「………………」

目が覚めると、外はすっかりいい天気で、昨夜の嵐が嘘の様に晴れていた。太陽は燦々と輝き海は光りを反射し部屋の窓を光らせていた。いつも通りの朝。いつも通りの目覚め。

ただいつもと違うのは、


「………っ!?!???!?!」


私の腰が、今まで感じたのことのない痛みと重みを発症させていたこと。

「…だ、誰か……!!」

腰は異常に痛く、布団から起き上がることすら一苦労だ。涙目になりながら痛む腰を押さえつつ、何とか壁に手をつき体を起こすと、部屋にいるのが私だけなのだという事が解った。昨夜は確か此処で仙蔵様と寝たはず。いや、寝たっていうか乱暴された。それはもうエロ同人の様に。昨夜、私は善法寺様と食満様のお背中を流した後、善法寺様にファーストキスを奪われ挙句の果てに仙蔵様に貞操を持って行かれた。それも無理やり。昨夜の記憶は殆ど無いが、狂ったように叫んでいたのは覚えてる。喉が痛いから。それに腰も痛いから。

ありえない。あの肉食系神様、本当にありえない。何故人間相手に此処まで無茶無茶なことをできるのか。過去に私と出会ったようなことも言っていたが、結局その話も詳しく聞く前に、仙蔵様はお空に帰ってしまった。お空に帰るとか死んじゃったみたいでお腹痛い。あの神様絶対死なないでしょ。神様だし。

なぜあそこまで私に執着したのか…。そしてなぜ私なんかを抱いたのか…。っていうか、神様が人間を抱くとか大丈夫なのかな。追放されたりとか位下がったりとかしないのかな。………って、よくよく考えたけど、多分仙蔵様と潮江様がトップクラスだと思うし、位が下がるとか追放とか…ないか……ないない…。心配して損した。

あっというまにこの守り抜いてきた処女を奪われたことが解せないのが一つ。そしてもう一つ解せぬことがある。


「……体軽い…」


身体の軽さが、尋常じゃない。確かに腰は痛いのだが、それ意外はすこぶる体調がいい。肩こりもないし疲れでたまった足の疲労もない。っていうか、腰の痛みも伸ばしたりしたら徐々に消えている気がする。喉だって何回か深呼吸したら痛みが薄れてきている。多分このままいけば全回復も秒読みだ。これは一体なんなのか。神様の、その、アレの力なのだろうか。に、ニンシンシタラドウシヨウ……。

とも考えたが、そういえば善法寺様に口移しでだけどお薬飲んでたんだった。川西様の腕を疑っているわけがない。あれを飲んでいたから多分私は何の問題もなくこのまま過ごせると思う。十月十日とか考えなくてもいいはず。本当に、本当に飲んでおいてよかった。今だけは善法寺様に感謝しよう。今だけ。本当に今だけ。はい終わり。


「失礼します……。ななま、」


ぼさぼさな髪を簪でぐるりと整え結わき、誰もいない部屋を抜け出し隣の部屋に言ったが、そこにも誰もいなかった。七松様も中在家様も、潮江様も仙蔵様も、食満様も善法寺様も、お天気が良くなったから帰ったのだろうか。もうすっかりいい天気だし、仙蔵様はお仕事しなきゃいけないだろうし…。雲一つない青空。しばらく嵐が来ることはなさそうだ。

「…おっ」

お部屋に入り、使用済みの布団を片づけていると、『夏子へ』と書かれた小さなメモと小さな小包が枕元に置いてあるのに気が付いた。綺麗な山吹色の布でできた小包の上にのっていたメモを手に取り開くと、手紙の主はどうやら七松様からだったようだ。




夏子へ 

今日は帰る 世話になった また来る
滝夜叉丸の礼もまだちゃんと礼を言ってないのにすまない
これは土産だ お前にやるから大事にしろ
困った時に役に立つ 大丈夫だ死にはしない

             七松





「なにこれ最後の一文が物騒!!!!」

殴り書きの様に墨がすべっているそのメモは綺麗な正方形におられていた。多分私の推測では書いてそのまま置いといたのを中在家様が折り畳んだんだろう。あの人ならきちっとやりそう。

七松様のメモの下に置いてあった小包。なんじゃろかと開けてみると、中に入っていたのはそれはそれは綺麗な黄色の石でできた勾玉のネックレスだった。ネックレスというか、ペンダントというか。レザーのような生地の紐に通った黄色い勾玉。うおおおなんて綺麗なんだろうか。こんな素敵な物を私がもらっていいものなのだろうか。タカ丸兄ちゃんの簪といい七松様の勾玉といい、私どんどんおしゃれになっていっちゃう。仕事に支障が出ないぐらいのアクセサリーだからいいけど、これ蛞蝓たちにみつからないようにしないと。羨ましい!とか言われたらまた収拾つかなくなっちゃうし…。死にはしないという最後の一文がかなり気にはなかったがとりあえず首にそれをかけたが、人体には何の影響もない。雷でも落ちてくるのかと思ったけど、それもなかった。か、考えすぎか…。机の上にのっていたまた別の小さな小包。中身は全部お金が入っていて、お支払い分なのだなと思ったのだが、全部私の名前が書いてあったので唖然とした。私の給料って書いてあるけどこれどう考えても貰いすぎ。そりゃそうだよねここでお会計するわけないしね。そうか私が休日だったのに無理やり七松様に引っ張り出されたのどっかで聞いたんだな。それでの給料か。いやいやいやこの量はちょっと…。と思ったのが甘かった。布団を片し終え仙蔵様と一戦交えた部屋に戻ると、机の上には別の包。さっきまで気が付かなかったと思いつつ中身を開くとやはり金。あの神様まさかこの金額で私の身体を買ったという意味ではあるまいな。貞操奪ったとはいえさすがにこれはちょっともらいすぎな気がする。

「……次来たときは覚えておいてくださいね…!!」

ギリギリと音が鳴りそうなほど窓枠を握りしめると、それに答えるかのように太陽がきらりと光った。くそっ、今絶対あそこで仙蔵様鼻で哂ったはずだ。許さない。

さて大量の金、新しいアイテムを首にぶら下げたところで、ほっと背伸びをしてみると、やはり体調は最高にいい。神様の精力パネェッス!!!!しかし、大人の階段を上ってしまったことへの罪悪感はヤバイ。お母さんに謝んないと。豚小屋行かなきゃ。


最上階のこのお部屋はランクが高いお客様が泊まる場所。常に清潔にしておかねばならないため、一度下の階へ行き掃除用具を手に取り再び最上階へ戻った。下に行って気付いたのだが、まだ日が昇ってそんなにたっていないのか、浴場には朝番の蛞蝓と蛙たちしかいなかった。まだみんな寝てるのかな。


「おぉ夏子、起きておったか」
「わぁ兄役、おはよ」

「お前、誰に抱かれた?」
「やめろっ!!!聞くな!!!朝から何聞いてんだよ!!!」

廊下を雑巾がけしてしばらく時間が経った頃、そろそろみんな置き始める時間だろうと思っていると、チンッとエレベーターが止まる音がして、見上げると兄役が私を見下ろしていた。あのメンバーで貞操を守れるわけがないと従業員中で賭けをしていたらしい。いい加減にしろお前ら。私の処女をなんだと思っていやがる。賭けの対象にしてんじゃぬぇええ!!

「で?なに?私に御用?」
「あぁ朱雀様から預かり物をな」

「食満様から?」

ほれと渡された臙脂色の包。中に入っていたのはタカ丸兄ちゃんから貰ったものとはまた違う形の簪。

「おー!可愛い!」
「玉簪と言うんだ」
「たまかんざし」

「こりゃぁおそらく朱雀様の火の化身だぞ。大事にしろよ」
「へぇー綺麗。うん、ありがと!大事にする!」

持っててとタカ丸兄ちゃんの簪を手渡し代わりに食満様から頂いた簪を刺した。タカ丸兄ちゃんの簪ほど派手ではないが、真っ赤で炎のような色をした石がついた黒い棒のシンプルな簪。うーんこれもまた綺麗で可愛い。壊れた簪直してくれたし、これも作ってくださったのかな?食満様手先器用だなぁ。

「あぁそれとな、お前を探しておられるお客様がお見えだ」
「へ?誰?」

「稲荷様方だ」

「え!鉢屋様と不破様!?わー!久しぶり!すぐ行く!」

「転ぶなよ」
「あいよ!!」

掃除道具を投げ出し私は急いでエレベーターに飛び乗った。あぁそういえば何処にいるのかとか聞いてなかったなと反省するのは一足遅かったようで、あっというまに一つ下の階に到着してしまった。此処から歩いて階段使えば何処かしらで逢えるかな。鉢屋様と不破様はいつぶりかな。凄く久しぶりだ。今度来たら抱くとか言われたけど仙蔵様に抱かれた後だし手を出してくることはないかな。うん、ないよね。安心して逢いに行こ!あと不破様に苦情入れなきゃ!もっと解りやすく手紙書けや!って。

「おはよう蛞蝓!ねぇ鉢屋様と不破様御見かけしなかった?」
「いいや、見ていないねぇ。お越しになっているとは聞いたけど」
「そ!ありがと!探してみる!」

「転ぶんじゃないよ」
「解ってるよ!」

どんだけ私ドジだと思われてんだよチクショウ!何回も言わなくたって解ってらぁ!

タンタンと軽快に階段を降り、出会う蛙蛞蝓にお二人を見かけなかったかと聞いたのだが、あっちで見たと言う情報を頼りに行っても見つからない。こっちで見たと言う情報を頼りに行ってもみつからない。時折お前の居場所を聞かれたぞとも言われ、私は気付いた。これは恐らくあれだ。私が動くのと同時にお二人も動かれているのだろう。両者で動きあってどうすんだよ。よし、ちょっと動かないでいてみよう。五分ぐらいここで立ち止まってみよう。そんでここから探してみよう。

私はお風呂場から吹き抜けになっている柵に足をかけ、そこから上の階から下の階まで視点を動かしてみた。それらしき神様がいたら大声で呼べばいいんだ。



だが、私の視点は、いつのまにかとあるものに奪われていた。それは、宙を舞う林檎。

「……」

ぽかんと口を開けて目の前を横切った、林檎。

「…林檎……?」

宙を舞う、林檎。


「……Why?」


下はお風呂場。上は天井。宙に浮くのは、林檎。

「…」

夏子ちゃんちょっと意味解んない。


すっと腕を伸ばしてみると、届く距離なのだが、林檎はすいと私の手を避けた。追うように再び手を伸ばすと、また林檎は私の手を避けた。り、林檎に馬鹿にされているのか。林檎はふわりふわりと宙を浮きながら私の背に回り、廊下をふわふわ浮きながら遠ざかっていってしまった。

「ちょ、ま、待って!」

空飛ぶ林檎を追いかける私。なんて間抜けな図だろうか。あっちにいったりこっちにいったり。手を伸ばしても全く届かない。




「あーもう!!なんなのyっ!?!?!?!?」

「おっと、やぁーっと捕まえた!」




林檎を掴もうと伸ばした手は誰かの手に掴まれぐいと引っ張られた。曲がり角にいたその人に抱き着く形で動きは止まったが、宙を舞っていた林檎はぽすりと私を抱きしめる誰かの手の上に乗った。だ、誰。

「林檎食べたかった?」
「あ、や、いや、その、」
「ごめんね、これ俺のおやつだから」
「あ、あ、えっと」

「三郎と雷蔵のお宝だっていうからどんな子かと思ったら…いやぁ想像以上に可愛いね」
「え、え、」

「どう?今夜俺と一緒に……痛ェッ!!!」


曲がり角の向こうは行き止まりだというのに、ボフンと舞った煙の中から出てきた二つの影はガツッ!!と大きな音を立てて私を抱きしめるイケメンに強く強く拳を落とした。あぁ今のは痛い…!と哀れに思うも、私の身体はぐいと後ろ二人に引っ張られた。


「勘右衛門なにしてんだお前!!」
「夏子ちゃんには手を出さない約束だっただろお!!」

「は、鉢屋様!不破様!」

「あぁ、もう見つかっちゃった」
「だ、ど、どちら様ですか…!?」

「勘ちゃん!夏子ちゃん見つけたら教えてって言ったじゃん!!」
「大丈夫か夏子!勘右衛門に何もされてないか!?久しぶり!」
「あ、あぁ、はい、久しぶりです、あ、えっと、」



「俺、隠神刑部の尾浜勘右衛門。勘ちゃんって呼んでくれたら嬉しいかな」

「あ、えっと……それはちょっと……」



抱きしめられていると言うか、持ち上げられているとか、おそらく声的には不破様に抱きしめられて鉢屋様が私たちの前に立ちふさがりイケメンさんから隠すようにしていた。

隠神刑部。808狸の、頭じゃないか…!またこんな凄い神様来ちゃってもうやだーー!!!

「もー勘ちゃん連れてくるんじゃなかった!!」
「おいおい!俺だって夏子ちゃん探すの手伝ってあげただろ!」

「夏子には手を出すなって言っただろ!」
「えぇ〜いいじゃんちょっとぐらい…」


「もー!また私を物みたいに!!」

退 

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