人生幸福論 | ナノ


25:脱狼薬  




ぐつぐつと煮立つ鍋の中を覗き込む。右に三度回して、左に五度回す。


途端に鍋の中身に変化が訪れた。それは、俺が今まで待ち望んでいた変化だった。目を瞠り、鍋の中を凝視する。


「セブ!セブルス!!」


俺の叫び声に、驚いたらしいセブルスが、慌てたように隣にある薬草庫から飛び出してきた。後ろでなんらかの薬瓶が音を立てて割れたが気にしていられるわけもない。俺は興奮をそのままにセブルスに鍋の中を指し示す。


「見ろ!これ!!」


俺に、切羽詰った様子がない事を悟ると、大きなため息を吐き、大股で近寄ってくる。ついでに先ほどローブの端に引っ掛けて割ってしまった薬瓶を片すことを忘れない。なんの魔法薬だったのか床からはピンク色の煙があがっていたが、セブルスが杖を一振りすると綺麗に消え去った。


「騒がしくするなら追い出すぞ」

「んなこと言ってる場合かって!見ろよ!成功だ!」


セブルスが鍋の中を覗き込む。すると彼の顔にもまた驚きが現れる。


「ほう…」

「あとは、リーマスに飲んでもらって、確かめるだけだな」

「最後に入れたのは何だ?」

「バジリスクの脱皮」

「バジリスクだと!?」

「そう。秘密の部屋に行って取ってきたんだ。本当はバジリスクの唾液とか毒とか欲しかったんだけど、それはさすがに危ないってサラに止められたからな。じゃあ、とりあえず取れそうな脱皮だけと思って持ってきた」


セブルスが何ともいえない顔で俺を見るがそれを無視して俺の見解を告げる。


「本当はトリカブトの量を減らす目的だったんだ。あれ、猛毒だろ?あんなの飲み続けてたら、そりゃ人体にも影響がでるよなって思って。でも、やっぱり毒系じゃないとダメかともったんだけど、そんなことなかったな。トリカブトも通常の半分の量に抑えられたし。まあ、味はリーマスの希望には添えなさそうだけどな」

「あたりまえだ。肝心のトリカブトは糖質を混ぜると効果を無くす」

「そうなんだよなー。でも、ゆくゆくは味を改良するか、固形にして飲みこめる方式にするか考えたいよな。固形にできたら、長時間の保存が可能になるだろうし、遠方への旅行も可能になるだろ」

「貴様、そんなところまで考えているのか」


ノートを開き、今回入れたものの材料と、作業工程を書いていく。もうしばらく様子をみて、定着したようだったら鍋を火からおろさなければならない。


「俺の目的は、人狼が満月でも普通の人と同じように過ごせるようになることだからな。そうなったらリーマスもいろいろ生きやすくなるだろうし」

「それより、もうそろそろ下ろした方がいいだろう」

「ん?お、本当だな」


鍋を火からおろして、火の後始末をする。鍋の中の液体は、やはり美味そうには見えないが、入れているものを考えるとそれも仕方がないだろう。


「とりあえず、脱狼薬はこんなもんだろう。あとはリーマスに実際に飲んでもらって、経過観察して、それが終わったら論文書いて、学会に提出だな」

「ほう、論文を出すつもりなのかね」

「もちろん。世の中に広めないと、しょうがないだろ?魔法薬学者としては当然だ。あ、でも、まだ学生生活は満喫したいから、その辺は、セブルスの威光を借りさせてもらうぞ」

「何をするつもりだ?」

「ん?ただ、架空の人物を作るだけさ」


よし、これで終わり。とノートを閉じる。鍋の中身をゴブレットに移し、立ち上がる。


「じゃあリーマスの所に行ってくる」


セブルスを部屋に残し、さっさと俺はリーマスの私室へ向かった。


季節はすでに2月を迎えていた。各教室ならばそれぞれに暖炉があるのだが、廊下を温めるものなどあるはずもなく、城内だというのに廊下に出ただけで吐く息は白い。かじかむ指先でゴブレットを持ちながら廊下を歩いていると、前方からすごい形相のハーマイオニーが走ってくるところだった。


「ハーマイオニー!」


声をかけると、彼女ははっとなって俺の方を見た。


「祐希?こんなところで何をしてるの?」

「今からリーマスのところに行くんだ」

「ルーピン先生?彼なら、さっき職員室…あっ」

「ん?」

「な、なんでもないわ!私急いでるから!」


酷く焦っているらしい彼女は、足早に通り過ぎて行った。


「リーマス、職員室にいるのか?」


ハーマイオニーの言葉尻からそう思ったが、すぐに、彼女がきっとタイムターナーを使った後なのだろうと見当がついた。だから、言葉を途中で止めて、足早に去っていったのだろう。


実際にその通りだったのだろう。リーマスの私室には、彼がいて、職員室に行っていたかを聞くと、行っていないと答えた。


「じゃあ、リーマス。これ、飲んで」

「……祐希、なんだか、今までのとは違って、酷い色をしてるんだけど」

「今までのも似たり寄ったりだろ?」

「…匂いは、まあ、そんなに悪くはないかな」

「だったら、味もましかもしれないな」


そんなこと思ってもいないだろうと睨まれるが、肩を竦めるだけにする。


リーマスはせっせと机の上に甘いチョコレートとコップ一杯の水を用意し、ようやく意を決してゴブレットの中身に口をつけた。


鼻をつまんで、いっきに煽る姿に、内心で拍手を送る。


俺は、魔法薬をつくるのは好きだが、飲むのは嫌いだ。


中身を知っている分、絶対に飲みたくないと思っている。その辺は、マグル界の医療を見習って、固形物にしたいところだ。カプセルっていうのは実にいいシステムだと思う。味を確認することなく飲みこめるのだから。


「どうだ?」


全て飲みきると、リーマスがすぐさま水を続けざまに4杯飲みほし、チョコレートを口いっぱいに放り込んだ。


「……酷い味だ」

「だろうな」

「いったい、何を入れたんだい?」

「聞かない方がいいと思うぞ」

「……そうするよ」

「とりあえず、理論上ならこれで、完璧に人狼化を抑えられるはずだ。月の下に出ても大丈夫になるだろう。まあ、飲み方は今まで通り満月の前後も毎日飲まないといけないんだけど」


ここで、リーマスははっきり顔をゆがめた。


「もし吐き気や頭痛などの体調不良が出たら、知らせてくれ。セブルスにでもいい」

「わかったよ」

「ちなみにどんな味だった?」

「………三日三晩は食事のたびに思い出して水を飲みたくなるような味かな」


それは、絶対に飲みたくないな。と自分で作っておきながら、これから毎日それを飲まなければならないリーマスに同情した。


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