人生幸福論 | ナノ


06:人生においての幸福  




創設者の部屋で談笑をしていると、今までは動くことのなかった扉がおもむろに開かれた。


ブロンドの髪に鮮やかなグリーンの瞳。立ち入った華奢な少女は、俺たちを見て笑みを浮かべた。


「再びここに集まれたことをうれしく思うよ。ヘルガ」


ヘルガ・ハッフルパフ。ホグワーツの創設者のひとりだ。


俺たちは互いに抱き合い、再びここに集まれたことの喜びを分かち合った。








「さて、本題に入るけど」


ヘルガ、改めレイが切り出す。あのころとは顔ぶれは違うが、埋まった席が、そこにいる存在が、しっくりくる空気が何よりうれしく思えた。


「みんなに聞いてほしいことがあるの」

「朝もそんなことを言っていましたわね」

「うん。みんなが今までどうしていたかも聞きたいけど、それより、先に話さなければ」


真剣な顔をするレイに俺たちは表情を引き締める。


レイの話は彼女が死に、新たな生を受けたところまでさかのぼった。



「あたし、今のレイチェルになる前に一度別の世界で転生しているの」


彼女はその時のことを鮮明に覚えているという。


前の生の時は、自分の前世がヘルガ・ハッフルパフという人物だったことも魔女だったことも何もかも覚えていなかった。普通のマグルで、平凡を絵にかいたような家庭に生まれ育ち、少し夢見がちな女の子として成長していった。


外で遊ぶよりも家の中で遊ぶ方が好きな、おとなしい子供で、本を読むことが一等好きだった。


その集中力はすさまじく、一度本を読み始めると周りの音が聞こえなくなるほどだった。


しかし、ソレ以外は他の子どもとほとんど遜色なく学校にも行って、たまに友達と遊んで、といった生活を送っていた。


しかし、高校を卒業する直前、交通事故に巻き込まれあっけなく亡くなってしまう。ブラックアウトしたかと思えば、次に意識が芽生えた時にはこの世界に生を受けていた。


魔法を使う母。毎日会社にでかける父。父は魔法を使えない人間だった。そして、息の仕方を自然と知っているように、当たり前のように以前自分がヘルガ・ハッフルパフという魔法使いだったことも、平々凡々な生活をする女の子だったことも理解していた。


詰めて考えて行けば、理解しきれないことが多々あったことは確かだ。しかし、彼女にとってその事実は当たり前であることで、詰めて考える必要などないことだったことが幸いした。


しかし、問題はそのことではなかった。


それはひとつ前の生での記憶の中にある、ある本のことだ。


その本の名前は「ハリーポッター」とある生き残った男の子のお話だ。


その本の中では創設者として自身の名前が登場する。これが、偶然なのか、何かの悪い冗談なのか最初は混乱をきたした。


しかし、彼女が読んでいたのは何も普通の本だけではない。携帯電話という小型の通信機器が流行していた時代を謳歌していた彼女は、その機会で様々な人が書いた二次小説というものにも手をだしていた。


その中では、彼女が好きだった魔法使いたちのお話を題材に書いた小説だって多々あり、この現象を転生トリップというのだと、なんとなく理解したのだった。しかし、それだけではなく、自分がもともとこの世界で暮らしていた人間であるということが、少し特殊であり混乱を招くことになったのだが。


とにかく、子供のころにそれを空気のように理解した彼女は、今がいつの時代なのかを調べ始めた。原作が終わった後ならそれでよし。始まる前ならそれもよし。途中ならばそれこそ、幼児である自分にできることなど何もないので、それもそれでよかった。


調べてわかったことは、原作よりもずっと前の事であり、主人公より自分が3歳年下であること。母がホグワーツ出身であったために、おそらく自分もホグワーツに通うことになるであろうこと。(そのころにはすでに魔法の片鱗を見せていた)


そのため、どうせなら原作を変えるのもいいのではないかと思っていた。


3歳差であるのなら、ホグワーツに行く歳は、アズカバンの囚人が関わってくる年だ。


助けたい人もいれば、変えたい未来もある。全てが全て上手くいく保証などはないが、創設者としてあの魔法学校を作った責任や、肉体年齢は幼児ではあるが精神的には前世の年齢も飛び越えすでに大人に達することになってしまっていたため、関係ないと放っておくことなどできるわけがなかった。


そして、もう一つ、希望があったのは、ゴドリックの言葉だった。


“きっと来世でも君たちに会えるよ”


彼は何の衒(てら)いもなくそういった。あまりにもバカげた話だった。それなのに馬鹿にできないのは、彼がそれを確信しているかのように自信満々に語ったからだろう。力強い目をした彼は有言実行するタイプだった。


こういう目をするときは、どんな困難が待ち受けていても絶対にかなえてみせるのだ。たとえどんなに不可能だと周りが言っていたとしても。


それを知っているからこそ、彼の言葉を信じてみたいと思えた。


“そんなことないよ。俺は覚えている。だって、君たちに出会ったことは、俺の人生において最高の幸運だったのだから”


そう、彼らに出会えたことは最高の幸運なのだ。


だからこそ、今世も。


この魔法が、ホグワーツが存在する世界でならきっと彼らにも出会えるのではないか。自分一人ではどうにもできないことも、彼らと一緒ならきっとうまくうくはずだ。


なんの確証もないが、そう思えたのは、ヘルガ・ハッフルパフとしての記憶が影響しているのだろう。


そうして、賭けをすることにした。


ホグワーツに入学したあかつきには、創設者4人の誰でもいい。誰かと出会えるかどうか。一人でも計画を実行するつもりではいたが、できるなら彼らに協力してもらいたかった。


これから先、子供である少年たちが多大な犠牲を払いながら進むいばらの道を、大人のエゴだとしても少しでも進みやすい道にできるように。


「だから、お願いします。あたしの計画に協力してほしいの」


レイはそう締めくくった。


彼女の瞳は力強く、それでもどこか不安げに揺れていた。


あまりにも突拍子もない話だった。彼女が生まれた世界は、魔法が存在せず、この今俺たちがいる世界が本の中の出来事だったというのだ。そして、今まで起こって来た出来事はその本にも記されていた。つまり誰かの手によって創作されたものによって俺たちは苦悩し操り人形のごとく生きてきていると言われたも同然なのだ。


なかなか信じがたい話だ。


魔法が存在しない世界があるということも、彼女の話も、彼女が未来を知っているということも全て。


俺たちは顔を見合わせた。


しかし、目を合わせた途端、思わず吹き出していた。それはサラもアリィも同じだった。


吹き出し、肩を揺らせて笑う。


緊迫していた空気は途端に雲散してしまった。


レイの目が見開かれる。


「レイ。俺たちが今までお前の言葉を疑ったことがあったか?」

「…でも…」

「レイ、いや、ヘルガ。俺はヘルガを信じているし、ヘルガの話は疑わない。君は嘘がつけない人間だからね。特に俺たちには」

「でも…」

「そうですわ。何を不安に思うことがあるのですか?どうどうと、協力してと言えばいいのです。私たちは、いつだって貴女の味方です。貴女が間違ったことをしようとしたなら止めますし、正しい事ならば協力もしましょう」

「ロウェナ…」

「アリィの言うとおりだな。前世は確かに前世でしかない。今世とは関係ないのかもしれないが、俺たちの関係はそれで終わるようなものではないだろう。というより、終わらせなかった奴がここにいるからな。実際に、姿も名前も変わったというのに、俺たちは、俺たちが何者であるのかを一目で見極めた。まあ、それでなくても、今俺たちがいるこの時間が関わって来るんだ。協力しないわけがないだろう」

「サラザール…」

「だから、レイ。一人で抱え込まないで、俺たちにも背負わせろ!」

「ゴドリックっ」


彼女の顔がゆがんだ。大きな瞳からはぽろぽろとしずくが零れ落ちていく。


アリィが素早くレイの背に腕を回し、彼女の小さな体を包み込んだ。


サラが、杖を振る。


すると天井が夜空を映しだし、夜空にはオーロラが帯を波打たせた。


俺も笑みを浮かべ、杖を振る。


オーロラの波から上がった雫がゆっくりと落ちては優しい雨を降らせた。温かい雨は俺たちの肌に当たりぬくもりを残して消えていく。


そんな俺たちを見てアリィも杖を振った。


床が草原になり、どこからかそよ風が吹く。草原が風によって波をつくり、姿を変えていく。


レイが顔をあげた。鮮やかなグリーンの瞳がオーロラを映し出す。しばし見惚れた彼女もまた杖を振った。


どこからともなく走ってくる銀の動物たち。それらが小躍りしているかのように軽やかに草原の中を走り回っている。


俺たちは顔を見合わせ微笑みあった。


肩を寄せ合い、俺たちが作り出したこの幻想をしばらく眺め続けた。


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