「よし。完成」
理論通りの色になった液体を前に一息つく。あとは相手の一部を手に入れるだけだ。
教授の方を見てみると、珍しいことに彼はデスクで船をこいでいた。
ここ最近はバジリスクのこともあり夜遅くまで見回りをしていると言っていたし、その疲れも残っているのだろう。それに、今度学会の発表もあってそっちにも手をつけているようだ。まったく、とんだ仕事量をこなしているよな。
ちなみにその仕事の中にはグリフィンドールいびりも含まれている。
「教授。スネイプ教授。セブルス。セーブ―」
普段通り呼びかけてもなんの反応もないから、よほど深く眠っているようだ。このまま寝かせておきたいところだが、完成品をこのままにしておくわけにもいかないし、俺ももう戻らなければいけない時間だった。
「セブルス。セブルス・スネイプ。スネイプ教授」
「…んっ…」
「お、セブルス―」
「…貴様、教師を呼び捨てとはいい度胸だと誉めてやろう」
「ハハッ、生徒の前で眠りこける教授がいけないのでは?これでは薬品を盗まれても文句言えませんよ」
以前ハーマイオニーがしでかした事件をほのめかすとぎろりと睨まれた。しかし、未だに眠りから覚めきらないのか目力はなく、体もぐったりと椅子にもたれかかったままだ。
「それで、何の用だ?」
「ポリジュース薬が完成したんで報告を。それと、俺もそろそろ寮に戻らなきゃならないんで」
彼ははっとしたように時計に目をやった。その時計は俺が寮に戻らなければいけない時間の5分前をさしている。
いつもなら30分前には彼から声が掛かり中断させられるのだが、今回は眠っていたためにそれがなかったのだ。
教授は舌打ちをひとつこぼすと、さっさと片付けろとうなった。
「なあ、これがうまくいったらさ、教授のことセブルスって呼んでいいか?」
「何をバカなことを」
「だって、これを学会に発表したら俺も同じ研究者の仲間入りだろ。教授と肩を並べられるなら、教師と生徒より友人になりたいって思うんだけど?」
「……我輩に友人などいらん」
「まあ、その辺は俺が勝手に思ってることだから」
「気が早いものですな。まだ完成しているかどうかすら試していないというのに。その自身はどこから来るのだね。その過信こそがグリフィンドールたる傲慢さなのだ」
「何事も自信を持つことは悪い事じゃないさ。それに、俺はこれが上手くいっていると確信している。なんなら、今ここで教授になってみせようか?」
彼の眉間に深いしわが刻まれた。おそらく目の前に現れる自分の姿を想像したのだろう。鏡とは違い、まったく別の動きをする自分自身が目の前に現れるのだ。想像しただけで奇妙な感覚にとらわれる。
「馬鹿も休み休み言いたまえ。時間だ。減点されたくなければさっさと片付けるのですな」
「せっかく起こさずにいてあげたのに、その言いぐさはないんじゃねえか?」
「誰も頼んでない」
「はいはい。じゃあ、明日あたり誰かの一部を持ってくるからこのまま保管よろしく」
薬品を片づけ、全て綺麗にした後手をあげて教室を出ようとしたら、後ろから呼び止められた。
「待ちたまえ。貴様は今この学校がどういう状態にあるのかわかっていないのかね?」
「どういう状態って?」
「このまま戻る途中で石になられても目覚めが悪い。大変不本意だが我輩がついていって差し上げよう」
「素直に心配だから送ってくって言えばいいだろ」
「何か言ったかね?」
「いいえ。なんでも」
首を竦め、俺の一歩前を歩き出した教授の後ろをついていく。
「教授は怪物の正体って何だと思う?」
動く階段をのぼりながら教授に聞いてみる。先生方が今回のことをどれだけ把握しているのか気になったのだ。
「知らん」
「ダンブルドア校長も検討もついてないのか?」
「貴様が気にすることではないだろう。もっとも、かの偉業を成し遂げたロックハート先生はすでに怪物をみつけたと吹聴していたがね」
「ハハッ、あいつが見つけられるかよ。丸のみにされて終わるな」
「丸のみ?」
「お、見えた」
太ったレディの肖像画が見えた。彼女は眠そうに大あくびをしている。
「レディ」
「まあ、こんな時間までどこにいっていたのかしら」
「ちょっと課外授業だ。ご覧の通り教授に送っていただいたんで、さっさと入らなければグリフィンドールが減点されてしまう」
「そう。合言葉は?」
それに答えると扉が開かれた。
「おい、赤司」
「それでは先生。おやすみなさい」
優雅に見えるように礼をとってさっさと室内へ入る。談話室にはほとんどの生徒はいなかった。当たり前だろうもう就寝時間を過ぎている。
「あれはまずかったかな。口を滑らせた」
穴を振り返り、そらくまだそこにいるであろうセブルス・スネイプを思い出す。明らかに不自然になってしまったが、追及されるわけにはいかないのだ。
「せめて石にされるって言うべきだったな」
ヘビだから丸のみというイメージがついていたのが失敗だった。
「変に追及されなければいいけど」
部屋に戻るために扉をあけると同時に名前を呼ばれて驚いた。中をみると、いつもならもう寝ているはずのネビルですら起きてベッドの上に座っていた。
「なんだ?俺の帰りを待っててくれたのか?」
「違うよ!今までどこに行ってたんだ!?」
「違うって、ひどいなロン。待っててくれてもいいのに」
「そうじゃなくて大変なことが起こったんだ!」
ロンの血相を変えた様子に首をかしげる。また犠牲者がでたわけではないことは分かっている。ロンたちと別れてからはずっとセブルスと一緒に居たのだ。もし犠牲者が出たのなら彼も呼ばれるはずだ。
それがなかったのなら何が大変だったというのだろう?
「どうしたんだ?」
「祐希、今までどこに行ってたの?」
「どこって、先生にちょっと質問をしに行ってたんだよ」
「うへえ、君ってそんなに真面目なタイプだっけ?」
「何言ってるんだ。俺はいつだって真面目だろう。質問と宿題はその日のうちに!」
胸を張って答えてみせると、うそつけとハリーとロンから反論された。酷いな。
「それで?俺がいない間に何があったんだよ」
「そうなんだ。ハリーのあれが盗まれたんだよ」
ロンが声を潜めて耳打ちしてきた。
「あれって?」
「日記だ」
「日記?」
「あの日記だよ。トム・リドルの」
「え!?」
「今日、部屋の中が何者かに荒らされていたんだ。それで片づけてみたら日記がなくなってたんだよ。でも、グリフィンドール生しか入れないはずだし…」
「それで、君に相談するために待ってたんだよ」
ロンが本当にどこに行ってたんだともう一度文句をぶつけてきた。それに今度は素直に謝る。それは確かに彼らにとっては一大事だろう。俺にとっても一大事だ。
「他に盗まれたものは?けが人は?」
「ううん。それだけだった」
「荒らされた荷物はハリーのだけ?」
「うん。いや、ロンのもちょっと」
「ってことは、あの日記が目当てだった犯人はハリーが持っていたことを知っていたってことだな」
「そうだね」
「でも、いったいなんであんな古ぼけた日記を盗むっていうんだ?中身はともかく、見た目は昔の何も書かれていない日記だぜ?」
「つまりその中身を知っている人間だったってことだろうな」
「え!それって…」
「前の持ち主の可能性が高いんじゃないか?マートルの話じゃ、誰かが投げ捨てたらしいし、それをハリーが持っているのを知って慌てて取り返したってところか?」
「じゃあ、その人もハグリッドが犯人だったって知ってるかもしれない」
ハリーの顔が蒼白になる。その人がハグリッドがやったんだと噂を流してしまえばあっという間に広まるだろう。ハグリッドもいい気はしない。
「犯人探しも、ハグリッドのことも後回しだ。とにかく明日はクイディッチだろう?ハリーはもう寝た方がいい。日記の行方については、俺が探しておくから」
「うん」
「祐希が見つけられるのかよ?」
「まあ、ちょっと策があるんだよ」
「策って?」
「秘密」
不思議そうに首をかしげるロンに寝るように促した。ネビルにはなかなか帰ってこない俺が石になったのかもしれないと心配をかけていたらしい。確かにこの部屋の中なら、俺が一番狙われやすいのだろう。生まれがマグル生まれなのかすらも良くわからないのだから。
といっても、わからないからこそ狙われにくいのかもしれないが。
なんにせよ行動するのは明日でいいだろう。
ベッドに入ってそうそうに寝息を立て始めた3人の様子をしばらく伺ってから俺も眠りにつくために目を閉じた。