「おい、留三郎」
「あ?その声は、文次郎か?」

「え?もんじろう?」

涙を拭う翔子さんは、襖の向こうから聞こえる声に、そして俺が発した名前にビクリと身体を反応させた。あぁ、そういえば彼女にはまだ彼女の仲間と同じ名前の人間が此処にいるという紹介をしていなかったな。

あの日は小平太を宥めることに全員が必死だった。他のやつ等はもんじろうを見て殆ど理解をしてはくれたが、小平太だけは最後まで彼女をくのいちと疑ってかかっていたのだ。

「あの、よぉ、」
「なんだ気持ち悪ぃ入ってこいよ」
「い、いいから!お前がこっちに来い!」
「なんなんだよ一体…」

翔子さんが泣いたことに反応して起きたとめは、さっき俺の膝から彼女の膝へと移動したのだ。立ち上がることに問題はないが、こいつに使われるのが腹が立つ。

すいませんと一言、彼女に声をかけ俺はそこを立つ。いいえと彼女は首を振り、膝の上にいるとめの頭を撫でていた。


「何なんだよ一体」
「ほらよ」
「あ?」

文次郎が手にしていたのは、今町で一番美味いと噂になっている店の、饅頭の包みであった。


「なんだ?」
「バ、バカタレ!お前が買って来いと言ったんだろう!」

もう忘れたのか!と突然キレ始めた文次郎を見て、そういえばと思い出す。
もんじろうは饅頭が好きなのだと先日翔子さんから話を聞いたのだった。足を療養中の俺はまだ学園外に出ていいという許可をもらえていない(伊作からだが)。ここまで運んでくれてあの時俺と翔子さんと庇ってくれたのだ。これはなんとか礼をしなければならないと、町に買い物に行くと言っていた文次郎についでにと買い物を頼んだのであった。


「あぁ、そういえば」
「本当に、…あの、やたらでかい生き物の…好物なのか」
「あぁ、彼女はそう言ってる。あいつはお前と同じ、「もんじろう」という名前だそうだ」
「何ィ!?」
「会ってみればいいだろう、翔子さん!」

「はーい?」

「な、やめんか貴様!」

今だ饅頭を持つ文次郎の腕を引き、俺は自室へ文次郎を引き入れた。突然のことに何がなんだかわからないという顔をしている翔子さんと、彼女の背に隠れるとめ。文次郎の顔が怖いからビビったんだよな、よしよし。

「こいつは、潮江文次郎といいます」
「…も、もんじろう!?」
「えぇ、あいつと同じ名前です」
「えぇ!もんじろうとも同じ名前の人がいたんですか!?」

俺と彼女の会話についていけない文次郎の視線の先は、翔子さんかとめだ。とめはチラリと此方を見つめてはいるが、いかんせん文次郎の隈が怖いのだろう、歩み寄っては来ない。

「…はじめ、まして、ではないか。…潮江文次郎だ」
「あ、これはどうもご丁寧に。翔子と申します」

あれから何日かたったが、六年生は最近連続実習を終えたところで、あまり関わることがなかったのだ。二人がここまで接触するのは始めてである。

「こいつが、もんじろうのために饅頭を買ってたんです」
「え!」
「な、お前が買って来いというから!」
「本当ですか!?もんじろうはお饅頭が大好きなんです!嬉しい!ありがとうございます!」

饅頭という言葉に、とめの耳が立つ。お前食い物ならなんでも大好きだな。


「あ、まぁ、その、これを」
「ありがとうございます!すぐもんじろ出しますね!」
「え!?」

文次郎は、あの日もんじろうを見ている。そしてあの怒り狂う姿も見ている。きっと恐怖心しかないだろう。


「もんじろー!」

そう言い、部屋の外にボールを投げるさん。あの眩い光と共に底に現れたのは、相変わらず威厳が凄まじいもんじろうだった。
彼女が庭に降りもんじろうの首に抱きつく。もふもふしていると、徐々にもんじろうの顔も穏やかになっていった。

「もんじろう、あの方は、潮江文次郎さんと言うんだって。貴方と同じ名前だね?」
「!」

やはり彼女とポケモンは言葉が通じているらしい。翔子さんがそう言うと、もんじろうの視線はスッと此方を向いた。

「あなたのためにお饅頭を買ってきてくれたんだって。ちゃんとお礼言って?」
「!!」


文次郎の手元にある風呂敷に、もんじろうの視線が動く。翔子さんの仲間は全員食いしん坊か。もんじろうが近づき、身体が強張る。きっと俺が初めて出会ったときのように、食われるとでも思っているのだろう。大丈夫だ、そいつが今食いたいと思ってるのは饅頭だけだから。

「……食う、か?」
「♪」


風呂敷から饅頭を出し、もんじろうの口元へ持っていく。喜んで口を開くと、あのやたらと長い牙に驚き文次郎の顔がさらに強張る。

「もんじろ、ほら、お礼は?」

饅頭を一つ食い終わり、ペロリと口周りを舐める。その後翔子さんにそういわれ、もんじろうは文次郎の顔に擦り寄り頬を舐めた。突然の行動に驚きを隠せない翔子さんと文次郎。


「うわ、もんじろが懐いた…!」
「え?」
「餌付けかよお前」
「な、違ぇよ!」
「もんじろうが懐くなんて珍しい。彼基本的には私か女性しか相手にしないんです」
「変態かよお前と大違いだな」
「黙れ留三郎テメェ!」

もんじろうの口元、喉元を撫でるとぐるぐると喉を鳴らしながら目を細めた。こいつも、結構ツラい目にあっていたのだと先ほど聞いた話を思い出す。

「おい文次郎」
「何だ」
「仲良くしてやれよ」
「あ?」

あまり語らない方がいいだろうな。もんじろうに伝わっても、かわいそうだ。俺は先ほどの話を要約し、こいつに矢羽根を送った。暫くすると、撫でる手が止まり、全てを理解してくれたらしい。


「…そうか………」
「…」

忍術学園一、ギンギンに忍者していると言っても、生き物への虐待は許せないのだろう。こいつは心は優しいやつだ。気持ち悪ィから口には出さないが、きっと文次郎はこいつと仲良くしてくれるはずだ。

そして、人間への恨みも、消してくれるはずだ。



こそこそと、耳元で翔子さんに先ほどの話を軽く伝えた、と話すと、

「潮江さん、もしよろしければ、もんじろうと仲良くしてあげてください」

そう、優しい声で言うのであった。



「…あぁ。…おい、……もっと食うか」
「!」



目を輝かせて、もんじろうは縁側に座り頭を撫でていた文次郎の顔を見上げた。


「エーフィ!」
「ぉう!?」



俺の分の饅頭はないのかー!!とでも言うかのごとく文次郎の背中にタックルを決めるとめ。突然の襲撃に耐えられなかった文次郎はそのまま前へと身体がのめり込み、座り込むもんじろうの背へ顔面からダイブするのであった。


ざまぁみろ文次郎。





「こ、こらー!とめさんー!!」
「エーフィィイ!」






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「もんじろう」ゲシュタルトが崩壊

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