「失礼致します。白浜夏子でございます」

「夏子か!待ってたぞ!」
「さぁ入って入って!」

大勢の料理を持った蛞蝓の一番を歩き、稲荷大明神様方のおられる部屋の前へと到着した。
障子を開けられ、料理を蛞蝓たちが運んでいく。蛞蝓たちに羨ましそうな目線を向けられて、私は二人に手を引かれて部屋の中へと入った。



何故…!何故この私がこんなレベルの高い神様のお相手をしなくてはならないんだ…!!!













はぁ!?私が稲荷大明神様方の世話を!?


不破様と鉢屋様直々の御指名だ!


嘘嘘嘘!!そんなことあるわけないじゃん!だって私ただの人間だよ!?


知るか!お前のことを大層気に入られておられる!


ダウト!


嘘ではない!今夜お前は宴会場へ来んでいい!お二人のお相手をするんだ!


無理だって兄役!!!見捨てないで!!!!あ、兄役ぅうううう!!!











「なんだ夏子、随分緊張しているようだな」
「ふ、普通緊張しますよ…!神様のお相手なんて…!」

「宴会場にいるんじゃなかったのかい?」
「りょ、料理を運んだりするだけでしたから…」


そう、私は人間だから、あまり神様方に近寄りはしなかった。

神様だって、人間に側にいて欲しいとは思っていないだろう。
私が思うに、神様という存在は、昔の人間の勝手なエゴで作られた存在だと思っている。

飢饉が続けば、それをなんとかするための神様を創造して、
不況が続けば、それをなんとかするための神様を創造する。

そんな人間のエゴで作られて、しかも、今のヒトというものは、神様という存在を軽く見ている。

稲荷大明神様方の仰られるように、村の平和を守って欲しいがために作った神社を、開発という名で取り壊そうとしていたりした。


勝手に作り、勝手に壊して、祟りがあれば、神を恨む。



……別に私が人間を代表している存在ではないのだが、これではなんとも申し訳ないではないか。


たまにおしら様やオオトリ様のように、私を気に入ってくださっている方も結構いらっしゃる。
ご指名があったり、頼まれたりすれば、もちろんわたしもお風呂場へ行って背中を流させていただくこともある。

でもきっと、私と同じ考えを持っておられる神様もいらっしゃるはずだ。

だから、私はあまりお客様に不快な気持ちを与えぬように、宴会場では料理を運ぶだけの仕事だ。自ら風呂場に出向くなんてよっぽどのことがない限り無い様にしてる。





と、思って働いています。まる。






「なるほどね…」
「だから、その、……し、失礼ですけど、私は…此処の部屋には、あまり…その…」
「来たくなかった、…か?」

「…はい」


きっと隠し事をしていても、相手は神様だ。筒抜けになるに決まっている。私は思っていることを、全て口に出した。



「…夏子、何か勘違いをしているようだな。私たちはね、お前にしか興味がないんだよ」


「…へ?」




おいで。

そう言われ、今だ入り口付近に座っていた私は、手招きに従うようにお二人の近くへ寄った。

此処においでと二人の間をぽすぽすと叩かれたが、それはおこがましい。首をぶんぶん降り、無理ですと言い切ろうとすると背中を何かにグイと押された。

ぇぇええ何事だと考えている間に、いつの間にかお二人の間に。

ポンと音がして顔を向けると、不破様の手に、紙切れ。式神ってやつか!神様なんでもありだな!これは卑怯だ!



今度はお二人に抱きつかれ、私の頭を撫でられた。



「確かに私たちは人間を好ましくは思っていない。だけど今は人間がどうこうの話しではない。私たちは夏子という存在が気に入ったんだよ」
「もしここに、夏子ちゃん以外の人間が居たら、絶対に部屋に入れないよ」

「夏子だから、こうして相手をするように命じた」
「夏子ちゃんだから、こうして部屋に招いたんだよ」


耳元だろうかというほどの距離でそういわれ、まるで壊れ物に触れるように私の顔を撫ぜる。うおお、恥ずかしい。


「あ、ありがとうございます…」


こういうときどういう反応すればいいんだろう!マニュアルにはこんなのなかった!


「素直に受け取っておけばいいと思うよ」
「読心術!」


其の後お二人の苗字呼びを許可していただき、私たちは色んな話をした。

其の時はその村の小さな神社で村の守り神だったが、その後二度と私が姿を現さなかったので別の場所へ転々としていたらしい。

そして今は、日本で一番デカイ稲荷神社で各地から私の情報を集めていたという。そ、そんな必死に探されていたのか。


それに、おばあちゃんはその年の近くに亡くなった。おいなりさんを届けに行ったのも、ただ作りすぎたという話をしている時に、「そういえば近くに稲荷神社があったなぁ」という話を聞いて、暇だったので気まぐれにお供えに行っただけだ。

それからその村へは遊びに行くことはなくなったし、失礼ながら、其処に神社があるということもスッカリ忘れてしまっていた(許してくださった…良かった…)。


そしてお二人は私が何故ここで働いているのかとか、人間についてとかいろんな話を聞いてきた。
大きな社にうつってからは色々と忙しく篭りっぱなしで、俗世間の話は殆ど知らないらしく、私の話しに興味心身だった。


「あ、稲荷寿司!」
「あ、そのお稲荷さん私が作らせて頂きました。あの時のおばあちゃんの味が再現できてるといいんですけど…」
「…うん、あの時と同じ味だ。とっても美味しいよ」
「良かった…」


一安心だーい。




食事を終え、蛞蝓たちが食器を下げに来た。部屋に入って私に抱きついている二人をみて蛞蝓たちの目はグワッと見開かれた。いや見てないで助けろよ。動けないんだよ。

食事も終わり、もう寝る。と鉢屋様が言った。またぽふと式神?みたいなものを出し、ちゃかちゃかと布団が敷かれていく。


「アッー!ちょっと待ってください布団ぐらい私が準備しますから!っていうかもうすぐ寝床を整えに蛙たちが来ますから!」

「もう眠いんだよ。蛙なんて待っていられない」


そういうやいなや、私の頭を撫で続けていた不破様が私の膝裏と背中に腕を回し、敷かれた布団へと下ろして覆いかぶさった。





「……不破、様?」


「ふふ、夏子ちゃん…。嗚呼、ずっとこうしたかったんだよ」










首に顔を埋められる。










あ、これはマズイ!!!!!!










「ちょちょちょ!!ちょっと待ってください不破様!わ、私はこういうサービスはしておりませんので!!!」



へ?という顔をして不破様が顔を上げる。


「処女なの?」

「ぶわぁあ!そうやって恥ずかしげもなくそういう発言を!」


そう、私は人間だ。神に抱かれる、すなわちそれは人間を捨てるということだ。そういうことがシたいなら蛞蝓を相手にしてください!!!!


神の、せ、精の力は尋常ではない。入れば私は絶対人間のように生き人間のように死ねない。1000年以上生きねばならなくなる。という話しを蛞蝓から聞いた。

ヒィ!それだけは避けたい!


「なるほどね、確かに僕らに抱かれれば夏子ちゃんは僕らと同じ姿、狐になるだろうね」
「それです!問題はそれです!」

「ちゃんとゴム持ってくれば良かったんだよ」
「鉢屋様!?!?そういう問題ではないですね!?!?」


それに、こんな位の高い神様に抱かれただなんて知られたら、私は上の先輩方にぼっこぼこにされるに決まってる!

どうか!どうかご理解を!!


「そっか。じゃぁ仕方ないね…」


良かった、理解してもらえた。じゃぁと起き上がろうとするのだが、押さえつけられた身体はそのままガッチリ動かない。



「添い寝だけなら、いいでしょ?」
「!?」


「今晩は一緒に寝て欲しい。ずっと、ずっと探していたんだから…」

「やっと見つけたんだから…このまま、日の出まで側に居てくれ…」





抱きつかれたまま、二人とも枕にぼふりと頭を埋めた。まるで泣きそうな声で、母に甘える子供のような声で。

…そんな言い方をされたら、私も断れないじゃないですか…。


しかたなく、はい、と一つ返事をして、私は布団に引き込まれた。


私に抱きつく二人の尻尾が、お腹の上で重なった。

ひいいんフワフワしすぎ幸せ。





「なぁ夏子」
「はい?」


「次来たときは絶対抱く」

「あばばばばばおやすみなさい!」



























あ、名札引っくり返すの忘れてたわ。



夏子、本日は一足早く退勤しまーす!

退 

×