窓をコンコンと叩く音が聞こえて顔をあげる。
窓の外には珍しい客がいた。真っ白なフクロウ。ヘドウィグだ。
窓を開けてやると静かに飛び上がり、俺の腕に飛び移ってくる。そのくちばしにはしっかり手紙が加えられていた。
昨日終わったクリスマスでは、友人から多くのプレゼントが届いていたことに驚いたものだ。そして、一番驚いたのはあのセブルス・スネイプからも届いていたことだろう。俺のを受け取ってから送ったわけではないことは、他のプレゼントに紛れて早朝に届いていたことからもわかった。
そして、なんとも彼らしいことに、届けられたのはホグワーツの図書館にもないすでに絶版になっている魔法薬に関する本だった。そして、さらに彼らしいことに、その本にはいくつか付箋が貼ってあり、追加の課題が課されていた。その、一朝一夕では終わらないであろう量に顔をひきつらせたのは言うまでもない。
せっかく、課題はほとんど終わり、あとはのんびり休暇を満喫するだけだと思っていたのに、あの魔法薬オタクめ。
まあ、本は本当に貴重だったので、ありがたく課題も取り掛かることにした。
その時に、ハリーからもプレゼントは届いていたわけで、その翌日にヘドウィグが飛ばされるなんてよっぽどのことがあったに違いない。
そう思って手紙を受け取り、ヘドウィグには返事を持って行ってもらわなければいけないかもしれないから、戸棚から取り出した干し肉の切れ端を与えた。
手紙の内容は、昨夜ポリジュース薬を使って、スリザリンに潜入したということ。その時、ハーマイオニーが使った相手の一部が、ネコの毛が混じっていたらしく、ハーマイオニーが毛むくじゃらの猫みたいになってしまったことが書かれていた。
あの薬は強力であるため、少しでも異物が混じっていると効果が変わってきてしまう。マダムポンフリーのところに連れて行ったと書かれているため、まあ大丈夫だろうが、クリスマス早々ハーマイオニーも大変そうだ。
更に読み進めていくと、スリザリン寮に入るときにサラにも会ったことが書かれていた。
ハリーたちは、パーセルマウスの一件以来、サラのことも継承者ではないかと疑っていた。もちろん俺が彼の友達であるためにおおっぴらに疑っているそぶりは見せてはいなかったが。
そのサラが彼らを寮へ入れることに協力してくれたらしい。ハリーたちは気づかれていないと思っているようだが、おそらくサラならば彼らがクラッブとゴイルではないことに気づいていただろう。そのうえで招き入れたということは協力してくれているのかもしれない。もしくは、なんだかんだ騒動を巻き起こす彼らから何かしら情報を聞き出そうとしたのかもしれない。
継承者についての捜査は難攻しているからだ。
一応サラにも、ヘビ語のことを話題に出してそれとなく探ってみたが、はぐらかされたようだ。そのはぐらかし方がさらにハリーには怪しく映ったようで、あまり近づかない方がいいのでは、と遠回しな言い方で書かれていた。
最後は、クリスマスプレゼントのお礼で締めくくられていた。
どうやら火急に返事をしなければいけない内容ではないらしい。
とりあえず、サラにだけ手紙を出しておくことにした方がいいだろう。
「ヘドウィグ、相手はハリーじゃないんだが、ホグワーツにいる俺の友人に手紙を届けてくれることはできるか?」
干し肉を食べ終え、温かい室内に微睡んでいるらしいヘドウィグに語りかけると、彼女は目をパチリと開け、片足を差し出してきた。どうやら届けてくれるらしい。
「ありがとう。今から書くから、もう少し休んでいってくれ」
俺はもう一度干し肉の切れ端を取り出し、ヘドウィグに与えてやる。
玄関が開く音がして、部屋の中が少し騒がしくなる。どうじにふわりと風が動き、雪の匂いと外の冷たさを運んできた。
「リーマス、お帰り」
「ただいま、祐希。あれ、そのフクロウ…」
肩の雪を落としながらリーマスはきょとんとヘドウィグを見る。そんな彼の頭には雪が数センチ積もっていた。
「ハリーの梟でヘドウィグだ」
「ハリーの?」
「学校でちょっと事件があって、それを知らせてくれたんだよ」
「事件って…、まさか秘密の部屋関連のことかい?」
さっと青ざめたリーマスは、ハリーが秘密の部屋の怪物に襲われたと思ったらしい。
「違う違う。今回のは、ハリーじゃなくてその友達のハーマイオニーがちょっとドジしちゃっただけだ。命に別状はないよ」
「そうか…。ハーマイオニーって確か、とても秀才だって言ってた子だったね。祐希の話を聞いていると、とてもしっかりした子だったような気がするけど、」
「ああ。まあ、今回は運が悪かったとしかいいようがないな」
「何をしたんだい?」
「ポリジュース薬で動物の毛を利用したらしい。今は猫の姿だ」
リーマスが顔をゆがめた。
「二年生でポリジュース薬を?」
「ああ。優秀だろ?」
「確かあれは、禁書の棚に作り方が載っていなかったかい?」
「そうだよ」
「…はあ、君たちは本当に昔の僕らにそっくりだよ」
しばらく逡巡したリーマスの頭の中にはおそらく、学校の校則という校則が駆け巡っていったことだろう。俺たちは今回どれだけの校則をやぶったことやら。しかも、スネイプの部屋から材料までかっぱらってきている。今回は証拠不十分でスネイプは手をだせなかったようだが、まあ、バレたらやばいよな。
それはもう深くため息をつき肩を落としたリーマスを見て、喉の奥で笑う。
「じゃあ、何も言えないんじゃないか?」
「本当は危ないことはしてほしくないんだけどね」
「ハハッ、それは無理だろうな。あのハーマイオニーだって感化されてきてるんだ。ハリーたちの正義感と好奇心には歯止めがきかないさ」
「祐希なら止められるんじゃないかい?」
「まあ、言いくるめることはできるだろうけど、俺はしないぜ?学生なんてのは、要領よく規則を破って何ぼだろ。最大限に楽しまなきゃ損だしな」
俺が冗談めかして言うと、リーマスは深いため息をついた。
「まったく、君は本当に彼らに似ているよ」
「パッドフットとプロングス?」
「うん。彼らもイタズラが大好きで、規則は破るためにあるって言ってはばからなかった。それなのに、要領もいいから、減点された分は授業で取り返したりなんかして…。いつだって自由に行動して、そんなところが少し羨ましかった」
「でも、リーマスだってそんな二人と一緒にいたんだから、結構やんちゃしてたんじゃないのか?」
「ははっ、どうかな…。僕は、彼らに見捨てられたくなくて…、いろいろと見ないふりしてたからね」
「ふーん?でも、楽しかったんだろう?」
「え?」
「学校生活。懐かしくて、戻れるなら戻りたいって顔をしてる」
「そうだね。…まだ2年生の祐希にはわかりにくいかもしれないけれど、青春時代なんてそんなもんだと思う。大人になったらあのころにはどうしたって戻れないからね」
苦笑とともにはぐらかされた言葉に、俺は騙されたふりをしてうなずき返す。
俺は、ハリーへ報告のお礼と、ハーマイオニーなら大丈夫だというむねを書くだけ書いてヘドウィグに渡しておいた。
ついでに、もう一枚紙を取り出してサラへ手紙を書く。そっちには、ハリーたちに協力してくれたことにたいするお礼を書いておいた。それもヘドウィグに渡す。疲れてるだろうに彼女は張り切って冬の灰色の空へ飛び立ってくれた。
やっぱり梟いないと不便だよなあ。買おうかなあ。でもなあ。お金がなあ。
今の銀行にある残高を思い浮かべながら深いため息をついた。