人ごみを押し分けてアーガス・フィルチがやってきたのはそれから間もなくだった。
フィルチは俺が抱えているミセス・ノリスを見た途端、恐怖のあまり手で顔を覆い、たじたじとあとずさりした。
「私の猫だ!私の猫だ!ミセス・ノリスに何がおこったというんだ!」
フィルチの憎悪の目が俺に向けられる。
「お前か!お前が私の猫を殺したんだ!」
詰め寄ってくるフィルチが俺の腕からミセス・ノリスをもぎ取ろうとするため、俺は猫を片腕で慎重に支え、フィルチの体をもう片腕で押し退けた。
「殺してやる!俺が!俺が!」
「アーガス!!」
ダンブルドアがほかの数人の先生を従えてようやく到着した。
そして、素早く俺に近寄ると俺の目を覗き見た。
「祐希、ミセス・ノリスを渡してくれんかね?」
「気を付けてください。欠けたら、失われる」
「わかっておるとも」
そっとダンブルドアの手に乗せると、ダンブルドアは俺たちについてくるように言った。ロックハートの気遣いにより彼の部屋へ向かった。
ダンブルドアはミセス・ノリスを磨き上げられた机の上に置き、調べ始めた。
俺はその様子をじっとみつめる。
ダンブルドアの折れ曲がった長い鼻が、あとちょっとでミセス・ノリスの毛にくっつきそうだった。長い指で突っついたり刺激したりしながら、くまなく調べていた。その間、うるさいことにロックハートがみんなの周りをうろうろしながら、あれやこれやと意見を述べ立てていた。
そして、ようやくダンブルドアが体を起こし、フィルチにやさしく話しかけた。
「アーガス、ネコは死んでおらんよ」
「死んでない?」
「石になっただけじゃ。ただし、どうしてそうなったのか、わしには答えられん」
「あいつに聞いてくれ!」
フィルチが涙で横毛、まだらに赤くなった顔で俺の方を指さした。
ダンブルドアはつられて俺の方を見る。青い瞳の奥が厳しく煌めいたように見えた。
「祐希、どうしてあのような状況になったのか聞いてもいいかの?なぜ君がミセス・ノリスを抱えていたんじゃ?」
「…最初は松明にひっかかっていました。ただ、近寄ってみるとまるで、石になったようだと思いました。なので、松明にひっかかっている不安定な状態では何か衝撃があった際に落ちてしまうかもしれない。そうなると、壊れてしまう”かもしれないと思ったので、松明からおろしました」
「触れるものに同じく呪いがかかる危険性があるとは思わなんだのかね?」
思うも何も、その辺は問題ないとわかっていたのだが、さてどうしたものか。
「…はい、思いつきませんでした」
「そうか。よろしい」
「あいつが!あいつが私の猫を!」
「アーガス。二年生にこんなことができるはずがない。もっとも高度な魔術を持ってして初めて、このように生き物を固まらせることがきるのじゃ。二年生にはできるはずがない」
そういいながらも、ダンブルドアの目は俺に向けられている。
疑われているのだろうか。まあ、あの現場だけを見たら、俺が犯人だろうな。殺人現場に驚いて、凶器を思わず手に取ってしまった第一発見者と同じ立場だ。凶器の指紋は拭き取られていたために第一発見者のものしか出てこない。殺人現場を現行犯で押さえられたと勘違いされてもおかしくない状況。
聡明な刑事か、なんらかの役職の人が疑問を感じて調べてくれればおのずと真犯人にたどり着くものだが、はたしてここにハリーたち以外で俺を擁護してくれるものはいるだろうか。
まわりの大人を見渡す。スネイプからも鋭い視線が飛んできていた。
せっかく仲良く慣れたと思ったのに、振出しに戻ったかもしれないな。
そう思っていると、スネイプが壁から背を離し、口を開いた。
「赤司もその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれませんな。とはいえ、不用意に触れるなど浅はかとしか言えませんがね。ただ、一連の疑わしい状況が存在します。だいたい連中はなぜ三階の廊下にいたのか?なぜ三人はハロウィーンのパーティーにいなかったのか?」
3人が「絶命日パーティー」について説明を始めた。
しかし、そのあとあの廊下に行ったことを追及され、ロンもハーマイオニーも言葉をつまらせた。俺は一つため息をついて口を開いた。
「俺たち、疲れていたんです。あまりに、絶命日パーティーは寒かったので、さっさと温まって一息つきたかったから、寮に戻ることにしたんです。空腹ではありましたが、どうせあの時間帯に広間にいっても大してゆっくり食べれないだろうって思ったので、あとで厨房に行って何かをつくってもらうつもりでした」
俺の言葉にスネイプが口をへの字に曲げた。ロン、ハーマイオニー、ハリー、が援護するように首を何度も縦に振る。こいつらって、嘘をつくのが下手だよな。
まあ、子供の純粋さがあってかわいいとは思うが、もうちょっとポーカーフェイスを保てるようにしてほしいものだ。彼らの反応から疑われることはわかっていたが、俺は平然とした態度を保ち続けた。
結局、ダンブルドアの一言でお咎めはなしになった。
そして、ダンブルドアから帰っていいと許しをもらったが、なぜか俺はスネイプに呼び止められた。3人に先に戻っているように言うと、談話室で待っていてくれるというからそれにうなずいた。
「なんでしょう?」
「……マンドレイクが手に入り次第、『マンドレイク回復薬』を作る」
「?はい」
そりゃあ、あなたが魔法薬学の教授なのだからとうなずくと、微妙な顔をされた。
「貴様も手伝いたまえ」
「え?」
「それができたら、脱狼薬について教えてさしあげよう」
「え!本当ですか」
「わかったら、さっさと戻りたまえ」
「絶対ですよ!あと、さっきは庇ってくれてありがとうございました。おやすみなさい」
俺は丁寧に頭を下げ、スネイプ先生のもとを後にした。
俺の脚はすぐには寮へは向かわず、厨房へ足を向け、屋敷しもべから少しだけ食べ物の残りを分けてもらってから寮に戻った。
寮の談話室にはすでにハリーたちしかいなかった。もう大分遅い時間だったから、みんな部屋に戻ったのだろう。
3人にバスケットに入った食料を差し出すととても喜ばれた。
「ねえ、祐希は僕が聞こえた声のこと言った方がよかったと思う?」
「いや?言わなくていいだろ。言うなら、ダンブルドア個人にしとけ。あの場には不要な人間が多すぎる」
「不要?」
「フィルチとロックハート」
「あと、スネイプもだろ」
ロンがサンドイッチを口に頬張りながら言った。それに肩をすくめる。
「そういえば、呼び止められていたけどなんだったの?」
「ああ、ちょっと課題について言われていただけ。とりあえず、今日はもう話はやめよう。みんな疲れてて碌な考えも浮かばない。食べたら寝よう」
「うん、そうだね」
「わかったわ。それにしても、どうして厨房の場所を知ってるの?」
「去年、血みどろ男爵が教えてくれたんだ」
そういうと、3人は驚いたようだった。まあ、実際は知っていただけなんだけどな。
そのあとすぐ、俺たちはそれぞれ部屋に戻ってベッドに入った。