笹山くんちの千歳茶

姉さん、啖呵を切る

「ごちそうさまでした!」
「私もごちそうさまでしたぁ」

「……まさか主に馳走になってしまうなど…」
「あぁいいからいいから、そんな堅苦しい事気にしないで。私が奢りたくて奢ってるんだから」

そう言い手をひらひらさせる飛鳥姉さんは、横を通り過ぎていったお姉さんの裾を掴んで、お勘定と言って金を渡した。食後の甘味は別の店でと言い立ち上がったので、僕もお雪さんも御馳走様でしたと言い立ち上がった。

店から出るとさっきよりも少々人が多く行きかっていて、飛鳥姉さんは知り合いの顔を見るたびやぁと挨拶しては僕とお雪さんを紹介して知り合いであろうその人と別れた。飛鳥姉さんは去年まで、笹山の家は長男である僕が継ぐと思っていたから、あまり社交的に外に出るような御人ではなかった。女は嫁いでやや子を産み、育てては男のために死ぬ。それが武家に生まれた女の運命なのだと、母さんに言われ続けて来ていたからだ。飛鳥姉さんはそれを嫌だと言ったこともなかったし、反抗することもなかった。全てお前に託すと、飛鳥姉さんはいつも厳しい稽古をしている僕を甘やかしては可愛がってくれていた。無理はするなと。甘えたいときは甘えればいいと。

「やぁ幸助さん、こちら前に話した私の弟と、それからこっちは新しい家族。お雪というんだ」
「ほう!飛鳥の愛弟と相見えるとはなんと光栄か!高倉次郎幸助じゃ!」
「はじめまして!笹山兵太夫です!」

「がははは!これは元気がいい童子じゃのう!それにしても笹山の家が忍を飼うとは…」
「いやぁこれは拾ったんですよ。元気がいい犬なのに檻に閉じ込められていてね」
「それはそれは。お雪とやら、良い主に拾われたな!精進せよ!」
「は、はい。命を懸けて笹山をお守り致します」

眉毛の太いお侍さんはにかりと笑い僕の頭をがしがしと撫でて、下駄を鳴らして歩いて行った。

「飛鳥様、高倉って、あの高倉家の御方でございますか…!?」
「そう。この間川で溺れてるところを助けたら高倉家の者だってその後知ってね。いまじゃ幸助さん、部下の人の引き連れずにうちに茶を飲みに来る、所謂友達ってやつだよ。なんでも足滑らせたんだとさ」

鼻歌交じりに歩いて行く飛鳥姉さんの背中に信じられないとつぶやくお雪さん。そんなに凄い御人なのですかと問うと、高倉という家は代々とある城に仕えている家で、この間の大きい戦で一番手柄をとった凄い家だと、お雪さんは冷や汗を流して教えてくれた。今度は逆にお雪さんから、笹山はそんな凄い家と繋がっているのですかと聞かれてしまったけれど、僕だってそんなの初耳だ。笹山は武家の家だというのは知っている。だけど、どこの城に仕えているのかは、僕が10歳の誕生日に教えてもらえる予定だった。だけど僕はその日、忍術学園に通いたいと両親に言ってしまった。噂で聞いた、忍者が育つ場所。僕は其処で、本で知った「カラクリ」というものについて学びたいと思っていた。両親は激怒して反対したけれど、唯一背中を押してくれたのは、飛鳥姉さんだった。

「僕、10歳になる前に忍術学園に通う事にしたから、笹山っていう名前については詳しく知らないんです」
「ご自分の家なのに、ですか?」
「はい。武士にならないのなら僕は笹山にいないも同然の扱い受けちゃって。だけど飛鳥姉さんだけは僕の事、こうやって大事にしてくれるから、とっても嬉しいんです!」

飛鳥姉さんより大きい身長をしているお雪さんと手を繋いで、先を歩いて行った飛鳥姉さんを追いかけた。なんだかお兄ちゃんができたみたいでくすぐったい。

「これからはお雪さんも笹山の人間ですね!」
「……笹山現頭首が私という存在を認めてくださるか…」
「何言ってんですか!飛鳥姉さんがついているんだから大丈夫に決まっているではありませんか!」

「そうよ!私がいるというのにそんな弱音吐いて!兵太夫に陰気が移ったらどうしてくれんの!もっと背筋を伸ばしなさい!」

「い"っ…!は、はい!!」

いつの間にか僕らの処へ戻ってきていた飛鳥姉さんはお雪さんの背中をバシンと叩いて気合を入れさせた。同時に僕の左手を握る力がぎゅっと強くなる。そんなに痛かったのか。……飛鳥姉さん、そんなに力付けたのか…。知らなかった…。どんどんお強くなっているんだろうなぁ…。今の僕じゃまだまだ歯が立たないんだろうなぁ。いつか飛鳥姉さんだって守れるぐらい強くなりたいなぁ。

「おっと、ごめんなさいよそ見していて」
「こちらこそ」

飛鳥姉さんがくるりと振り向いて先に進もうとしたその時、正面から歩いてきた二人組の男とぶつかってしまった。ぼふっと男の胸に顔面をぶつけてしまった飛鳥姉さんは鼻を押さえながら頭を下げ、男の人たちも小さく会釈して過ぎ去っていった。

だけど、お雪さんだけは、僕の手を離し血相を変えて男の正面に回り、首筋にクナイを当てた。

「なっ!?」

「お、お雪!?」
「お雪さん!?」

「行かせぬぞ下郎。我が主の懐から盗んだ物を返してもらおう」

お雪さんのその言葉を聞いて、飛鳥姉さんは僕から手を離して懐をへ手を入れ、血の気を引かせたように振りから手を入れ、ばしばしと腹から胸元を叩いた。あぁっ!と声を漏らし男の首根っこを掴みその場にはっ倒し、懐に手を突っ込むと、見慣れた藍色の財布が出てきた。あれ、飛鳥姉さんに僕が送ったお財布だ。

「スリかあんたたち!許さんぞ下郎!」
「くそっ!バレたか!」

腹に跨った飛鳥姉さんは男の人にどかすように突き飛ばされ、お雪さんに身体を支えられ転ぶことはなかった。大丈夫ですかと飛鳥姉さんの着物を掴むと、飛鳥姉さんは財布を僕の懐にしまって、僕の腰にぶら下がっていた刀を抜き取った。

「おいおいおい、その刀の紋、まさか笹山の一女か!」
「クナイなんて持った男を引き連れやがって。武家が忍を飼うとは笑いものよなぁ!」

「貴、様…!それ以上主を侮辱すると…!」
「いい、雪乃丞、下がりなさい。此処は私が相手をする」
「飛鳥姉さん…」
「兵太夫、良い子だから下がっておいで」

お侍さんか武士の人かと思ったけど、相手はただの盗人だった。雪乃丞姉さんのあの顔、怒っているときの顔だ。父さんと母さんが僕の忍術学園行きを断固として反対して説教をしてきたとき、止めに入った時の顔とおんなじ。笑顔なんてひとかけらも見えない。

下がれと言われたお雪さんは大人しく僕を抱えて後ろに下がるも、右手はクナイを構えたままだ。

道の真ん中でこんなことをしていたからか、周りに随分と人が集まってきてしまった。少々恥ずかし気もするが、大きな男が二人、そしてそれに刀を構える着物の女が一人。勝敗は目に見えているといった様子で町の人たちは面白半分に見つめているが、おそらく僕が確信している勝敗とは真逆を考えている事だろう。飛鳥姉さんは強い。今は薙刀じゃないけど、刀だからって、負けるわけがない。

一歩先に出たのは向こうで、大きく振りかぶった刀をひらりと避けては、飛鳥姉さんは刃を上にして刀身で男の両肩を力いっぱい叩いた。まるでいつも金吾がやってる刀の稽古みたいだ。ドスッと二回重い音が鳴って、男の人は一人、肩を押さえて地に倒れた。斬れてない。だって刃は上を向いていたのだから。

「型がなってない!次!!」

ビッと風を斬った飛鳥姉さんに町の人たちは息を飲んで驚いた。まさかといった顔。大男一人を、斬ることなく地に伏せさせたのだ。驚かないはずがない。この野郎!と叫んで斬りかかってきたもう一人は少しは腕の立つ人のようで、キンキンと飛鳥姉さんと斬りあいをはじめた。だけど、飛鳥姉さんは至って冷静そうな顔だ。どうやって隙を突こうかと伺っている目。一瞬大きく開かれた目。今だと思ったその瞬間、飛鳥姉さんは脇腹に思いきり刀を叩きつけた。もちろん、刃は外を向いていて、男の人は斬られていない。飛鳥姉さんは血を一滴も流すことなく、自分よりも大きい大男を二人仕留めてしまった。目の前で起きたまさかの逆転劇。飛鳥姉さんを知らない人は口をあけてぽかんと飛鳥姉さんに目を奪われ、さっきの幸助さんをはじめ、周りにいた飛鳥姉さんを知っているであろう御人は「天晴笹山の!」と言って拍手を送った。

「…こんなに、お強い主だったとは…」
「だって飛鳥姉さんは、笹山を護るって言ってましたから!」

乱れた息を整え、飛鳥姉さんは刀を鞘に納めて倒れこむ男二人の目の前に立ち、刀の柄頭に刻まれた笹山の紋を突き出した。

「これが笹山の御紋だ。いずれ広がる笹山の紋だ。今この場でその目にしかと焼き付け、そしてこの紋に刃向ったことを後悔するがいい。女だからと甘く見たな。力で負ける男など、女を馬鹿にする資格など無いわ!!」

勢いよく啖呵を切った飛鳥姉さんのお姿に、男の人も、そしてお雪さんもごくりと唾を鳴らした。これが、今の笹山を護る姿。



「兵太夫!私の背を見ておきなさい!これが笹山を護る武士の姿だ!女が刃を振るう時は目の前だ!力を付けずにのさばり続ける男に、女が三つ指ついて従う時代はとうに終わった!私は笹山の名を継ぐ武士となる!男のために死ぬなど馬鹿げている!家のために生き、家のために血を流し、私は家のために散る武士となる!覚えておきなさい!男だろうと女だろうと!この世は力と頭さえあれば、何処までも高みへ上り詰めることができるのだということを!!」



男じゃなければ家は継げない。飛鳥姉さんはその仕来りを壊すつもりでおられるのだ。僕が継がないというのなら、笹山を継ぐのは自分だと、飛鳥姉さんは刃をふるっている。誰も、止める理由なんてないはずだ。

「だからお前は、家の事なんて心配しないで、一生懸命忍者の勉強をしなさい」


風に揺れた千歳茶は

「…っ、はい!」
「うん!兵太夫はいい子だね!」

僕の頭を撫でて

「兵太夫は私の自慢の弟だよ!」

いつもの笑顔で、そう言ってくださった。


「お雪さん、僕、飛鳥姉さんがとっても自慢です!」
「私も、このような主に拾われて幸せでございます」


「ほらスリのお兄さん方、お詫びに団子三人前奢りなさいよ。餡蜜でもいいわよ」
「へ、へい…!」
「よ、喜んで…!」


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