笹山くんちの千歳茶

姉さん、説得する

「忍を飼うなんて馬鹿な事をいうんじゃない!!」
「それも見合いを断った相手方の元忍だなんて!あなたいったい何を考えてるの!!」

「うっは、めっちゃ怒られてる私」

父さんと母さんの怒鳴り声は飛鳥姉さんにばかりとんでいき、姉さんの背を見つめる僕の横で、お雪さんはずっと土下座の様に頭を下げていた。飛鳥姉さんが怒られるのも無理はない。ただいまと入口で言って出迎えてくれた母は、姉さんと僕の後ろについてきたお雪さんを指差してよそ者は去れと叫んだ。それを飛鳥姉さんはまぁまぁ話をと宥めたが、内容が内容なだけに父さんも母さんも一歩も譲らずお雪さんの存在を認めようとはしなかった。

「武家である笹山の家に、忍など不要に決まっているだろう!!」

そして変わらず、僕という存在を認めようともしなかった。

「父上、お言葉を返すようですがその言い方では兵太夫の悪口にもなりかねますが」
「武家に生まれ長男でありながら忍を志す者などへの何が悪口か!」
「あ、今触れてはいけないことに触れましたね父上」
「何を父に向かって刃を向けるか飛鳥!!」

父さんの言葉の矛先がお雪さんと僕になってしまうと、さっきまで大人しく説教を聞いていた飛鳥姉さんは一変。横に置いておいた愛薙刀を手に掴み音もなく立ち上がり、切先を父さんに向けて構えた。父さんも何をこなくそと脇差を抜いた。僕の悪口となると姉さんはいつもこうだ。何もためらわず僕を悪く言った父さんや母さんや、周りの家の人間に躊躇なく刃を向ける。あぁまた始まったと僕が呆れたような顔をすると、お雪さんはこの状況はもちろん初めての事なので、「どうお止めすれば!?」と僕の袖を掴んで泣きそうな顔をしていた。

「止まらないですよ、こうなった飛鳥姉さんは」
「し、しかし仮にも娘が笹山家の頭に刃を向けるなど…!」
「いつものことですから気にしないでください」
「そうは言われましても…!」

「飛鳥姉さん!僕気にしてませんから!!」
「あ、そう?じゃぁまぁいいか」

薙刀を構える飛鳥姉さんの腰に抱き着きそう言うと、姉さんは薙刀を下し、そのまま僕の頭を撫でた。

「小屋と餌は私が用意します。躾けもきちんとしますので、どうぞ父上と母上はお雪の事など気にせずお過ごしくださいませ」

「こら飛鳥!」
「まだ話は終わってないわよ!」

「終わったよ!もう終わり!これ以上兵太夫との時間削らせないで!」

さぁおいでと僕の手を握り、飛鳥姉さんと僕はお雪さんを引き連れ父さんの部屋から出て行った。襖を閉めてから聞こえる大きな大きなため息は、きっと母さんからだろう。部屋に戻ると団子とお茶の用意ができていて、僭越ながらとお雪さんがお茶をたててくださった。団子はさっき外で買ってきたヤツ。美味しそうだと言ったらお雪さんが買ってくれた。

「…しかし主、私の様な者如きにあそこまで…」
「何を言ってるの、もうこれで立派な笹山の一員じゃない。ねぇ兵太夫」
「そうですよ!僕にお兄ちゃんができたみたいで嬉しいです!」

「言っておくけどお雪、兵太夫が可愛いからって手を出したら殺すわよ」
「は、はい、肝に銘じておきます」

どうぞと差し出されたお茶に口をつけた。庄ちゃんが淹れてくれるお茶ぐらい美味しい。

「お雪は兵太夫がいない間、兵太夫のお部屋を使うと良いわ」
「何を!?」
「あー!それいいですね!僕の部屋からくりいっぱいで、留守にしてると父さんと母さんに撤去されちゃうんですよ!」

忍を志すと決めたきっかけであるカラクリ、どうやら父さんも母さんも好きじゃないらしい。あの部屋に仕掛けられたカラクリは、僕が留守の間に撤去されてしまうのだ。飛鳥姉さんが家にいる時は守ってもらえるけど、忙しくて家にいらっしゃらない時は全部からっぽになってしまう。お雪さんが此処に暮らしてくれて僕の部屋を守ってくれるのなら、こんなに嬉しいことはない!最初は主の弟君の部屋に住むなど!と断固として拒否していたが、これこれこういう理由でと説明し、僕が頭を下げると、頭を下げられては断れないとしぶしぶ了承してくれた。僕のお布団使ってくださいと言うと、お雪さんは眉毛をハノ字に下げて頷かれた。

「さて兵太夫、学園にはいつ帰るの?」
「明後日の朝に出ます!」
「じゃぁ今日はゆっくり休んで、明日は一日中遊ぼうか!川でも海でも山でも町でもどこにでも連れてってあげるから!」
「はい!お雪さんも一緒ですか?」

「私は護衛として、陰からおつき致しますよ」
「あらそんなのつまらないわ。兵太夫だって言ってたでしょう兄ができたようだと。一緒に遊ばないと意味がないわ」
「し、しかし…」

「お雪さん明日は町に行きましょう町に!カラクリの材料いっぱい買いましょう!選んでください!」
「ほら可愛い弟がこう言うのよ。私は財布係。貴方は護衛兼、忍者としての知識を兵太夫に見せてあげる係ね。ハイ決定!」

わーっとわざとらしく手を叩き、僕と飛鳥姉さんは手を合わせ謀が成功した様に悪ぅい笑顔でお雪さんを見つめた。お雪さんもようやくこういう人が次の主なのだなと理解してくれたのか、ほぼ諦めを含んだような顔で「仰せのままに」と頭を下げた。飛鳥姉さんはとっても優しい。それが無理やりだったり手段を択ばないやり方だったとしても、結果的に良い方向へ向かうようにしてくれているのだ。きっとお雪さんも、前の主と違って生き生きできているに違いない。

「明日の予定も決まったことだし、兵太夫表でな!稽古つけてあげる!」
「やったぁ!着替えてきます!」

「お雪もついていきなさい。部屋のカラクリの位置教えてもらいな」
「はい、では一緒に」
「はい!」

着物の帯を落とした飛鳥姉さんを横目に僕らは僕の部屋に向かうことにした。お雪さんとお部屋に入ってそことそことそこととカラクリが発動してしまう場所を一気に教えたが、さすがプロの忍者と言うべきか、一回説明しただけですべての場所を覚えたらしく、部屋の中を進むも、カラクリが発動することは一度としてなかった。

「お雪さんこれ、飛鳥姉さんが僕に買ってくれた本です」
「凄い量ですね。これ全てですか?」
「はい!カラクリとか忍者の歴史とかの本は全部飛鳥姉さんが買ってくれたんです!あとこの着物もそうです!」
「これは素敵な物を」
「稽古用の胴着だって、飛鳥姉さんが買ってくれたんです!」

「…ご両親様からは…」
「…うーん、やっぱり、僕は忍者になりたいから…」

部屋にあるほとんどの物は、飛鳥姉さんが僕の事を可愛い可愛いと言いながらなんでもかんでも無差別に買ってくるものである。たまに見当違いな物を買ってきたりすることもあるけど、僕の事を大事に思ってくれているからこそと思うと、それすらも嬉しくて捨てられない。武士を目指さぬ者に刃は持たせないと言った父さんの代わりに、飛鳥姉さんは町で良い刀を買ってきてくれた。稽古にしか使ってないけど、お前は笹山の子なんだからと、飛鳥姉さんがくれた刀。

「これが僕の一番の宝物です!」

そう言い刀を抜いて見せると、お雪さんはふんわり笑って

「お優しい姉上をお持ちなのですね」

といって、鞘におさめてくださった。僕は飛鳥姉さんが大好き。優しいし、カッコイイし、強いし、それでいてとても美しい。

「僕、飛鳥姉さん好きです。だからって飛鳥姉さんに甘えてばっかりじゃいけないってわかってます」
「ほう」
「いつかかならず、飛鳥姉さんだけじゃなくて、父さんも母さんも、僕の事を認めてくれるように頑張るんです!」

姉さんが庭で僕を待っている。稽古する時の袴に刀を差しこむと、お雪さんは僕の変に曲がってしまった腰ひもをぐっと強く結び直してくださった。

「それでは私もお付き合いいたしましょう。笹山に拾われたこの命、いつなんなりとなんでもお申し付けくださいませ」
「はい!じゃぁ一緒に飛鳥姉さんの稽古受けに行きましょう!お雪さんのお力も見てみたいです!」
「では、私もお言葉に甘えて」

「飛鳥姉さん負かす同盟組みましょうよ同盟」
「おやそれはなんとも楽しそうな」

お雪さんの手を握るとお雪さんも力強く握り返してくださった。当たり前だけど、僕は今まで一度も飛鳥姉さんに勝てたことなど無い。でもお雪さんならもしかして、飛鳥姉さんの事を倒せるかもしれない。いや最悪、僕と二人がかりで…。


「おっ、何々?お雪もやる感じ?」
「兵太夫様に誘われまして」
「今日こそ飛鳥姉さんを倒します!お雪さんと同盟組みました!」


「あはははは!よぉしその意気や良し!ではまず、二人まとめてかかって来なさい」


縁側に座っている袴姿の飛鳥姉さんは僕とお雪さんの姿を見て薙刀に手を付けたが、お雪さんもクナイと構えている姿を見て楽しそうに微笑んだ。

「いきますよ飛鳥姉さん!」
「はぁあああ可愛いぃいいいいい!!」

「飛鳥姉さん真面目にやってください!」
「あ、はい」


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