やってきたのは、いつもの創設者の部屋だ。
「で、エロールを使うなんてどうしたんだ?」
机の上にエロールを落とすと、ぴいぴいと怒った。
「祐希、見ろ!」
シリウスが意気揚々と広げて見せたのは一枚の羊皮紙だった。端がところどころ破れていて、年季が入っているように見えるが、それは仕様なのだろう。
シリウスが羊皮紙に杖をかざし、合言葉を唱える。
「我、過去より誘われし者なり」
何も書かれていなかったはずの羊皮紙に、じわじわインクがにじみ出し、それはやがて校内の地図に変化する。その校内図には、いくつか足跡が行きかい、足跡の下には名前が記されている。
「おおー。忍びの地図だな」
シリウスから受け取ったそれを、まじまじと眺める。今回のものは、創設者の部屋も表示されるようだ。その中にはシリウスと俺の名前がある。創設者の部屋の前には数人の生徒が行きかっていた。
「ああ。さらに、だ」
シリウスは感心する俺に満足そうにうなずくと、杖をかざし、それを羊皮紙に当てた。
「サルバトア・クリフデン」
サラの名前を口にすると、とたんに地図は形を崩し始めたかと思えば、とある一室を前面に映し出した。そこは、スリザリン寮のようだった。
「お望みの探索機能だ」
「おお!!」
俺も杖を当てて、レイの名前を告げる。すると、レイは3階の廊下を歩いているところだった。隣には、アレックス・グリードの名前がある。知らない名前だ。
「すごいな。まさか本当にやってのけるとは思わなかったよ」
「アリィが協力してくれたからな。おかげで抜け道もばっちりだ。まさか、こんなに、俺たちが知らない抜け道があるとは思わなかったが」
「城を作る際にかなり遊んだからな。遊び心は大切だろ?」
「迷う生徒も少なくなかっただろうな」
「生徒の成長において、冒険とは必要なものだ」
「もっともらしいことを言いやがって…」
「だが、学生時代はそのおかげで楽しめただろう?」
にやりと口角をあげると、シリウスは肩をすくめて苦笑した。
「にしても、忍びの地図なんて、何に使うんだ?」
「これからの計画には必要不可欠なのさ。まあ、悪いようにはしないさ」
「そこらへんは心配はしていない」
「そうか」
寄せられる信用にうれしく思う。
「とにかく、ありがとな。そういえば、レイの注文の方は終わったのか?」
問いかけると、シリウスが目を逸らす。そして大きくため息をついた。どうやらかなり行き詰まっているらしく、疲れた顔をしてソファーにどさりと腰を下ろした。ぐったりと背もたれに寄りかかるシリウスはしかめっつらのままもう一度ため息をつく。
「彼女のあの発想はどこからくるんだか…」
「レイは面白くなっただろ?昔はあそこまでじゃなかったんだが、着眼点はよかったな。俺たちの誰も気づかなかったことに気付くんだ」
「おかげで、私は暇をする時間もない」
「いいことだ。知ってるか?暇は人を殺せるらしい」
「なら、私はレイに感謝しなくてはいけないのだな」
「何か買ってやれ。金は持っているらしいからな」
「そういえば、箒は買ってきてくれたんだったか」
「買った。炎の雷ファイアボルトだ」
「ほう、それはどんな箒なんだ?」
「さあな。俺は箒には詳しくないが、最新作の箒らしい。店にある一番いい箒という注文だったからな」
「ハリーは喜んでくれるだろうか」
どこかそわそわしているシリウスに苦笑する。
まるで初孫に初めてプレゼントを贈るおじいちゃんのようだ。
「まあ、最高級品なのは間違いないからな。喜んではくれるんじゃないか?」
匿名で送っているため、素直に使ってくれるかはわからないが。ちなみに、俺なら警戒してしばらくは呪いなどがかかっていないか調べるだろう。特に、ハリーの立場ならばシリウスという敵がいることになっているわけだし、ヴォルデモートのこともある。
「にしても、よかったのか?結構な金額だったぞ。俺もためらいなく買ったけど」
「今まで彼には何もしてやれなかったんだ。せめてこれくらいはな。にしても、頼んでおいてなんだが、よく買えたな。怪しまれなかったのか?」
「俺を誰だと思ってるんだ?」
いいながら、杖を振る。俺の姿は瞬く間に変わり、身長もシリウスよし少し高くなった。
「ほう、見事なもんだな」
「見慣れた姿だからな」
「?」
「ゴドリック・グリフィンドール。この姿は、30手前かな。俺が一番やんちゃしていた時の姿だ」
シリウスがぽかんと口を開ける。
その時、ノックもなしにドアが開かれた。そこに立っていたのは、いつのまに合流していたのかレイとサラが二人並んで立っている。
二人は中にいる俺の姿に目を瞬かせるが、見慣れた姿だからだろう。すぐにもとに戻り、どちらかというと呆れた表情さえ浮かべた。
「随分懐かしい格好だ」
「本当だね。ゴドリック。シリウスに見せびらかして何の遊び?」
「遊びじゃねえよ。シリウスから買い物を頼まれて、この姿で買って来ただけだ」
「それにしても、ゴドリックって、そんなに背が高かったっけ?シリウスよりも高いのね」
「まあな」
ふふんと胸を張ると、シリウスに嫌な顔をされた。
さっさと戻れというシリウスをひとしきりからかってから、俺は元の姿に戻る。今回もゴドリックぐらい身長が伸びればいいのだが、それは難しそうだ。日本人だからか、童顔だし身長も低い。ハーマイオニーより少し低いぐらいだから、男としては複雑な気持ちだ。
「そうえば、ポッターが随分殺伐としていたが、何かあったのか?」
椅子に腰かけながら、サラが俺を見ながら言う。ハリーの名前にシリウスが敏感に反応するのを横目に、忍びの地図によって頭の隅においやられていた出来事を思い出した。
「ああ。ハリーがシリウスの罪状を知ってしまってな」
「ああ、今日だったか」
「そういえば、そうね。変更はなかった?」
「特に、な。ただ、バックビークの事がないぶん、どうやって気を反らすかは考え物だな」
「パトローナスを教えるんでしょう?だったら、問題ないんじゃないかな?」
「あと、もうすぐクリスマスだ。いろいろ吹っ飛ぶ」
「それもそうか」
「祐希がグレンジャーを抑えられたらな」
「……それな…」
一応伏線は張ったのだ。ただ、常識人という名のハーマイオニーに果たしてどこまで通用するか。いや、彼女は、ハリーのことを考えて、あの行動をしたのだ。褒められる所であっても責められるべきではない。それはわかっているのだが、今、ハリーからあれを取り上げられると、少々その矛先が面倒なことに向きかねない。
「でも、シリウスの騒動がなかったし、大丈夫じゃないか?」
たしか、あれはシリウスが校内に潜入しているという話から、ハリーを心配して、シリウスの罠じゃないかと思ったのだ。だったら、もしかしたら大丈夫かもしれない。
「でも、マクゴナガルたちの話を聞いたんでしょう?そこで、出なかったの?シリウスがハリーの命を狙ってるって」
「何!?俺がハリーを狙ってる!?」
「シリウス、ステイ」
「俺は犬じゃないぞ!サラ!」
サラによる珍しい対応にシリウスが目を剥く。
「出たな。それでハリーがショックを受けていた」
「おい!俺がハリーの命を狙うわけがないだろう!俺が狙っているのは、あのドブネズミだ!」
「パッドフット、ホーム」
サラがシリウスが寝ている簡易ベッドを指さした。完全に遊ぶことにしているらしいサラに、シリウスがうなだれる。
「さすがに、仇討ち云々については、まだ考えが至っていないようだったが、まあ、シリウス。次にハリーに会った時は、杖を向けられないように気を付けるんだな。親友の息子を殺人犯にはしたくないだろう」
「そのまえに、ハリーの誤解を解かなければ!」
「おいおい。今のハリーの前に出て行って、『俺はジェームズを裏切っていない。裏切ったのはペティグリューだ』なんて言うつもりか?それを信じると?実際、今姿をくらませているのはペティグリューの方だ。証拠も何もない」
「祐希!祐希の言葉ならハリーも耳を貸すだろう!?」
「それこそ、無理だな。俺がハリーにシリウスは無罪でしたって説明するか?なぜ俺が俺として確立していなかった時のことを知っているんだ?日本に居た俺が?」
「それは…」
「シリウス。気持ちは分かるが、急いては事を仕損じる。今は流れに任せるんだな」
「だがっ…」
「そうだ、レイ。シリウスが俺の依頼を終わらせてくれた。そっちの用事に専念できるぞ」
「え!ほんとう!?」
「お、おい、祐希?」
さっそく、と飛び上がったレイを横目に俺は立ち上がる。サラに戻るのかと尋ねられ頷く。今はハリーをあまり一人にしておくべきではないだろう。ロンとハーマイオニーがいるとはいえ、あの二人にはいささか荷が重いようだったからな。
うしろで、レイがシリウスに、あれを作れるかこれを作れるかとあれやこれやと注文を付けている。シリウスは頭がいいことに加え、学生時代にイタズラ仕掛け人として様々な道具を開発していたこともあり、レイの注文通りの物が今のところつくれているらしい。
それに味を占めたレイがいろいろといいつけているのだ。
はたして、それらをどこに使うのかはなぞなのだが、まあ、どこかしらで使い道はあるのだろう。きっと。たぶん。
うん。たぶん。