ロンへの手紙にも書いたのだが、俺はハリーがいる漏れ鍋には寄らなかった。買い物だけを適当に済ませた。
リーマスは生徒と共にホグワーツへ行くことになっており、どうせ家を出るところから一緒なのだからと、早々についたホグワーツ特急では同じコンパートメントに入り向かい合わせで座ったのだ。
「なんか、不思議な気分だな。この特急にリーマスが乗っているなんて」
相変わらず継ぎ接ぎだらけのみすぼらしいローブを着ている。げっそりしているその顔は、一昨日が満月の夜だったからだろう。俺が作った脱狼薬を飲んではいたが、元来の脱狼薬だったため理性は残っても眠れない夜を過ごしているのだから、疲れ果てているのもうなずける。
「ああ、私もだよ。まるで学生時代に戻ったような気分だ」
「リーマスと同級生か…。おもしろそうだな」
「それはどうだろうね」
「なんでだ?」
「私はあのころは私の事情にとても、そうだね、卑屈になっていたから、きっと祐希と出会っても関わろうとはしなかっただろうね」
「ふーん。それでも、俺はきっと付きまとうぞ」
にやりと口角をあげる。
「きっと、俺はリーマスを一目見ただけで友達になりたいって思うだろうからな。リーマスが受け入れてくれるまでしつこく付きまとうさ。俺のしつこさは折り紙つきだぜ?」
「誰に?」
「そりゃもちろん、サラにな!」
「ああ、あのスリザリンの友達だね?」
「ああ!あいつも最初は俺のこと邪険にしてたんだけどな。今じゃ一番の親友だ」
「君のそういうきっぱりしたところ、僕は好きだよ」
思わずきょとんとしてしまう。
そんな俺にリーマスはくすくすと笑う。
「俺も、リーマスのことは好きだよ」
「ありがとう」
「リーマスは家族だからな」
「!!…君がそう思ってくれるなら、とてもうれしいね」
「ただ、学校にいったらさすがにリーマス呼びはまずいかな。なあ?ルーピン先生?」
からかうようにリーマスをファミリーネームで呼ぶと、彼は再び肩を揺らして笑った。
「君にそう呼ばれるのは違和感があるね」
「学校について、落ち着いたら俺の親友を紹介するよ。きっとあいつらもリーマスのことを気に入る」
「うん。楽しみにしているよ」
そういいながら、リーマスの瞼は重くなったようにゆっくりと閉ざされていく。しかし完全に閉じてしまう前に瞼が上がり、うつろな目が空を彷徨う。
眠たげなリーマスだが、俺がいることに遠慮しているのか眠りに抗っているようだ。
「寝ろよ。昨日もまともに眠れてないんだろ?ホグワーツに着く頃に起こしてやるから」
「…でも」
「大丈夫だって。学校にいったら嫌でも忙しくなるんだ。休めるのは今のうちだぜ?」
「…ふふ、これじゃあどっちが年上かわからないね」
「おやすみ。リーマス」
「うん、おやすみ…」
最後の言葉はほとんど上手く言葉になっていなかった。むにゃむにゃとした曖昧な挨拶と同時に閉ざされた瞼と、すぐに規則正しく上下する肩。窓に寄り掛かりながら、ローブを体にきつく巻きつけ眠る姿はどこから見ても、学校の教師には見えないだろう。
リーマスはもっと自分に自信を持つべきだ。
人狼だろうとなんだろうと、彼はとても魅力的な人間なのだ。
確かに迫害はあるのだが、それを超えて彼自身を見てくれる存在はもっと大勢できていくだろう。彼がほんの一歩、勇気をもって心を近づけるだけでいい。
たったそれだけできっと大きく世界は変わるのだから。
「まあ、今年はリーマスもいるし、楽しみたいな」
俺もリーマスと同じように窓辺にもたれかかり、彼の寝顔を見ているうちにいつのまにか瞼は重く意識は深く沈んで行っていた。
がらりとコンパートメントの扉が開く音に意識が浮上する。続いて廊下のがやがやした音が耳に入って来る。特急はいつの間にか出発していたらしい。微かに体に振動が伝わってくる。
「祐希!」
囁き声が聞え目をあけると、そこには俺を見て驚いているらしいハリー、ロン、ハーマイオニーがいた。
彼らは俺と俺の向かいに座るリーマスを見比べると、まるで罠が張ってあることを心配しているように恐る恐るコンパートメントに入ってきた。
「ここ、僕たちもいい?」
「もちろん。久しぶりだな。ハリー、ロン、ハーマイオニー」
ハーマイオニーはこんがり日焼けをしており、驚くことに彼女はペットを飼ったらしい。つぶれたような顔をしているオレンジの毛を持つ猫だった。籠の中をのぞきこむとふいっと顔をそらされる。名前を聞くと、クルックシャンクスというのだと彼女は誇らしげに語った。それを見て、ロンは顔をしかめていたのが印象的だった。
「うん、久しぶり。漏れ鍋で会えたらよかったのにね」
「悪いな。それより、ハリー、大変だったんだってな。あとで詳しい話聞かせてくれよ」
「うん。いいよ。それにちょうど祐希にも聞いてほしいことがあったんだ」
ハリーが深刻な顔をしていった。
しかし、ハリーはすぐにリーマスを見てこの人誰?と聞いてくる。
「リーマス・J・ルーピン。新しい『闇の魔術に対する防衛術』の先生さ」
俺の言葉に、ハリーとロンは顔を見合わせる。そして、ロンはたいして期待していない口調で、本当に教えられるならいいけどねと言った。
「それについては、俺が保障しよう。きっと今年のDADAは楽しめるぞ」
「祐希はこの人について何か知ってるの?」
「ああ。知りすぎるほど。その話はあとでしてやるよ。それより、ハリーの話だ」
ハリーは再び神妙な顔をしてあたりを見回した。まるでこの部屋に透明な何かがいて聞き耳を立てているのではないかと疑っているようだ。
まあ、ハリーの透明マントじゃないが、そういうことが可能なのが魔法使いだからな。
最後にハリーはリーマスの方を見て、本当に寝ているよね?と俺に確認した。それに深く肯定してやると、ようやく話しはじめた。
ハリーの話は、つまりこういうことだった。
シリウス・ブラックはハリーを狙うために脱獄したらしい。曰く、ヴォルデモートの仇討ちのためだとか。そのために、ハリーが魔法を使ってしまってもお咎めなしにもなったし、ハリーを保護する名目で漏れ鍋に泊まらせてもらえることにもなっていたようだ。それについてはラッキーだったの一言に尽きる。
ウィーズリー夫妻は、ハリーが親の仇の一味でもあるシリウス・ブラックを探しにいってしまうのではないかと心配しているらしい。自分から探しにはいかないでくれと散々注意されたらしい。
聞き終わるとロンは愕然としていたし、ハーマイオニーは両手で口を押えていた。
まあ、脱獄犯が自分たちの親友を狙っているのだ。そんな中で冷静ではいられないだろう。
その時、突然小さく口笛を吹くような音がかすかにどこからか聞こえてきた。4人でコンパートメントのなかを 見回すと、それはハリーのトランクの中から聞こえてきた。
ハリーが取り出すと、それはスニーコスコープというものらしい。ハリーへのお土産なのだとか。危険や自分に危害を加えようとするものが近づくとこうして教えるのだとか。しかし、ロンはあまり信用していないらしい。
スニーコスコープはだんだん耳をつんざくような音を出す。それに耐えきれず、ロンがハリーのぼろぼろの靴下の中に押し込みトランクのふたを閉めた。
それから話はホグズミードのことになり、ハリーがホグズミードにいけないことが発覚した。
それから、クルックシャンクスとロンのひと騒動があったが、特急は平常通り順調に北へと走っていく。