「よーっす」
入った瞬間、ガラス瓶が飛んできた。
ひどく顔色が悪いセブルスは眉間に寄せたしわを隠そうともしない。部屋の中には鼻につくほどのお酒の匂いが漂っている。薬の匂いと混ざって、鼻が曲がりそうだ。
「どうした。随分荒れているな。セブルス」
「貴様、何しにきた」
どうやら呂律はしっかり回るらしい。ただし、セブルスの前にあるテーブルには酒瓶が二本も並んでおり、片方はすっかり空に、もう片方も半分以上なくなっている。
「セブルスがしょげてるんじゃないかと思ってきてやったんじゃないか」
「余計なお世話だ」
そう言いながらも琥珀色の液体を煽る。
「明日二日酔いになるぞ」
「問題ない」
そう言って懐から取り出したのは、頭痛薬。つまり二日酔い対策はばっちりらしい。
「お前、バカだろう」
「それより貴様、いつからブラックとつながっていた。なぜあの場に我輩を呼んだのだ」
「セブルスが憎む相手を間違えていたからな」
「間違ってなどいない!」
「シリウスがセブルスにしたことは聞いた。それは本当にやってはいけないことだと思うが、それで恨むことと、ハリーの両親について恨むことは別問題だろう」
「貴様に何がわかる!」
「いいや、何も。俺は話を聞いただけで、当事者じゃないからな」
俺はグラスを一つ呼び寄せ、そこに酒を注ぐ。
すると、頭を叩かれた。
「我輩の酒だ!」
「いいだろう。たまには」
グラスから一気に酒を煽る。ついでに杖を振って、いくつかつまみを出しておく。
すると、そのつまみを見てセブルスはうなり声をあげると、しぶしぶそのつまみに手を伸ばした。止めないあたりだいぶ酔ってるんだな、こいつ。普段なら、何が何でもこんなことを許したりはしないだろう。今の俺は未成年だしな。
「だいたい、なぜ我輩がブラックの擁護などしなければならんのだ。あんなやつディメンターからキスでもされていればよかったんだ。あんな傲慢で、規則破りの常習犯で目たちたがりやで、」
「否定はしないけどな。キスは言い過ぎだ」
そして酒を煽り続けるセブルスはそのうち管を巻くようになり、愚痴は学生時代のシリウスたちのイタズラにまでさかのぼって行く。そのうち、リリーの話しなんかも出てきて、彼が今だにリリーを大切に思っていることがその話口調から伺えた。
「大切だったんだな」
「………だが、自分の手で壊してしまった。言ってはならないことを……。彼女は、許してはくれなかった」
うじうじと悩みだすセブルスの愚痴を聞く。
まあ、勢い余ってとは言っても穢れた血はないよなあ。
「謝ったのか?」
「………聞いてはくれなかった」
「ああ、その頃、闇の魔術に心酔してたんだっけ」
「我輩の得意分野はそれしかなかった」
「魔法薬は?」
「リリーの方ができる」
ああ、そういえばハーマイオニーばりの優秀な人なんだっけ。いじけているセブルスに苦笑する。俺は空いたグラスに酒を注いでやる。
「彼女は、お前に光の中にいてほしかったんだよ。誰も、大切な人が闇に染まるところなんて見たくないだろう?」
「光など、我輩には存在しない」
「もうちょっと楽しく人生生きられればいいんだけどな」
「……楽しくなど…、必要ない」
「セブルス。いつか、いや、これは言わないでおこう」
一緒にいて幸せになれる人と出会えるといいな。そう言おうと思ったが、その言葉はきっと、彼にとってはとても残酷なことだろう。
彼はまだ、リリー・ポッターを想っているのだから。
「そろそろ寝たらどうだ?」
「まだ飲む」
「もう酒もないぞ」
「貴様が飲むからだろう!」
「はいはい」
悪態をつきながらも立ち上がったセブルスは、ふらりと体を揺らした。心なしか、いつもは青白い肌も赤みを帯びている。
セブルスが寝室へと足を向けたかと思えば、ふいに立ち止まった。振り返った彼の目は据わり、俺を見据える。
「前から聞こうと思っていた。貴様は何者なんだ」
「………」
「こうなることがわかっていたかのように行動しているように思える。言動も、年齢を偽っているのではないかと思えるほどだ。貴様はいつも、先を歩く。貴様は何者だ。何が目的だ」
「俺は、祐希だ。日本生まれの、ただの魔法使い見習いだ」
「そんな言葉で我輩が誤魔化されるとでも思っているのか」
「事実は小説より奇なりってな。知るにはまだ早い。物語はまだ序章にすぎない」
「何の話をしている?」
「そろそろ、おやすみ。セブルス」
セブルスに眠りの魔法をかけると、彼の体は崩れ落ちた。もともとかなり酒も飲んでいたこともあり、普段だったらこんな子供だましな魔法になどかからないだろう。俺はセブルスの体を浮かせ、慎重に彼の寝室に運びベッドの上に下ろす。酒などを適当に片付けて、寮へと戻った。