「まあ!なんてことでしょうね!」
甲高い声が耳に届く。どこかふわふわした意識がまわりの音を徐々に拾っていく。
「さあさあ、こちらへいらっしゃい。そこへ座って。そう。これをお飲みなさい。一気にですよ。一滴だって残してはいけません」
きびきびとした女性の声だった。彼女はせわしなくそう言うとどこかへと歩いて行ったようだった。甲高い声が遠ざかっていく。とても忙しそうだった。
「目が覚めたか?お前にしては随分ゆっくりとした目覚めだな」
少年特有のまだ幼さを残した声が聞こえた。ぼやけた視界にまばゆい金色が視界を埋める。まるで太陽の煌めきの様なそれはとても美しく、ぼやけた視界の中を埋め尽くす。
「おい、起きているのか?それともまだ寝ているのか?」
ゆらりとゆれたそれに触れてみたくて手を動かそうとするが、思ったように体が動かなかった。
「祐希?」
その金色が誰かを呼ぶ。他にも近くに誰かがいるのかもしれない。
徐々に視界がクリアになっていくと、金色は人の髪で、澄んだ青空のようなブルーの瞳も見えた。
「…さら、ざーる…」
見知った姿とは異なる姿だというのに、なぜかはっきりとその少年は親友のサラザールだと感じることができた。勘のようなものだったが、確信を持って彼はサラザールだと言えた。
覗き込む姿はいつかの少年たちと重なる。心配げに見つめる3人の悪がきの姿を思い出し、彼らは今どうしているだろうかと思った。
「…そんな顔をするなよ。ヘルガに泣かれるぞ」
「お前こそ何を言っているんだ」
「?」
「祐希。寝ぼけているのか?」
「……祐希…」
「おい、本当に大丈夫か?」
最初はからかうような口調だったが、次には本当に心配げに問われた。
それに目をぱちりと瞬かせる。
彼の後ろには高い石造りの天井が見えた。どこからか差し込む日差しが天井に陽だまりを作っている。
そして徐々にはっきりしていく思考で、彼はサラザールだけど、今はサルヴァトアで、俺はゴドリックではなく祐希という名前であるのだと思い出した。
「俺の事か…」
「ああ。お前のことだ」
「懐かしい夢を見ていた…。お前が拾ってきたドラゴンが逃げ出した時のことだ。あの悪がき三人…」
「それは随分と昔の夢だな」
「今でもたまに見る。この夢を見た後は、俺がゴドリックなのか、祐希なのかわからなくなる」
「あまりにもリアルすぎて、か?」
「そう。音も、匂いも、ぬくもりも…その場で感じているように感じ取れて…」
「祐希」
浸ろうとする俺を遮るようにサラが固い声で俺を呼ぶ。
「何があったか覚えているか?」
「何が?…ここは、医務室だな」
「そうだ」
「俺は、怪我を…」
「ああ」
その瞬間、いっきに思い出された。
追いかけた赤毛も、向けられた杖先も、すぐ近くで感じられた生臭い息遣いも何もかも。
「…良く生きてたな、俺」
「俺はまた、親友を失くすところだったな」
「バーカ」
「お前が守護霊を飛ばしていなければ、間に合わなかっただろうとマダム・ポンフリーが」
「そうか。上手く飛ばせてたか」
「クィディッチに乱入してきたぞ」
「ハッ、それは、あとで弁解が大変そうだなあ」
「何があったかは大体トム・リドルが話した」
「どういうことだ?」
「お前が気を失っている間に、ことは解決したってことだ」
え?
驚きすぎて声もでない。サラはそのあと、何が起こったのかを説明してくれた。
俺が眠っている間に、サラはバジリスクを殺す決意を固めたらしい。時を同じくして問題が起こった。壁に新たなメッセージが書き込まれたのだ。そしてジニーが攫われたことがわかった。ロンとハリーは当然助けにいく。それの後からついていく形でサラも秘密の部屋へ向かったらしい。
そこで、実体化したトム・リドルとハリーの会話がなされていた。その会話によると、トムはヴォルデモートの学生時代であり、生気を吸って実体化しようとしていた。そして、ハリーとバジリスクの対決が始まったが、その辺はサラも手助けをして、ハリーがバジリスクを殺すに至り、あの日記も破壊し、トムも消え去ったらしい。
ジニーは無事、石になった生徒もマンドレイク薬が出来上がったためにみんな元に戻った。唯一被害があったといえば、ハリーたちと一緒に秘密の部屋へ行ったロックハートが自らの忘却呪文にかかり記憶を失ってしまったことだとか。
俺はその間ぐーすかねむりこけていたらしい。
「うわー、大変だったんだな」
「ああ」
「にしても、よかったのか?」
「問題ない。またあの時の様な後悔は二度としたくないからな」
「ってことは、俺、どれぐらい眠ってたんだ?」
「明日学年末パーティーだ」
「うっわ、まじか。テストもすっ飛ばしたな」
進級できるのか?と不安になったところで、サラから、テストはなくなったことを聞かされ、安堵する。
「よし。ならよかった」
「マダム・ポンフリーを呼んでくる」
「サラ」
カーテンを開け、出て行こうとしたサラを呼び止める。振り返った彼は相変わらずのぶっちょうズラではあったが、その眼の下に濃い隈があった。
「ついててくれて、ありがとな」
サラは何も答えず出て行った。しかし、俺は気づいている。サラの耳が赤かったことに。
それから飛んできたマダム・ポンフリーに一日様子を見て退院の許可をもらい、なんとか学年末パーティーには顔を出せそうだとほっと胸をなでおろしたのだった。