人生幸福論 | ナノ


07:パラレルワールド  




放課後、俺たちは再び創設者の部屋に集まっていた。


中央の丸テーブルの上には底が浅い銀の盆が乗せられている。


その盆には水が入れられていた。


俺たちは顔を見合わせ、うなずき合う。


レイが自身のこめかみに杖を当てる。その杖をすっと引くと、こめかみから杖先に引っ張られるようにして銀糸が出てきた。それを杖先に巻きつけるとそっと盆の水の中に落としていく。


俺たちはその様子をじっと見守ったあと、盆の水に指先を付けた。









地に足が着く感覚とともに、周りの音と景色が入れ替わる。臓腑がひっくり返ったような気持ち悪さが少しだけあったが、それも深呼吸をすれば収まった。


どさりと椅子に腰を下ろす。


目を瞑れば今しがた見た映像が瞼の裏に映る。


レイが前世で見たこの世界の話だった。それはヴォルデモートとハリーを中心に巻き起こる戦いの話だ。


壮絶なまでの映像に衝撃を感じずにはいられなかった。体が重たく、しばらくは動くことも喋ることもできないのではないかと思える。


周りを見れば、サラもアリィも難しい顔で黙り込んでいた。


「ハリーが入学してからの2年間もほぼ、同じ内容でしたわね」


アリィが口火を切った。それに続くようにしてサラも口を開く。


「強いて言えば、俺たちがまったく出てこない、ということか」

「そうですわ。ここにいる4人共、誰も出てきませんでしたわね。名前すらも」


レイが前世で見た映画は本の内容とは少し違っているのだという前置きをされた上で、見せられた。大まかな話の筋は同じだとしても、本から映画化されるにあたり、表現しきれないことや内容を時間内に収めるために多少、改良されているらしい。


それでも、彼女が言うには、本の中にも俺たちの存在は一つも出てこなかったという。


この4人の中では、一番主人公であるハリーに近い俺さえも名前すらも出てくることは無い。


「つまり、どういうことだ?」


頭痛すらする頭を押さえながら疑問を口にする。


「あたし、考えたの。パラレルワールドって知ってる?」

「並行世界か」

「選択肢の数だけ世界が存在する、という考え方によって成り立つ世界のことですわね」

「え、どういうことだ?」


俺が首をかしげると、アリィが懇切丁寧にパラレルワールドの定義というものを教えてくれた。


曰く、目の前にAとBの選択肢がある。Aを選択すればAを選択したことによるあらゆる事象が起きていく。そしてBを選択した場合も、またAとは違いBを選択したことによるあらゆる事象が起きていく。その事象は結果として同じ場合もあれば違う場合もあるだろうが、AとBという決定的な違いがここに起きている。


つまり、選択肢の数だけ世界が存在し、もしも他の選択を選んだらという世界が仮定として成り立っていくのである。


“もしも”の数だけ世界がある。


その考え方が、パラレルワールドの定義らしい。


「つまり、レイが見た世界は“俺たちがいない世界”。俺たちがいる世界は、“俺たちがいる世界”っていう二種類の世界が成り立っているわけか」

「ええ」

「それか、前世の記憶を引き継いだ世界と前世の記憶を持っていない世界かもしれないけどね」


レイは肩を竦めながら言った。


前世の記憶があるから、これだけ立ち回りいろいろとしでかしているのだろう。前世の記憶を持っていなかったら、今とは違った行動を起こしていただろうし、俺で言えばハリーたちに関わっていなかったかもしれないということらしい。


そんなの、記憶を持っていない俺を俺は知らないから、考えようにもわからないが、俺の境遇で前世の記憶を持っていなかったらグレていただろうことは容易に想像できた。一度大人を体験しているからこそ、思春期特有のグレるということもなかったわけだし。


「まあ、そうだよなー。前世の記憶がなかったら、この歳でポリジュース薬の改良なんてできなかっただろうし、セブルスが教師じゃあやろうとすら思わなかっただろうな」

「え!?ポリジュース薬、改良したの!?」

「おう。セブルスに俺の腕前を認めてもらうためにな。それに、あれはもともと未完成だったからなー。ハリーたちも飲んだ時に声を低くすることで対応してただろう?それじゃあ、何のための成り代わり薬だよ。姿も声も仕草さえもまねることができるようにならねえとな」

「あ、相変わらずの薬学馬鹿だったんだ…」

「ええ。祐希は相変わらずですわよ。さすがにポリジュース薬の改良には私たちも驚きましたもの」

「そうだな。貴様ならやってしまいそうだとは思っていたが、何も今この年齢でするものでもないだろうとは思ったな」

「でも、祐希ですしね」

「ああ。祐希だしな」

「そうだよね。祐希だもんね」

「おい!なんだその俺だからで納得するって!?」


全員一致で、俺だからという理由で納得されれば突っ込まざるおえない。


確かに、俺は前世の時から魔法薬の研究はしていたし、好きだ。もちろん寝ずに没頭し、サラに殴られ気づけば一週間魔法薬の研究をし続け人間の生命に必要な睡眠も食事も一切取っていなかったことだってある。もちろん若かりし頃の話だ。


だが、それを行ってしまえばサラも同じことだろう。


見たことのない魔法生物に出会えば目を輝かせ危険も周りの声も顧みず突進してしまうのだから、こいつの方が危険度はずっと高い。


それに、ポリジュース薬の改良は本当にすごいことなんだぞ。学会にだって発表して、特許も得たおかげで今では小金持ちだ。おかげで学費も自腹で賄えるぐらいには私財が貯まっているのだ。


「ですが、おかげでダンブルドアの思惑がわかりましたわ。ポッターが入学してからの彼の行動には疑念を持っていましたもの」

「さすがアリィね」

「おかげで、私たちがどう動くかもわかりやすくなってきましたわ」

「ああ。そうだな」

「まあな」


俺たちは顔を見合わせた。


そして、それぞれが唇に弧を描く。


「さあ、決めようか。我ら四人が再び揃った。ゴドリック・グリフィンドール基、祐希・赤司が」

「サラザール・スリザリン基、サルヴァトア・クリフデンが」

「ロウェナ・レイブンクロー基、アルウィーン・キンスが」

「ヘルガ・ハッフルパフ基、レイチェル・バイロンが決定する」

「我らのホグワーツ魔法魔術学校の行く先に幸多からんことを」







そして、俺たちの決定は下された。




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