人生幸福論 | ナノ


01:脱獄と家出  











燃えたぎる炎の上には鍋があり、その中にはふつふつと紫色の液体が渦を巻いている。それを右に7回、左に3回混ぜると、液体は徐々にとろみをだし、次第に固まっていく。やがて、液体は完全に個体となり、色も真っ黒になってしまった。


「うーん?セブルス、どう思う?」


鍋を除きながら問いかける。


しかしいくら待っても答えは帰ってこなかった。部屋の主がいるはずの場所を振り返れば、主は新聞を凝視したまま微動だにしていない。その顔がいつになく強張っているのが良く見えた。


ここはセブルス・スネイプ教授の家だ。


お察しの通り今夜は満月なため彼の家にお邪魔しているのだ。


2年次に作っていたポリジュース薬改は完成し、実験も成功。それを学会に発表したところ、表彰を受けた。そして晴れて俺はセブルスと名前呼びをすることにし、彼との距離も縮まったのだ。


「おい、セブルス?」


鍋の脇に置いてあった羊皮紙に、マクワミの量を減らすと記入だけして炎から鍋をおろし火を消す。


セブルスに近寄ると、新聞の一面に目を落としているらしかった。彼の隣から覗き込めば、日刊預言者新聞の一面に巨大な写真が乗せられている。長髪の痩せこけた男がこちらにむかって吠えるように口を開け、とびかかろうとして取り押さえられている写真だった。


新聞の見出しには、「シリウス・ブラック脱獄!魔法省失態」とでかでかとつづられている。


「セブルス?」


彼の険しい顔を覗き込めば、ようやく俺の存在を思い出したらしくはっとなり顔をあげた。


「知り合いか?」

「……いや」

「にしても、アズカバンから脱獄なんて、こいつすごいな。どうやったんだろうな」

「闇の帝王の僕だ。何かしら方法を授かっていたのかもしれん」

「へえ…、あいつの部下ねえ…」


俺があいつと称したことにセブルスがぎょっとした顔をした。


「どうして、今脱獄したんだろうな?」

「どういうことだ?」

「何かしら方法があったのなら、もっと前にだって脱獄できただろう。あいつが去ってもう10年以上経っている。今更何のための脱獄だ?」


セブルスは押し黙った。


その目は再び紙面へと落とされる。


「まあ、魔法省が言うようにそう簡単に捕まるとは思えないけどな」

「なぜそう思う」

「だって、あのディメンターを掻い潜れる野郎だぜ?そう簡単に捕まるような馬鹿だとは思えない」

「フン、随分奴の肩を持つな」

「そういうセブは随分毛嫌いしているな?何か因縁でもあるのか?」

「…そんなものはない」

「そ」

「それより、先ほど試していたものはどうだったのだ?」

「ああ、失敗。量が多すぎたらしい。間を測っていくしかないだろうな」

「貴様はすぐに脱狼薬を作りたいといってくるのだと思っていたが」

「ん?これもその下準備みたいなものさ」

「下準備?」

「脱狼薬は完全な薬じゃない。そうだろう?」

「さよう」

「満月の日に理性を保っていられるが、人体への影響を完全に抑えられるわけではない」

「調べたのか」

「まあね。何も去年一年、ポリジュース薬だけを作っていたわけではないさ。あれは、セブルスの協力を得るための力試しみたいなものでもあったしな」


セブルスは微妙な顔をした。


そして小声で、あれだけ改良しておいて力試しかと力なくつぶやいていた。


「それに、来年はリーマスも学校にいる。近くに居られる分いろいろと試すことができるだろう。リーマスには被検体になってもらわなければいけないんだけどな」


それが心苦しいところだ。


リーマスが闇の魔術に対する防衛術の教授になる話を受けたときに、この脱狼薬についての話はしてある。


セブルスが脱狼薬を作ってくれるのだが、それは完全な薬とは言えないため改良するのに協力してもらうのだ。ただし、改良したものが失敗していればリーマスは理性すらもなくし完全な狼化をしてしまうだろう。


そうなれば、襲う相手がいないときは自身を傷つけていく結果になる。


そうならないために、先にできる実験はしておきたいのだ。


なるべくリーマスへの負担を減らしておきたい。ただし、やはり最終的には投与して経過をみてみなければならないため次の一年でどこまで俺の目標に近づけるかはわからなかった。


それでも、リーマスは快く引き受けてくれていた。


リーマスの話をするとセブルスは渋い顔をする。狼人間であるリーマスを校内にいれることに反対なのだ。リーマスから聞いているが、彼らはいわゆる同級生らしい。スリザリンとグリフィンドール。そのころからすでに確執があった二つの寮の生徒だ。それなりに因縁があるのだろう。


リーマスはともかく、セブルスはリーマスについて快い感情は抱いていないことは明白だった。


リーマスが闇の魔術に対する防衛術の教授になることに最後まで異議を唱えていたのもセブルスだ。


「だから、セブルスも協力頼むぜ?まずはノクターン横丁の店だな」

「あそこは生徒が行くようなところではない」

「俺が普通の生徒じゃないことはもうわかってるだろう?」


にやりと笑ってみせると、それ以上何をいっても無駄だと思ったのか、深いため息をつかれた。


「貴様なら、我輩の紹介が無くても勝手に探り当てそうなものだがな」

「セブルスがどうしても教えたくないっていうなら、そうするつもりだったさ。まあ、これでも見る目はあるつもりだからな。偽物つかまされることも、ぼったくられることもないだろ。ただ、この年齢だと今は魔法が使えないのがネックだけどな」


肩を竦め、鍋の中身を消す。


もう一度最初から材料を刻み、量を測り始めたところで風を通すために少しだけ明けていた窓がものすごい音を立てた。見てみると、窓ガラスにぴったり張り付くようにしている一羽の小さな梟がいた。


間抜けなことにガラスに気付かずにぶつかってしまったらしい。


「……なんだこのフクロウは」

「あー…、たぶんロンのところのエロールだな」


ずるりと窓ガラスから落ちそうになっているところを慌てて引っ掴むようにして中に引っ張り込む。


エロールは力なく鳴くとかろうじて足を動かし括り付けられている手紙を差し出した。それを外してやり、机の上に降ろしてやる。ついでに水を小さなカップに入れてもってきてやると勢いよく飲み始めた。


ぴちゃぴちゃ水が机の上に飛ぶのを見てセブルスは盛大に顔をしかめる。


それを無視して手紙を開くとそこには驚くことが書かれていた。


『ハイ、祐希。元気?
さっきパパに聞いたんだけど、ハリーが大変なんだ。なんとハリー、おばさんのことを膨らませちゃったらしいんだ。でも、僕としてはよく持った方だと思うぜ?だって、あの態度は君も知ってるだろ?

でも、ハリーはほら、去年ドビーのせいで一度魔法省から警告を食らってるのを覚えているかい?そのせいで、今回は本当にダメなんじゃないかと思ったんだけど、なんと魔法省はハリーの今回のことをもみ消すらしい。

やっぱり、ハリーだからだよな。これが僕だったらきっと即退校処分だぜ!まあ、その前にまず僕を土から掘り起こさなくちゃいけないんだろうけど。だって、きっと僕ママに殺されちゃってるよ。

それで、ハリーは今漏れ鍋にいるんだって。前日には僕たちも漏れ鍋に行くんだ。ハーマイオニーも行くって言ってた。だから、予定が合いそうなら祐希も来いよ。


ロン・ウィーズリー』


台所から勝手に干し肉の切れ端を持ってきてエロールに与えてやる。セブルスは何かを言いたげだったが、それも一切無視した。


「今返事を書くから少し待っててくれるか?」


エロールは機嫌よく鳴いた。干し肉を食べられてご満悦らしい。


取り出した羊皮紙に返事をかきながら、ハリーの心配をする。


何があったのかは知らないが、ハリーの家族がマグルの中でも最悪の部類に入るというのは知っている。きっと、ブチ切れてしまったのだろう。まだ魔力を正確にコントロールできない子供にはよくあることだったが、ハリーぐらいの年齢では珍しいといえるだろう。それぐらい、感情をコントロールできない何かがあったのだろうと察する。


走り書きした手紙をエロールに持たせて窓から出してやる。


エロールはふらふらとしながら飛んで行った。


「あの梟に手紙は運ばせない方がよさそうだが」

「俺もそう思う」


遠くに霞んでいく小さな梟の姿は、とてもロンのところまでたどり着けるようには思えなかった。


まあ、どこかで落としたとしても、たいして重要なことは書かれていないから大丈夫だろう。


「たぶん、後で知らされるから先に行っておくぞ。ハリーは今、『漏れ鍋』にいる」

「なんだと?」


途端目を吊り上げたセブルスに肩を竦める。


「どうもブチ切れて家出をしたらしい。ハリーがブチ切れるだなんて、あの一家は何をしたんだか」

「そんなことはどうでもいい。なぜ貴様がそれをしっている?」

「今ロンの手紙で知らされたところだ。ロンの父親は魔法省だからな。そこから情報が来たんだろう。そのまま漏れ鍋で入学式まで過ごすみたいだ」


俺にも誘いが来たと伝えると、セブルスは頭を抱え深いため息をつく。


「そんなに心配なら今から漏れ鍋に行くか?そのついでに店を案内してくれてもいいが?」

「どちらがついでだ。何度も言うようだが、あそこは一生徒が行くようなところではない」

「俺も何度も言うが、俺を一生徒とくくれないだろう?」


この押し問答の軍配は俺に上がる。


それは、すでにポリジュース薬改で俺が実績をあげていることや、去年一年間の俺の魔法薬学に対する態度を彼が一番間近で見てきているからだろう。


まあ俺がスネイプの立場だとしても、もしただの2年生の魔法使いが魔法薬を開発し出したら驚くしいろいろ度肝を抜かされる。


セブルスは諦めたらしく、急かす俺に任せて俺と共にノクターン横丁に姿現しをしてくれた。


そして、彼の贔屓の店を教えてもらい、値切りに値切って目当ての材料を手に入れた俺はほくほくしながら、セブルスは若干やつれながら帰ってきたのだった。


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