「貴様!我輩の授業で何をしたのかわかっているのか!!」
俺が薬学教室にいつものように訪れた途端に言われた言葉だった。
それに俺は苦笑を浮かべる。
おそらく今日一日、こんなふうに機嫌が悪かったのだろう。原因はもちろんハリーたちだ。ただし、彼はハリーたちが原因だという証拠は持っていないのだろうけれど。
今日の授業中、ポリジュース薬の材料を手に入れるためにハーマイオニーがゴイルの大鍋に花火を投げ入れたのだ。ゴイルの魔法薬は爆発し、教室は大惨事。もちろんスネイプは大激怒しながら、その事態を治めなければならず、その混乱の中で、ハーマイオニーは見事材料を手に入れたのだ。
そんなことがあったから、今日の呼び出しはおそらく詰問だろうと思ってはいたが、本当に頭に血が上っているらしい。
「我輩の薬棚からポリジュース薬に使う材料が減っていた!!貴様がやったのか!?」
ともすれば、死の呪文さえも唱えてやるとでも言わんばかりの剣幕に肩をすくめる。もちろん、俺がやるわけがないと少し考えればわかるはずなのだ。なぜなら、俺はわざわざ盗むまでもなく彼とこうして放課後に落ち合ってはポリジュース薬の研究を重ねているのだから。
「落ち着いてください。スネイプ先生。とりあえず紅茶でもいかがですか」
俺は杖を一振りすると、スネイプの私室の方から紅茶のティーセットが飛んできて、ひとりでに机の上に並んだ。もう一度杖をふると、空のティーカップの中に紅茶が注がれ、湯気を立ち昇らせる。
それを見ていたスネイプは盛大に眉をしかめていたが、どうやら少し落ち着いたらしく鼻息は荒い者の俺に促されるままにティーセットの前に座り、カップを手に取った。
「やはり、ポッターたちか」
スネイプがポツリと漏らしたのは、紅茶を一口飲んでからだった。うなるようなその声に苦笑する。
「さあ、俺は何も」
白々しく頭を振って見せると、ぎろりとにらまれた。
きっと、今日の授業は減点の嵐だったに違いない。こんなにも腹を立てているスネイプを見るのもあまりないだろう。彼はいつも、絶対零度の瞳で相手をバカにして、見下して、厭味ったらしく減点をするのだから。
「誰がやったかなんて証拠がないでしょう?」
スネイプはわかりやすく舌打ちをした。
そのあとは、新しい企画書を見せて、スネイプと再び薬学談義をしたあと、作業に移って部屋へ帰った。
それから一週間後、ハリーたちと玄関ホールを歩いていると、掲示板のまえにちょっとした人だかりができていた。そこには張り出されたばかりの羊皮紙が張られているらしく、人だかりはそれを読んでいるようだ。
シェーマス・フィネガンが教えてくれたが、決闘クラブがあるらしい。今夜が一回目だとか。
「え?君、スリザリンの怪物が決闘なんかできると思ってるの?」
ロンの言ったことに、確かにとうなずいた。相手はバジリスクだ。まともに対峙し、目を見た瞬間に死んでしまう相手に、どうやって決闘を申し込もうというのか。そうは思いながらも、こういう催しはおもしろいと思ったためにハリーやロンたちについて夜には大広間へ向かった。
テーブルは取り払われ、何千本もの蝋燭が上を漂い、舞台を照らしている。天井は何度も見慣れたビロードのような黒で、その下にはおのおの杖を持ち、興奮した面持ちでほとんど学校中の生徒が集まっているようだった。
っていうか、7年生までが集まるとさすがに多いな。
「いったい、だれが教えるのかしら?」
ハーマイオニーが、興奮している生徒たちの群れの中に割り込みながら言った。
俺の希望はサラなのだけれど、今の彼が教える側に回るはずもなく、教師の中では一番誰が適任化を考えると誰もが微妙だと思った。まずこういうのに適しているはずの闇の魔術に対する防衛術の教師がアレだ。論外だ。
他の先生方も、それぞれ専門分野には特価しているが、戦闘に置いてエキスパートがいるようには思えなかった。と思っていると、ハーマイオニーからフリットウィックが若い時に決闘チャンピオンだったと聞き、人は見かけによらないものだなと改めて思った。
ああ、ダンブルドアが教師になるなら、それもまたいいのだろう。
そう思っていると、舞台に現れたのはある意味予想通りのギルデロイ・ロックハートだった。まあそうだ。あんな事件があったあと、こんな夜中に生徒を集めるような考えなしの先生はこの人だけだろう。こういうことには校長の許可はいらないのだろうか。いるのだとしたら、よくダンブルドアが許可を出したものだと思う。いや、あの人は案外こういう娯楽のようなものが好きなのかもしれない。意外とおちゃめな部分があることは、組み分けの儀式の際の挨拶などでもよくわかる。
きらびやかな深紫のローブをまとい、なぜか後ろにいつもの黒装束にいつもより若干眉間のしわが深いように見えるスネイプを従えている。
それを見て、察した。
ああ、巻き込まれたのか、と。
若干憐れんだ目を向けた俺に気づいたのか、スネイプから睨まれたがすぐに目を逸らした。
ロックハートは生徒の注目を集めると、演説を始めた。曰く、ダンブルドアからはちゃんと許可をもらっているらしい。そして、自衛の方法を教えてくれるそうだが、果たしてこいつにまともな教えができるとは思えない。ペンを持たせればある意味強いのかもしれないが。所詮、紙片の上のみである。
「では助手のスネイプ先生をご紹介しましょう。スネイプ先生がおっしゃるには、決闘についてごくわずかご存知らしい。訓練を始めるに当たり、短い模範演技をするのに、勇敢にも手伝ってくださるというご了承をいただきました。さてさて、お若い皆さんにご心配をおかけしたくありません。私が彼と手合せしたとしてもみなさんの魔法薬の先生はちゃんと存在します。ご心配なさるな」
いろいろと突っ込みどころのある紹介だったが、それを除けば、なるほど確かにスネイプならば問題ないかもしれない。他の先生方よりはずっと、戦闘に向いていそうな雰囲気を持っている。もちろん雰囲気だけで決闘ができれば苦労はしないが。
とにかく、心配すべきはスネイプの身よりも、高らかに笑っているロックハートの身だろう。スネイプは今にも消してやろうかとでもいうように怖い顔をしている。きっとネビルが今のスネイプの前に立ったら、バジリスクに睨まれたかのごとくかっちりと石のように固まって動けなくなってしまうだろう。
そして、はじまった決闘は作法をしっかり教えてはいる。
そして、決闘が始まったが、それは一瞬で終わった。
三つ数えて、素早く呪文を放ったのはスネイプだった。ロックハートの体は宙を飛び、壁に激突した。スリザリン生から歓声が上がる中、女性陣から悲鳴が聞こえる。
他、スネイプ派でもない男子たちは、ある意味、予想できた事態にやっぱりとため息をこぼすだけだった。
そして、ロックハートは気丈にも立ち上がって見せると、スネイプの魔法をわざとくらったかのように演説し、早々に実技に移させた。ある意味正しい判断だろう。あれ以上何度立ち向かおうと、自分の醜態をさらすだけである。
そして、俺は幸運なことにアリィの組むことになった。
「アリィ、どうする?」
「そうですね。こんな機会はあまりありませんし、ある程度は戦ってみるのもいいかもしれません」
「オーケー。じゃあ、そうだな。無言呪文は無し。傷をつけるようなものもなし。ちょっとした呪いならありだろ」
「わかりました。それではよろしくお願いします」
そして始まった決闘もどきは、意外と白熱した。まずアリィが炎の球をだし、俺はそれを砕けさせ、はじけたそれをアリィがとっさに凍らせると二人の間にキラキラと散らばった。それを俺が花びらに帰ると、アリィが風を吹かせて俺たちの周りを躍らせる。俺が水を飛ばすと、その風に乗って水滴も飛び散り、やがてそれらは小さな渦となって俺とアリィの中央でぐるぐると回った。
それがだんだん収まっていくと、そこには小さな種ができ、そこから芽が芽吹き小さな花をつけた。
周りで誰かが息を飲んでいた。
「なんて、綺麗…」
ハッフルパフの女子が感嘆のため息を漏らした。
「お前たちは何をやっているんだ」
呆れた物言いに目をむけると、声と同じように雰囲気全体で呆れていると主張するサラがそこにいた。
「何って…、決闘?」
「今の魔法のどこがだ」
「あら、いいじゃありませんか。とても綺麗な仕上がりでしたわ。私が咄嗟に風を吹かせたおかげですわね」
「俺が氷を花びらに変えたからだろ?」
「あら、種を芽吹かせたのは私ですわ」
「種を作り出したのは俺だ」
「勝ち負けを決める意味があるのか」
「まあ、一応決闘だからな」
「決闘ですから」
「馬鹿だろう。貴様ら」
アリィが歩み寄り、途中でその花を摘む。それをそっと掌で包み込むと、次に開いた時には蝶々となりひらひらと外へ飛んで行った。
「これで、私の勝ちですね」
勝ち誇るアリィに俺とサラが顔を見合わせる。確かにさっきの魔法は綺麗だった。
「でも、今のは無言呪文だからルール違反だろ」
「あら、貴方も突っかかりますね」
「いい加減にしろ貴様ら」
ちょうどそこでロックハートの静止が入った。周りをみると酷いありさまだった。魔法ではなくプロレスのようになっている生徒もいるし、呪いで酷いことになっている子もいた。
「まあ、こうなるよな」
「そうですわね」
「アヤツに任せるからだ」
それからハリーとマルフォイの実演が始まった。まあ、この二人に実演をさせて、思い通りに行くはずもなく、またスネイプもハリーに一泡吹かせられると嬉々としてマルフォイになにやら耳打ちしていた。
そして、マルフォイの杖からヘビが出された。周りの生徒が悲鳴をあげ、サーッと後ずさりをする。その場に俺とアリィ、サラだけが取り残されていた。
ちらっとサラを見ると、サラの瞳はきらきらとヘビを見ている。まあ、動物好きのこいつだ。そりゃあ目を輝かせるだろう。
「動くな、ポッター」
まるでこうなることがわかっていたかのようにスネイプが言った。ハリーも身動きせず、怒ったヘビと目を合わせて立ちすくんでいる。
スネイプがその様子に楽しんでいるのはよくわかった。まったく、あの人は存外子供っぽいところがある。
スネイプが追い払おうとしたところ、ロックハートが名乗り出た。その時、アリィが静かに後退したのを見て、俺も後退するべきだったと後から思った。今思えば、この瞬間に、アリィはもうこのあとのことを予想していたのだろう。
ロックハートがヘビに向かって杖を振り回すと、爆音がしたかと思うとヘビは二、三メートル飛び上がり、大きな音を立てて床に落ちた。挑発され、怒り狂うヘビはハリーのそばで観戦していたジャスティンめがけてすべりより牙をむき出しにして攻撃の構えを取った。
サラが一歩大きく動くのと同時だった。
ハリーがヘビ語を発したのだ。
俺には何を言っているのかわからなかった。ただ、サラが大きく目を見開き、ハリーを見た。周りの人間もみんな息を飲んだ。もちろん、サラとは別の意味でだ。
そして、当たり前だが、ヘビにハリーの言葉が通じたおかげでヘビは大人しくなった。従順になったヘビを見て、ハリーは満足そうにうなずき、ジャスティンに笑いかけた。
「いったい、何を悪ふざけしてるんだ!?」
ジャスティンが恐怖に叫んだ。まあ、そうだろう。言葉がわからないものにとっては、今の行動はハリーがけしかけているようにもみえただろうから。
ただ、ヘビはハリーを一心に見つめている。そして、スネイプがひきつった顔でハリーをうかがいつつ一歩ヘビに近づいた。
すると、今度はサラが動いた。ヘビに大きく近づき、その腕を伸ばした。そして、ヘビ語を使ったのだ。俺は思わず頭を抱えた。まさかここでサラがマーセルマウスだと知らせることになるとは。せっかくイタズラを考えていたのにパーだ。
それにしても、ヴォルデモートはサラザールの子孫なのだから話せてもなんら不思議ではない。しかし、ハリーが話せていることは不思議だった。彼の家系にパーセルマウスがいたとは思えない。
まさか、どこかでサラザールの血縁だということもおそらくないだろう。
とにかく、サラは動き、その腕にヘビを移動させた。ヘビは従順にサラの首に巻きつき、彼の耳横からひょっこり顔を出して下をチロチロと見せる。
「ハハハ、計画前倒しだな」
サラに近寄ると、ヘビが警戒したように鳴くが、それをサラが諌めた。おそらく。俺にはパーセルタングは分からないからな。
周りにいた生徒が俺たちからも離れるなか、ロンが前に進み出て、ハリーの腕を引っ張った。俺の方も少し振り返ったけれど、顎で行けと指示をして、ハリーを連れ出させた。
「結果オーライってやつだな」
「そうだな」
せっかく久しぶりに盛大なイタズラができるかと思ったのだが、できなくなったらしい。これで、広間にヘビでも出せば、今度こそハリーともどもサラもつるし上げられるだろう。
スネイプを見ると、信じられないというようにサラを見ている。周りもひそひそとサラがスリザリンの末裔なのではないかと噂を始めていた。まあ、あながち間違いではないのだが。
「行こう。サラ」
「ああ、そうだな。こいつも森に帰してやらなければ」
そういえば、ヘビはペット禁止だっけ。
その校則がなければ、おそらくこのヘビはサラのペットになっていただろう。サラの手は、未だにその感触を楽しむようにヘビの鱗に触れている。
「まあ、それは明日な。今出たら、校則違反になる」
「わかってる。しかし、驚いたな」
「ハリーか?」
「まさかパーセルマウスだとは」
「お前の子孫だったりしてな」
「馬鹿を言え。生まれ変わってから調べたが、ポッターに繋がるものはいなかった」
「調べたのかよ!?」
「当たり前だろう。俺の子孫の一人が闇の帝王と呼ばれているんだぞ。他も気になるのは道理だ」
「まあ、そう、か…。なら、やっぱり不思議だよなあ」
「問題はないだろう。話せるだけで、どうこうなるものではない」
「生活面で問題なくても、学校面では大問題だ」
「……だが、ポッターが犯人ではない」
「当たり前だろ。あーあ、結構計画練ってたんだけどなあ。俺の努力がパーじゃないか」
「問題ない」
「大有りだ。せっかく久しぶりに楽しめると思ったのに」
「お前のイタズラは規模がでかいんだ。片づける身にもなれ」
「ああいうのは盛大にやるから楽しんだよ」
そのあと寮へ戻ると、サラのことを聞かれた。それを適当にごまかす。
だって、サラザールの生まれ変わりだからなんて答えられるわけがない。
「とにかく、ハリー、気にするな。パーセルタングが話せるからって、どうこうなるわけじゃない」
「…でも、僕がスリザリンの血筋かもしれないんでしょう」
「いや、それはありえない」
「なんで言い切れるのさ」
「ハリーはサラザールとは似てもにつかない性格だからな」
「なんだか、それって君がスリザリンと知り合いみたいな言い方だよ」
「マブダチさ」
そう答えてやるとブッと吹き出してハリーが笑った。
「君が冗談を言うとは思わなかったよ」
「本来、俺は陽気な男だぜ?」
「ハハハッ、やめて、お腹が痛いよ」
「そうそう、そうやって笑ってろ。辛気臭い顔してちゃ、いいもんも寄ってこなくなる」
「いいもん?」
「辛気臭いと、幸せも逃げていくってことさ。笑う門に福来たるってね。日本のことわざだ。自分に自信を持て。堂々としていろ。ハリーは正真正銘グリフィンドール生だ」
「なんか、君に言われると、信じられるな」
「そうだろう?なんていったって、俺が真のグリフィンドールだからな」
「君って、不思議だよ。僕たちと同い年なのに、時々すごく大人っぽい」
「そうか?」
「うん。でも、ありがとう。少し元気が出た」
「どういたしまして。ほら、もう寝ろ。それで、明日のことは明日考えればいいさ」
ハリーをベッドの上に倒し、そっと彼の頭を撫でる。ハリーのメガネを取ってサイドテーブルに置き、そっと彼の瞼に手をかざした。
掌をどかすと、ハリーはすでに眠りの世界にいざなわれていた。
「君、何をやったの?」
「なんだ。ネビル、起きてたのか」
「うん、ねえ、ハリーがスリザリンの継承者なのかな」
「そんなわけないだろ。パーセルマウスってだけで決めつけるものじゃない」
「そうだよね」
「なんだ、不安か?」
「ううん、そうじゃないけど…」
「大丈夫。お前は純血家系だし、襲われる心配もないだろ。もっとも、ハリーがもし継承者なら、俺が一番先に狙われるだろうよ」
「あっ」
今気づいたというように声をあげたネビルに苦笑する。そう、俺はもとはゴドリックとして魔法使いだったが、今は完全にマグルの世界で生きてきたのだ。まあ、親がどっちかなどわからないけれど、日本に魔法使いは少ないと聞く。だとしたら、可能性的には両親ともマグルだというほうが高いだろう。
「ほら、ネビルも寝ろよ。明日は、ネビルの好きな薬草学だ」
「うん、そうだね」
「おやすみ」
「おやすみ、祐希」
ネビルがベッドにもぐったのを見てから、俺もベッドにもぐりこむ。さすがにイギリスの冬は冷えるな。明日は雪がふるかもしれない。