「やあ、アリィ元気だったか?」
創始者の部屋で読書をしていると、入ってきたのはアルウィーン・キンスだった。彼女は夏休み前にみたときよりも少しだけ日焼けしているようだ。
「ええ。とっても。そういう祐希は?素敵な夏休みでしたか?」
「ああ。随分楽しめたよ」
「それはよかった。手紙のことで心配していたんですよ。私は買い物の日付を合わせられませんでしたし」
「心配することは何もないさ」
「それで?くわしく聞かせてくださいますよね?」
「もちろん。ほら、座って。今お茶を用意しよう」
「お茶なら私が」
「…そうだな。それがいい」
俺が淹れるお茶は、5回に一回ほど奇跡の味が出る。それ以外は普通なのだが、その一回はなぜかこの世のものとは思えないほど酷い味になるのだ。
一度、ロウェナにそれを飲ませてから、彼女は俺にお茶を淹れさせようとはしなくなった。
でも、その5回に一回の確率にさえ当たらなければ、俺が淹れるお茶も普通なのだ。本当に。
まあ、やっぱり女性に淹れてもらったお茶のほうがなんとなくいい気がするよな。
「それで?」
「ああ。まずはそうだな。日本に帰ったところから、かな」
俺は日本に帰ってから今までのことをなるべく細かく話して聞かせた。
本当に、ある意味濃い夏休み初日だったよな。帰ったら家が燃えてるなんて、どんな状況だよ。
といっても、日本は人情深いお国柄だから、孤児を路頭に放り出すようなことにはならないだろうとは思っていたが。
どちらにしろ、リーマスに出会えたことは本当に幸運だったと思う。
「なるほど。それで、満月の日はウィーズリー家へ行っていたのですね」
「そう。ちょうどハリーもウィーズリー家にいたもんだから、ごまかしやすかったっていうのもある」
「すぐに連絡をくだされば、私の家でも構いませんでしたのに」
「さすがに、そんなわけにはいかないさ。これでも俺にだってプライドもある」
「生きていく上ではそんなもの関係ないでしょう。それに、私たちの間でプライドも何も」
「いつだって対等でいたいってことだ」
まったく、とため息をつかれた。
「ですが、毎回ウィーズリー家へ行くわけにもいかないでしょう。私の家だってかまわないのですからね」
「ああ。ありがとう」
「にしても、狼人間ですが」
「懐かしいな。最初に拾ってきたのはサラだったか」
「サラザールの魔法生物好きには参ってしまいます」
ある日、いきなりサラが痩せ細り、ぼろぼろの布きれのようなものをまとった少年を連れてきたのだ。サラはよく出張に行った先でいろいろなものを拾ってくる。あるときはドラゴンの卵だったし、ある時は普通の犬だったこともある。
とにかく生き物が大好きなのだ。
しかし、人間を拾ってきたことは初めてだったため、俺たちはとても驚いた。
よくよく聞いてみると、なんでも、その子は狼人間らしく、村人からも迫害され、追剥のようなことをしてかろうじていきていたらしい。そのターゲットにサラザールが選ばれ、返り討ち。捕獲してきたのだそうだ。
そして、サラザールはホグワーツに入れようと言い出した。魔力はもともと持ち合わせていたようだ。中途半端に使わせるようなら、しっかり学ばせるべきだと彼は主張した。
それについては俺も賛成だったが、いかんせん狼人間を学校に入れ、無事に就業できるかどうかわからなかった。他の子たちの不安を与えることもあるだろうし、また、満月の日はどう対処するかも検討しなければならなかった。
「まあ、ほぼサラが押し切ったよな」
「サラザールは自分のしたいことには手段は選びませんから。実際、外堀はあっさり埋めてしまいましたからね」
ああいう時のサラザールの行動力には驚かされる。授業内で狼人間について説明し、満月の光を浴びなければ危険はまったくないのだと説明。満月の日のために、地下牢の檻を強固化し、自ら見張りすらも買って出た。
当人自身も、やる気はあるようだったし、俺たちも受け入れたのだ。
「まあ、あれがあったおかげでもあるよな。狼人間に対して抵抗も何もなかったのは」
「そうですね。実際、生徒たちにもいい影響を与えましたし」
「なんだかんだ、優秀だったからなー、あいつ」
そう。彼は、サラザールに報いるためとでもいうようにとても勉学に励んでいた。それに周りが引っ張られ、学力は向上したといえた。
「まあ、だから、大丈夫だよ」
「そういえば、最近知ったのですが、脱狼薬というものがあるらしいですよ」
「脱狼薬?」
初めて聞いた名前に首をかしげる。
「ええ。なんでもとても難しい魔法薬なのだとか。ですが、それを飲めば理性を保っていられるらしいと言われています。まだ、発展途上の薬ではありますが、いつかは完全に狼化を抑える薬ができるかもしれませんね」
「へえ、脱狼薬か…」
「あなたなら、作れるかもしれませんわね。もっとも、材料は手に入らないでしょうけれど」
にやりと笑うアリィに俺も口端を上げる。
「なるほど。試してみる価値はあるな」
「あら、魔法薬研究者としてのプライドでも刺激されました?」
「刺激するような言い方をしたのは君だ」
「ええ。ですが、閲覧禁止の棚になら作り方が載っているかもしれませんよ」
「アリィはどこで見たんだ?」
「私は母様から。貴方の手紙がきっかけで少しだけ狼人間について聞いてみたのよ」
「へえ。ついでに、どんな本に載ってるか、聞けたら聞いといてくれよ」
「しょうがないですわね。貸し一つですよ」
「OK」
俺がこの魔法魔術学校を創設したあと、授業を教えていく段階で魔法薬学に興味を持った。それからは、何かと研究し、開発していったのだが、当初は何もわからない中を手探りで進んでいくようなものだったため、遅々として何も進まなかったのだ。
それが、今世ではこんなにも進歩している。おもしろくないわけがない。
それに、教えているのはスネイプ教授だ。彼の論文も探してみたのだが、やはりとてもマニアックなものから、有名なものまで開発研究している。その論文の出来も素晴らしいものだったと言える。
「スネイプ教授なら作り方を知ってるかもしれないな」
「グリフィンドール生に教えてくれるとは思えませんわ」
「でも、聞いてみることはできる」
「はあ、点数を引かれないことを祈ってますわ」
アリィは呆れているようだが、俺は期待に胸を膨らませていた。あたらしい薬学に挑戦できるということと、リーマスの負担を少しでも減らせるかもしれないからだ。
それに、上手くすればスネイプ教授に直接教えていただけるかもしれない。
「そういえば」
どうやってスネイプ教授から教えてもらえるようにしようかと画策していると、アリィがふと声をもらした。
「どうした?」
「ヘルガ、来ませんでしたね」
「やっぱりいなかったよな?ハリーたちの騒動があったから、組み分けに集中してなかったし、見逃しただけかと思ってたんだが…」
「私もです。注意深く見ていても、見逃したことはあると思っていましたが、やはりいませんでしたよね」
俺たちはなんとなくだが、顔をみただけでお互いが誰であるか”わかった。それは、雰囲気だったのか魔力だったのか何が原因なのかはわからない。
だから、ヘルガも一目見ればわかるはずなのだ。
「もしかしたら、俺らよりずっと年上って可能性もあるか?」
「それなら、会える可能性がずっと低いですわ」
「でも、組み分け帽子はヘルガのことは何もいってなかったな」
「来年。来年に期待しましょう。どうせなら、4人そろって生徒というのを体験したいですから」
「そうだな」
きっと、4人そろえばもっと楽しい。
いろいろ考えなければいけないことはあるようだけれど、根本的なところはただそれだけなのだ。
そのあと、俺はどうやってスネイプ教授に教えを乞おうか考えることにした。