3年生初の授業は占い学だった。
占いは昔から反りが合わない。そのため、これまでは避けてきたのだが、ここで一つ学び直してみるのも手かと思ったのだ。
しかし、やはり失敗だったようだ。
瓶底のような丸メガネをかけたシビル・トレローニー。
彼女はとにかく生徒を不安にさせることを生きがいにしているかのように様々な不幸を予言していく。
俺はそれを頬杖をつきながら眺めていたが、あくびがでそうでそれをこらえるのに必死だった。
占いというものは、インスピレーションに頼るものが多い。もちろん魔力を持っているものならば、マグルよりもずっとそれらを感じ取ることができるはずなのだが、いかんせん才能云々の話にもなってくる。
そして、占いとは必ずしも当たるわけではない。
そもそも、こういうのは曖昧な言葉で強烈な印象を与えておけば、おのずと意識してしまう。そして一つ一つの行動に、その予言”を当てはめてしまうのだ。解釈などどれだけでもある。
つまり、俺は占いを信じていない。
今日はカップの滓を見るのだが、ハリーにグリムがついているという発言に思わず眉をしかめる。
「グリム、ねえ」
「僕が死ぬか死なないか、さっさと決めたらいいだろう!」
ハリーが憤慨しながら言った。
「ハリーは死なねえよ」
クラス中の視線が俺へと向けられた。メガネによって通常より大きく見える目がぱちりと瞬きしながら俺の方を見る。
「俺がハリーを守るからな」
「君だってグリムにはかなわないだろ?」
「まあまあ、貴方には…、そうね。私初めて見た時からわかっていましたの。貴方にはこの授業に必要なオーラが微塵も感じられませんわ」
「それならそれで結構。未来はいつだって不確定だ。現在の行動いかんによってはいくらでも変えようがあるからこそ、人は未来を知りたがる。貴方が本物の占い師だというのなら、どうすれば貴女が言う不吉な未来を回避できるのかのアドバイスまでいただきたいものだな」
フンと鼻をならすと同時にチャイムが鳴る。
「今日の授業はここまでにいたしましょう。そう、どうぞお片付けなさってね…」
俺はさっさと教科書をカバンに押し込むと一番早くに教室を出た。
その次の変身術では、相変わらず見事なマクゴナガルの変身に感心する。
そして、聡明な彼女の言葉で毎年誰かしら死の預言がされていることがわかった。
しかし、それだけではロンの不安を拭い去ることはできなかったらしい。変身術後の昼食時に深刻な声でハリーに呼びかけた。
「君、どこかで黒い犬を見かけたりしなかったよね?」
「うん。見たよ。ダーズリーのとこから逃げたあの夜。見たよ」
「たぶん野良犬よ」
俺もハーマイオニーの意見に賛成だな。
しかし、ロンは気が触れたのかとでも言いたげな目つきでハーマイオニーを見る。
「君、自分の行っていることがわかってるのか!グリムと聞けば、大概の魔法使いは震えあがってお先真っ暗なんだぜ!」
「俺としては黒犬とグリムの見分け方を知りたいものだな。今度リーマスにでも聞いてみるか。それともハグリッドの方が知ってるかな?」
「祐希…さすがに二人ともグリムは見たことないと思うけど」
喧嘩がヒートアップしていく二人をよそに、俺とハリーは昼食の手を進めていく。
「ま、気にすんなよ」
「うん」
「あの授業は『数占い』の授業に比べたらまったくのクズよ!」
ハーマイオニーが鞄を引っ掴みツンツンしながら去っていった。
俺とハリーは顔を見合わせ、肩をすくめる。まあ、いつものことだ。
「あいつ、いったい何言ってんだよ!あいつ、まだ一度も『数占い』の授業に出てないんだぜ」
魔法生物飼育学の最初の授業はハグリッドの小屋付近で行われた。
急かすハグリッドは意気揚々としている。スリザリンと合同のこの授業では、もちろんサラもいる。ドラコ・マルフォイの近くにいるサラを見てみると、キラッキラした目でハグリッドを見て、嫌そうに隣に居るマルフォイのことなど気づいてもいない様子だった。
ハグリッドに連れられたのは、放牧場のようなところだった。柵で囲われたそこに集められる。
「そーだ。ちゃんと見えるようにしろよ。さーて、イッチ番先にやるこたあ、教科書を開くこった」
「どうやって?」
マルフォイが冷たい気取った声で言った。
俺は、見た。サラが驚いたように目を見開いてマルフォイを見たところを。
「何を言っているんだ。ドラコ。背表紙を撫でるだけでいい。本当に面白い本だ。まるで魔法生物みたいじゃないか!俺は長年こんな生き物をみたことがない。本が生きているんだぞ!本が!俺にじゃれてくるんだ。しかも、撫でると本として活用できる」
素晴らしい!と、慈しむように『怪物的な怪物の本』を撫で捲るサラに、ハグリッドはこの素晴らしさがわかるか!と興奮したようだった。
まさか、身近な存在に、バカにしたものを肯定されるとは思わなかったのだろう。マルフォイは面食らった顔をしてサラを見ている。
だが、相手が悪かっただろう。なんていったって、魔法生物好きのサラだ。この授業をどれだけ楽しみにしていたかは推して知るべしだ。
あの噛みつき方をじゃれてくると解釈できるのはサラとハグリッドぐらいだろう。
サラの発言によって本の開き方を知った生徒たちは、各々が縛っていたものを解いて背表紙を撫でた。するとあの勢いはどこへやら。すっかり普通の本と同じになった本に、なんて面倒なものを作るんだとあきれ果てる。きっとこれを作った著者もサラやハグリッドと同じ類の人間なのだろう。
「そんじゃあ、ここで待っとれ。俺が連れてくるからな」
そうしてハグリッドが連れてきたのはヒッポグリフだった。
胴体、後ろ脚、尻尾は馬で、前足と羽根、頭部は巨大な鳥のように見えた。鋼色の鋭い嘴とおおきくギラギラしたオレンジ色の目が鷲そっくりだった。ハグリッドの背を優に超す巨体だ。
それが十数頭早足でこちらへ向かってくるものだから、柵によりかかっていた生徒が慌てて飛びのいた。
ハグリッドによってヒッポグリフは柵に繋がれる。
ヒッポグリフのことは知っているが、実物をお目にかかるのは初めてだった。
プライドが高い彼の魔法生物は、なかなか人前に姿を現さない。しかも、適切な対処を取らなければ、俺たちの頭よりも大きなかぎづめが襲い掛かってくるだろう。
しかし、遠目から見る分にはとてもハグリッドが言う美しいという言葉がよくわかる。
「まんず、イッチ番先にヒッポグリフについて知らなければなんねえことは、こいつらは誇り高い。すぐ怒るぞ、ヒッポグリフは。絶対、侮辱してはなんねえ。そんなことしてみろ。それがお前さんたちの最後のしわざになるかもしれねえぞ」
ハグリッドが一通り説明すると、誰が一番先に触るかを確認した。
生徒が後ずさりするなか、当たり前のようにサラが前に進み出た。それを見てマルフォイが小声で下がるように呼びかけるが、サラには聞こえているはずもない。あいつの目は今、目の前のヒッポグリフに釘付けになっている。
そしてハグリッドによって一頭のヒッポグリフがサラの前に連れてこられる。
「目をそらすなよ。なるべく瞬きするな。ヒッポグリフは目をしょぼしょぼさせるやつを信用せんからな」
「それお辞儀だ」
サラが礼を取る。
すると、サラの目の前にいたヒッポグリフは前脚を折り、どう見てもお辞儀だと思われる格好をした。
「やったぞ!クリフデン!よーし、触ってもええぞ!嘴を撫でてやれ、ほれ!」
サラは狂喜したように頬を紅潮させ、ヒッポグリフへ手を伸ばした。そして、嘴、それから喉まで撫でていく。彼の顔は、愛しい人を見つめるようにとろりととけ、目じりがさがっている。
スリザリンから拍手が起こった。
それから、生徒全員が放牧場の中へ入り、一頭ずつ宛がわれていく。
そんな中、俺の前にもヒッポグリフが来た。
夕日のようなオレンジ色の瞳が俺をじっと見据えている。嵐の空のような灰色の毛並が木漏れ日を受けてキラキラと光っている。
俺がお辞儀をすると、目の前のヒッポグリフは見定めるように見ていたが、やがて膝を折ってお辞儀を返してくれた。
そっと近寄り嘴をの先を撫でるとぐるると喉を鳴らすヒッポグリフ。目を細め、もっと撫でてくれというように顔を押し付けてくる。やばい。これはハマる。
俺の後ろではサラがマルフォイ、クラッブ、ゴイルのそばにより、接し方を一から指導していた。振り返るとちょうどマルフォイが一頭のヒッポグリフの前で頭を下げているところだ。
あのマルフォイが頭をさげるなんてと驚くが、それも隣に居るサラによるマシンガントークの賜物だろう。上手くマルフォイを懐柔できているらしいことにほっとする。
どうも、マルフォイはこの授業で何かしでかしそうだと思っていたのだ。
頬に温かい息遣いをかんじると同時に、固い嘴が頬に押し付けられた。
どうもマルフォイを注視しすぎて撫でるのをおろそかにしていたらしい。もっと撫でろと催促された。
結局、ハグリッドの最初の授業は大好評で幕を下ろした。
危うげな場面がなかったとは言わないが、ハグリッドによって飼われているヒッポグリフだからだろう。人に慣れているのか、あまりに酷いことがない限りは無視しているようでもあった。
主食や生態についてなどをハグリッドが講義するなか、この授業で一番手をあげ発言していたのはやはりサラだろう。サラの探求力には周りの生徒も呆れ、ハグリッドもたじたじになるほどだった。
ある意味本領発揮だな。
こうしてハグリッドの初回の授業は幕を閉じたのだ。