9月1日。
リーマスに見送られ、汽車に乗った俺はハーマイオニーにハリーとロンを見ていないかと聞かれた。
残念ながら見ていないが、どこかに乗っているだろうと彼女のコンパートメントに一緒に座らせてもらいホグワーツに向かった。
結局、ホグワーツについてからも、ハリーとロンをみかけることはなかった。さすがに見当たらないことに不安を感じていたが、一年生の組み分けが始まり抜け出すこともできない。
先生からの去年と同じような注意があり、ロックハートの紹介があったあと、ようやく宴が始まった。
しかし、不思議なことに空席だったスネイプが途中マクゴナガルとダンブルドアを連れ出て行った。しかし、それに気を取られたものはほとんどいなかっただろう。
「…ハリーたちに何かあったんじゃないかしら」
「そうだな。ジニーの話だと、駅までは一緒だったんだろう?」
「ええ。そういってたわ」
「だったら、そこで何かあったのかもしれない」
「何かって?」
「それは分からない。とにかく、俺たちは無事を祈っておこう」
しばらくしてダンブルドアが返ってきた後、歓迎会は終わり、各寮へ向かうことになった。
寮につくと妙な噂が飛び交っていた。
ハリーとロンが空飛ぶ車で墜落して退校処分になったという噂だった。
空飛ぶ車について、少し思い当たるところがあって顔をしかめる。ハーマイオニーはその噂のばかばかしさに顔をしかめていたが、二人してそれを否定するだけの材料は持ち合わせていなかった。
「とにかく、探してくるわ」
「なら、俺はここにいよう。すれ違って戻って来るかもしれない」
「わかった。戻ってきたら、噂のこときっちり聞いておいてね」
「わかってる」
ハーマイオニーが寮を出て行った後も、この異常な事態に生徒は興奮状態だった。誰かが取り寄せたらしい日刊預言者新聞には確かに車とそのガラスにうつるハリーとロンの姿が映されている。
というか、この写真どうやって撮ったんだ。
「はあ、まったく。話題に事欠かないやつらだ」
新聞を指ではじきながらつぶやく。何度か俺の元にハリーとロンのこの所業についてしっているんじゃないかと聞きに来たやつがいたが、知らないと一蹴しているとやがて誰も聞いてこなくなった。
やがて、ハリーとロンが登場して、まるで英雄かのように誰もがほめたたえたが、二人はそそくさと部屋へと戻っていく。
「ああ、祐希。どうも本当みたい。でもはぐらかされちゃったわ」
ひどくがっかりした様子でハーマイオニーが言った。
「あとは、俺が聞いておくよ。処分についてもな」
「お願いね。まったく。どうしてああなのかしら」
「二人も十分反省しているさ」
「だといいけど。とにかく、退校処分になっていないことを祈るわ」
心配そうなハーマイオニーの頭を撫で、未だに憶測が飛び交う談話室を抜けて俺も部屋へと戻った。
部屋の中にはネビルやシェーマスもいた。彼ら相手に事のあらましを説明しているところだった。誰もがほめたたえるからか、口うるさいハーマイオニーがいないからか、二人は冒険談を聞かせ鼻高々な様子だった。
途中からではあったが、あらかた聞き終わると大体の概要はつかめた。
「それで、二人の処分はどうなったんだ?」
水を差すようで悪かったが、聞かなければいけないことだ。
今まで英雄暖を聞かせていた二人は、俺の言葉に意気消沈した。
「罰則がある。でも、退校処分にはならないみたいだ」
「そうか。じゃあ、先生方の判断に感謝するんだな」
「おいおい、ハーマイオニーみたいなこと言うなよ」
「彼女はお前らをずっと心配していたんだ。小言だっていいたくなるさ」
二人は顔を見合わせたがそれ以上何も言うことは無かった。
翌日、ロンのもとにウィーズリーおばさんから吠えメールというものが届いた。その存在を初めて知ったが、あれは効果抜群だな。
ハーマイオニーの隣にすわっていた俺は、もちろん吠えメールからもとても近く、鼓膜が裂けるんじゃないかと思った。テーブルの上の皿もスプーンもガチャガチャと揺れる。
正直、うるさすぎて内容の半分も聞こえなかった。ハリーとロンはもう顔面蒼白。いつも以上に体を縮こまらせていた。
手紙は最後、炎となって燃え上がり、ちりちりと灰になった。
うん、いい薬だよな。周りへの被害も甚大だけど。主に耳の。
未だに耳鳴りがする中、まわりは徐々に騒がしさを取り戻していった。
一時間目の授業はハッフルパフと合同の薬草学だ。
温室の近くまで来ると、外で塊になってスプラウト先生を待っている様が見えた。
先生が芝生を横切って大股で歩いてくるのが見えたかと思うと、その隣にはギルデロイ・ロックハートも一緒だった。
どうやら暴れ柳の治療をしてきたらしい。彼女の腕には包帯がいっぱい抱えられており、暴れ柳には包帯が巻かれていた。
相変わらず気取った様子のロックハートは集まっている生徒を見回してこぼれるように笑いかけた。
というか、なんでお前がここにいる。
「スプラウと先生に『暴れ柳』の正しい治療法をおみせしていましてね。でも、私の方が先生より薬草学の知識があるなんて、誤解されては困りますよ。たまたま私、旅の途中、『暴れ柳』というエキゾチックな植物に出会ったことがあるだけですから」
「みんな、今日は三号温室へ!」
スプラウと先生は不機嫌そうだ。
これまでは一号温室でしか授業がなかった。三号温室にはもっと不思議で危険な植物が植わっている。ちらっとみたことがあるが、よくわからない植物がうねっていて、とても気味が悪かった。
俺たちは中に入ろうとするが、それをロックハートは引き止めた。ロックハートはハリーがお気に入り”らしい。
「ロックハート、ハリーに何の用だと思う?」
「どうせ碌な用事じゃないだろ」
「ちょっと!彼をバカにする言い方しないで!」
噛みついてくるハーマイオニーに肩をすくめる。あのロックハートのどこがいいんだか。
「女子の好みはわからないな」
「同感」
マンドレイクは何度か見たことがある。根っこが子供なんだ。ある意味おぞましいと思うのはマグルで見てきたものに慣れたからだろうか。
マグルでは植物も絵画も写真も動かない。
この授業はなかなかに体力がいる。マンドレイクは土の中から出るのを嫌がるし、いったん出ると今度は入るのを嫌がった。我儘め。
授業が終わるころには誰もが汗まみれ、泥だらけだった。
次はマクゴナガルの変身術だった。
そこで初めて知ったが、ロンの杖はあの事件で折れていたらしい。テープで補強されているが、杖がそれで正常に働くならば誰も苦労はしないだろう。
結局、ロンはコガネムシを肘で潰してしまい、新しいのをもう一匹もらわなければならなかった。
昼食の席で、ハリーにマグルのカメラのようなものを持った少年が話しかけてきた。
少年はコリン・クリービーというらしい。彼はハリーの熱烈なファンのようだった。それにマグル生まれのようだ。一年生の初々しさを前面に出している。
「あなたの友達に撮ってもらえるなら、僕があなたと並んで立ってもいいですか?それから写真にサインしてくれますか?」
「サイン入り写真?ポッター、君はサイン入り写真を配っているのか?」
ドラコ・マルフォイの痛烈な声が中庭に大きく響き渡った。いつものようにでかくて、凶暴そうなクラッブとゴイルを両脇に従えている。ちなみに、俺にはどっちがクラッブでどっちがゴイルだかわからない。
サラがいないか探したけれど、どうやら別行動を取っているのか近くにはいなかった。
「君、やきもち妬いてるんだ」
「ぶっ!」
「妬いてる?何を?」
「ふっ、クククッ、コリンいい反応だ。本気で笑える」
「おい、お前。僕を笑うなんて許さないぞ!」
「いいじゃないか。お前も写真を撮ってサインを配ればいい。君の忠実な僕である後ろ二人ぐらいなら買ってくれるんじゃないか?」
「何をっ!」
「おい、祐希。言いすぎだぞ」
「サラ!久しぶりだな」
ちょっとからかうとすぐに顔を真っ赤にしたマルフォイをせせら笑うと、後ろからサラがやってきた。顔をしかめ、俺を咎めるサラに肩をすくめる。
「なんだ。サルヴァトア。君こいつと知り合いなのか?」
「ああ」
「君には言う必要はないと思っていたが、友達は選ぶべきだとおもうぞ」
「ああ。同感だ」
サラが口角を上げる。俺の後ろで、ハリーとロンが、スリザリンと友達!?と驚いているけれど、無視だ無視。
「だが、」
サラが言葉をつづけた。
「こちらが選んだことで、諦めるような奴ならもともと苦労しない」
その言葉に苦笑した。マルフォイは意味が分からないときょとんとしていたけれど、サラの言わんとすることはよくわかった。
俺らの出会いは、サラにとってある意味最悪だっただろう。ゴドリックとして初めてサラザールと出会った時、彼は今よりもずっと扱いずらい性格だった。
偏屈だったともいう。もともと、サラザールがどういう人間なのか噂である程度知っていた俺は、受け入れられないことを前提にアタックしまくった。それはもう、何度も何度もめげずに。あのころの俺、よく頑張った。
サラザールはなんどもやってくる俺を時には冷たい言葉で、時には魔法で、時には武力行使で追い払う。俺はそれを受け流したりやり返したり、仕返したりしながら何度も彼の元へ訪れた。
直感していたんだ。俺の夢をかなえるためにはサラザールの力が必要だと。彼はとても優秀だった。何に対してもそつなくこなし、頭もよかった。数々の偉業を成し遂げているが、強すぎる魔力を持つせいか、なかなか他人に受け入れられなかった。そして、彼自身そのことを特に問題視していなかった。そんな、人に対して冷徹な部分ももっていた。
俺たちはある意味正反対の性格をしていたといっていいだろう。
それでも、俺は彼を一目見たときにこいつとなら俺の夢をかなえられると思った。俺に無い部分をあいつが持ち、あいつに無い部分を俺が持っている。
だから、断られることを前提になんども頼みに行った。
やがてあいつは折れ、俺の理想を聞いてくれた。一緒に考えてくれるようになり、行動してくれるまでになった。
「確かに、俺、よく諦めなかったよなー」
「貴様はバカなだけだろう」
「なっ、これでも」
「サイン入りの写真を配っているのは誰かな?」
俺の言葉を遮るようにしてやってきたのはロックハートだった。ハリーの肩にさっと腕を回し、陽気な大声を響かせた。ロックハートに羽交い絞めにされ、ハリーはとても嫌そうだ。
ハリーはそのまま連行されるようにして教室へと連れて行かれる。
そうして始まった授業は、実に下らなかった。
それとも入門だから冗談としてこの授業なのだろうか。
まずはテストをするというから気がまえたというのに、その問題は、
1、ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
2、ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?
3、現時点までのギルデロイ・ロックハートの授業の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?
3番まで読んで、あとは流し読みですべての問題にロックハートの名前が入っていることを確認し、俺は問題を裏返した。
これ、解く意味あるのか?
いや、確かに、本を読んでいたら大体書いてある。自伝になんでそんなことを書いてあるんだとか思わないでもなかったが、自己主張の激しい御仁なのだろうと思って、中にはそういう人もいるだろうと流していた。流していたが、これはもう自己主張が激しいとかのレベルじゃない。
こいつ、授業ヤル気あるのか?俺が教えた方が数倍ましだ。
早々にハリー同様教科書を積み上げその裏で眠ることにする。
いつテストが回収されたのか気づかなかったが、眠りから覚めた時にはロックハートの演説とともに大きな籠の覆いに手をかけていた。
「どうか、叫ばないようにお願いしたい。連中を挑発してしまうかもしれないのでね」
ロックハートの芝居がかった声に、全員が息を殺した。そして、覆いを取り払うと、中にいたのはピクシー小妖精だった。
シェーマスがこらえきれずに吹き出す中、ロックハートが籠を開け放った。
ピクシーはいっせいに飛び出し、暴れまわり始めた。数匹が窓ガラスを突き破って飛び出すわ、ネビルの両耳を持ち上げて空中に吊り上げたり。
俺に向かってきた小妖精はもちろん弾き返した。
ロックハートは生徒が慌てている様子に大変満足そうだ。そして、しばらくすると、何か呪文を唱えた。
しかしピクシー妖精は一向に収まる気配がない。
終いには、ロックハートの杖がピクシーにとられて窓の外へ放り投げてしまった。
終業ベルが鳴り、みんなワッと出口におしかけた。それが収まったころロックハートが立ち上がり、机に座ったままの俺を見つけ呼びかけた。
「さあ、##name_3##、君にお願いしよう。その辺に残っているピクシーをつまんで、籠に戻しておきなさい」
教室を出ようとしていたハリー、ロン、ハーマイオニーがぎょっとして振り返っていた。俺の存在をすっかり忘れていたらしい。
ロックハートはさっそうと逃げて行った。
未だに暴れまわるピクシーを前に茫然と立つ三人を見ながらゆっくりと立ち上がる。
「おい、なんで逃げなかったんだよ。っていうか、なんで祐希は被害にあってないわけ?」
「俺がイタズラするにはあまりに実力差があるって察したんだろう」
「なんだそれ。にしても、耳を疑うぜ」
「わたしたちに体験学習をさせたかっただけよ」
ハーマイオニーが手伝う姿勢を見せてくれたことに笑みをこぼしながら、俺は杖を空中に向けた。
そして、一振り。
するとぴたりと止まったピクシー妖精たちに、ロンもハーマイオニーもハリーも茫然と宙を見上げる。
「ま、こんなもんだろ。俺、今度から授業さぼってもいいよな」
「君、本当に得体が知れないよ」
「ちょうど試したい術でよかったよ」
そういいながら、全部を浮かせ、一気に籠の中へ投げ入れる。二、三匹、籠から外れ外へ飛び出したが気にしなくていいだろう。
「今の術、何をやったの?」
「ちょっとした金縛りの術だよ」
「でも、それって変だわ。だって」
「それより、次の授業に遅れる。行こう」
ハーマイオニーの怪訝な表情を無理やり止めさせ、本をカバンにしまって廊下へ出た。教室の惨状はそのままだが、そこまでは頼まれてないんだし、いいだろう。とりあえず、今後彼の授業は自習として活用することに決めた。