「おいおい。今度はセブルスかよ」
廊下で偶然あったセブルスとすれ違うかと思えば、俺の前で立ち止まったかと思うと腕を取って近くにあった空き教室へと引っ張り込まれた。
「なんの話だ」
「こっちの話。で?なんだよ?脱狼薬なら、今、次の代替案を考案中だって言ったはずだぞ?」
「そうではない」
「じゃあなんだ?」
セブルスは、俺をじっと見降ろす。
薄暗い教室だと、セブルスの黒髪はまるで闇にまぎれてしまいそうだった。
「あの呪文をどこで覚えた」
「あの呪文?」
なんのことかわからない、と首をかしげる。
「パトローナスだ。確か、去年から使えていたな。今年に入って二度目だ」
「……セブルスも使えるんだろう?使える人間が珍しいわけではない」
「我輩と一緒にするな」
相変わらず厳しい口調を貫くセブルスに肩を竦める。
「その年齢で使えることがおかしいのだ。日本の孤児院にいた貴様が、どこでその呪文を知った?誰から教わった。どうやって練習し、実戦で使えるようになった。そもそも、ディメンターとは特急で初めて出くわしたはずだ」
「使えないことを咎められることがあっても、使えて咎められるとは思わなかったな」
「我輩は真面目に聞いているのだ。そもそも、貴様には不審なところが多すぎる」
「つまり、俺は怪しい、と?」
「………」
「無言は肯定ととられるぞ。セブルス。俺が天才児だから、じゃ通じないのか」
まさか、俺がヴォルデモートの手先だとか言うつもりじゃないよな?
まあ、確かに最近は少し目立ちすぎているのかもしれない。特にセブルスの前だと、脱狼薬も進めたいがために、取り繕うことも減ったからな。リーマスやシリウスの前じゃ本当に素だし。
授業は適当なところをキープしているが。
「ルーピンが教えていないことは分かっている」
「…お早い手回しで」
「貴様は何者だ」
「……俺は、祐希。祐希・赤司。日本生まれの魔法使いだ」
「我輩はそんなことを聞いているのではない」
「セブルス。俺は、俺だ」
「はぐらかすのか!?」
「ま、あれだ。俺はこういう奴だってのをわかっててくれればいい。とりあえず、俺はセブルスの敵ではないってこと。ましてやヴォルデモートの手先でもないということ。あと、ハリーとは友達であるということがわかっててくれれば問題ないだろ」
ヴォルデモートの名前を出すと、セブルスは顔を青くさせた。とっさ左腕を掴んだのは、無意識だろうか。
「ま、そういうことなんで。俺はもう行く。次の授業に遅れそうだ」
「赤司」
「セブルス、あまり気を張り詰めすぎると、倒れるぞ」
「それなら、余計な心配をさせないようにしてほしいのですがね」
「そうそう。そうやって皮肉ってろ。お前はそれでこそ、だ」
俺は後ろ手にひらひらと手を振って、空き教室を出た。
「あ、ハリー」
「何?」
「ちょっと」
俺はDADAの授業後、俺は教室から出ようとするハリーを捕まえてリーマスの元へと向う。
「リーマス。ちょっといいか?」
「ああ。ちょっと待っててくれるかい?片づけてしまうから」
「手伝う」
ハリーと二人で、授業の後片付けを手伝った後、俺たちは廊下へ出た。
「それで、話とはなんだい?」
「ああ、実は頼みたいことがあるんだけど」
「うん?」
「ボガードがまたいたら捕まえておいてほしいんだ」
「ボガードを?何に使うんだい?」
「ハリーにパトローナスを教える」
「ハリーに?祐希が?」
「そうだ」
「…そういえば、パトローナスをつかえていたんだったね。でもどうしてそんな話に?」
リーマスの問いにハリーが真剣な面持ちで口を開く。
「ルーピン先生は、この前のクイディッチのことを知っていますか?」
「ああ。聞いたよ。そういえば、箒は残念だったね。修理はできないのかい?」
「いいえ。あの木が粉々にしてしまいました」
リーマスがため息をつく。まあ、あの暴れ柳にかかれば、細枝の箒などひとたまりもないだろう。
「あの暴れ柳は私がホグワーツに入学した年に植えられた。みんなで木に近づいて、幹に触れられるかどうかゲームをしたものだ。しまいにはデイビィ・ガージョンという男の子が危うく片目を失いかけたものだから、あの木に近づくことは禁止されてしまった。箒などひとたまりもないだろうね」
「先生は、ディメンターのこともお聞きになりましたか?」
「ああ。聞いたよ」
「それで、僕、祐希が追い払ったって聞いて、教え欲しいって頼んだんです。特急の中でも、この前も、僕はディメンターが近づくと気を失ってしまいます。でも、僕はもう…」
ハリーは言葉を切った。
そんなハリーの肩を慰めるように叩き、リーマスに向き直る。
「教えることはできる。使わせることも。でも、ディメンターを前にして実践できるかどうかは別だろう。特に、ハリーの場合は」
「それで、ボガードってことだね」
「そう。それと、練習するのに場所を確保するためにできたらリーマスにも協力してほしい」
「私は専門家ではない。それはまったく違う」
「大人がいた方がいい。対処方を知った大人が」
「…わかった。やってみよう。だが、来学期まで待たないといけないよ。休暇に入る前にやっておかなければならないことが山ほどあるんだ」
「ありがとう。リーマス」
リーマスに約束を取り付けたところで、ハリーと別れ、俺は一度リーマスの私室へと入った。
「悪いな。忙しいのに、あんなお願いをして」
「君の頼みだ。ある程度なら、どんなことでも協力するよ」
「甘やかすね」
「祐希だからね」
リーマスの言い方に肩を竦める。
「ホグワーツ特急でのことを覚えてるか?ディメンターが来た時のこと」
「君も、酷い顔色をしていた」
「…俺も、ハリーほどではないが、影響を受けやすい人間なようだ」
「君の過去を考えると、仕方がないだろう」
孤児になったことをさしているのだろう。だが、俺が影響を受けやすい理由はそこにはない。そもそも、孤児になった経緯などまったく覚えてもいないのだ。親がいたのかすら、生きているのかすら定かではない。
そこは何の問題もない。
もともと、成人した大人の精神を持っているのだ。そう考えると、親という身近な存在がいなくてよかったとも思える。
俺は黙って首を振る。
「それはなんの問題もないんだ。リーマス。非情だと言われようが哀れだと言われようが、俺は今の俺の生になんの恨みもない。もっと、もっと、遥か昔。俺は大きな罪を犯している」
「大きな、罪?」
「大切な友を不幸に陥れるかもしれない行為だ」
リーマスの肩がわずかにはねる。もしかしたら、シリウスのことを思ったのかもしれない。リーマスから見たシリウスは大切な親友たちを裏切る大罪を犯したのだから。
「俺は………、否、今はやめておこう」
「祐希…」
「とにかく、忙しいだろうけど、頼むな」
不安定になっているんだろうか。言わなくてもいいことを言った。
リーマスに言っても、なんのことだかわからないだろうが、優しい彼はきっと気にしてしまうだろう。
「まったく、俺もまだまだだな」
リーマスの部屋を後にして、深々とため息をつく。
まだまだ、やらなければいけないことがあるのだ。
俺は自分の両頬を叩き、気持ちを入れ替えた。