笹山くんちの千歳茶

姉さん、茶を啜る

「はい、到着!」
「ありがとうございます!」

主が縄を引き馬を止めたので、私はその横で兵太夫様を抱え地に降ろした。こんな私に頭を下げ礼を言うとは、きっと笹山の教育がいいからだろう。

「雪、私此処で待ってるから、後輩に逢ってくれば?」
「いいえとんもでない。主の側を離れるなど」
「飛鳥姉さんも来ればいいじゃないですか」
「その手があったわうっかり」

「あー!団蔵おはよ!」
「おはよー兵ちゃん!」

主は手綱を木に結び馬の面を撫でて兵太夫様と手を繋いで学園へ向かった。門への一本道は生徒が多いだろうからと兵太夫様を少し離れた場所で降ろすと仰っていたが、その判断はどうやら正しかったようだ。丁度登校時なのか、門への道は生徒たちでいっぱいだった。兵太夫様は先に駆け出し馬借の様な恰好をしたご友人を見つけ手を打ち合わせた後、誰かを探すように門から中をキョロキョロと覗き込んだ。そしてその人物を見つけたのか、笑顔で中に入り、誰かの腕を引き戻ってこられた。

「立花先輩、宗方お雪さんて知ってます?」
「宗方お雪…?まさか宗方藤次雪乃丞先輩か!?」

「仙蔵…!」
「雪乃丞先輩!?」

「あー立花くん久しぶり!」
「兵太夫の姉上ではありませんか…!な、こ、此れは一体…!?」

どうやら兵太夫様は何も伝えずにただ仙蔵の腕を引っ張って来ただけのようで、私の姿を見る度目を大きく見開いて驚いていた。主とも面識があるのか。まぁ弟君の委員会の委員長ともあれば一度ぐらい接触していてもおかしくはないだろうが。お久しぶりですと抱き着いたその体は私が此処を育つときとはずいぶん変わっていた。あまりにも大きくなっていた。今は何をという問いかけに、あの武家に仕えていたという話はしたくなく、「命の危機に笹山の家に拾われた」とだけ言っておいた。先輩として見せていた背中。それが悪名高い場所に就職したなんて話は、こいつには聞かせたくなかった。

「そうだったんですか。私の後輩の家に先輩がいるなど、なんとも奇妙な」
「本当にな。だが私は今とても幸せだ。安心してくれ。お前も就職活動頑張れよ。文次郎にもよろしく」
「はい!ありがとうございます!」

これまで何人もの同胞たちの訃報を聞いてきた。それは後輩の耳にも風に乗り届いていたのか、私が生きていたという事に心底嬉しそうにしてくれていた。一度私の訃報を聞いた時があったそうだが、どうも誤報だったらしい。仙蔵は最初から信じてはいなかったようだが。たった一年しか共に居なかったがそこまで大事に思われているとは先輩冥利に尽きる。あの時の仙蔵を兵太夫様とするなら、仙蔵が私と言ったところか。たった一年されど一年。兵太夫様に教えられることは全て伝えよと言うと、卒業しても尚先輩風を吹かす私の命令に頭を下げた。

「飛鳥さん、学園長先生には?」
「ううん今日はいいや。加藤村に行く用事があるから」
「そうですか。ではまた茶でも」
「いいねぇ。じゃぁ、また来るね。じゃぁね兵太夫!また連絡ちょうだいね!」

「はい!行ってきます!お雪さんも行ってきますね!」
「行ってらっしゃいませ」

主は兵太夫様の頭を撫でると手を振り馬のいる場所へ歩き始めた。私も一礼し、兵太夫様の御武運を祈りながら主の背を追いかけた。愛おしい後輩に逢えた。なんて嬉しい事か。


「さて行こうかお雪。目指すは馬借の住む村、加藤村だよ」
「お供いたします」


私の手に足をかけ馬に跨り、主は森の中へと駆け抜けて行った。なるほど、獣道を行くとは。

「これは縮地の術ですな」
「そう!兵太夫から教えてもらって!慣れると案外獣道も楽しいもんね」
「飛鳥様の馬の腕があってこそですよ」
「煽てたって何も出ないんだからね」

事実、主は鐙に力を入れ体勢を崩すことなく、馬を遮る木の枝を薙刀を振り回し斬り落としていきながら進んでいた。花と茶の女とは大違い。武芸にも身を入れる笹山の飛鳥様のなんとお美しい事か。私には到底及ばぬ腕だ。こんな素晴らしい御人を、私はあんな家に嫁げと言っていたのか。なんと無礼極まりない事か。此の血は容易く渡してはいけない血だ。


おそらく先ほどから私たちを付けている連中は、木越家の人間だろう。主は気付いておられないようだが。


森を抜けた先は平地。此処からはゆっくり向かうらしく、私も横を歩きながらついて行った。とはいえあっという間に到着した。其処は本当に馬借だけの村のようにも見えるほど、見渡す限りの馬、馬、馬。上手から降りて手綱を私に預けた主は、中へ入るや否や「清八」という男の名を呼んだ。奥から出てきたのも馬借。奴が「清八」とやらか。

「お久しぶりです飛鳥さん!」
「この間はすいませんでしたー。今お暇ですか?」
「えぇ、丁度休憩中です!お茶でも…って、……えぇっと、」

「あ、紹介しますね。笹山の忍になったお雪です」
「雪と」
「初めまして雪さん!清八と言います!」

「私の馬、神金高速号はこの村出身で、此処は兵太夫が朝挨拶してた馬借スタイルの子の村だよ」
「…あぁあの!」

「飛鳥さん、若旦那にお逢いしたんですか!」
「えぇ、今朝ちょっとだけ」

どうやら主はこの村の存在と、清八という者を私に紹介したかったらしい。なんでも笹山の家に馬を寄越してくれる関係の村なんだとか。通りで兵太夫様は馬借の格好をしたご友人がおられるわけだ。というか、彼は馬借の家なのに忍の学園に通うのか。昔は生粋の戦闘民族のような連中ばかりが集まっていたが、学園も随分変わったというわけか。

主は以前この清八という者との茶の誘いを断ったことを気にしていたらしく、今日は改めてその約束を果たしに来たらしい。茶とはいっても主は清八という者と同年代らしく、話す内容は世間話ばかりだと仰っていた。時に己の弟君と主の話をしたり。親ばかの様に自慢しあっては茶を啜るんだという。

「飛鳥様、少々席を離れます」

「うん解った。私此処にいるからね」
「あ、急ぎですか?」
「いえいえ、お雪の私用ですから」

主のあの言い方。気付いていたのか。私は重ね重ね情けない。もっと早く始末しておくべきであった。加藤村から出て少し離れた場所。山の麓まで歩くと、黒い影四つに四方を囲まれた。



「俺は木越家を捨てた。今は笹山に仕える身だ。二度と俺の前に現れるな」



「照彦様の御命令を忘れるとは愚かなり。笹山の一女を拐せぬというのならば自害せよとの御命令を忘れたのか」
「私は一度飛鳥様に殺された。故に今の私はあの時の私ではない。笹山に仕える宗方藤次雪乃丞だ」
「戯言を…。我らは照彦様の御命令により笹山飛鳥を攫い貴様を抜け忍とみなし始末しに来た。覚悟するがよい」
「寝言は寝てから申す物だ。例え私を殺せたとしても、飛鳥様を攫う事などできるわけがない!!」

やはり後を付けて来ていたのは木越家の人間だった。私が叫んだのを合図に四方からクナイが飛んできた。上に飛べばガキンと鈍い音が響き、武器による追撃がきた。少し前までは仲間として共に仕事をしていた身。だが今は違う。私は笹山方。この連中は、もう中までもなんでもない。敵だ。飛鳥様の身を狙う賊とも言うべきだろう。まず私を殺してから飛鳥様の元へ行く気か。薙刀を持っているとはいえまとめて四人とは不利だ。こんな連中を、飛鳥様の元へ行かせるわけにはいかない。兵太夫様に、叱られてしまう。


「ぐっ、あぁああ…っ!!」

「失せろ!!二度と笹山に近づくな!!」


同胞の腕を一つ斬り落とせば、怯んだ敵方は何を言うわけでもなく、静かに私のまわりから消えた。飛鳥様が結婚を望まれないのならそれに従うのみ。木越家との話は破談だ。二度と、二度とあんな家に近寄らせるわけにはいかない。


「それで兵太夫が私のことをー…って、おかえりお雪。終わった?」
「っ、はい。滞りなく」

「えっ、ほらやっぱり何かあったんじゃ…!」
「あははは清八さん心配しすぎですってば!何もないですよ!ねぇお雪!」
「勿論でございます」
「ほ、本当ですか?なら雪さんの分もお茶淹れてきますね!」


此の笹山の花は私が守ると心に誓おう。


「お雪もお茶頂こうよ。こっちおいで」
「では遠慮なく」


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