人生幸福論 | ナノ


28:知ることに意味がある  




甲高い音を立てて飛び上がったヤカンが吹き出し口から勢い良くお湯を噴出させた。そろそろ、このヤカンも替え時なのだろうが、リーマスは辛抱強く使っている。今も、本が積み上げられている場所まで飛んだお湯に呆れながらもヤカンの火を止めに行った。


「いい加減替えようぜ。新しいのに」

「まだ使えるよ」

「使えるっつっても、沸騰するたびにお湯が半分も減ってたんじゃ、使い勝手が悪すぎるだろ」

「そのぶん水を多く入れればいいものさ」


この貧乏性はどうにかならないものか。まあ、我が家には余裕があるほどのお金がないのは確かだが、現在はホグワーツの教職についているのだ。教育者とはいえ、魔法魔術学校では5本指に入るほどの大きな学校だ。それなりに給料ももらっているはずなのだが、リーマスは頑なに贅沢をよしとしない。


ようやくヤカンの火を止めると、お湯をカップに注ぎ始める。


カップを温めたほうが紅茶の味が引き立つのだとかなんとか。同じ入れ方をしても、どうあがいても微妙な味にしかならない俺は飲み物を入れるときは手伝いもしないことになっている。


「そういえば、見回りとか大丈夫か?」

「大丈夫だよ。おかげさまでね。祐希が作ってくれた脱狼薬のおかげで見回りに滞りなく組み込んでもらえたよ」

「体がだるくなったりは?」

「まあ、少し。でも、いつもの比じゃないよ」

「やっぱりもうちょっと改良が必要だよなあ」

「祐希、君はとてもすごいことを成し遂げたんだよ。僕たち人狼にとってどれほどありがたいことなのか。もっと慢心してもいいぐらいだ」

「俺は根っからの研究者なのさ。それで完璧主義だ」


だから、将来的には脱狼薬も持ち運びできるようにカプセル式にしたいものだ。というか、今時、中身が伺えるような液体というのは時代遅れなのだ。魔法薬が特殊とはいえ、毎回あんな調合を繰り返しているわけにもいかなくなるだろう。固形化できるようにしたいのだが、如何せん未だにいい案は浮かんでいない。


魔法界の薬品の保存方法は保護魔法をかけられた瓶に入れるのが一般的だからだ。そっちの分野においては進歩を見せていないため、1から研究していっているので、遅々として進まないのだ。


「そういえば、セブルスから聞いたよ。脱狼薬の論文を提出するんだって?」

「おう。うまくいけば特許も取れるし、そうなれば金も入ってくる」

「祐希、僕に遠慮しているなら、しなくていいんだからね?」

「遠慮?」

「つまり、祐希がお金を稼ぐ必要なんてないんだ。確かに、贅沢はさせてあげられないけど…」

「ああ、違う、違う。言っただろ?俺は根っからの研究者で完璧主義者なんだって。論文や特許はついでだよ。一度、作るって決めたものは完成させないと気持ち悪いんだ。今回はそれがたまたま特許を取れるものだったってだけだよ」

「ならいいんだけど」

「だいたい、金儲けが目的なら、もっといろいろとやりようがあるしな」

「そうなのかい?」

「俺にかかればちょちょいのちょいさ」


指を杖に見立てて振るマネをすると、リーマスは肩を震わせて笑った。


「そうか。なら安心したよ」

「そうそう。余計な心配はすんなって」

「そういえば、ロンは大丈夫だったかい?」

「あー、今じゃ英雄気取りだよ。あいつ、本当に調子がいいよな」

「ははっ、彼らしいとおもうけれど。それでも、怪我がなくてよかったよ」

「まあな」

「それにしても、どうして…ブラックはロンを狙ったんだろう」


シリウスの名前を呼ぶ時に少しだけ間があった。リーマスを見ると、曖昧な笑みを向けられる。


「さあな。…リーマスは、シリウス・ブラックと同級生だったんだろう?どういう奴だったんだ?」


俺の問いに、リーマスは茶菓子へ伸ばしていた手を止めた。


甘い菓子に舌鼓を打っていた様子とは打って変わり、ぼんやりと宙を見つめるリーマスは、おもむろに口を開く。


「彼は…、自自身にあふれている奴だった。いつだって、みんなの中心にいて、誰もが彼を慕ったし彼らの周りに集まっていた。一緒にいると楽しいからね。イタズラ仕掛け人というのをしていて、教師からは目をつけられていたな。でも、生徒は、みんな次は何をするんだろうって期待していたと思う」

「まるでフレッド、ジョージみたいだな」

「そうだね。でも、やっていることは、彼らよりずっとえげつなかったかもしれない。頭が良かったから、余計に」

「リーマスも憧れていたのか?」

「…そうだね。憧れていた。ああなりたいと思っていた。女の子からも、ひっきりなしに声がかかっていたし、でも…、シリウスは、シリウスで苦しんでいる部分もあった」

「へえ、どんな?」

「…彼はブラック家という由緒ある純血主義の血筋だった。でも、その考え方が嫌だったらしい。ブラックと名乗るのを嫌がっていた。家に帰りたがらなくて、よく…よく、ジェームズの家に泊まりに言っていたよ」

「そうか」

「僕とも、仲良くしてくれた。初めて…」


リーマスはそこで言葉を切った。手元に目を落とす彼は、寂しげに微笑んだ。


「昔の話だ。彼は変わってしまった」

「変わってしまった、か」

「あの頃は、彼のことをよく知っているつもりだった。でも、きっと僕は何も知らなかったんだ。だから、」


あの悲劇が起きた。


そう続くはずだったのだろう言葉は突如暖炉から聞こえてきたセブルスの鋭い声に遮られた。


「ルーピン!話がある!!」


俺たちは思わず顔を見合わせた。


「セブルスだね。どうしたんだろう」

「さあな。ただ、ひどく御機嫌斜めなのは確かだな」


肩をすくめながら答えるとリーマスは苦笑しながら暖炉の上にあった粉を一掴みした。


「行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」


リーマスが暖炉の中に渦を巻いて消えていく様を見送り、俺は棚から本を一冊取り出す。適当に選んだそれは、「マジックな私の人生マジック」という本だった。魔法界の本のタイトルはどれも奇抜だ。


どうせすぐに帰ってくるだろう。セブルスがリーマス相手に世間話に興じるとは考えづらい。それとも、俺も行ってみようかと考えがよぎったがすぐに頭を振った。機嫌最悪なセブルスに近づけばやぶ蛇になりかねない。面倒ごとはごめんだった。


リーマスの執務机に腰掛け、しばらく本を読んでいると、行きとは違い、難しい顔をしたリーマスが戻ってきた。


彼の手には古めかしい羊皮紙があった。


その羊皮紙には見覚えがある。ハリーが持っていたものだ。杖先で合言葉を唱えればたちまちホグワーツの地図になり、足跡と名前が表示される地図。その、第一号だ。改良された第二号は今はレイの手元にあるはずだ。


「祐希は、これが何か知っているのかい?」


どうやらハリーがポカをやらかしたらしい。大方セブルスに取り上げられたのだろう。それがなぜリーマスの手元に渡ることになったのかは知らないが、ひどくおかんむりであることはよくわかった。


「ハリーが持っていた。セブルスはどうも、これに闇の魔術がかかっていると思ったようだが、これはそんなものじゃない」


何も答えなかった俺にしびれを切らしたリーマスが話し続ける。


「僕はこれがフィルチさんに取り上げられたことを知っている。それがなぜハリーの手元にあったのかはわからないけれど、君は、これがどういうものか知っているのかい?」

「…答えはイエスだ」

「なぜ!今がどういう状況か知っているだろう?もしこれが奴の手元に渡ったらどうするんだ!ハリーの居場所を知られ、彼の周りに誰もいない時を狙われるかもしれない!聡明な君が気づかないはずがないだろう!」

「俺をあまり買い被ってくれるな。リーマス」

「祐希!」


切り裂くような鋭さを持ったリーマスの怒声に肩をすくめる。


「まず、それを提出しなかった理由として、表向きにはハリーにも自由が必要だと思ったからだ。この13歳という一年は今年しかない」

「祐希、ことはそんな悠長なことを言っていられないんだよ」

「まあ、聞けって。もう一つ、裏向きの理由としては、ハリーに知って欲しかったからだ」

「何を言っているんだい?」

「ハリーは知るべきなんだ。この学校のことを。今、何が起こっているのかを。その背景を。知らなければ行動に移せない。知識がなければ対処ができない。対処ができなければ、全てが後手に回ってしまう」

「祐希、僕は君が何を考えているのか知れないけれど、教師として、これは問題だと思っているんだ」

「リーマス。さっき言ったよな。シリウス・ブラックは変わった、と」

「祐希?」

「ユダは別にいる。そう、考えたことはないか?」

「君はなんの話をしているんだい?」

「そうだなこう言っておこう。俺は、ムーニーも、パッドフットも、プロングズも好きだよ」

「!!」

「それじゃあ俺はもういく。きっとハリーが落ち込んでるだろうからな。慰めてやらなくちゃ」


まだ何か言いたげなリーマスを残し、俺は足早に部屋を後にした。


さすがに少し喋りすぎたように思えるが、まあいいだろう。全て知るまでもう少しだ。


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