「やくしにょらいさま」
「そう。薬師如来。聞いたことない?」
「聞いたことない方がおかしいです」

「あはは、そういわれるとテレちゃうなぁ」

ざばりと背中にお湯をかけると、泡で隠れていた背中は無数の小さい傷。話に聞くとよくドジをして怪我をするのだとか。神様なのにドジとかあるんだ。ドジっこ属性の神様。いやいやいや聞いたことねぇし。

「悪いんだけど、背中に薬塗ってもらえる?」
「えぇもちろんです」

あそこにあるからと指差された先には、先ほど善法寺様が脱がれた衣服の上にのる小さな壺。綺麗な壺だなんて思っていたけど、中身は傷薬だったのか。詳しいことは知らないけど、薬師如来というからには薬の神様なのだろうか。名前は聞いたことあるけど、正直それほど詳しいわけではない。だけど如来とかMAXヤバイ。やっぱり絶対私なんかが相手にしていいお客様なんかじゃない。壺を開け中の薬を指に取り、背中にある傷に塗っている間、大湯では食満様が大きく欠伸をして背を伸ばした。

「薬師如来様というのは」
「あぁ、長いからね、名でいいよ。僕なんかに気を使わないでおくれ。数馬と左近が、どうやら君にお世話になったようだしね」
「あ、はいそれもお聞きしたかったんです。お二人から薬師、あ、えっと、善法寺様のお話を伺っていたものですから。あぁそれから、孫兵様からも」
「あぁ伊賀崎か。伊賀崎は元気にしてた?」
「えぇ、二日酔いのまま帰られましたが」
「あはは!懲りないなぁ!」

竹谷様と善法寺様が、孫兵様の御命を蘇らせたという話、お聞きしましたというと懐かしいねぇなんて言いながら、善法寺様は濡れた髪の毛をぐるりとまとめて上で束ねた。あらやだ首元にも傷がある。薬足りるのかな。

「薬師如来様というのは、薬の神様ですか?」
「もちろんそれもだけど、それだけじゃない。医薬の知識もあるし、病を治す。時には、安楽を与えたりもするよ」
「……それは、死、ですか?」

「あぁ、人の命は儚いからね」

この怪我はその代償なのかと問えば、よく下界に言った時に喜八郎兄ちゃんの穴に落ちるのだそうだ。何してんだこいつ。

川西様は薬の、三反田様は身体の病を治す神様だと言っていた気がする。あの二人が崇める神様は、その二つ、いやそれ以上を持った神様だった。人を助け人を癒し、そして時には死を与える。人の命は儚いからと言った善法寺様の目は少しだけ寂しそうだった。私も人間ですけどね、と冗談めいていうと、君はきっと長生きするよと言われた。気休めなのだろうけど、薬師如来直々のそのお言葉だけで十年は寿命が延びた気がする。あっ、そういえば伊賀崎様を助けたのは竹谷様とこの神様だった。やっぱりこの方は凄い御方なのだろう。時折普通の坊さんに化けて『怪我診マス』と旗をかけ下界の村へ降りるのだという。医者がいない場へ降りては救いの手を差し伸べて人を助けているらしい。もちろん、助かる見込みのない者はそっと連れて行くらしい。己がそういう立場の神だと解ってはいても、肉体から離れた人間を見るのはそこそこツラいものがあるのだという。そんな時は友人である食満様と共に酒を飲むのだという。

「食満様は何の神様ですか?」
「俺かー?あぁ、背中流してくれたら教えてやるよ。伊作、其処代われ」
「もちろんいいとも。ありがとうね夏子」
「いえいえ」

善法寺様の背を流している間食満様はずっと大湯につかり淵に腕を乗せ眠るように伏せていた。善法寺様の身体を流し終えるとその音を来て顔をあげ、善法寺様と入れ替わるように大湯を降りてきた。くっそ、イケメンすぎ。腹筋割れすぎ。結んでた髪の毛濡らしてくるとかズルい。私の前にある椅子に腰かけ、食満様は頭に乗せていたタオルを取った。

「食満様もお背中の傷多いですね」
「大半が伊作の不運に巻き込まれてできたもんだよ」
「不運?神様なのにですか?」

「ねぇ、本当嫌になっちゃうよ」
「呑気ですね」

大湯の上から聞こえた声は気の抜けた合いの手。肩までつかってのびのび体を乾かしているようだ。

「はい、終わりました!で、何の神様なんですか?」

身体を流し終えタオルで髪の毛を叩くようにふくと、食満様は立ち上がりぐるりと体を一回転させた。その刹那体が炎に包まれ、あっという間に煌びやかな衣装に包まれた。呆気にとられ腰をぬかしている私に跪き食満様は、私の頭に刺さるタカ丸兄ちゃんから貰った簪を引っこ抜いた。以前仙蔵様に折られた部分はテープでぐるぐる巻きにしてあったのだが、食満様がテープを剥がして分裂している部分を手で追おうと、まるで手の熱で溶接されたように、簪が治る前の姿に戻った。


「俺は南を守る四神の朱雀だ。西の黒木、東の皆本、北の笹山に逢ったらよろしく伝えておいてくれ。俺は変わらず元気だと」


手渡された簪はやはり完璧に直っていた。先に言ってるぞと食満様が善法寺様に言うと、善法寺様は湯釜からひらひらと手を振った。腕は炎のような羽と変わり、食満様は最上階へ言ってしまわれた。

「食満様鬼カッコイイ!!」

「文次郎と酒飲み比べしたくてウズウズしてたんだ。かれこれ何百年かあってなかったみたいだからね」
「何百年!」
「僕らからすればつい昨日の事の出来事だよ」

いつの間にか背後に立っていた善法寺様はガシガシと髪の毛を拭きながら着物に手をかけた。頭を拭いている間に私は背中を。聞くところによると食満様は潮江様と犬猿の仲らしい。へぇ、神様でも喧嘩することあるんだ。あ、喜八郎兄ちゃんたちは別として。

「あ、あの、西の?誰ですか?」

「留三郎は四神だよ。この世の四方を守る神獣、南を守る朱雀ってやつ。あと三人いてね、西を守る白虎の黒木庄左ヱ門、東を守る青龍の皆本金吾。北を守る玄武の笹山兵太夫っていうのがいるんだ。全十二方位、留三郎を含めたあと11人がいるんだけど、これを十二天将を言うんだ」
「十二天将」

「この間乱太郎にあったんだ。久しぶりにみんなで此処へ来る計画ができているんだと嬉しそうに話していたから、もしあったら僕から宜しく言っていたと伝えておいてくれるかい?もちろん留三郎からその三人にもね」

「あ、はい。畏まりました」

じゃぁ行こうかと手を差し出された。金でも払うのかと思いきやそれはお手々を繋ぐためだったらしく、なんともこっ恥ずかしながらまるで恋人の様に手を繋いで最上階へ上るエレベーターへ向かって。私と手を繋いでいる反対側の手には風呂桶に入っているタオルと風呂の中で飲んでた酒。っていうか、歩くたびみんながみんな、お客様もだけど、全員道を開けていく。いや、まぁ、その、とんでもない神様だっていうのは解ってますけど、まさかここまでとは。だって今道開けためちゃめちゃ体のでかいお客様なんかいつもデカい顔して廊下をのしのし歩いていくのに、三分の一ぐらいしかない大きさの善法寺様に向かって土下座してたよ。地に頭つけてたよ。ヒィイイそんなに凄い神様と私お手々繋いでるだなんてンァァァアアアアア。

エレベーターに乗り、最上階へ行くようガチャリとレバーを引くと、エレベーターはゆっくり上に上がっていった。


「ねぇ夏子」
「はい?」
「君の懐に入っていたこの薬は、左近から貰ったものだね?」
「…えっ、どうしてそれ…えっ、いつの間に!?」

「今飲んだ方がいい。何があるか解らないからね」

「!?」


声をかけられ振り返ると、善法寺様の左手には小さな袋。それは確かに、先日川西様から頂いた朔日丸。何かあってもいいようにと、常に懐に入れておいたのに、今それは善法寺様の左手。そして、私の口の中。引き寄せられた体は手を繋ぎっぱなしだったから。喉を通ったのは、薬と、喉を焼くかの如く熱い酒。口移しというやつだ。突然のアルコールに喉がビビるし、それ以前に、何故このタイミングで口移しという名のキスをされてしまったのか。

あれ、私これファーストキス。


「よし、ちゃんと飲んだね?」

「ぐだうhさいhふぁふぁしゅgfちょあdkふぁふぁえごhを!!!!!!!!!!」
「彼らと一緒に酒を飲んで何があるか解らないだろう?仕事している身で妊娠なんかしたくないよね?」

「だからって!!!!だからって!!!私の大事な!!!っふぁふぁふぁあふぁふぁfファーストキスだったのに!!!」
「えぇっ!夏子ってばまだキスしたことなかったの!?一体今まで誰の相手してきたんだい!?」
「私まだ処女です!!誰ともキスしてませんしヤッてもいません!!」
「下界で彼氏は!?」
「いたらこんなとこ今すぐ出て行ってますよおおおおおおおおおお!!!」

いや嬉しいよ!ファーストキスがこんなジュノンボーイもびっくりのイケメンで嬉しいよ!でもさぁ!でももっとシチュエーションとか大事に欲しかったよね!ねぇ!そうでしょう!私人間だし!あんた達みたいに先何千年も生きるわけじゃないし!人生のファーストキスってもっと大事にしておきたかったよ!ねぇ!もう!ほんとうに!嫌!もう嫌!この神様嫌!連帯責任で他の神様も嫌!担当外れたい!実家に帰りたい!


「善法寺様最低!謝って!」
「ごめんね!?」
「えっ、そんなあっさり………」
「最近の下界のジョシコウセイってやつはすぐ股を開くって聞いたから君ももうキスぐらい経験済みかと思って」
「またそうやってさらっと爆弾落とす!彼氏いたことありませんけど何か!?」
「すまない夏子!この通りだ!ね?なんでもいう事聞いてあげるからさ!ゆ、許しておくれよ!」
「言いましたね!無理難題言いつけてやるんですからねぇえええ!!」


言い争いをしている間に、チンッと軽い音が鳴った。エレベータは最上階で停止した。遠くから七松様の笑い声と潮江様と食満様の言い争いの声もする。宴会は相当盛り上がっているようだ。涙目でキレている私のひざ裏に腕を通し体を持ち上げた善法寺様は軽いなぁなんて言いながら部屋に向かって行った。このクソファッキン天然タラシ全然反省してねぇな。要注意人物だ。ブラックリストに載せておこう。

「おっ、なんだ夏子。伊作に身請けされたか」
「んなわけないでしょう!降ろしてくださいよ!」
「ほらお仙、お土産だよ」
「確かに受け取った」

「ふ、二人とも馬鹿――!私をそうやって荷物みたいに!!」


「あとは任せたぞ」
「はいはい、この貸しにしておくよ」
「え、ちょ、私の話を」


物の様にポイと仙蔵様の腕の中に受け渡された私。エレベーターから向かって右手の部屋に善法寺様は入っていった。いや、まぁ、その、普通そうですよね。あっちで宴会やってるんですから。じゃァ何故仙蔵様は私を抱えたまま、左手の部屋に入っていったのでしょうか。

「あ……!?」

「いいか夏子。一組しかない布団。この部屋にいるのは神と人間とはいえ男と女。何をすべきかは解るな?」
「嫌ァァアアア解りたくないイイイイイイイイイ!!!」
「朔日丸は?」
「え、飲みましたけど」


「なら大丈夫だ」
「嫌ァアアアアアアアアアア!!!!」


ポイと投げられ落ちた布団は予想以上にふかふかでこれがVIP客用の布団か!と堪能している隙も与えてくれず、覆いかぶさったいい香り。アカン。これ確実にヤられる。目の前に麗しき顔。背にはふわっふわの布団。腹には朔日丸。これもう、準備万端ではないですか。

「泣くな。煽るだけだぞ」
「だって…!」
「夏子、」
「やっ…!」






「……探したぞ。元気そうで、安心した」






「………はい?」




まさか、




「……あなたも何処かで…?」

「下界で、村で、学び舎で、そして湯屋でいじめられて、よく耐えた。もう大丈夫だ。私が守ってやる」
「……」


村で、学び舎で。向こうの世界で転勤族だった私はいじめられるなんて日常だった私が、人里離れた別世界の湯屋でいじめられてもなんてことなかった。もう慣れたことだが、

いじめられていた時の私を、知っているという事なの…?


「何を…」

「人のお前には解らんだろう。此処でハッキリ説明させてもらう。此処の女の位はどれほど高いくらいの客と枕を共にするかにかかっている。稲荷の二人と枕を並べたと聞いた。だが中には小平太と、長次と、伊作と、留三郎と、文次郎と世を共にした者もいる。お前を未だからかう者はそういうヤツらだ。夏子、私に抱かれろ。さすればお前をからかう馬鹿げたものなど現れない」

「はい!?」
「もっと解りやすく説明してやろう。下界で言う水の商売をしているナンバーワンというものに誰が手を出すと思う?からかえるものなどはいないだろう?」
「解りやすい!!」


「涙を流すお前はもう見たくない。今ここで貴様を抱くぞ。拒否権などあると思うな」

「いやいやいや!もうほとんどいじめられてないですから!!耐えられますから!!!もう大丈夫ですから!!!!今まさに泣きそう!!!!貴方のせいで泣きそう!!!!そんなことしていただかなくて大丈夫です!!!!!まだ純白でいたいです!!!!!!やめ、やめてください!!!!いやーーーー!!!やめてーーーー!!!!酷い事するおつもりでしょう!!!エロ同人みたいに!!!!エロ同人みたいn























\アァーーーーーッ!!!/




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