「クィディッチの練習だ!起きろ!」
その声に飛び起きた俺はあたりを見回した。そして、ハリーのベッドわきでハリーを起こそうとしているウッドを目にして盛大に顔をしかめた。
「おい、まだこんな時間だぞ。勘弁しろよ」
「ああ、祐希か。悪いな。起こして」
言葉とは裏腹に、ちっとも気持ちがこもっていない謝罪だった。窓の方をみると、まだ朝もやがかかっていた。しかし鳥は激しく鳴いている。それでも、俺とハリー以外はぐっすり眠っていたし、俺だってまだ寝ていたかった。
ようやく起きたらしいハリーに満足したらしいウッドが意気揚々と外へ出ていく。それを見送って俺は盛大にため息を一つ。ベッドに倒れ込むとハリーから小さく謝罪の言葉が届いた。
「別に気にしてねえよ。あとでロンとハーマイオニーと見に行くと思う」
「うん、わかった」
「その時に差し入れ持って行ってやるから、がんばれ」
「本当?」
「ああ」
「ありがとう。ちょっと元気出たよ」
ハリーはいそいそとクィディッチ用のローブに着替えはじめた。
ようやく起きてきたロンとハーマイオニーと連れ立って、クィディッチ競技場へ向かう。競技場には選手たちの姿はなく、とりあえずスタンドに腰を下ろしながらもう終わったのかもしれないなと話し合っていた。
しかし、しばらくして選手たちが箒をもって出てきたと思ったら、まだ何も始まっていなかったらしい。
どれだけミーティングしてたんだか。
ハリーにサンドイッチを一個手渡し彼の肩を叩く。
「ありがとう!」
「寝ぼけてけがすんなよ」
「うん」
ハリーって、妙なところ素直だよな。
しばらく練習風景を見ながら談笑していると、不意にウッドが下に降りてきて、何やらどこかに向かった。その先には緑のローブを着た生徒がいた。
「変ね。スリザリンだわ」
「おいおい、なんで練習しに来てるんだ?」
3人で立ち上がり、一触即発な雰囲気を醸し出す一団へ向かう。
「どうしたんだい?どうして練習しないんだよ。それに、あいつ。こんなところで何してるんだい?」
スリザリンの一団の前には誇らしげに箒を持ったマルフォイがいた。
「僕は新しいシーカーだ。僕の父上がチーム全員に買ってあげた箒をみんなで賞賛していたところだよ」
そのあとも、マルフォイによる自分は金持ちなんだぜ自慢は続いたが、それを遮ったのはハーマイオニーだった。
「少なくとも、グリフィンドールの選手は誰一人としてお金で選ばれたりしないわ!こっちは純粋に才能で選手になったのよ」
ハーマイオニーが言い切ると同時にグリフィンドールの選手たちが胸を張った。
「誰もお前の意見なんか求めてない。生まれそこないの「穢れた血』め」
マルフォイが吐き捨てるように言い返した。
とたんに周りから非難が轟々と降り注ぐ。
フリントがマルフォイの前に立ちはだかり、アリシアが金切り声をあげた。ロンが杖を取り出し思い知れ!と杖を突きつけたところで俺も杖をだしロンに向かって振った。
ロンの手から杖が離れ、俺の元にくるとロンが俺をにらんでくる。
「何してるんだよ!ハーマイオニーがあんなこと言われて、平気でいられるのか!?」
「…はあ、別に平気だとは言ってないだろう。ちょっと落ち着けって言ってるんだ」
ハーマイオニーを見ると、そこまでダメージは受けていないようだった。ただ、賢い彼女なら、先ほどの言葉がとても酷い言葉だとはわかるだろう。
「さて、ドラコ・マルフォイ」
未だに非難の声を上げる面々の中に俺の声が静かに響いた。
それも随分低い声だ。
そのせいか、周りがシンと静まり返った。
「なあ、ドラコ・マルフォイ?その言葉、お前どこで聞いてきたんだ?ご自慢のお父様か?お前は、言っていい言葉と言っちゃ悪い言葉の区別もつかないのか?え?」
「な。なんだよ。僕が何を言ってもお前には関係ないだろ!ああ、そういえばお前もそこのポッターと同じで親がいないんだったな!」
「へえ?よくご存じで」
後ろで驚いた気配がしたけれどそんなの関係ない。だって別に隠していたわけじゃないし。
「お前もどうせ『穢れた血』なんだろ!」
周りの怒気が膨らむのがわかった。
俺はそれを気にせず、マルフォイに向かって杖を振る。
ああ、やばいな。久しぶりに頭に血が上っているらしい。
「どうやら、お前のおつむは相当悪いらしいな。俺はな、別にお前が誰をバカにしようが、金に物を言わせてクィディッチの選手になろうが別にどうでもいい。ただ、俺はその言葉が大っ嫌いだ」
「べ、別にお前の好き嫌いなんか聞いてない!」
「ああ、そうだよなあ。俺も別にお前に知っていてほしいってわけじゃねえしなあ」
俺はゆっくりマルフォイに近づいていく。マルフォイの前に立ちはだかっていたフリントは俺の様子に怖気づいたのか一歩、二歩と後ずさった。
おかげで、俺とマルフォイは対面することになった。マルフォイは誰かに助けを求めるように顔を振るが、誰もが俺の雰囲気にのまれて動けそうにはない。
「なあ、ドラコ・マルフォイ?お前と彼女、お前と俺、魔法使いとして優秀なのはどっちだろうなあ?なあ?たとえば、試してみるか?今から。お前が何か呪文を唱える前に、俺は」
マルフォイの目の前で杖を振る。もちろん無言呪文だ。すると、マルフォイの持っていた箒が疼きだし、マルフォイの手を離れて俺たちの上空を一蹴したかと思うと俺の手の中に納まった。
それを唖然とみつめるマルフォイににやりと笑って肩をすくめてみせる。
まあ、用は俺の方が各上だよねっていうのをわかりやすく示してみたわけだ。
無言呪文は上級魔法にあたる。それなりに集中力がいるし、魔力コントロールもしなければいけない。
少なくとも、2年生でできる奴は少ないだろう。
「おいおい、どちらがイジメの主犯かわからないな、これでは」
「サルヴァトア!」
「やあ、サラ。こんな時間にこんな場所で会うなんて、偶然だな」
「偶然なものか。バカを言ってないでその杖をしまえ」
「こいつが弁解するならいくらでも」
「はあ、ドラコ。奴を怒らせるなんて、今度は何を言ったんだ」
サラの登場に場の空気が緩んだ。それは、俺が彼に友好的だからだろう。親しげに接する俺に、グリフィンドール側からも視線が痛いほど向けられているが、気にしない。
「ぼ、僕が悪いんじゃない!」
「嘘つけ!ハーマイオニーに『穢れた血』なんて言いやがって!」
ロンがたまらず怒鳴った。
それにサラは呆れた目をマルフォイに向ける。
「はあ、スリザリン思考もここまで来ると考え物かもしれないな」
「お?なんだ。正す気になったか?スリザリン」
「馬鹿言え。それにしても大人げないぞ。グリフィンドールが頑是ない子供に本気でキレる奴があるか」
「まだ理性は保っているさ。じゃなかったら、今頃こいつはこの場から消えて森の中を彷徨うことになってるよ」
敢えてスリザリンと名を出したが周りはおそらく寮の名前を言ったとしか取らないだろう。それに乗ってきたサラににやりと笑う。
森の中云々は本当にそう思っている。実は理性が切れる一歩手前だったりした。だって、本当にあの言葉は嫌いだし。誰が発症かなんて知らないけれど、マグル生まれの魔法使いで優秀な魔法使いも魔女もたくさんいる。血なんか関係ないのだ。
「今回はドラコが悪い」
「なんで!」
「ここで納めておかないと、奴は本当にお前を『禁じられた森』に飛ばすことになるぞ」
その目は呆れてこそいるものの、声は本気だということをマルフォイは感じ取ったらしく、言葉を詰まらせた。
「それに、練習もしなければならないのだろう。ここで油を売っているわけにもいくまい。グリフィンドール諸君、先ほどのドラコの発言は詫びよう。だが、許可証がある以上競技場は譲ってもらう」
サラのその二年生とは思えない威厳に誰もが気圧される中、俺もようやくマルフォイから一歩離れて杖を閉まった。
「ほら、箒。ハーマイオニー、ロン、行こうぜ。ハリーは着替えて来いよ。ハグリッドの小屋に行ってるから」
「あ、うん、わかった」
俺が大人しく引き下がったことにまわりの奴らが驚いているが、そんなのは気にしない。
ハーマイオニーと、まだマルフォイをにらんでいるロンの腕を取ってハグリッドの小屋へと歩き始めた。
ハグリッドの小屋につくころにはロンはふてくされ始めていて、ハーマイオニーが苦笑していた。
「おいおい、どうしたんだ?」
ハグリッドは最初は不機嫌面だったが、訪ねてきたのが俺たちだとわかると顔を輝かせた。
しかし、ふくれっ面なロンを見て眉をしかめる。
「いろいろあったんだ。とりあえず入れてくれるか?」
「ああ」
中に入ってから、ロンに杖を差し出す。
「取って悪かったな。でも、この杖で呪いをかけるのはやめたほうがいい。まともにかからないだろうから」
折れている個所を撫でながら言うと、ロンは盛大に顔をしかめてみせた。
「でも!なんで何もしなかったんだよ!あんな奴、一発殴るだけでも気がおさまらないっていうのに」
「十分脅したさ」
「そりゃたしかに、あの時の祐希は怖かったけど…」
ハグリッドに手短に説明をする。その説明している間にハリーが着替えてやってきた。
「なんでそんなことになったんだ?祐希まで怒るなんざ、よっぽどのことだ」
「マルフォイがハーマイオニーのことなんとかって呼んだんだ。ものすごく酷い悪口なんだと思う」
「ほんとに酷い悪口だよ!マルフォイの奴、ハーマイオニーのこと『穢れた血』って言ったんだよ!」
未だに憤慨してるらしいロンが、どんと机を拳で叩く。
「そんなことほんとうに言うたのか!」
ハグリッドも大憤慨だった。ハーマイオニーはそれを見て困った顔をしていた。
「『穢れた血』っていうのは、マグル生まれを差すんだ。マルフォイのように一族全てが魔法使いの家系だと、自分たちを『純血』と呼ぶ。そして、その反対、つまり、自分たちを誰よりも偉いと思っているような連中が蔑んでマグル生まれの要は純血じゃないやつのことを『穢れた血』と呼ぶ」
差別用語だなと締めくくると、ハリーもハーマイオニーも顔をしかめた。
「もちろん、そういう連中以外は、そんなことまったく関係ないって知ってるよ。ネビルを見てごらんよ。あいつは純血だけど、鍋を逆さまに火をかけたりしかねないぜ」
「それに、俺たちのハーマイオニーが使えねえ呪文は今までにひとっつもなかったぞ」
ハグリッドが誇らしげに言ったことで、ハーマイオニーが頬を染めた。
うん、そうしているとかわいいよな。
「それにしても、祐希、すごかったね」
「そうだよ!君、いつから無言呪文が仕えたんだい?」
「無言呪文を使ったのか!?」
「そうなんだよ」
「まあ、俺もあの時はキレてたからなー。いつもより集中力が上がってたんだろう」
俺が適当にはぐらかすと、確かにあの時の祐希は怖かったという話に移った。
無言呪文を使うのは手っ取り早いとおもっていたけれど、少し自重したほうがよかったか。
ただ、やっぱりあの言葉を言うのは気に食わないし、むかつくのだ。
といっても、マルフォイは反省していないだろうしな。
「そういえば、前から気になってたんだけど、君彼と友達なの?ほら、あの途中できた」
ハリーから出た質問に首肯する。
「サラだろ?スリザリンのサルヴァトア・クリフデン」
「あいつ、よくマルフォイといるの見かけるぜ?」
「そりゃあ、一応つるんでいるみたいだからな。っていっても、サラは純血主義じゃないし、ちょっと気難しいところはあるけど、いい奴だぜ?」
「どこで知り合ったんだよ」
「どこって……キングズクロス駅で助けてもらったんだよ。俺、9と4分の3番線わからなかったから」
適当なことをでっち上げてみたが、まあ、大丈夫だろう。こいつらと会ったのは列車のなかだったし。
「それから、学校でもなんだかんだ会ったら話すな」
「そっか。スリザリンにもそういう奴もいるんだね」
ハリーが感心したようにうなずく。
「まあ、寮ごとで似通ったやつは集まるけど、個人個人と接したらそいつの良さも見えてくるよ」
「マルフォイも?」
「まあ、偏見なしで、広い心を持って、あっちからの敵意もなければ見えてくるんじゃないか?」
「それって、ほとんど否定しているようなもんだよ」
ロンが深いため息を吐いた。
「それより、祐希?聞いてもいいかしら」
ハーマイオニーがおずおずと切り出した。どうやら流せそうだと思っていたが、さすがハーマイオニーと言ったところか。彼女はあの混乱のさなかのマルフォイが言った一言をしっかり覚えているらしい。
俺は、どこか言おうか言うまいか迷っているハーマイオニーを促すように微笑みを向けた。
「その、マルフォイが言っていたのは本当なの?」
「マルフォイ?なんか言ってたっけ?」
「もう!ロンは黙ってて!その…、ほら、貴方も孤児だって…」
「ああ!そういえば!」
ロンが手を叩き、目を丸くして俺の方を見る。ハグリッドは事情を知っていたのか年の功か、特になんの反応もしなかった。
「ああ、本当だ。別に隠していたわけじゃないさ。聞かれなかったから言わなかっただけだ」
別にわざわざ言う必要があることでもないしな、と肩をすくめるとロンに憤慨された。
「そんなのわざわざ聞くわけないだろ!?君、両親いるんだよね?って!?」
「まあ確かにな。でも、別に聞いて面白い話でもないだろう?」
「ねえ。じゃあ、祐希は今どこに住んでるの?」
ハリーが少し身を乗り出した。やっぱり同じような境遇だから気になるのだろう。
「もともとは孤児院にいた。でも、夏休みに帰った時にちょうど孤児院がいろいろあって火事になったんだ」
「火事!?」
「そう。で、全焼してからは、ダンブルドアの紹介で独身の魔法使いが保護者になってくれて、そこで暮らしてる。だから、今年からは俺もイギリス暮らしだよ」
「君、意外と波乱万丈な人生を送ってるんだね」
ロンが感心したようにつぶやき、ハーマイオニーから小突かれていた。
「そうか?ハリーほどじゃねえよ」
俺がそういうと、ハリーが苦虫をかみつぶしたような顔をした。
その夜、ハリーが何者かの不気味な声を聴くことになる。