーはぐんと背中から引っ張られるようにして俺の方へ来る。今までハリーがいた場所に暴れ柳の太い枝が振り下ろされた。
「頼むから、もうちょっと周りをみて行動してくれ」
俺はげんなりしながら尻餅をついて呆然としているハリーに告げる。
「ハリー!大丈夫!?」
「まったく!君ってやつは、正気か!?暴れ柳に突っ込んで行くなんて!」
「でも、パトローナスが、暴れ柳の中に入って行ったんだ」
「わかってる。でも、暴れ柳の下へ行くには手順があるんだ」
「祐希?」
呆然と見て来る3人の視線を振り切り、俺は、近くに置いておいた長めの枝を手に取り、暴れ柳の下にある瘤に触れる。
すると、荒ぶっていた暴れ柳が驚くほど大人しくなった。
「嘘だろ!?」
「暴れ柳が植えられたのには理由があるんだ」
「理由って?というか、なんで君はこんなことを知ってるんだい!?」
ロンの問いを無視して、俺は歩みを進める。
「ほら、行くぞ」
俺は3人を無視して中へと入った。3人が後ろから慌てて追いかけて来る。
中は洞穴のようだが、ちゃんと階段が作られている。真っ暗なのでルーモスと唱えて明かりを灯す。
「ここ、どこに続いているんだ?」
「祐希……、何をしようとしているの?」
恐怖に震えながら言うロンとは違い、ハーマイオニーは警戒心をにじませて俺を見ている。
その様子に苦笑しながら、俺は前を先導して行く。
「すぐにわかる」
しばらく行くと、洞穴から、木造の床板へと変わった。
歩くたびに軋む床板。杖先の明かりによって、そこはとても古い洋館だとわかる。今にも朽ち果てそうな状態だ。壁はところどころ剥がれ中の土が見えている。
「ここ、どこ?」
「叫びの屋敷だ」
「え!?」
「二階に上がるぞ」
俺が階段に足をかけると、ハーマイオニーがロンとハリーを止めた。
そして、彼女の杖先は俺へと向けられている。
「ハーマイオイニー!?正気か!?」
「私だって、正気だと思いたいわよ!でも、祐希。お願い。答えて」
「今ここでする話じゃない。上に行こう」
「祐希!」
ハーマイオニーの鋭い金切り声が飛んで来る。瞳を潤ませて、泣きそうな顔をしながら杖先を向けられる。きっと身を切るような思いなのだろう。
「俺は、お前たちに危害を加えたりはしない。約束する」
「おい、ハーマイオニーやめろって!祐希に杖を向けるなんて!」
「だって!おかしいと思わないの!?祐希は全部最初から知っていたみたいにこの屋敷に入って行くのよ!?」
「でも、ハーマイオニー、祐希だよ?」
「確かに祐希だけど!」
「おいおい。俺の認識を疑うような言葉だな」
俺だからなんなんだ。苦笑しながら彼らを見下ろす。
少し考えて、俺は杖をハーマイオニーの方へ投げ渡した。
「杖を預ける。これで俺は魔法を使えなくなった。これで少しは信用してもらえるか?」
「………」
「じゃあ行こう。時間が惜しい」
俺は再び階段を登り始める。3人は息を詰めた後、ようやくおそるおそる階段を登ってきた。
そして、俺は一つの部屋へと入る。
扉を入ってちょうど向かい側にある窓に近寄る。長年磨かれることのなかった窓は薄汚れ、外の景色など見えるはずもなかった。
「祐希?」
もともと寝室だったのだろう。中には壊れかけた寝台が一つおいてあるだけだ。
3人が恐る恐る入って来る。
完全に入り切ると、扉が一人でにしまった。いや、違う。扉の後ろに隠れていた人物がいたのだ。
「きゃーっ!」
最初に悲鳴をあげたのはハーマイオニーだった。他二人も、驚きに声をあげ、その人物から距離を置こうと後ずさる。
3角形の位置関係になったところで、俺はやっと振り返った。
「シリウス。驚かせてやるな」
「悪いな。テンションが上がっているんだ」
「血気盛んなのはいいことだが、抑えてくれ。誤解を招く」
「わかっているんだが、ようやく殺せるかと思うとね」
シリウスはわざとらしく肩をすくめて見せた。
「シリウス・ブラック!?」
「やっぱり!祐希だったのね!」
「どういうこと!?なんで犯罪者がここに!?」
3人が一斉に杖を構える。ロンとハリーの杖先はシリウスへと向けられ、ハーマイオニーは俺へと向けた。
「祐希が!祐希がこの人を校内に入れたのよ!手引きだって祐希がしていたんだわ!だって!寮に侵入してきたとき、祐希は後から寮に戻ってきたのよ!この人を匿うためだったんでしょう!?私見たのよ!」
「祐希、本当に?だって、そんな……」
信じられないとロンとハリーの顔が語る。
なかなかに鋭いハーマイオニーの語りに苦笑する。
「答えて!祐希!」
「確かに。寮に侵入したシリウスをかくまったのは俺だ」
「やぱり!!」
「だが、前提条件からして間違ってる」
「何が間違ってると言うの!?」
「祐希。早くしよう」
シリウスが抑えきれないと言うように一歩踏み出した。なんでこいつはこんなにも悪役が似合うんだろうか。
「ハリーを殺したいなら僕達も殺すことになるぞ!」
ロンがハリーの前に出る。
「いいや。今夜殺すのは一人だけだ」
「なぜなんだ?この前はそんなこと気にしなかったはずだろう?ペティグリューを殺すために、たくさんのマグルを無残に殺したんだろう?どうしたんだ。アズカバンで骨抜きになったのか!?」
それはあからさまな挑発だった。必死にハリーを抑える二人を振りほどきながらハリーが大声をあげる。
「こいつが僕の父さんと母さんを殺したんだ!」
ハリーが渾身の力で二人の手を振りほどき、シリウスへと飛びかかった。今のシリウスなら簡単によけられただろう。脱獄後のやせっぽっちではないのだから。筋力も十分に回復していたはずだった。相手は13歳の男の子だ。いなすのは簡単だったはずなのに、シリウスは避けることもなくハリーの拳を甘んじて受け入れた。
それが、贖罪になると考えているなら、とんだバカだ。