帰って来た俺たちは、お腹がぐうと鳴り響く。そういえば朝食すらまだだったことを思いだした。
談話室にいけば、ちらほらとクリスマス気分を満喫しているらしい姿をみかける。
ホールはクリスマス使用に切り替えられ、大きなクリスマスツリーも飾りつけられている。数日前からフリットウィック先生がせっせと飾りつけするのを目撃している。
朝食を食べ終えた俺たちは一度寮に戻ることにした。
ロンのベッドの上ではスキャバーズがお腹を見せて寝転がっている。ロンはそれをわし掴むと持ち上げて、体を調べ始めた。
「あんまり元気そうじゃないね。どう?」
ハリーが聞いた。確かにスキャバーズは目に見えてやせ衰え、毛が抜け落ちている。
「ストレスだよ!あのでっかい毛玉の馬鹿が、こいつをほっといてくれれば大丈夫なんだ!」
「ロン、俺の知り合いに、っていうかアリィの知り合いなんだけど、いい動物病院の先生がいるから、診せようか?」
「え、本当!?」
「避難させるのもいい名目だし、ちょうどいいだろ」
「うーん、でもなあ。僕、動物病院に払えるお金なんて持ってないよ。もちろん、ママたちも出してはくれないと思う」
「友達なんだし、そんなのいいって」
「本当かい?」
「おう」
「とりあえず、話し通しておくから。返事が来たら、預からせてもらうわ」
「わかった」
スキャバーズはロンの手の中で、震えていたが、ポケットに突っ込まれると大人しくなった。
昼食時、大広間に降りていくと、各寮のテーブルはまた壁にたてかけられ、広間の中央てテーブルが一つ、食器が十二人分用意されていた。ダンブルドア、マクゴナガル、セブルス、スプラウと、フリットウィックの諸先生が並び、管理人フィルチもいつもの茶色の上着ではなく古びたかび臭い燕尾服を着て座っている。
そこにリーマスの姿はないのは仕方がないだろう。
サラとレイの姿がすでにそこにはあった。
「メリークリスマス!」
俺たちが近づくと、ダンブルドアが挨拶をした。
「これしかいないのだから、寮のテーブルを使うのはいかにも愚かにみえたのでのう。さあ、お座り!お座り!」
まあ、俺からしたら、全員顔見知りだし、全然問題はない。
俺の隣にはサラがいて、反対にロン、ハリー、ハーマイオニーの順で座った。
ちょうど向かい側にセブルスがいて、片手をあげて挨拶をすると、鼻を鳴らして顔をそらされた。恥ずかしがりやだな。
「クラッカーを!」
どうやらダンブルドアははしゃいでいるらしい。
大きな銀色のクラッカーの紐の端の方をセブルスに差し出している。セブルスは押しに負けて渋々受け取って引っ張った。
「おお、セブルスがパーティーに参加してる」
「渋々だがな」
大砲のような音がして、クラッカーがはじけると、禿鷹のはく製をてっぺんにのせた大きな魔女の三角帽子が現れた。ハリーとロンが目くばせをして、にやりと笑ったのが見えた。セブルスが不快そうにその帽子をダンブルドアへ押しやる。
「セブルスがかぶっても似合いそうなのに」
俺が軽口をたたくと、ぎろりとにらまれた。
「そういう貴様がかぶってはいかがかね?ミスター・赤司」
「まあ、かぶるのは良いんだけどな。どうせなら全員で何かしら被るか?」
その言葉に、ダンブルドアはいたく歓喜して、杖を振ると、様々な帽子を振らせてきた。全員分帽子が行き届いたところで、セブルスが盛大に顔をひきつらせ、隣のサラから思いっきり頭を叩かれた。
「イタッ、」
「俺まで巻き込むな」
「そう言うなって。似合うぞ。サラ」
サラの目の前にあった帽子を取りサラにかぶせると、彼はそれをすぐに外して、今度は俺にかぶせてくる。
「お前の方がお似合いだ。馬鹿」
「ひでえな。でも、どうせなら、クリスマスだし、サンタクロースらしくしたいよな」
真っ黒な魔女の三角帽子に向け、杖を振ると、瞬く間に赤い布製で白いファーのついた帽子に変わった。それを被って見せる。ついでに白いひげもつけようかと思案していると、隣のサラに盛大にため息を吐かれた。
「祐希ってこういうことにはすごく積極的よね」
「なんだ。レイも被るか?どうせならサンタのコスプレでもする?」
「馬鹿言ってないで」
「かわいいって絶対。よし、どうせならこんなのもどうだ?」
そうして杖を振って別の三角帽を変えさせた姿は、トナカイの角だ。もちろんリアルを追及している。
それを見て、隣でサラは顔を引きつらせるが、俺は標的を変えて隣で、チキンに手を伸ばしているロンの頭に取りつける。
「わっ!何!?」
「ロン、似合うぞ」
「アハハッ、本当ね。ロン」
「え、なにを付けたんだよ祐希!」
「食事中は取るなよ。俺もつけてるから」
「って、これ、本物のトナカイの角!?君、やってることが、フレッドたちより性質が悪いよ」
「いいじゃねえか。クリスマスなんだから楽しまなきゃな」
この俺たちのじゃれ合いを先生方は生暖かいまなざしで眺めているのだが、そんなこと知ったことではない。
なんとかロンにトナカイの角を付けたままにするように説得し、俺はサンタの帽子をかぶったまま食事を続ける。
俺が七面鳥に手を伸ばした時、大広間の扉が開いた。トレローニー先生がまるで幽霊のようにスーと近づいてきた。めかしこんできたらしく、スパンコールかざりの緑のドレスを着ている。メガネと相まって、大きなトンボに見える。
「シビル、これはお珍しい」
「校長先生、あたくし水晶玉をみておりまして、あたくしも驚きましたわ。一人で昼食を取るという、いつものあたくしを捨て、皆様とご一緒する姿が見えましたの。運命があたくしを促しているのを拒むことができまして?あたくし、取り急ぎ塔を離れましたのでごじますが、遅れましてごめんあそばせ」
蚊の鳴くような声で言った。
「つまり、一人で過ごすクリスマスがさびしかったから一緒に食事したいってことだな」
俺が誰に言うでもなくぽつりとつぶやくと、隣のロンがむせた。
「そんな、かわいげがあるか?」
「解釈的にはすっごくかわいいよな」
「君、あいつの言動でよくそんな風に考えられるよ」
「だって、言い訳がツンデレみたいじゃね?『べ、別に私はさびしくなんてなかったけど、みんながさびしいかなって思ったから、仕方なく?仕方なくよ!来てあげたんじゃない!』みたいな」
再びロンが吹き出し、肩を震わせて笑う。
その奥ではハリーも慌てて口の中の物を飲みこんでいた。
「そういう女がタイプだったのか?祐希」
「いーや?特にタイプとかがあるわけでもないし」
「男たちって本当に馬鹿」
レイの呆れた声が耳に届いたところで、トレローニーが金切り声をあげた。
「校長先生、あたくし、とても座れませんわ!あたくしがテーブルに着けば、十三人になってしまいます!こんな不吉な数はありませんわ!お忘れになってはいけません。十三人が食事をするとき、最初に席を立つものが最初に死ぬのですわ!」
「シビル、その危険を冒しましょう。構わずお坐りなさい。七面鳥が冷え切ってしまいますよ。
トレローニーは迷った末、空いている席に座った。目を固く閉じ、口をキッと結んでいる。まるで今にもテーブルに雷が落ちるのを予想しているかのようだ。マクゴナガルは手近のスープ鍋に匙を突っ込んだ。
「シビル、臓物スープはいかが?」
「あら、ルーピン先生はどうなさいましたの?」
「気の毒に、先生はまたご病気での」
ダンブルドアの答えにロンとハリーが俺の方を見た。
君は知ってたの?という顔だったが俺は肩を竦めるだけにした。
「でも、シビル、貴方はとうにそれをご存知だったはずね?」
「もちろん存じてましたわ。ミネルバ。でも『すべてを悟れるもの』であることを、ひけらかしたりしないものですわ。あたくし、『内なる眼』を持っていないかのように振る舞うことがたびたびありますのよ。他の方たちを怖がらせたはなりませんもの」
「よくわかりましたわ!」
「ミネルバ、どうしてもとおっしゃるなら、あたくしが見るところ、ルーピン先生はお気の毒に、もう長いことはありません。あの方自身も先が短いとお気づきのようです。あたくしが水晶玉で占って差し上げると申しましたら、まるで逃げるようになさいましたの」
今度はロンとハリー、ハーマイオニーから窺うようにして見られる。
サラはちらりと俺を見ただけですぐに食事を再開している。
俺は手を止めてトレローニーを見る。
「トレローニー教授。ご心配には及びませんよ。スネイプ教授とともに俺もリーマスの薬づくりには協力をしているんです。それに、この俺が居ながら、みすみす彼を死なすようなことはいたしませんよ。なんたって、俺の恩人ですから」
トレローニーは突然会話に入ってきた生徒に、目をぱちくりと瞬かせる。俺は務めて冷静な口調と柔和な笑みを心がけていたが、果たしてどこまでそれが上手くいっていたのやら。
「あら、貴方は…」
「俺の事情は、先生方ならご存知かと」
「ええ。ええ、もちろん存じておりますわ」
「でしたら、発言には気を使っていただきたいものです」
少し低く出した俺の声は思いのほかホール内に響いた。
ピンと張りつめた空気が両サイドから感じ取れる。教授陣はさすがというか、普段通りをふるまっているらしい。
次に俺はわざと明るい声音を出してがらりと空気を変えさせた。
「ま、リーマスはいつもの持病なんで、2、3日休んだら元気に顔を出しますよ」
俺はそこで話を打ち切り、七面鳥へ手を伸ばす。取り分けたそれを口に運ぶ。毎年のことながら、やっぱり美味いな。日本では七面鳥なんて食べないからなー。
二時間ほどしてランチが終わるとハリーとロンがまず同時に立ち上がった。
それにたいしてトレローニーがいろいろ言ってきていたが、それをマクゴナガルがぴしゃりとはねのける。
「先に行っててくれ。俺はリーマスの様子を見てから戻るから」
「おっけー」
ハーマイオニーも立ち上がりロンたちと一緒に談話室へ向かった。
「上手くいったみたいね?」
「ん?何がだ?」
「ハーマイオニーの説得」
「ああ、まあな」
「どうやったの?」
「メッセージカードを付けたのと、ちょっとした交換条件、かな」
「朝から飛び回っていたあれが交換条件か?」
「おや、見られてたのか」
どこからサラが見たのかは知らないが、まああれだけ派手に飛び回っていたんだから誰に見られていてもおかしくはない。
「今のハーマイオニーは勉強とその宿題で頭がいっぱいいっぱいだからできたことなんだけどな。何にしても平和にいってよかった」
「あとは、ネズミかあ…」
「あ、それなんだけどさ、捕まえるとして、何に入れておくつもりだ?計画じゃあ、どっちにしても、先に捕まえて保管だろ?」
「あ、それについてはもう準備してあるよ!し…ポチに作ってもらってる」
「あのリストの中にそんなものまで入っていたのか…」
サラが驚いていた。
「うん。一番可能性があるから祐希に渡しておこうかな?」
「ああ。話はつけたから、平和的に捕まえられると思う」
「え!本当!?最悪、大規模な捕獲作戦しなきゃいけないかなって考えてたんだよね!」
何をする気だったのか。思わず俺とサラは顔を見合わせる。
レイが一番大人しいようでいて、実は突拍子もないことをし出すのだから、こういう時のレイの発案が一番怖いのだ。身を持って知っているサラと俺はできるだけその作戦には参加したくないものだ。
「じゃあ、あとで取りに行く。どうせ、あの部屋に置いてあるんだろ?」
「うん。ポチには『虫かご』で通じるよ」
「むし、かご…」
虫かごの中に入っているネズミを想像して、げんなりする。
「特注品だから大切に扱ってねー。今回のためにこだわりにこだわったんだから」
「そうかよ」
嬉々とした表情のレイに苦笑する。前世でのヘルガではあまり見られなかった光景だ。
「まあ、楽しみにしてる。じゃあ、俺もそろそろ行くわ」
「ああ」
「またねー」
大広間を後にした俺はまっすぐにリーマスの元へ向かった。
満月の夜が近いせいで最近も体調を崩しているリーマス。でも、今回の薬は当たりだったらしく、前回よりは体が楽そうだった。
人体的にはトリカブトが一番悪影響を及ぼしているのだろうが、それを外すと狼化を抑えることはできなくなってしまうから難しいところだ。
「あー…、アラゴクの毒とか分けてもらったら効果あるかな?」
去年、禁じられた森の中にハグリッドが放ったというアクロマンチュラの毒がもしかしたら効くかもしれないが、それは最終手段としてとっておこう。あそこに入るのは命がけになるだろうことがわかっているからだ。去年のハリーとロンの憔悴ぶりを見るととても自らあそこの行こうとは思えなかった。
そんなことを考えながら向かった、リーマスの私室では、リーマスがベッドの上で本を読んでいるところだった。
「へえ、本を読めるぐらいには体調がよさそうだな」
「ああ。祐希の薬のおかげだね。随分体が楽だよ」
「よかった。完全に人狼化が抑えられるわけじゃないあたりが、まだまだ未完成だけどな」
「それでも、気持ち悪くならないだけ僕としてはましだよ。あとはもっと甘くなってくれるとありがたいんだけど」
リーマスからの何回目かの要望に苦笑する。脱狼薬はとてつもなく苦いらしい。甘党のリーマスにはきついのだろう。しかし、一度試しだと思って砂糖を入れてみたらものの見事に反応を打ち消してくれたものだから、味の改良は一旦おいておくことにしている。
「完全な脱狼薬が完成した時にでも研究してやるって」
「きっとだよ。祐希」
「はいはい」
「それにしても、その帽子はどうしたんだい?それに、その服、僕が送ったやつかい?」
「帽子はサンタだ。成り行きでな。服はお察しの通り。さっそく着てみたんだ。どうだ?」
「うん、似合ってる」
「それにしても、洋服に興味ないリーマスが珍しい。誰に選びに行ったんだよ?」
ニヤリと口角をあげて聞いてみると、リーマスは顔を反らした。
「僕が選んだとは思わないのかい?」
「リーマスだけのセンスだとは思えないな」
来ている服をつまみ、暗にセンスが良いことを告げると、リーマスは唇をとがらせてふてくされた。
「で?」
「旧友だよ。出かけた時にたまたま会ってね。ついでに選んでもらったんだ」
「へえ?」
「本当にそれだけさ」
「別に俺は何も言ってないが?」
「顔が笑ってるよ」
「ハハッ、悪い悪い。リーマスに良い人でもできたのかと思っただけだ」
「そんな人が、僕にできるわけがないだろう」
「知ってるか?『ルーピン先生って、いつもちょっと疲れているみたいだけど、授業しているときはとても面白いし、普段は優しいし、それに弱ってる時なんかかわいいよね!あたしが看病してあげたーい』だってさ」
裏声を使い、ご丁寧に身振り手振り付きで三文芝居を打つ。リーマスはぽかんと俺を眺めていたが、終わった途端顔をしかめた。
「なんだい、それ」
「この前、女子が話ていたリーマスのこと」
「…いまどきの子って…」
頭を抱えるリーマスに苦笑する。俺も、同じ気持ちだ。いまどきの女子の気持ちがわからない。そもそも年齢差を考えると犯罪だ。
「ま、そういうわけで、どこからか俺がリーマスの養子だって掴んだ女子に、結婚してるのかとか、付き合ってる人はいるのかとか聞かれたぞ。もちろん、真実を話しておいた」
「まさか…」
「まさかだ。恋人募集中だと言っておいた。よかったな。今年のバレンタインはチョコレートがたくさんもらえるぞ。ああ、こっちじゃ男から送るんだっけ?」
「君ってやつは…」
「だが、同い年や年下が母親になるのは避けたいな。ってことで、俺よりも年上から選んでくれよ。リーマスが選んだ女なら、俺も受け入れる」
「ああもう」
「おっと、交際を断る理由を俺にはしないでくれよ?俺は、リーマスが本当に好きになった奴でリーマスを大切にしてくれる奴なら、相手がだれであろうと気にしないと言ってあるんだから」
「本当に君ってやつは…、どこまでも度肝を抜かされる」
ベッドの上で本を放り出して頭を抱えているリーマスに腹を抱えて笑う。なんだかんだ言いながら耳が赤くなっているあたりまんざらでもないのかもしれない。いつかリーマスにそういう相手ができるといいのだが。
「退屈しないだろう?俺といるのは」
「そうだね。おかげで、僕は、毎日ただ過ごしていただけの日々が少しだけ騒がしくなって、果てにはこうやって再び学校へ戻ってきているんだ」
「リーマスには幸せになってもらわないとな」
「もう十分幸せだよ。一人ぼっちだった僕に君という家族ができたんだ」
「まだまだ。こんなのは序の口だ。なんせ、俺はサンタクロースだからな。良い子にはプレゼントを贈るんだ」
その場でくるっと回って見せる。途端に俺の顔からは真っ白な口髭がはえる。ダンブルドアもびっくりの立派で真っ白な口髭だ。
「どうだ?」
「ハハハッ、かわいいサンタさんだ」
「ちなみに、トナカイはロンだ」
「ああ、似合いそうだね」
「じゃあ、リーマスには、これだな」
杖を振ってカチューシャを出す。もちろん、ついているのは狼の耳、のつもりで出したのだが、これでは犬なのか狼なのかわかったものじゃない。
とりあえずそれをリーマスに装着してみる。
うん、女子が見たら、我先にと写真を撮りたがるのではないだろうか。
「ハハハッ、似合ってるぞ。リーマス」
「こんなおじさんに犬耳をつけてもしかたないだろう」
呆れた顔をしながらも、取らないでいてくれているリーマスに笑って、そのままつけておくように言ってみる。
リーマスは苦笑しつつも、君がいる間だけなら、と言って了承してくれた。
ベッドには犬耳をつけたリーマス。その傍らにはサンタクロース姿の俺という異様な光景の出来上がりだ。
まあ、クリスマスなんだ。
たまにはいいだろう。