笹山くんちの千歳茶

姉さん、結婚する

「なぁ、兵太夫のお姉さんてどんな人なんだ?」
「へ?」
「この間、お前を馬に乗せていた所を見たが、女の人が袴姿で薙刀を背負うなんて、普通じゃないだろう」
「あぁ、伝七見てたの」

「お前の家は武家だったよな」
「うん、飛鳥姉さんが、僕の代わりに笹山を継ぐんだって」

学園について早数日。飛鳥姉さんは変わらず元気にしているだろうか。一緒に来てくれたお雪さんも、しっかり僕の部屋守ってくれているかなぁ。

先輩たちが作法委員会の斜影先生のところへ行っているらしく、僕らは委員会室でお留守番。おそらく生首フィギュアの移動とかをしているんだろう。僕と伝七はまだちょっと怖くて気持ち悪いと思うから、お留守番させられているのかもしれない。早く慣れたい気持ちはあるけど、でもやっぱりあれは気持ち悪い。立花先輩の化粧の腕があってもダメみたい。伝七と僕は待っている間に今日出た宿題を終わらせていたのだが、ふとした時に伝七が口を開いた。そういえば、伝七を飛鳥姉さんにあわせた記憶がない。クラスが違うとはいえ委員会は一緒なのだから、今度飛鳥姉さんにあわせてあげよう。

「…姉さんてことは、女性なんだろう?武家を女が継ぐのか?」
「うん、飛鳥姉さんはそう言ってた。女が三つ指ついて男に従う時代はとうに終わったって」
「カッコいい事言うな。お前とは大違いだ」
「なんでだよ!僕だって飛鳥姉さんの弟だぞ!」
「姉が良くても弟がこれじゃぁ、飛鳥さんとやらに同情するよ」

ハッと鼻で哂って、伝七は再び筆を持ち直した。

「…だけど、女が武家を継ぐなんて、普通じゃないだろ」
「でも飛鳥姉さんは笹山を守るって」
「武家は男じゃないと継げないよ」
「その時代が終わったって言ってたんだよ」

「解ってないなぁ。兵太夫も兵太夫のお姉さんも。今この時代でいくつ戦が起こっていると思っているんだよ。今僕と兵太夫が喋っているこの間にも、別の場所で新しい戦が勃発しているほど、今は平和な世の中じゃない。そんな時に武家を女が継ぐなんて聞いたことがない。そんなことをしたら笹山は今に潰れるぞ」

ただ先輩方を待っている間に喋っていただけ。たったそれだけの時間だったのに、今の伝七に言葉についカチンときてしまって、僕は伝七の胸ぐらを掴んで床にたたきつけていた。


「いっ…!なにすんだよ!」
「僕の悪口ならいくらでも言えばいいだろ!だけど僕の代わりに笹山の名を守ろうとしている飛鳥姉さんを侮辱することだけは絶対に許さない!!」


「おい!何をしている!藤内!喜八郎!」
「落ち着け兵太夫!」
「どうしたの兵太夫、どうどう」

綾部先輩があと一歩遅く僕の身を伝七から引きはがさなかったら、僕の拳は伝七の顔に届いていた。行き場のなくなった握りしめた拳は綾部先輩に捕まれ、僕の身体は羽交い絞め状態。伝七も浦風先輩に身体を起こされたが、未だに僕を睨んだままだった。

「僕が飛鳥姉さんに迷惑をかけているだってことは自分自身が理解している!それでも飛鳥姉さんは僕の背を押してくれた!だから僕は此処にいるんだ!」
「僕は何も間違えたことは言ってない!だったらお前が笹山を継げばいいだろ!」
「伝七は間違えてる!僕は笹山に身を捧げる飛鳥姉さんを守るために力と知識をつけているんだ!笹山は安泰だ!飛鳥姉さんがいるんだから!」

「こんなご時世に女が家を守れるわけないだろ!長男が継がない家なんて力の強い家と結婚するのが落ちだ!」
「やめろ!やめろ!やめろよ!僕の飛鳥姉さんを馬鹿にするやつは絶対に許さない!!」

「伝七も兵太夫ももうやめろ!一体何があったんだ!」

いまにも飛びかかりそうな勢いで綾部先輩の腕の中で暴れる僕。綾部先輩の力は意外と強くて、一向に外れそうになかった。伝七も僕を睨んだまま、まだ逆らってくる。伝七なんかに何が解る。伝七なんかに、笹山の何が解る。僕が絡繰りに夢中になって、もっと知識を付けたいといって、それで背を押してくれたのは飛鳥姉さんただ一人だった。両親が反対しようと、飛鳥姉さんが家を守ると言ってくれたから、だから両親も折れてくれた。だから僕は今忍術学園に通う事ができている。それなのに、飛鳥姉さんじゃ笹山は潰れるだなんて。なんでそんな酷い事が言えるんだ。飛鳥姉さんは誰よりも強く、逞しく、それでいてカッコよくて美しい。側にはお雪さんだっている。これだけ完璧なのに、何が不安なんだ。女である飛鳥姉さんが家を継ぐ。それで十分じゃないか。笹山が潰れる理由になんてなるわけがない。

「離してください…!」
「兵太夫っ、」

お先に失礼しますと頭を下げて、僕は委員会を早退して部屋に戻った。まだ委員会中なのか、三治郎は戻ってきていない。独りぼっちの部屋で、気付いたらぼろりと大きな涙を床に落としてしまった。解ってる。笹山の家に男は僕だけ。家は武家なんだから、本当だったら僕が継がなきゃいけないってことは重々承知している。小さい頃はそれに何の疑問も持たなかった。僕が笹山を守ることになるのだと。だけど、本で出会ってしまった絡繰りという存在。心から魅かれ、その日からそればかりが頭をよぎっていた。親はそれに少しずつ反対してきたが、噂で聞いた忍術学園という場所に通いたいと僕が口にしたその日から、父さんと母さんは僕を「武家」というものに縛り付けようとした。だけど、その中で、飛鳥姉さんだけが、「やりたいことがあるなら、それをやればいいじゃない」と言って頭を撫でてくださった。本当に嬉しかった。父さんと母さんが反対していたのに、飛鳥姉さんが僕のために説得までしてくれた。でも伝七の言うとおり。武家に生まれた女は武家に嫁ぐのが暗黙のルールの様な物。飛鳥姉さんだって何処かのお嫁さんにいくはずだった。だけど飛鳥姉さんは、僕のために、己の人生を笹山に捧げることを決めた。飛鳥姉さんぐらいの年齢の女性はみんな結婚している。だけど飛鳥姉さんは未だに薙刀を振り下ろしては町に蔓延る悪を成敗し、笹山に仇成す者を蹴散らしている。お雪さんという新しい部下もできた。笹山は、今、飛鳥姉さんに守られていると言っても過言ではない。

「あっ、兵太夫戻ってたんだ!早かったねぇ!」
「っ!うん!おかえり三治郎!」
「夕飯食べに行こう!今日はからあげ定食だって!」
「やった!行こう行こう!」

後ろから聞こえた三治郎の声に、急いで涙を拭い、三治郎の横を並んで食堂へ向かった。

「あっ…」
「……行こう三治郎」

「えっ…何?伝七と喧嘩でもしたの?」
「知らない。早く食べよ」

立花先輩の横を歩いていた伝七が僕に何か言いたそうな顔をしていたけど、僕はそれを無視して食堂へ入った。いつもい組にはいじめられてばっかりだけど、今度ばっかりは訳が違う。家を、飛鳥姉さんを馬鹿にされた。絶対に許してやんない。後ろから立花先輩のため息が聞こえたから、多分伝七は立花先輩に説教でもされたんだろう。ざまあみろ。

「ねぇ、清八がね、飛鳥さんのために簪選んでたんだって、父ちゃんから聞いたんだ」
「ねぇやっぱり清八さんて飛鳥姉さんの事好きでしょ」
「いやむしろそれしかないでしょ」
「やっぱそうだよね僕もそうだと思ってたんだ」

「でさ、緑の玉の簪を買ったらしいんだけど…」
「飛鳥姉さん簪好きじゃないよ。薙刀しているときに飛んでっちゃうからすぐ壊れるツラいって、いつも髪ひもで結ってる」
「あー!清八のバカー!!」

家を守るために、女は武家に嫁ぐ。そんなの誰が決めたって言うんだ。この間の見合いもそうだ。飛鳥姉さんが望む様な相手じゃないのなら、絶対に結婚なんてしてほしくない。姉さんが家のためにあの身を知らぬ家に嫁がせると言うのなら、だったら家の事なんて気にしないで、好きな人と一緒になって欲しい。僕的には清八さんとかおすすめ。清八さんは良い人だって知ってるし、清八さんも飛鳥姉さんの事絶対好きだし。兵庫水軍の人たちはダメ。いつ水難事故にあっちゃうかわかんないから。

僕の我儘で、飛鳥姉さんにはたくさん迷惑をかけた。

だから、僕は飛鳥姉さんの事を守れるような力を付けたい。

それで、大好きな絡繰りで、飛鳥姉さんと一緒に笹山を守りたい。

飛鳥姉さんの影で、飛鳥姉さんが幸せになるように、守ってあげたい。









飛鳥姉さんが幸せになる道を選んでくれるなら、それでいいと思ってた。


事が動いたのは、そう遠い話ではなかった。









「っ!!誰だ!!」
「お久しぶりです土井先生、宗方です」
「…なっ!?雪乃丞か…!?」

「お雪さん!?」
「兵太夫様!火急の知らせが!」
「どうしたんですか!?ま、まさか飛鳥姉さんに何か…!」






「そ、それが…!飛鳥様が、木越家への輿入れを決められた次第に御座います…!」

「……………はぁ!?」


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