どこかピリピリした空気が残ったまま、クリスマスを迎えた。
これで、気を貼る必要もなくなるだろう。室内で一番最初に起きた俺は、部屋の中央にうず高く積まれたプレゼントの山を見て苦笑する。
3度目のクリスマスだが、未だにどこかくすぐったい気持ちになる。
「ハリー、ロン、起きろ。クリスマスだ」
ぐっすり眠っていたハリーとロンが文字通り飛び起きた。
ハリーがベッドサイドに置いていたメガネをかける。そして、プレゼントの山を見て目を輝かせた。
その間にも、ロンはプレゼントに飛びつき、すでに一つ目の包装紙を破り始めている。
「またママからのセーターだ…。また栗色だ…。君たちにも来てるかな」
俺もプレゼントの山から、ロンが開けたものと同じ包装紙のプレゼントを持ち上げ丁寧に開いていく。中から出てきたのは、グリフィンドールのライオンが赤い毛糸で編みこまれた白色のセーターだった。それに、いくつかのお菓子も入っている。とても暖かそうだ。
ハリーは、俺とは色違いで、真紅のセーターだった。
他の包みを開くと、以前、手に入れたいと言っていた魔法薬に使うケルベロスの尻尾が入った包みがあった。カードには、一言だけ、大切に使えと書いてある。まったく、セブルスらしい。というか、どうやって手に入れたんだか。結構、値も張れば、希少価値も高くて俺もずっと探していた代物なんだけどな。
リーマスからは、いくつかの洋服だった。しかもセットアップされているらしく、洒落ている。まさか、リーマスから洋服が送られるとは思わなくてびっくりした。手紙には、知り合いと選んだらしい。珍しいことだ。リーマスももっといい服を着たら、絶対に男前になるし、モテモテなのに。
それにしても、誰に一緒に選んでもらったんだろう?今度その話を聞き出そうと決めて、その洋服は今日着るためにベッドの上に置いておく。
サラからは、魔法薬に関する本だった。これは、来月発売される予定のもので、当たり前だが俺はまだ持っていない。よく手に入れたなと感心する。
次のプレゼントを開けている途中で、ロンが声をあげた。
そちらを見てみると、ハリーのプレゼントの中に長い包に包まれたものがあった。それに気づいたロンが、疑問の声を上げたのだ。
ハリーが包装を破っていく。そして、中から出てきたのは、以前ガラスの向こう側にあったあの箒だった。ちゃんと届いたことに満足する。
ロンは持っていたソックスをポロリと落とし、もっと良く見ようとベッドから飛び出してきた。
「ほんとかよ。炎の雷、ファイアボルト」
ハリーが箒を取り上げる。と、箒の柄が燦然と輝いた。箒が振動すると、ハリーが手を離した。しかし箒はベッドの上に落ちることなく宙に浮いている。ちょうどハリーの腰当たりの位置だった。
「誰が送ってきたんだろう?」
ロンが声をひそめた。
俺だ。心の中でつぶやきながら、俺も興味津々だと思われるように、箒に近寄りまじまじと眺めた。それにしても、やっぱり綺麗な箒だな。
ロンが包装の中を調べると、一枚のメッセージカードが入っていた。
「ハリー!カードがある!…『君なら乗りこなせるだろう』だって!」
「名前は?」
「書いてない」
ハリーがロンからカードをひったくり、表裏とまじまじと眺めるが、そこには一文だけがつづられている以外至って普通のメッセージカードだった。もちろん、名前も何もない。
ハリーとロンで、この箒が誰から送られてきたのかの推理が始まるが、もちろんシリウスの名前が出てくるはずもなく、二人は首をひねらせる。
「もしかして、ルーピンかな?祐希、どう思う?」
「リーマスにこんなの買う金があったら、俺も知ってるはずだ。無理だろ」
「確かに。そんな金があるなら、ルーピンは新しいローブくらい買ってるよ」
「うん。だけど、君を好いてる」
それは確かだ。親友の忘れ形見だ。気にかけないわけがない。
でも、残念ながら、リーマスではないんだよな。
ハーマイオニーが入ってきた。彼女の腕には愛猫のクルックシャンクスが抱かれている。首に光るティンセルのリボンを結ばれているクルックシャンクスは、いつものつぶれた顔のままぶすっとしていた。
ロンが抗議の声をあげ、スキャバーズをパジャマのポケットに押し込む。思うのだが、ロンも大概、彼の扱い方が雑だと思う。
「まあ、ハリー!いったい誰がこれを?」
「さっぱりわからない。カードはあったんだけど、名前も何もないんだ」
ハリーがハーマイオニーにカードを見せる。
ハーマイオニーは難しい顔をしてそのメッセージカードを眺めていたが、やがてカードに向かって呪文を書けた。二度、三度、別の呪文を試すが、カードからは何も出てこなかった。
まあ、俺がそこからはたどれないように細工したんだけどな。
「誰か、はそこまで問題視しなくてもいいだろう。すでにハリーが箒に触った時点で何も起こらないなら、問題はないと見ていい」
「でも、祐希。もしかしたらこれは、シリウス・ブラックが送ってきたものかもしれないわ」
「ハーマイオニー、それは、あまりにも馬鹿げてる。ハリーを殺すために、わざわざ、大枚はたいてファイアボルトを買うのか?だったら、友人からの贈り物として、それなりのものを買えばいい。まあ、そういうのを買えるだけの金があるんだったら、だけどな」
「そうだよ。ハーマイオニー。考えすぎだって。逃亡中のブラックが、のこのこ『高級クイディッチ用具店』に現れて買うって言うのか?そんなことしたら、ホグズミードが大パニックだ!」
「そう、よね…。でも…」
「なんだったら、俺が最初に乗ろうか?俺なら、大概のことは自分で対処できる」
「ダメよ!ダメ!」
「そうだぜ!祐希!抜け駆けはなしだ!僕だって乗りたいのに!」
「オーケー。ならばこうしよう。ハリーが乗っているのを、俺たちが下から監視するか、俺が試しに乗って見せるか。どっちがいい?」
「…わかったわ。乗るのはどちらでもいいけど、ちゃんと私の前で、よ!」
「そうこなくっちゃ。なら、今から外に行こう。試乗ぐらいなら、競技場に行く必要もないだろう」
そういうことで、俺たちは中庭に移動することになった。
内心、上手くいったことにほっとする。俺が出した提案は、よくよく考えてみれば理に適っていない提案だからだ。本当に呪いが掛かっていたとしたら、試乗してみた段階で、手遅れになるだろう。今回は、俺が送り主であり、絶対に何も起こらないとわかっているからこそ、あえて二択を与え、選ばせた。
人は、選択肢を与えられると、他の可能性を思いつきにくくなる。そこをうまく利用してみたのだ。特に、ハーマイオニーは今、勉強のことで頭がいっぱいだろうからな。普段の聡明な彼女なら、こんなインチキに引っ掛かりはしなかっただろう。
「さて、ハリー。どっちでもいいぜ?ブラックからの贈り物だと思うなら俺が乗るし、君の箒だから最初に乗りたいというのなら、ハリーが乗るといい」
「…じゃあ、僕が乗る」
「オーケー。俺たちが見えない範囲まで行くなよ。そっちまで言ったら、俺も先生に報告させてもらう。いいな?」
「わかった」
「よし。じゃあ、どうぞ」
ハリーから一定の距離を取り、乗るように促す。ハリーの腰元まで浮いたファイアボルトにまたがったハリーが、地面を軽く蹴った。
ファイアボルトは、箒に詳しくない俺でも見事だったと言えるだろう。
「ってことで、白だな」
「やっぱり!だから言っただろ!?」
「でも、まだ可能性は捨てきれないわ!」
「ハーマイオニーの心配はもっともだけど、今は気を反らしておきたいんだよ。わかるだろ?」
この前のハリーの剣幕を思い出したのだろう。ハーマイオニーが口をつぐむ。
「新しいおもちゃを与えておけばシリウス・ブラックに目を向けることも減るだろうし、考えることも減るだろう」
「…わかったわ。でも、もし少しでもおかしなことがあれば、すぐに先生に言いますからね!」
「わかってる。それは俺も同じだ」
ハーマイオニーの頭を撫でる。ちらちらと振ってきた雪が、彼女のブロンドの髪にかかっている。
「ハーマイオニーはあまり頑張り過ぎない事だな。最近、寝不足だろ?」
「課題が多いのよ」
「上手く調整することも大事だぜ?風邪ひいたら大好きな授業も受けられなくなるだろ」
「おいおい、冬休みに入ってまで授業の心配しないでくれよ」
「ロンはフレッドジョージから届いたプレゼントの中身を心配しないとな」
「やっぱりそう思う?あの箱だけ、なんか動いてて開けるの怖いんだよ」
げんなりするロンを笑っていると、ハリーが颯爽と降り立ってきた。
「やっぱりサイッコーだよ!この箒!」
「みたいだな」
「ハリー!次、僕が乗ってもいい!?」
「もちろん!」
最近ではめったに見なかった満面の笑みを見て、ハーマイオニーと顔を見合わせ、肩を竦める。
ハーマイオニーは宿題があるからと寮に帰ってからも、俺たちは交代でファイアボルトに乗って体が冷え切るまで遊んだ。