雪深くなった頃、冬休みの滞在申請がなされ、俺を含めハリー、ハーマイオニー、ロンは残ることになった。ちなみに、アリィは家のパーティーがあるため帰宅するが、サラとレイは学校に残るそうだ。
学期の最期の週末にホグズミード行きが許された。
今回は俺も行くことにする。本当は研究に当てようかと思ったのだが、シリウスにちょっと買い物を頼まれてしまったのだから仕方がない。さてさて、問題を起こすこのお買い物だが、そのままにするか、手を加えるか悩みどころだ。
まあ、そのままにしてなんの問題もないのだけど。
しいて言えば、ハーマイオニーに無駄に心配させてしまうことだろうか。
「ま、いっか」
「え?なんか言った?」
「何も言ってないよ、ロン。それより、店の案内頼むぜ」
「まかせておいて!」
今日のことは、レイには何もしなくていいと言われている。誤解を与えることに胸が痛むが、あまりにも原作から変えてしまうと、突発的に何が起こるかわからないからだそうだ。といっても、俺たちというイレギュラーがいるのだから、何がどうなっていくのかはわからないため、俺は俺の思うように行動していいらしい。
無駄に自分を抑え込む必要がないのなら、うれしい限りだ。
ロンの案内で、一通り店を回っていく。
魔法用具店のダービシュ・アンド・バンクス、いたずら専門店のゾンゴ、「三本の箒」では泡立った温かいバタービールが体を温めてくれた。郵便局にはロンが言っていたように数える気にもならないほどの数の梟がいた。みんな棚に大人しく収まっているが、局員が足に手紙をくくりつけると素早く飛び立っていった。
ロンとハーマイオニーがハニーデュークスに入るというが、そこは人でごった返していた。あふれかえった人が道にはみ出しているほどだ。それをみて思わず顔を引きつらせる。
あんな中に入っていったら、ただでは済まないだろう。というか、ちゃんと買い物ができるとも思えない。
俺は顔をひきつらせて足を止めた。
「わ、悪い。一つ買いに行かないといけないものがあるから、先に行っていてくれ」
「あら、ついて行くわよ?」
「いや、すぐに終わるし、いい。大丈夫だ」
「そう?」
「ああ。ハリーのお土産はハーマイオニーに任せるから」
「わかったわ」
しっかり頷いたハーマイオニーの隣で、ロンが、僕もいるんだけどと文句を言っていた。しかし、ロンのセンスというのを俺は嫌というほど知っている。
もちろんいい奴なんだけれど、ちょっとセンスがあまり俺とは合わないというかなんというか。
「じゃあ、よろしく」
行きかう人々がいるなか、俺は歩きながら姿を変える。少しずつ変化していく身体に、すれ違う人々は気づかないだろう。気付いても、これだけ魔法使いや、変わった生き物”がいるのだ。気に留める人もいない。
向かう先は、「高級クイディッチ用具店」
そこにつくころには、俺は子供の姿ではなく、青年の姿になっていた。顔もすっかり変わってしまっている。
店先には、ファイアボルトが置かれている。
俺はそれを一瞥することもなく店の中に入り、店主に近づいていく。少し小太りの店主は、その団子鼻にかけてある小さな丸メガネをずりさげ俺を見た。
「あのファイアボルトを送りたいんだけど」
「…お前さんがか?」
「金ならある」
持ってきていた巾着をテーブルに置く。中に入った金貨がこすれる音が響く。その重さに、店主は俺とその巾着を見比べた。
「送り先はここだ。送り主の名前はなくていい」
普段より低い声が伝える。
渡した小さな紙に書かれている場所は俺たちの寝室。宛先は、ハリーだ。
もちろん、これを頼んだのは、シリウスだ。今はホグワーツ城から出られないシリウスの代わりに、俺がお使いを頼まれたのだ。まあ、ハリーのあの箒を見たら、いてもたってもいられなかったのだろう。にしても、よくもまあこんなにもお金を貯めていたものだ。それだけ、捕まる前は稼いでいたのだろう。
「ああ、忘れるところだった。これも入れてくれ」
ポケットから取り出したのは、小さなメッセージカード。そこには一言だけ添えられている。
「じゃあ、よろしく頼むぞ」
「はいよ」
店主が丸メガネを指先で押し上げたのを見て、俺は踵を返す。
店先から出た瞬間に俺は俺の姿になった。
ショーウィンドウに飾られているファイアボルトを、憧れのまなざしで見つめる子供をしり目に、俺は来た道を戻る。そろそろ合流しないと、置いていかれるかもしれない。このホグズミードではぐれたら、探すのは一苦労だろう。
まあ、そうなったらそうなったで、適当に帰ればいいのだけど。
俺がハニーデュークスークス店に着くと、ちょうどいいタイミングでハーマイオニーとロンが出てきた。
「ロン!ハーマイオニー!」
「ああ!よかった。会えなかったらどうしようかと思ったわ。用事は終わったの?」
「ああ。終わったよ」
俺がそういうと同時に、どこからともなく、雪玉がぶつかった。それも至近距離から投げられたようだ。手加減されているのだろう、それは痛みを伴うことは無かったが、とてもびっくりした。
きょとんと、飛んできた方を見ていると、俺のマントについている帽子がひとりでにひらひらと浮き上がる。
その下を見ると、足跡があっちに行ったりこっちにいったりしていた。
「……はあ、ハリーか?」
「ふふっ、大正解!」
「イタズラ小僧め。どうやって抜け出してきた?」
俺たちの周りをまわり続ける足跡を見ながら、問いかける。
すると、ハリーから「忍びの地図」をフレッドジョージから譲り受けたことを聞かされる。まったく。あいつらも、よくあんなものを見つけたものだ。それに、あれは呪文を言葉にしないと機能しないはず。
おそらく、自分たち以外の手に渡った時でも、理解あるもの”ならば使えるように、なんらかのヒントを残してあったのだろうが、よく解けたものだ。シリウスやリーマスを見ていると、きっと彼らはとてもひねくれていてとんちが効いた仕掛けをしていたに違いないのだから。さすが、二代目いたずら仕掛け人と言われるだけはある。
「なら、その足で来たのか?」
「うん。そうだよ。でも、ホグズミードってクリスマスカードがそのまま飛び出てきたみたいだ」
興奮しているらしい様子のハリーに苦笑しつつ、ハリーに俺の前で止まるように伝える。
すると、ハリーの足跡が俺の前でとまったのを確認して杖を向けた。
呪文を唱えると、その呪文は透明マントの中にいるハリーにあたる。
「どうだ?多少は寒さもしのげるだろ」
「うわあ!ありがとう!実はすっごく寒かったんだ。マントを着てくるの忘れちゃって」
「だろうな」
「それにしても、よくわかったね」
俺は肩を竦め、時間がもったいないから行こうと彼らを促した。
再びロンによるホグズミード案内が始まる。
それについて行きながら、途中三本の箒に差し掛かったところで休憩を入れることにした。いくら、マントや防寒具を着込んでいるとは言え、長時間歩いていれば、体の芯が寒くなってくる。
三本の箒は小さな居酒屋だ。中は人でごったえ返し、タバコの煙で白く濁って見える。
カウンターの向こうに小粋な顔をした女性がいる。彼女がマダム・ロスメルタだ。
ロンは、彼女と会話したくて仕方がないらしい。普段はそんなことしないのに、自分から注文をしに行くというのだから、ロンもお年頃なようだ。そんなロンを見て、ハーマイオニーは鼻で笑っていたが。
「メリークリスマス!」
ロンは嬉しそうに大ジョッキをあげた。
4人でジョッキを打ち鳴らす。芯から冷え切っていた体は、バタービールによって急速に温まっていくようだった。
本日二回目のバタービールだが、上手い。
温まっていく身体にほっとしていると、不意に冷たい風が頬を撫ぜた。身震いすると同時に、風が来た先を見ると、三本の箒のドアが開いていた。吹雪とともに入って来たのは、マクゴナガルとフリットウィックだった。そのすぐ後ろにはハグリッドがいた。さらにはコーネリウス・ファッジ、魔法省大臣がいる。
俺たちが取った行動は素早かった。ハリーの頭のてっぺんに手を置いて、ハリーを机の下に押し込むと同時に、そばにあったクリスマスツリーを俺たちのテーブルの真ん前に引き寄せ、俺たちの姿を隠した。
「おいおい。タイミング悪すぎだろ」
思わず苦笑してしまったのは仕方がない。
やがて、クリスマスツリーの向こう側の席に腰を下ろした彼らに、ひとまずバレる心配はないだろうと、ロンとハーマイオニーとアイコンタクトを交わす。
席に着く前に注文をしたのだろう。飲み物をロスメルタが運んできた。
はたして、彼らはどれぐらいここにとどまるのか。
もし、このまま飲み会に突入するようなら、ハリーをどうにかして外にださなければならない。
「他でもないシリウス・ブラックの件でね」
「そういえば、最近は噂を聞きませんわね」
「そうなのだ。この辺で見かけたという噂が立って以来、すっかり影をひそめてしまっている」
「まさか、大臣。ブラックがまだこのあたりにいるとお考えですの?」
ロスメルタが声を潜めて言う。
「間違いない」
きっぱり断言したファッジに、俺は内心でハズレと答える。シリウスは今、ホグワーツの一室にて羊皮紙片手に格闘していることだろう。忍びの地図を作ることは、一度作っていることもありそう難しい事ではない。そこに、新たな機能を付け加えてもらっているため、少々手こずっているのだ。
まあ、いい暇つぶしだろう。そのほかにも、レイから要望を受けて、いろいろと片手間に魔法道具を作っているようだ。
ディメンターの話になると、ロンは盛大に眉をしかめて見せ、学校内にディメンターを入れることに反対するマクゴナガルやフリットウィックにハーマイオニーが鷹揚に頷いた。
それから、再びシリウスの話になる。
その話は、シリウスの学生時代の話になり、ハリーにとっては信じられない人物の名前が出てくることになる。
「あの人の一番の親友が誰だったか、覚えていますか?」
マクゴナガルの問いに、ロスメルタはちょっと笑いながらうなずいた。
「いつでも一緒、影と形のようだったでしょ?まるで漫才だったわ。シリウス・ブラックとジェームズ・ポッター!」
机の下でガラスが割れる音がする。俺は素早く杖を振って、グラスを元に戻した。
「ポッターは他の誰よりブラックを信用した。卒業しても変わらなかった。ブラックはジェームズがリリーと結婚した時新郎の付添い役を務めた。二人はブラックをハリーの名付け親にした。ハリーはもちろん全く知らないがね。こんなことを知ったらハリーがどんなつらい思いをするか」
というか、そんな機密事項みたいなことを、こんな公の場で話す奴があるか。しかも、今日はホグズミード行きを許されているため、俺たち以外にもホグワーツ生はいるのだ。直接ではなくても、どう経由してハリーの耳に届くかわからないというのに。
現に、ここにハリー本人だけではなく、ハリーに一番近しい人物たちが、聞き耳を立てているのだ。
シリウスがポッター夫妻の『秘密の守り人』だという話になり、話はヒートアップしていく。
ハグリッドは当時、ポッター家で起きた出来事を吠える勢いで言う。
シリウスはどんな気持ちだっただろうか。裏切者を『秘密の守り人』にしてしまったのだと気づいた時は。そして、最悪の出来事がすでに起こってしまった後だったと知った時の絶望は。
俺には想像もつかないだろう。
長い長い、回想は全て、ある一つの真実を知らないことから、間違った方へと結論付けられている。そして、それはそのままハリーへと伝わってしまう。
ようやくマクゴナガルたちが出た後、ロンとハーマイオニーはテーブルの下を覗き込んだ。
そのあと、ハリーは茫然としていた。俺とロン、ハーマイオニーでなんとかハリーをハニーデュークスの地下へ帰し、俺たちも急いで城へと戻る。
ハリーは茫然自失状態だった。無理もない。
翌日、ハリーは酷い顔だった。寝ていないのだろう。目の下には隈ができている。
ハリーは暖炉脇の椅子に腰を下ろす。窓の外にはまだ雪が降っており、城をさらに白く覆い隠そうとしていた。クルックシャンクスは暖炉の前にべったり寝そべっている。まるでオレンジ色の大きなマットのようで、知らないものがいたら、踏んでしまいそうだと思った。おそらく、その前にクルックシャンクスによる逆襲を受けるのだろうけど。
ハーマイオニーはハリーを気遣わしげに見つめながら、口を開いた。
「昨日私たちが聞いてしまったことで、あなたはとっても大変な思いをしているでしょう。でも、大切なのは、あなたが軽はずみをしちゃいけないってことよ」
「どんな?」
「たとえば、ブラックを追いかけるとか」
ハーマイオニーもロンも、それが心配だったのだろう。ハリーが復讐に走ってしまうのではないかと。
「そんなことしないわよね。ね?ハリー」
「だって、ブラックのために死ぬ価値なんてないぜ」
ロンがきっぱりと言い切る。
ロンから、俺にも何か言えと肘で小突かれる。
「そうだな。俺が言えるのは、これだけだ。事実は複数の人間によって作り出される。しかし、その実、真実というのは一つしかない。何が、真実で、何がそうではないのかを見極めるのは自分自身でしかない。ハリー、見失うなよ」
ハリーの顔が盛大にゆがむ。珍しく見る、嫌悪の表情に、俺は苦笑を浮かべる。
「君たちにはわからないんだ…。君たちにはわからない」
俺は深く頷く。それはそうだろう。この時の心情を推し量ることはできても、同じ状況に居ない俺には真にハリーの気持ちを理解することはできない。
「友達だと思ってたのに、裏切ったんだ。奴は、父さんを…、母さんを、ヴォルデモートに売ったんだ!」
「………」
「友達だったのに!」
ハーマイオニーとロンが口を開くが、ハリーがそれを遮るように言葉を続ける。
「ディメンターが僕に近づくたびに僕が何を見たり、何を聞いたりするか、知ってるかい?母さんが泣き叫んでヴォルデモートに命乞いする声がきこえるんだ。もし君たちが自分の母親が殺される直前にあんなふうに叫ぶ声をきいたなら、そんなに簡単に忘れられるものか。自分の友達だと信じていた誰かに裏切られた、そいつがヴォルデモートを差し向けたと知ったら」
「あなたにはどうにもできないことよ」
ハーマイオニーが苦しそうに言う。
「……そうだな、少なくとも、母親がいない俺には、想像もつかないな」
「あ…」
気遣わしげに俺を見るハリーに苦笑する。優しい子だ。俺はハリーの前に跪き、彼の瞳を覗き込む。彼の母親によく似ていると言われる翡翠色の瞳を。
「ハリーは、どうしたいんだ?」
ハリーの目に困惑の色が見えた。揺れる瞳に迷いが見える。
「シリウス・ブラックを追いかけたい?同じ目に合わせてやりたい?それとも、ディメンターに引き渡し、キスをさせる?」
ゆっくり歌うように問いかける。ハリーは黙りこくった。沈黙があたりを支配するなか、唐突に、ハリーが口を開く。
「マルフォイは知ってるんだ」
「マルフォイが何を望んでいるのかは別にして、ハリーがもし、ブラックを追いかけたいというのなら、俺が全力で止めて見せよう。ハリーも知ってのとおり、魔法に関しての知識は俺の方がある。魔法の扱い方も、な」
そういいながら、ローブから取り出した杖をくるくると指先で回す。
ハリーとロンが俺をぎょっとした目で見たのに、にやりと口元を吊り上げて見せる。
「ハリーの両親は復讐を望まないだろう。息子の手が汚れることを親というのは望まないものだ。愛ある関係ならね」
「父さん、母さんが何を望んだかなんて、僕は一生知ることは無いんだ。ブラックのせいで、僕は一度も父さんや母さんと話したことがないんだから」
正しくは、ピーター・ペティグリューのせいで、だ。
クルックシャンクスが伸びをするのを感じたのか、ハリーの言葉に慄いたのか、ロンのポケットの中身がぶるぶると震えた。そこにいるピーター・ペティグリューこそ捉えるべき存在だと言うのに、簡単に手を出せないのはなんとやるせないことか。
俺は再び口を開こうとしたとき、何かが飛び込んできた。
見ると、それは一羽の梟だった。俺の元まで飛んでくると、俺の膝の上にぽすりと降り立った。
「やあ、エロール。どうしたんだ?」
小さな梟は、俺の膝の上に不時着した体をなんとか起き上がらせると足を差し出した。
その小さな足には手紙が括り付けられている。手紙にはなにも書かれていないが、それが何を意味するのかは十分にわかる。
「悪い。お呼び出しだ」
「こんな時に!?」
ロンが信じられないと、目をひん剥くが、俺はそれに肩を竦めるしかできない。
「悪いな。緊急の用らしい」
俺はエロールを掌で救い上げ、立ち上がる。そうしないと、運動神経が悪いエロールは膝から転がり落ちてしまうからだ。
「ハリー。俺が出した課題の答えは出たか?」
唐突に切り出したハリーは、きょとんと目を瞬かせた。
「ちゃんと考えておけよ。午後から、何もなかったら、見てやるよ」
「うん」
もうすぐクリスマスになる。クリスマスには、あの箒がハリーの手元にやってくるだろう。そうなれば、ブラックのことは頭の隅においやられるはずだ。
俺は、うなずいたハリーの頭を撫でてから寮から出て行った。