「おーい、シリウス。『虫かご』くれ」
「『虫かご』!?」
読書中だったシリウスががばりと顔をあげ、驚愕した。
「?レイに『虫かご』っつったらわかるって言われたけど?」
「あ、ああ…。それは確かにわかるが、一体こんなもの何に使うんだ?」
「んー?ヒ・ミ・ツ」
区切りながら言うと、シリウスにとても嫌そうな顔をされた。
シリウスは読んでいた本にしおりを挟むと、シリウス用に作られている棚の方へと足を向けた。その棚をガサゴソあさったかと思うと、シリウスは一つの箱を取り出した。
「ほらよ」
それは、本当に虫かごのようだった。透明なケースで、上には空気穴があけられた格子状の蓋がつけられている。
「これか?」
「レイが『虫かご』って言えって言ったのなら、それだ」
「へえ。本当に虫かごだな」
「そんなもの何に使うんだか…」
「ちなみに、どんな仕掛けになってるんだ?」
「ん?入れたものは本名を呼ばれないと出てこれない仕組みだ。容量変換の魔法がかかっているから、どんな大きさの物でも入るが、本名ってところがミソなんだ。つまり、それの名前を忘れると、取り出せなくなる。たとえば虫なら、その正式名称を呼ばないといけない。これがレイからの要望の一つだったな」
「へえ。生き物は入れるとどうなるんだ?」
「時間が止まるといえば正しいか。いや、俺も体験しているわけじゃないから、わからないが、餌を与えなくても生きていられるようになる。捕まえた虫を持ち運び中に傷つけないようにしたいというレイからの要望でな。要は、動かなくなればいいってことだろう?だから、この中では時間の流れを変えたんだ」
「へえ、そんなことができるのか」
「いろいろ掛け合わせたけどな。おかげでタイムターナーの仕掛けもある程度理解した…」
げっそりした顔で言うシリウス。その後ろには資料が山積みになっている。それらの資料の提供限はアリィとサラだということは言うまでもない。
「なるほどなー。じゃあ、これ、もらってく」
「ああ…」
「シリウスは他にもつくるものがあるのか?」
「ある」
シリウスは羊皮紙を資料本の山の中から引っ張り出した。その羊皮紙には箇条書きでいくつも名前が書かれている。魔道具の名称のようだが、それがどういうものなのかはよくわからなかった。あのレイが考えることだ。作っているシリウスでさえ何を作らされているのかわからないものなのだろう。この『虫かご』のように。
「へえ…」
「暇なら手伝え。祐希。お前も頭がいいのは分かってるんだ」
「残念。俺は今からハリーのディメンター対策だ」
「ああ、そういえばパトローナスを教えてると言っていたな…。ハリーは大丈夫なのか?パトローナスなんて、上級魔法だぞ」
「大丈夫だろ。なんせ、ジェームズ・ポッターの息子だからな」
「それはそうだが…」
「憶えてもらわないと困るんでね」
「これから先、何かあるのか?まさか、ハリーがディメンターに襲われるのか!?」
掴みかからん勢いのシリウスに苦笑する。
「おいおい。勝手に決めつけるなよ。ハリーはディメンターの影響を受けやすいからな。また、ディメンターを前に気絶されるのは困るだろう?自分の身は自分で守れるようにならないとな」
「祐希が居れば問題ないだろう」
「俺に四六時中ハリーに張り付いてろってか?ホモに間違われたらどうしてくれる。俺は女が好きだ」
「ああ、確かにそれはハリーが可愛そうだ」
「おい、俺の心配は!?」
「祐希なら問題ないだろう。ほら、持っていくんだろう」
「はあ…。せっかくシリウスにもクリスマスプレゼントをと思っていたのに」
「何?」
「ずっと、この中じゃ息もつまるだろうと思って、夜のお散歩に連れていってやろうかと思っていたんだが、そうか。いらないのか」
「待て待て!俺が悪かった!」
顔色を変え、慌てて謝罪するシリウス。
「散歩に行きたいか?」
「行きたい!」
「何があっても俺の指示に従えると誓うか?」
「誓う!」
「よし。じゃあ俺の犬になれ」
「………………」
シリウスがぽかんと口を開けたまま立ち尽くした姿場、腹を抱えて笑うほど面白かった。
そして、まあ、予想通りだろうが、俺は赤い首輪にリードを付けたシリウス(犬ver.)をつれて夜の校庭を歩いている。もちろん、念のため姿くらましの術をかけている。
あともう一つ。欠かせないのが、これだ。
『ネームチェンジーズ』
カタカナにするとなんてダサいのだろうか。
ちなみに、これはバッチになっていて、今も俺のローブの胸元に蛍光色を放ちつけられている。シリウスには首輪の部分につけられている。
俺のバッチには「ジェンキンズ・クリントン」とかかれている。ちなみにシリウスの方は「ウッディ・マカロニア」だ。
先に行っておこう。これもレイの発明品だ。俺たちは今散歩中だが、ここで一つ問題がある。それは、ハリーが持っているはずの「忍びの地図」だ。あれには、そいつがどんな姿かたちになっていようと本名をその地図に表していしまう。そのため、あの地図には書かれていない創設者の部屋にシリウスをずっと閉じ込めていたのだが、それではこれからの計画を行う際にハイリスクになってしまうため支障をきたすと考えたらしいレイが、「忍びの地図」製作者のシリウスにそれをごまかすための道具を作れと依頼したのだ。
理にかなっているのかなんなのか。
とにかく、レイからの無理難題を見事に叶えることに成功したものが、これだ。
もちろん、俺たち用にシリウスが作った忍びの地図ver.2で確認済みだ。
これの効果は言わずもがなだろう。名が体を表している、基、名が効果を表している。
『ネームチェンジーズ』
着けたものの名前が変わる。かといって、すでに周囲から認識された呼び名があった場合は、それがあだ名替わりとなるため、俺の呼ばれ方は何も変わらない。
本当にこの地図上でしか役に立たないバッチなのだ。
「にしても、レイもよくこんなん考えてたな」
「グウ」
「そんで、お前もよく作ったよ」
「ワフ」
「つうか、犬って夜目聞くんだっけ」
「ワン」
「ふーん、あ、」
「ウウ?」
「クルックシャンクス」
前方から優雅に歩いてくる、つぶれた顔をしたオレンジ色の猫。しゃなりしゃなりと歩いてくる姿から夜の散歩だろう。
「ハーマイオニーの猫だよ。ハーマイオニーって言うのは、ハリーの親友な」
「ワウ」
「にしても結構遠くまで出てきてるんだなあ。まあ、ネコって夜行性だしな」
クルックシャンクスは俺とシリウスを見比べるとシリウスへ向かって威嚇した。
「そういえば初対面か?」
「ワフ」
「ふーん。こいつ頭いいんだぜ?あのネズミ取りも頑張ってるしな」
俺が手を伸ばすと、初めて俺の方にも警戒心をあらわにした。もしかしたら、アニメーガスと一緒にいる俺も警戒したのかもしれない。
「あらら…。うーん。クルックシャンクスに警戒されるのは困るんだよな。ハーマイオニーから嫌われる」
困ったと後頭部をかきつつ、シリウスに伏せるように指示する。
約束通り俺の指示に大人しく従ったシリウスは、事の成り行きを黙って見守る気らしい。その尻尾がゆらゆらと揺れていることから、どこか楽しんでいることは見て取れた。
「あー、クルックシャンクス?こいつは、確かに奇妙かもしれないけど、俺の友達なんだ。で、俺はハーマイオニーに危害を加えるつもりはないよ。こいつも同じだ。君の大事な主人を傷つけはしない。約束する」
クルックシャンクスはそれでもなお、警戒したように、呻っている。はたしてどうした者か。
あ、そういえば姿くらまししたままだったか。
杖を振って姿くらましを解くと、クルックシャンクスは、そのつぶれた顔についた小さな鼻をひくつかせた。
「な、頼むよ。これらかも仲良くしてくれ。あのネズミは俺たちでなんとかするしさ」
クルックシャンクスはしばらく俺をにらんでいたが、やがてふんと鼻息を鳴らすと俺たちを避けて城の方へ歩いて行った。
俺は再び杖を振って、目くらましの呪文を駆ける。まあ、これってダンブルドアに見つかったら一発でばれそうなんだけどな。
「目を瞑ってくれるってさ」
「ブウ」
「おい、なんだその反応は」
シリウスは、クルックシャンクスと同じように鼻をフンの鳴らすと、さっさと行くぞとでも言うように歩き出した。