ホグズミードから生徒が戻ってくるころに俺は談話室を抜け出した。ハリーたちとともに行動していると計画に支障をきたすためだ。
ポケットに入れていたコインに杖を向ける。簡単なメッセージを刻むと、コインはふるりと震え熱を持ちはじめた。これは、レイから聞いた前世の記憶の中で、ハーマイオニーが考え作っていたものらしい。映画の中では起用されていなかったが、連絡を取っていることがばれないようにするために彼女が考案したものを少しだけ改良したのだ。さすがハーマイオニー。そして、改良したアリィもさすがだ。
自分にめくらましの呪文をかけ、談話室の前の廊下がよく見える場所に立つ。ハロウィーンであることもあって、浮き足立った生徒が太ったレディの肖像画の扉からどんどん出ていく。中には仮想している生徒もいれば、双子のウィーズリーのイタズラに引っ掛かり、仮想させられた状態になっている生徒もいた。
しばらくし、出入りする生徒もいなくなったころ、俺の腹の虫が夕飯を催促し始めると、そいつはやってきた。
黒い大きな犬は、やせこけ、舌をだらしなく垂らしている。眠っているレディへ近づく段階で大きな犬は人型へと姿を変えた。
浮浪者のような出で立ちだった。ぼろをまとい、伸ばしっぱなしの髪はべっとりと顔にはりついている。やせこけた頬とおちくぼんだ瞳が印象的だったが、顔の造形は美形だったのだろうと思われるつくりをしている。
眠っているレディへ近づいていくシリウス・ブラックを前に、俺は杖を構えた。
ひとまずシリウス・ブラックから外れた場所へ杖をふる。杖先から飛び出た光線は階段の影から出てきたピーブズに当たり、ピーブズが吹っ飛んで行った。
シリウスが驚きと警戒で固まる。
俺が姿を見せると、驚愕の色をその顔に浮かべた。おそらく教師だと思ったのだろう。
俺は、口角をあげ、シリウスの真ん前に立った。
「シリウス・ブラックだな?」
とびかかってきたシリウスへ向けて失神呪文をかける。しかし俺の攻撃はよけられ、彼方へ光線が飛んでいく。もうすぐ掴みかかられると思った時に左から別の光線が飛んできた。それが見事シリウスに当たり、俺に持たれるようにして倒れ伏す。
そのシリウスへ素早く目くらましの呪文をかけ、浮遊させる。
「重い云々の前に、まずはこの匂いをどうにかしないとな」
「やっぱり臭うな」
近づいてきたサラに頷く。少し離れているサラまで顔をしかめているのだ。それより近くにいる俺にはかなりの悪臭に感じられた。
サラが杖をフリ、清めの魔法をかける。すっかり綺麗になったシリウスに満足し、とりあえずアリィたちに連絡をとった。このままシリウスを連れて創設者の部屋へ向かうのだ。
「にしても痩せこけているな」
サラがシリウスの首筋あたりを眺めながら言う。
「肉が必要だな」
「いきなりそんな固形物を食べたら、吐くぞ」
「だけど、俺の腹はもう背中とくっつきそうだ」
「知るか」
「部屋にはごちそうが待っているんだろ?」
「さあな。アリィとレイ次第だろう」
「あいつらなら、俺たちの好みも十分わかっているさ」
「その中に粥があればいいがな」
「いっそ、ドッグフードでいいんじゃないか?経費削減」
「何の経費だ」
そんな会話をしながら歩いていく。途中ピーブズが通りかかったが、俺とサラの姿を見ると青白い顔を真っ青にさせて逃げて行った。
創設者の部屋につくと、部屋の端に簡易ベッドが置かれていた。
「準備がいいな」
「当たり前ですわ」
「シリウスに怪我はさせてない?」
「当たり前だろ。レイの要望だったからな」
「だって私たちのこと信じてもらわなきゃ」
レイが楽しそうに言う。
シリウスをベッドに横たえさせ、俺は一息ついた。とりあえずここまでは上々だろう。あとはシリウスを起こした時の反応次第、か。
「さて、今回の主役を起こすか」
「そうですわね」
「全員覚悟は良いな?」
「ええ」
「うん」
「もちろんだ」
俺の問いに全員がうなずいた。それを確認して、俺は杖先をシリウスに向ける。
「エネルベート―――活きよ」
びくりと体を震わせたシリウスは次の瞬間勢いよく目を見開き、大きく肩で呼吸をした。シリウスは飛び起き、俺たちを見ると驚きからかさらに目を見開き固まった。しかし、さすがと言えばいいのか、すぐに現状を軽く理解できたのだろう。俺たちに襲い掛かってきた。
向かう先は俺の杖だ。
俺はあえてそれをかわそうとはせず、杖は俺の手からシリウスにもぎ取られ、そのまま押し倒された。大の男に伸し掛かられ、抵抗することもできない。やはり力の差は歴然だったようだ。子供の体とは本当に面倒だな。
向けられた杖先。
他の3人は壁際により成り行きを見守っている。
「どうやって私がアニメーガスだと知った」
理解力は高いようだ。そして、状況把握も良くできている。失神させられる前のこともしっかり頭に残っているようだ。
喉元につきつけられる杖のせいで若干喋りづらい。こんな風に杖をつきつけられるなんていつぶりだろうかと若干思考が飛んだ。
「知っていたからだ」
「私を失神させどうするつもりだった。先生に突出し、名誉賞をもらうか?」
せせら笑うシリウスを見上げる。げっそりとした頬が彼の悪役っぷりを増長させる。普通の子供だったなら、おそらく怯え、震えていただろう。
「まさか。そんなことはしないさ。第一、無実の奴を突き出しても意味がない」
「!!…無実?」
「そうだ。シリウス。貴方はポッター家を裏切っていない。裏切者は別にいる。そうだろう?」
シリウスの目が見開かれる。わずかにゆるんだ拘束と、少しだけ下ろされた杖先。
「シリウス。俺たちの話を聞いてくれ。君の目的はそれからでも遅くないはずだ」
「なんのつもりだ!?どこまで知っている!」
「全てを」
シリウスが茫然としたまま、全て、と繰り返す。それに鷹揚に頷いて見せる。
「君が秘密の守り人を別の人間に移したことも、それによりポッター家がヴォルデモートに狙われたことも。君が今、その時の復讐を果たそうと動いていることも」
シリウスの唇が震えた。何かを言葉にしようとしたが、できないようだった。
「シリウス。俺たちの話を聞いてくれ。そのために、今、俺たちはお前に攻撃をしていない」
シリウスははっとして周りを見回した。三方の壁際にそれぞれ経っていた彼らは手には杖を持ってはいるが、腕は下ろされたままだ。いつだって攻撃はできた。しかし、それをしなかった。そのことに気付いたシリウスは、俺から降りて力なく地面に座り込んだ。
「君たちはいったい、何者なんだ…」
「俺たちか?」
壁際の三人の顔を見回し、にやりと笑みを浮かべた。
「俺たちはこの学校の創設者の生まれ変わりさ」
シリウスがぽかんと口を開ける。そして俺たちを見回すが、やがてお腹を抱えて笑い出した。どうやら、冗談だと受け取ったらしい。
本当なのに。
「くくっ、すまない。まさか、そんな答えが返って来るなんて…」
「おいおい。ガキのおふざけだと思っているかもしれないが、本当のことだぞ?」
俺の言葉に、シリウスは苦笑交じりに肩をすくめた。やはり信じることはできないようだ。まあ、当たり前だろう。
「今はそのまま杖を持っていてくれていい。その方が安心するだろう?」
彼は手元の杖を数秒見つめたが、やはり自身の杖がない心許無さには変えられなかったようで頷き、杖を持ったまま立ち上がった。
倒れた椅子や机をアリィが元通りに戻す。ついでに一つ椅子を追加するのを忘れなかった。
それぞれの席にそれぞれが座り、最後にシリウスも座った。
「まずはそうだな。自己紹介をしよう。話はそこからだ」
「私はあまり時間がない」
「わかっているさ。早く復讐を遂げたいことも、その相手が逃げ出してしまうかもしれない場所にいることも」
話しが長くなりそうだと思ったのだろう。イライラした面持ちのシリウスが低い声を出す。今すぐこの部屋を飛び出し、あのネズミの元へ駆けだしたいと思っているようだ。
「まあまあ。言っただろう?俺たちは君の復讐の手助けをすると共に君の無実を晴らしたいと思っていると」
「祐希、それはまだ言ってなかったよ」
「ん?そうだったか」
「私の無実だと?」
「それはまたおいおい話そう。とにかく自己紹介だ。俺は祐希。祐希・赤司。グリフィンドールの3年生だ。前世はゴドリック・グリフィンドールだった」
「私はアルウィーン・キンス。レイブンクローの5年生ですわ。前世はロウェナ・レイブンクローでした」
「あたしはレイチェル・バイロン。ハッフルパフの一年生よ。前世はヘルガ・ハッフルパフ」
「最後に俺だ。サルヴァトア・クリフデン。クリフデン家のことはブラック家なら知っているだろう。もちろんスリザリンだ。前世はお察しの通りサラザール・スリザリン」
「キンスにクリフデン?どちらも貴族じゃないか。しかも、クリフデンは純血主義だ。そんな息子がなぜ他寮の生徒と…」
「もともと、我が家は選民意識はあるものの、差別意識があるわけではない。マグル生まれもハーフも魔法を使えるならば等しく魔法使いだと考えている。選民意識とは、その中で使える人間は躊躇なく利用するという点においてだ。マルフォイやブラックとは少々訳が違う」
サラが口端をあげ、ニヒルに笑む。ブラックの名前が出たところでシリウスは若干嫌な顔をしたが、家のことを言われるのは慣れているのか、それとも今は他の事の方が気になったのか、喧嘩を売るようなことはしなかった。
まあ、シリウス自身は家のことを嫌い、グリフィンドールに入ったのだからな。
「それにしても、そんな貴族も交えて前世だなんだなんて…」
「あら、前世も本当のことですわ」
「でもそれを信じてほしいというのは無理じゃない?証明できるのはあたしたちの記憶の中だけだよ」
「ならば記憶を見せてしまいますか?」
「信じないなら信じないでいいだろう。それより説明に入れ。あまり焦らすとネズミを追いかける猫のように飛び出してしまうぞ」
サラが腕を組み、あごで早くしろと俺に急かす。それにはいはいと返してことのあらましを説明した。
レイの転生話のところでばかばかしくなったのか怪訝な顔をしていたが、それがハリー・ポッターの話になると真剣な面持ちになり、最後には未来を知っているということに驚きを隠せないようだった。これからしようとしていた行動を伝えると、見事に当たっていたらしい。
「俺たちの目的はこの学校を守ること。その中で、救えるものは救おうっていう考えだ。まあそれぞれ別個で思いはあるけどな」
他三人を見渡すと、それぞれがうなずきを返す。
「それじゃあ次は計画を話そう。といってもそんなたいそうな計画はない。スキャバーズを捕まえ」
「誰を?」
「スキャバーズ。ロンのネズミだ。ロンはハリーの親友で、ウィーズリー家の…何番目だったか…。とにかく奴を捕まえ、ハリーたちの前で証明する。もう一人二人証人が必要だから、そこはこちらで適当に身繕おう。最後にダンブルドアとファッジに奴の姿を見せ、おしまいだ」
「そんな面倒なことをする必要はない!私が奴を殺す!」
「それでは俺たちの目的の一つである、シリウスの無実を晴らすことにはつながらない」
「無実などいらん!俺は、俺はっ…!俺がジェームズたちを殺したようなものだ」
「それは違う。シリウス。罪を間違えてはいけない。貴方はポッター家を守るために秘密の守り人を変えた。守るためだった。それを裏切ったのはあのネズミだ。ならば罪はしかるべきものが受けなければならない。それに、もし償いたいというのなら、ハリーに償ってやれ。ハリーに今家族と呼べる存在はいない」
「だが、ハリーはおじさんおばさんのもとで暮らしているはず…」
「その生活についてはハリーに直接聞いてもらいたいところだな。俺なら、あの家に住むぐらいなら進んで孤児院へ行くね」
俺の言葉にシリウスの顔がゆがむ。そんなにひどいのかと呟く彼は、ハリーを心配しているようだ。やはり、彼にとってハリーは唯一の存在なのだろう。ジェームズ・ポッターに名付け親と後見人を任されているぐらいだ。
「ハリーはシリウスが裏切り者だと思っている。その誤解を解いてやりたい。間違った真実で苦しむ必要はないだろう。あれでいて頑固だからな。俺の口から言っても信じないだろう」
「ハリー…、ハリーは、君と同い年なのか…」
「ああ。一目見たんだろう?」
「そこもお見通しか。本格的に信じた方がよさそうだな…」
「あ、もう一つあたしから言わせて。実行はすぐにとはいかない。理由はハリーにパトローナスを覚えてほしいから。だから、ハリーがパトローナスを覚え次第に決行にしたい」
「事が終わった後に、ではダメなのか?レイ」
「ダメ」
「?どうしてハリーにパトローナスを?」
状況についていけないシリウスの疑問は至極当然だろう。パトローナスとは対ディメンター用である。大人でも扱うことが難しい高度な魔法だ。強い精神力もいる。他にも使い勝手がいいことは確かだが、何も3年生が覚える必要がある魔法ではない。たとえ今、シリウス捜索のためにホグワーツにディメンターがいたとしてもだ。
「ハリーの体験が、ディメンターを引き寄せるの。あいつらは、人の不幸を何よりも好む」
「ホグワーツ特急にディメンターが乗り込んできたときに、ハリーは失神しているんだ。恐らく彼の辛い記憶がそうさせているんだろう」
レイの補足説明をすると、シリウスは目に見えてうろらえ出した。
「ハリーは大丈夫なのか?」
「大丈夫。ルーピン先生がハリーにパトローナスを教えてくれるから」
「ルーピン?もしかして、リーマス・ルーピンか?」
「そうだ。ちなみに俺の保護者でもある」
「君の?」
シリウスは再び目を見開いた。
「そう。俺、今世では孤児なんだ。親の顔も覚えていない。だから純潔なのかマグル生まれなのかすらわからない。俺の住んでいた孤児院がいろいろあって全焼しちゃって、ダンブルドアの奨めでリーマスのところに厄介になってるんだ」
「ということは、君は…、その、リーマスの問題について、知っているのか?」
「もちろん」
「そうか。そうだったのか。リーマスは元気か?」
シリウスの顔が途端に明るく、若々しくなる。黒曜の瞳がきらきらと輝き、旧友の近況を話してくれとせがむ。
「ここで教授をやるぐらいには元気だよ。脱狼薬を飲むときだけはいつも甘くしてくれないかと言われるけどね」
「あいつは甘いモノが大好きだからな」
「今俺が脱狼薬の研究をしているんだ。もっと改良できないか考えている。ゆくゆくは満月が近づいても人前に出れるぐらいに普段と変わりないようにできればいいんだけどな」
「君は3年生だろう?脱狼薬だなんて…」
「だから、言っただろう?俺たちは生まれ変わりだって。もともとゴドリックの時から魔法薬は好きだったんだ。その延長さ」
シリウスは口を閉じたが、その顔には困惑がありありと浮かんでいた。
とにかく、と話を戻し、シリウスには全面的に俺たちに任せてほしいと伝えた。勝手に動かれてシリウスが捕まりでもしたら、次はきっとディメンターのキスが執行されるだろう。
「さて、話もひと段落したところで、飯にしよう」
「そうですわね。せっかくのハロウィンですもの」
「なら準備をしなくちゃね」
アリィが杖を振ると室内は一気にハロウィン使用に出来上がる。天井にはジャック・オーランタンが浮かび、いくつもの蝋燭が室内を明るくする。大広間のような天空を映す魔法が施され、星空が俺たちの頭上を覆った。
続いてレイが杖を振ると円卓に所狭しと料理が現れた。こちらもハロウィン使用だが、これは屋敷しもべ妖精が作ったものだろう。
シリウスの前にはちゃんと消化によさそうなスープが置かれている。
「シリウスは、スープから食べてね。その姿をみると、ちゃんとしたものなんて食べてなかったんだろうから」
「あ、ああ…。これはどうやら信じるしかなさそうだな…」
ぽかんと天井を見上げるシリウスに笑みをこぼす。
「とにかく今はハロウィンを楽しもう」
かぼちゃジュースが入ったカップを掲げ、5人のカップが合わさった。