クィディッチ日和の晴天になった。爽やかなそよ風が吹き、天気も申し分ない。朝食の席ではウッドが興奮しながらチームメートのサラにスクランブル・エッグを盛り付けていた。
いつものメンツで大広間を出た後、ハリーに付き添って箒を取りに戻ろうとしたとき、突然ハリーが叫び声をあげた。ロンとハーマイオニーが驚いてハリーのそばから飛びのいた。
「またあの声だ!また聞こえた!君たちは?」
ロンが驚きに目を見開いたまま首を横に振った。が、ハーマイオニーは何かを閃いたように額に手をあてた。
「わたし、たった今思いついたことがあるの!図書館に行かなくちゃ」
そういうや否やハーマイオニーは階段を駆け上がっていった。今までみたこともないような速さに思わず茫然と見送るが、すぐに今の状況を思い出した。
「ハーマイオニー!待て!ロンとハリーは先行ってろ!」
慌てて階段を駆け上りハーマイオニーを探すが、出遅れた俺の視界には彼女のローブすらもかすらない。とにかく図書館へ続く道をかけていると、小柄な女子生徒をみつけ、ハーマイオニーの名を呼ぼうとする。が、その生徒の髪が赤毛だったことに足を止めた。
「…ジニー?」
振り返った少女は赤髪をひるがえした。肌は青白く血色が悪いように見える。
「まあ、祐希。こんなところで何をしているの?」
「ジニーこそ。ハリーの応援はいかなくていいのか?」
彼女の手には黒い革の手帳が握られている。その革表紙の箸には金文字でT・M・リドルと書かれていた。
警戒心を表に出さないようにゆっくりと近づいていく。
「うん。だって他にやることがあったんだもの」
「へえ。ハリーの応援より大事なことなのか?」
「ええ。そうよ」
「なあ、ジニー。その手帳」
「これ?」
「昨日ハリーの部屋から盗まれたものに似ているんだけど、ちょっと見せてくれないかな?」
「酷いわ。私を疑っているの?」
「確認のためだよ」
少し間をとって手を差し出す。できたら、彼女がそのまま日記を差し出してくれることを願っていた。
しかし、ジニーは無表情のまま首を横に振った。
そして、彼女は杖を手に取り杖先を俺に向けた。
「……何のマネだ?」
「まさか、気づかれるなんて思わなかったよ。あれだけハグリッドに目を向けるように仕向けたというのに」
口調が変わると同時に声もジニーのものよりずっと低い少年の声になった。
「トム・リドル」
「正解だ」
「ジニーから離れてくれ、と頼んでも無駄なようだな?」
「当たり前だろう?せっかくやっと体をのっとれるようにまでなったんだから。そう簡単には手放せない。あと少しなんだ」
「何が?」
「あと少しで僕の体は完全体となる」
「随分古の魔法を知っているものだな。16才の少年がそれを行使できたことを素直に驚くと同時に感服する」
「でたらめを言わないでくれるかな。たった2年生である君が僕がみつけたこの魔法のことを知っている訳がない」
「生憎と、普通の2年生ではないんでね」
「へえ。その辺も詳しく聞いてみたいけれど、タイムリミットだ」
彼の声が耳に届いたと同時にぞくりと背筋に寒気が走った。それは勘ともいえるものだろう。
咄嗟にその場を飛び退くと同時に目を瞑った。
シューシューという空気が抜けるような音と、ずる、ずる、と大きなものが引き面れる音が耳に届く。
「チッ、正体も知っていたのか。構うな!かみ殺せ!」
大きな気配がすぐそばにある。
バジリスクの大きさなど想像もしていなかったが、こんなのが学校の地下に眠っていたのかと思えば再びサラザールを殴り飛ばしてしまいたくなる。あいつの魔法動物好きには本当に困ったものだ。
せまりくる大きな気配に向かって攻撃呪文を遠慮なくぶっ放していくが大して効果がないのはなんとなくわかった。
とにかく目をつむったまま避け、逃げまくっていると、別の所から魔法が飛んできたのか破壊音が聞こえてきた。
ふっと息を止め気を張り巡らせる。
全盛期は目を瞑っていても相手の動きが手に取るようにわかったものだが、この体になってからそんな修業は一切していなかったために感覚が上手くつかめない。
なんとか避けれてはいるが、それも時間の問題だろうと思った時だった。脇腹にえぐりこむような衝撃が走った。投げ出された体は床を転がり、転がった先が階段だったのだろう、段差に跳ねながら下へと落ちていく。
動かそうとした腕の上に重たい何かが乗った。その負荷により体が悲鳴をあげる。
「ぐぁっ!」
腕を引き抜こうとするがそれもかなわずなすがままに潰される。巨大な生き物の息遣いがすぐそばにあり、ああまた死ぬのかと思った。
前回は老衰だった。孫にまで見守られ、大往生の末に眠るような感覚だった。そして目が覚めたら知らない部屋で大人たちに囲まれ歩くことも上手くできないような子供になっていたのだ。状況を理解した時には愕然とし、周りの様子を把握できた時には絶望さえした。
すぐ近くで短い悲鳴が聞こえた。つづいてどさりと倒れる音。
起き上がろうとするが、体は言うことを聞かない。地面が揺れているように感じたが、それは自分の心臓の揺れだと気づいた。呼吸をするたびに引きつったような音が聞こえる。体を動かそうとすれば骨が軋んだ。
すぐそばで大きな気配が引き返していく。同時に人間の足音も遠ざかっていった。
「あー、くそ…」
杖はまだ手から離れていない。
指先を動かすのさえ痛いのは、おそらく先ほどバジリスクの体によって腕が潰されたからだろう。ここにロックハートがいたなら、間違いなく骨を抜かれるような騒ぎだったはずだ。
痛みをこらえ、わずかに杖を振る。
薄目を開き、出てきた銀のライオンを確認する。それは俺の様子を確かめるとホグワーツ内を駆けて行った。
これでしばらくしたら誰かが駆けつけるだろう。
ドクドクと心臓が激しく音を立てている。脇腹が熱い。しかし不思議なほどに痛みは感じなかった。
閉じそうになる瞼を必死に持ち上げ、どれほど立ったのだろう。たったの5分かもしれないし、1時間ほどたっていたのかもしれない。
慌ただしい足音が耳を捉え、続いて女性の悲鳴が響いてきたころにが限界が来て、俺の意識は暗転した。