人生幸福論 | ナノ


25:魔法生物好き  




『サラザール!いい加減アレをどうにかしてください!』


暖かな日よりの午後、学校の渡り廊下に響いた金切り声に俺は足を止めた。


次の時間は授業がなかったため久しぶりにのんびり日向ぼっこでもしようかと思っていたのだが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。


気持ちよさそうな空を窓越しに見つめ肩を竦めた。


そして踵を返す。


特に急ぐこともなく、廊下を進んでいけば、談話室の前でロウェナがサラザールに詰め寄っているところだった。その周りには生徒がとばっちりを食らわないように少し距離を開けことの成り行きを見守っていた。


『お前にとやかく言われる筋合いはない!』

『あるから言っているんです!アレはあまりに危険すぎます!』

『怪我をしているんだ!みすみす見殺しにしろと言いたいのか!?』

『あんなでかい図体をしていて、多少の怪我ぐらいでどうこうなる生き物じゃないぐらい、誰にだってわかるでしょう!』

『ロウェナ、野生はお前が考えているよりもずっと厳しいんだ』

『その野生で来ていくなら自然の摂理に従うべきでしょう!人間が手を貸す必要がどこにあるというのですか!?それは貴方のエゴでしかありませんわ!』

『エゴの何が悪い!ならば、お前は目の前に怪我をした人間がいても助けないというのか?自分が助けられる存在に手を差し延ばすことがエゴだというのなら、世の中は腐ってる!』

『人間と魔法生物ではわけが違うでしょう!魔法生物には魔法生物の、人間には人間の生活があり領分があると言っているのです。その境界を犯すべきではないということはわかっているでしょう!』


詰め寄るロウェナと言い返すサラザールは両者一歩も引かず、言い争いも平行線をたどるばかりのようだ。


少し内容を聞いただけで、正直な話またか、という感じなのだが、ここで止めないわけにもいかない。


俺の存在に気付いた生徒たちが、早く止めてくれと目で訴えかけてきている。


喧嘩の原因が何なのかは、この少しの会話だけでよくわかった。


数日前にサラザールが拾ってきたドラゴンの子供のことだろう。


子供と行っても、体調はすでに3メートルを超えている。しかし、何があったのか翼には穴があき足も怪我をしているらしい。その怪我で、見捨てられたのだろう。群れからはぐれていたところをサラザールが保護したのだ。


今は近くの森の中に結界をはってかくまっている状態だが、生徒がいけない場所ではないためこうしてロウェナはサラザールに食って掛かっているのだ。


『はいはい。お前ら、喧嘩はその辺にしとけよー。せめて場所を移せ。子供らの前だ』

『ゴドリックもなんとか行っていただけるかしら!?このわからずやに』

『ちゃんと結界を張っているんだ。何も問題ない。ゴドリックもそう思うだろう!』

『だから、場所を移せって言ってんだろうが。興奮するのは勝手だが、ここは談話室の前だ。生徒が見ている前で見苦しいぞ』


俺が告げると二人はようやく周りを見回し、生徒に囲まれていることを自覚したようだった。


そして、お互いに気まずそうに顔をそむける。


『じゃあ、まずはヘルガの所にいって説教されてこい』


俺がそういうと二人は嫌そうに顔をしかめたが、すでにヘルガもこの喧嘩のことを知っていると伝えると二人は渋々職員室へと向かっていった。


一応収まった喧嘩に子供たちはほっと息をついたようだった。人だかりをつくっていた子供たちは各々で散らばり始める。


そんな中、いたずらっ子で校内をにぎわせている3人組みが俺の元へ駆け寄ってきた。その目は好奇心のために爛々と輝いている。何か新しいイタズラを思いついた時のような煌めきに俺は思わず天を仰ぐ。


『先生!』

『何も教えないからな』

『まだ何も言ってないのに!?』

『お前らの顔に書いてあるんだよ』


そういうとお互いの顔を見合わせて頬に手を当てる。この三人は本当に仲がいいし、結束力もある。いたずらっ子ではあるが、その分興味があることにはとことん向上心があり、魔法の素質も十分にあった。


だからというのだろうか、あんなことが起こったのは。


轟々と燃え盛る炎は、夜の森を煌々と照らし出す。暗い影が浮かび上がり咆哮が月に向かって放たれた。


震える3人の目映ったのは怒り狂うドラゴンの姿。腰を抜かしへたり込む彼らの前に俺が躍り出た時には、ドラゴンの尻尾が振り下ろされるところだった。


『先生!ゴドリック先生!』


耳元でする騒がしい声に目を開けると、涙をためた目で見下ろす悪がき3人の顔があった。


燻っている灰の匂いと、生徒の向こうに見える星空にまだ外の森にいることを知る。体中が痛く、思うように動かせない。


『目が、覚めたか…。ゴドリック』


声がした方に目を向ければ、そこにはなんとも情けない顔をしたサラザールがいた。杖を持つ腕は力なく垂れ下がっている。象牙のような肌は煤だろうか、黒い汚れがついていた。いつもきっちりセットされている髪型も乱れている。良い男が台無しだ。


『サ、ラか…。どうなったんだ?』

『……炎は鎮火した。ドラゴンは、結界を突き破り、逃げて行った』

『はっ、どんだけ元気だったんだ』

『おそらく、英気を養いタイミングを見ていたのだろう。翼も綺麗にもとに戻っていた』

『なら、よかったじゃねえか…』

『……』


押し黙るサラザールは沈痛な面持ちだ。


『情けねえ面してんじゃねえよ』

『悪かった…。俺は、親友を失くすところだった』

『馬鹿野郎』

『ロウェナの言う通りだった…』


俯くサラザールの顔は見えなかったが、いつもな不遜なほど自身にあふれている瞳が陰っているのだろうことは容易にわかった。それに苦笑を漏らす。深く息を吐きだすと、体が軋み痛みが走った。


『先生…、俺たちもごめん…。近づくなって言われてたのに』

『怪我は?』

『ううん。先生がかばってくれたから』

『なら、いい。お前らはもう戻れ』

『うん…』


3人は肩を落としながら帰っていた。


『おい、手、貸せ』

『あ、ああ』


サラザールの肩を借り、ゆっくりと立ち上がる。


周りを見回せば、このあたり一帯だけ焼野原になっていた。


『森の民が怒るな』

『責任もって綺麗にする』

『このまま帰っらたロウェナに怒られるな』

『そうだろうな』

『最悪ヘルガも怒るかもな』

『……甘んじて受け入れる』

『ハッ、あーあ、逃げちまったな』

『怪我が治っていたならいい。群れに戻れるのなら、それが一番だ』

『かわいがってたんじゃねえのか?』

『自然界にあるからこそ、あれらは魅力的なんだ』

『へえ』

『人の配下に下らない孤高だから美しい』

『ってことは、アレの逃避行は美しい行動だというわけか』

『…嫌味か?』

『嫌味に聞こえたか?』


むつりと黙り込んだサラザールが一歩足を踏み出す。それに合わせて俺も動きにくい脚を動かしていく。


夜風が肌を撫でていく。生ぬるい風だった。見上げたそれには大きな三日月が俺たちを見下ろしている。


『ま、いいんじゃねえか?』

『何がだ?』

『お前の魔法生物好き。今回は、アレだったけど、面白いから悪くねえよ』

『……なんだその理屈は。教師としてどうかと思うが』

『フォローしてやってんだから、素直に受け取れよ』

『うるさい』


そして、俺たちはこの後そろって涙を浮かべたヘルガに詰め寄られ、たじたじになるのだが、この時の俺たちはそんなこと予想すらしていなかった。


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