数秒の沈黙。そして、ロンが呆然と口にする。
「二人ともどうかしてる」
「バカバカしい!」
ハーマイオニーも吐き捨てるように言った。
「ピーター・ペティグリューは死んだんだ!こいつが12年前に殺した!」
「殺そうと思った!」
シリウスは歯をむき出しにして唸った。
「だが、こざかしいピーターめに出し抜かれた。今度はそうはさせない!」
飛び上がったシリウスを、サラが杖を振っていなす。シリウスの体は容赦無く、元のベッドまで戻された。
「まったく。堪え性のないやつだな。後少しの辛抱なんだ。もうちょっとぐらい待てるだろう」
「もう俺は十分に待った!」
「ここに招待した者全員が、全てを知らなければならない。そして、シリウスは全てを伝える義務がある」
「あとで説明すればいい!」
「聞き分けが悪いな。お前は、俺たちの計画を台無しにするつもりか?再三説明したはずだが?」
サラの本気の睨みと怒気にシリウスが黙り込んだ。
「わかった。大人しくしていよう。だが、急いでくれ!」
拗ねたように喚くシリウスにサラは深く深くため息をついた。
「正気じゃないぜ。もうたくさんだ!」
「ロン。最後まで聞け」
「祐希もどうかしてるよ!今まで僕たちを騙してたのか!?君だって見ただろう!こいつが、僕を殺そうとしたところを!」
「ロン!無駄よ!祐希がグリフィンドールに入れたのよ」
未だに向けられているハーマイオニーの杖を見つめながら俺は肩をすくめる。
「説明の続きをしてもいいか?」
俺は静かに告げる。
「そのネズミがピーター・ペティグリューだということを証明するのは簡単だ。ハーマイオニーなら知っているかもしれないが、アニメーガスならそれを人間に強制的に戻す術がある。それを向ければいい。もしただのネズミなら、何も変わらないだけだ」
ハリーとロンがハーマイオニーへ顔を向けると、彼女はおずおずと頷いた。
「で、でも、そんなことあるはずないわ。だって……、だって、魔法省がアニメーガスを管理しているのよ。何に変身するとか、その特徴を書いた登録簿があるって、私調べたわ。今世紀にはたった7人しかいないのよ。ペティグリューの名前はリストに載っていない」
「それについてはリーマスやシリウスの方がよく知っているだろう」
「そうだね。魔法省は知らなかったんだ。未登録のアニメーガスが三匹、ホグワーツを徘徊していたことを」
そして、リーマスは彼が狼男になった経緯やその苦労を語った。
人狼については賛否両論あるだろう。親からすれば、自分の子供が人狼になるかもしれない危険性があるならなるべき排除したいはずだ。俺たちの時はそれをねじふせるだけのことをしていたが、今はそれはできないことだろう。学校という組織が社会に組み込まれすぎているのだから。
だからこそ、ダンブルドアは偉大だ。彼を受け入れ、適切な処置を施したのだ。ただ、彼も思っていなかっただろう。リーマスの友人が自らを動物に変身させ友のために奔走するなどとは。それとも、そんなことも予想していたのかもしれない。もしくは、黙認していたのかもしれないが。
そして話はセブルスにまで及んだ。
お互いに天敵同士だった彼ら。
セブルスが、リーマスの不振さに気づくのは時間の問題だったのだろう。そして、それを仕返しに利用しようと考えるのも。
そして、シリウスが"いつもの通り、イタズラをした”
あまりに悪質なそれに、俺とサラは呆れた目をシリウスへ向ける。そして、人狼となったリーマスを垣間見、セブルスを連れ戻したジェームズはセブルスを救ったという形にはなるが、セブルスからしてはたまったものじゃないだろう。
「だから、スネイプがあなたが嫌いなんだ。スネイプはあなたもその悪ふざけに関わっていたと思ったわけですね?」
「その通り」
随分、いいタイミングだったようだ。
扉の向こうにいたのは話題に上っていたセブルスだった。もちろん招待したのは俺たちだ。
彼の顔は険しく、中にいる人間全てを見回す。
「どうして、ここに……」
「それは、そこで薄気味悪く笑っている君たちの友人に聞いてみてはいかがかね?」
「まさか!」
サラ以外の全員が俺をみた。俺はわざとらしく笑ってみせる。
「ようこそ。これで役者は揃ったな」
「なんのために私まで呼び出したのかは知らんが、生徒のイタズラに付き合うだけの時間はないのだがね」
「だが、セブルスは知りたいだろう?真実と、本当の仇を」
「本当の仇?」
「ジェームズ・ポッターとリリー・エバンスの死の真相だよ」
もともと白いセブルスの顔がさらに青白くなり、顔がこわばった。
「聞いて損はない。それに、セブルスには証人になってもらわなければ困るんだ」
「何を言って……」
「さて、セブルスがどこから聞いていたのかは知らないが、紹介しよう。ここにいるネズミが、かつてシリウス・ブラックが殺したと言われているピーター・ペティグリューだ」
セブルスの目が見開かれる。
「何を馬鹿な……」
「そう。これは荒唐無稽で馬鹿げた話。しかし、その馬鹿げた話を見事12年間やり続けてきた馬鹿がこのネズミだ」
「どういうことだ?」
「セブルスはリーマスが人狼だと知っている。そして、彼ら4人は仲が良かったことも、無駄に頭が良かったことも知っているな?そして彼らは思いついた。人狼のリーマスといられるように、アニメーガスになろう!と。そして、ペティグリューはネズミだったというわけさ」
「ねえ、待って。ペティグリューがネズミに変身できたとしても、ネズミなんて何百万といるじゃないか。アズカバンに閉じ込められていたら、どのネズミが自分の探してるネズミかなんて、この人、どうやったらわかるっていうんだい?」
ロンの疑問に、シリウスはくしゃくしゃになった紙の切れ端を取り出した。シワを伸ばし、それを突き出してみんなにみせた。一年前の日刊預言者新聞だ。ロンと家族の写真が写っている。ロンの肩には今よりも太っているスキャバーズがいる。
「なんたることだ。こいつの前足だ」
ルーピンが唸ると同時に、セブルスもうなり声をあげた。どうやら合点がいったらしい。
「なんと単純明快なことだ。なんとこざかじい……。あいつは自分で切ったのか?」
「変身する直前にな」
「だが、事実を知るには本人に喋ってもらうのが一番だ」
俺は一歩前へ踏み出した。いつのまにかハーマイオニーの杖は下へと垂れていた。
「ハーマイオニー。俺の杖を」
「……殺したり、しないわよね」
「当たり前だろう。だが、そうだな。ハーマイオニーたちは少し下がっているといい。サラ。準備はいいな?」
「ああ」
「セブルスはそのまま扉の前で。絶対に逃がしてくれるなよ?」
俺が不敵に微笑むと、セブルスは仏頂面のまま杖をしっかり握り直した。
「どうする?シリウスたちの手で?」
「そうだな。俺たちの手で、決着をつけよう」
シリウスが杖を構えた。リーマスもまた、ベルトから杖を取り出し、構える。俺とサラは瓶に手をかけ、蓋をあける。そして逆さにすると、滑るようにしてネズミが落ちてきた。そこにリーマスとシリウスから同時に魔法が放たれる。逃げようとしたネズミにあたり、ネズミの姿から一変、一人の男がそこに立っていた。
禿げた頭に、せわしなく動かされる目。胸の前でせわしなくてを握り合わせては、しきりに逃げ場を探している。
「やあ、ピーター」
リーマスが朗らかに告げる。
「しばらくだったね」
「し、シリウス……、り、リーマス」
キーキーとしたネズミ声だ。
「友よ……懐かしの友よ」
シリウスの杖腕が上がったが、リーマスがその手首を抑えた。それから、ピーターにむかって、さりげない軽い声で言う。
「ジェームズとリリーが死んだ夜、何が起こったのか、今おしゃべりしていたんだがね。君はあの瓶の中にいたから聞こえていなかったかもしれないが」
「リーマス。君はブラックの言うことを信じたりしないだろうね。あいつは私を殺そうとしたんだ。リーマス」
「そう聞いていた。ピーター、二つ、三つすっきりさせておきたいことがあるんだが、君がもし」
「こいつはまたわたしを殺しにやってきた!こいつはジェームズとリリーを殺した。今度はわたしも殺そうとしているんだ。リーマス。助けておくれ」
「安心しろ。誰もお前を殺したりしない。それは保証してやるよ」
俺の言葉に、セブルスもシリウスもリーマスさえも驚いていたが、実際にこいつを殺されては困るのだ。
ピーターが希望に目を輝かせ俺をみた。
「ありがとう。心やさしき友よ」
「冗談はよしてくれ」
誰も、殺さないからと言って、守ると言ってもいなければ、傷つけないとも言っていない。
3人の言い争いが続く中、俺は傍観していたのだが、不意に俺へと話が向いた。
「そうだ!ずっとアズカバンにいたはずなのに、そんな、綺麗な身なりをして、『名前を言ってはいけないあの人』に施しをもらっていたんだろう!?」
「これは……、祐希たちが俺を世話してくれた」
「おっと、ここで俺か。そうだ。俺はシリウスの目的を知って、こいつを匿うことに決めた。ついでに、人間らしい生活も支援してやった。ちなみに、ハリーの活躍が見たいと言うからクイディッチにも連れて行ってやったこともある」
リーマスとセブルスからは呆れを含んだ目を、ハリーたちからは驚きの目が向けられた。
「ついでにいえば、ハリーが持っているファイアボルトもシリウスからの贈り物だ。12年間、何もしてやれなかった名付け親心としては、箒が折れたハリーに俺をパシらせてでも箒を送りたかったらしい」
「え!?」
「ついでに、あのロンの枕元に立ったのは、シリウスがハリーのクイディッチ優勝を聞いて興奮してせめて顔を見たいと思いあがり忍び込んだものの、ベッドを間違えたという馬鹿馬鹿しい落ちだ」
「ええ!?」
ハリーたちが目を見開く中、リーマスは呆れた目を向け、何をやってるんだい?とシリウスに言う。
「どうだ?シリウスの印象は変わったか?」
「変わったと言うか……」
「信じてくれ。ハリー。私は決してジェームズやリリーを裏切ったことはない。裏切るくらいなら、私が死ぬ方がましだ」
ハリーは言葉を詰まらせるが、頷いた。シリウスは感極まったようだった。
ピーターは必死に命乞いをしてまわるが、誰も相手にしない。その相手はハリーにまで回った。
「ハリー……ハリー・ポッター。君はお父さんに生き写しだ。そっくりだ」
「ハリーに話しかけるとはどういう神経だ!?ハリーに顔向けができるのか?この子の前で、ジェームズのことを話すなんて、どのツラさげてできるんだ!?」
シリウスが大声を出すが、ピーターは跪き、哀れに見えるように最大限に気をつけながらハリーを見た。
「ジェームズなら私が殺されることを望まなかっただろう。ジェームズならわかってくれたよ。ハリー、ジェームズならわたしに情けをかけてくれただろう」
この時、扉側にいたセブルスが鼻を鳴らした。
シリウスとリーマスがピーターに近づくと、肩を掴んで床の上に仰向けに叩きつけた。
「お前はジェームズとリリーをヴォルデモートに売った。否定するのか?」
ピーターはわっと泣き出した。まるで赤ん坊のように泣くハゲ頭の男というのは醜く、聞くに耐えないものだった。どうやったら、こんな情けない男が育つと言うのか。ぐだぐだと言い訳を並べ立てるピーターを見て、セブルスが目をそらすのを見た。
守れなかったものを思い出してしまったのかもしれない。いや、彼は忘れたことなどなかっただろう。特に今は、まざまざと突きつけてくる忘れ形見がいるのだから。
「嘘をつくな!お前はジェームズとリリーが死ぬ一年も前からあの人に密通していた!お前がスパイだった!」
シリウスの恫喝が響き渡る。俺は、そっとセブルスの元に歩み寄った。
「真実を知った感想は?」
「………悪夢を見ているようだ」
「そうか」
「貴様は……いや、今は何も聞くまい」
「セブルス。シリウスの罪を晴らすための証人になってもらう」
セブルスは盛大に顔を歪めた。
「それとも、仇をみすみす逃すか?」
「ここで殺せばよかろう」
「その罪を誰にも背負わせる気はない。特に、シリウスには、な」
「なぜだ」
「ハリーの名付け親だからだ。あいつには、近しい頼れる大人が必要だ」
「………貴様は、いったい何者なのだ」
「その答え合わせはまたにしよう」
俺が振り向いた時、シリウスとリーマスが杖をあげたところだった。
俺は杖を振って、二人の武将解除を施す。二人の杖は宙を舞って俺の手元に振ってくる。
「言っただろう。殺させはしないと」
「祐希!なぜだ!」
「シリウスには言ったはずだが?怒りで我をわすれるな。それに、子供の前でその行為はいささか情操教育上悪い。そうだろう?ルーピン先生?」
俺の言葉に、険しい顔をしていたリーマスは、ハリーたち3人を見た。ハーマイオニーは壁際で震えながら様子を伺っているし、その隣で、青い顔をして目を見開いているロンがいる。
「祐希。わかっているのか。このクズのせいで、ハリーの両親は亡くなったんだぞ」
シリウスは唸った。
「このろくでなしは反省してるわけではない。今だって、俺たち全員を殺せるならそうするだろう」
「だろうな」
「だったらなぜだ!」
「言ったはずだ。俺の、俺たちの最終目的は、こいつを殺すことではない」
「祐希!」
「わからずやが。ならばシリウス。選べ。ハリーか自分の憎しみか」
俺は先ほど取り上げたシリウスの杖を差し出した。
「え?」
「言ったはずだ。俺たちの目的はお前の罪を晴らすことだと。無実を証明することだと。だが、ここでお前がこいつを殺したのなら、罪状が変わるだけで、お前の身柄をアズカバンに引き渡さなければならなくなる。ちなみに言えば、世間にはお前が再逮捕されたとしか報道されないだろう。こいつの罪は明らかにされず、極悪人シリウス・ブラックに追い詰められて勇敢に戦って死んだピーター・ペティグリューとなるだけだ。逆に、お前がハリーを選ぶと言うのなら、こいつの身柄をファッジに引き渡し、真実を明らかにする。裏切り者は誰なのか公表する。お前は誤認逮捕だったとされ、多少面倒ごとはあっても次の夏休みあたりにはハリーのことを迎えにくることも可能になるかもしれない。つまり、これはハリーが望めばだが、ハリーの保護者になることだってできるということだ。名付け親殿」
一息に言い切った俺に、ハリーとシリウスはお互いになんとも言えない顔で、顔を見合わせた。
「俺としてはどちらでもいいが?」
「ぼ、僕は!殺して欲しくない!その、あ、あなたがいいのなら、だけど、一緒に暮らせるなら、暮らしたい!」
「だ、そうだ」
「それに父さんたちは、親友が殺人者になることは望まないはずだ」
シリウスは何かに耐えるように唸りながら目をつぶったが、やがて力を抜き頷いた。
「わかった」
「決まりだ」
俺は杖を振ると、ピーターを縛り上げた。