ヤバイ。何がヤバいって今の状態がヤバい。死ぬ。私は確実に禁忌を犯している。禁忌とか多分こういう時に使う言葉じゃないけどそれぐらいヤバイ。私今、仙蔵様の膝上だけど、これ絶対的に人間として最低最悪の事をしていることに違いない。

「どうした夏子、さっきから全身が震えまくっているぞ」
「おkっきききききkっききになさらず」

そうかと後ろから酌をさせる杯に、私はぶるぶると震えながら酒を注いだ。


冷静に考えて、この神様ヤバイ神様に違いないということに、私はついさっき気が付いた。


仙蔵様も、仙蔵様のお連れの潮江様も、二人ともあまりにも美しくてその姿に魅入っていたけど、この二人は今まで来たお客様の中でダントツでヤバイ神様だと、私は本能的に悟った。何がヤバいって、まさかの七松様と中在家様と同じ部屋で潮江様と仙蔵様が酒を飲まれているという事。七松様やら中在家様は前々から滝夜叉丸様などから名や話を聞いていた。どんな方だとか、自分より身分が高いとか。それによって私の中の七松様と中在家様は間違っても私なんかが世話をできるような身分ではないのだと思い、私の中でのランクトップを爆走していた。恐らく、あの稲荷様方よりも上なのだろう、と。

そして湯屋にきた二人は、予想通りのヤバイ神様だった。誰でも一度は耳にし目にしたことのあるような神様だった。風神様と雷神様とか、歴史の教科書でも美術の教科書でも、中学の時遠足だか修学旅行だかなんだかで、美術館で見た覚えもある。読んで字のごとくの風と雷の神様。その二人が、ついに来てしまった。私の予想はこんな時に大当たり。ランクトップを爆走させておいてよかったと思うレベルの神様方だった。

そんな二人は滝夜叉丸様や不破様と知り合いだということで、なんとか貞操を守りつつ仲は打ち解け風呂にて背を流させていただくことになった。だが、其処へ現れたこのお二人。潮江様の名もそういえば三木ヱ門様から聞いたような気がした。滝夜叉丸様と喧嘩していたときに聞いたような。そして潮江様の横で光り輝く神様が、仙蔵様。仙蔵様といえば、先日私が稲荷のお二人様に手紙の返事を書いた時に、暇だから届けてやると従業員の寝ている部屋の廊下にいつの間にか現れた方だったはず。ただのお客様と思い手紙を届けさせるというパシリをさせてしまったことを思い出し、全身の血が一気に引いた。風呂場で仲良さそうに四人で話をしているのを聞いた時、『小平太の馬鹿者め』と言った言葉を私は聞き逃さなかった。七松様に馬鹿と言った。つまり、同等の地位か、それ以上…。

七松様、中在家様の部屋で共に酒を飲む潮江様と、仙蔵様。

ヤバイ。この神様達、絶対にただものじゃない。

「緊張しているのか?」
「べべべべbっべべべえbbっべつに」
「顔に出ているぞ、愛い奴め」

何故膝の上にいるのか。それは部屋に入り各皆様方に酌をしている時に仙蔵様に掴まったからである。不覚。ヤバイ。あっ、いい匂いする。

四人ともそれはそれは酒が進むスピードが速い。蛞蝓が入れ替わり立ち代わり酒を運んでは空になった酒樽や食事の乗っていた皿を引き取って行った。酒のスピードもさることながら、食事のスピードもそれはもう早い。七松様の食事の速さよ。どんだけ腹減ってんだろ。

そんなことより、私は早くこの膝の上という怖すぎる位置から一刻も早くおさらばしたい。出来ればこの部屋からの脱出も試みたいところだが、


「そういえば留三郎と伊作はまだか?」
「この雷豪雨だ……時間がかかるかもしれない…」
「なはは!あいつらなら心配せずとも来れるだろ!」
「大体お前らのせいでこんな天気になってんだろバカタレ!!」



うん、無理。

なんていうかもう、この空気が無理。空気が、おかしい。
普通こういう時って『空気が悪い』とかそういう表現をするのか適切なんだろうけど、あまりにも神々しすぎる神様が四人。空気が、尋常じゃないぐらい煌めいておられる。マイナスイオンとかそういうレベルじゃない。今まで感じたことのない空気がこの部屋の中に漂っているのだ。お、おかしい。こんなおいしい空気吸ったこと、ただの一度もない。


「夏子、何をそんなに縮こまっているんだ?」
「な、七松様……その、…」
「仙蔵、お前のこと怖がってるぞ、夏子をこっちにくれ」
「怖がったりなんか!!!!!!!!そしてそんな人を物のように!!!!!!!!!」

「すまないな小平太、私は夏子に、次にこの店に来たときに世話をしてもらう約束をしたのだ。なぁ夏子、忘れたとは、言わせないぞ?」

「っもおっもももmmっもっもmmもちろんでございますとも…!!」


シートベルトのように腹に回された腕が白くて細くてエロくてヤバイ。私さっきからヤバイしか言ってない気がする。でもそれぐらいヤバイ。

そういえば、私は不破様と鉢屋様に手紙を届けてもらう代わりに、次に店に仙蔵様が来られた時に世話をすると約束をしたのだった。あの時は普通の神様(神様って時点で普通ではないのだが)だと思っていたけど、この神様確実にケタ違いの偉い神様に違いない。私が世話とか、していいのだろうか。


「ところで、夏子は仙蔵と文次郎が何者か……聞いているのか…」
「…聞かずとも……恐ろしく、位の高い神様だということぐらいは…なんとなくわかります……」

震える手を押さえつつ問いかける中在家様に返事を返すと、私の後ろで仙蔵様が笑い、潮江様もそういえばと杯を置いた。

「俺の事は?」
「みき、た、田村様からうかがっております。田村様がお仕えしている神様だ、と…」


「そうか。改めて、俺の名は潮江文次郎だ。月読と、呼んでくれても構わない」


「つ、つく………?!?!?!?!???!!?」

月読と言えば、古事記やら日本書紀やらに出てくるとんでもない神様の名前ではないか。夜を統べる月を神格化した神様。ゲームとかに出てくると必ずと言っていいほどの確率でラスボスらへんにいる神様の名前だ。私は古事記やら日本書記やらを好んで読んでいるわけではない。授業で習ったりゲームで見たりする程度の知識しか、神様というものの知識はない。そんな私でもこんなに足をブルつかせてしまうほどの神様。そんな神様が、今私の横で、酒を飲んでいるなど、おかしい。あってはならない。絶対に、あってはならないことのはず。人間如きが、こんな神様の横で神様の膝の上にいるなんて。クソ意味が解らなすぎる。

っていうか夜を統べる神様なのに、こっちに下りてきていいのだろうかと思ったのだが、窓の外は、雨。厚い雲がかかり雨が降り続いている。なるほど、この雲では月などあってもなくても同じか。





……………ちょっとまて、潮江様が、月読、ってことは……。



「…………仙蔵様、」
「なんだ?」


「もしかして仙蔵様……………天照大御神様、…なんてことは、ない、……です、よね………?」




仙蔵様はにっこり笑って、












「天照、立花仙蔵だ」













そう、おっしゃられた。








「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「お、おい夏子、」


その神々しすぎる名を聞き、咄嗟に私は仙蔵様の腕を振りほどき膝の上から飛び出し、仙蔵様の前にある食事の乗る膳台の前で額を畳みに擦り付けるかのごとくの五体投地をした。突然の事に七松様から「お!?」と驚きの声が上がったのだが、今は、それどころではない。


「どうか!!どうか数々の御無礼お許しください!!天照大御神様とはつゆ知らず下の名を軽々しく呼び不可抗力とはいえ膝の上に乗るなど…!!あまさえ天照大御神様直々に稲荷大明神様方に手紙を届けさせるなど不徳の致すところで御座います!!ご無礼のありました段!重ねて!謹んで!お詫び申し上げます!知らぬ存ぜぬとは申せどこれは日ノ本に住む一人の人間としての知識の無さが原因でございます!!これはひとえに当方の失態であり弁解の余地もございません!ま、ま、誠に申し訳ございませんでした!!二度とこのような無様な真似は致しませんので、ど、どうか!!どうか御命だけはご勘弁くださいませ……!!どどどおddっどどどうか…!!!」


今まで感じたことのない心拍数に手足は操られているのではないかというぐらいにガクガクと震え冷や汗は止まらず涙もボタボタと畳に落ちていった。やっぱり、っていうか、予想外にヤバすぎる神様だった。まさか、まさか、つ、月読と天照が、揃って部屋にいるだなんて信じられない。風神、雷神、月読、天照。ヤバイ。この部屋、本当にヤバい。何が一体どうなってこんな恐ろしい程に神々しい神様ばっかりあつまってるんだ。なんでそんな部屋の中にただの人間である私がポツリと入っているんだ。謎すぎる。こ、怖い。

っていうか天照って……!!ヤバイ神様の中でもダントツのヤバイ神様じゃないか……!!天照以上にランク上の神様って誰!?ってなるぐらいにはヤバイ…!!いやいやそれより天照って女神じゃないのかよ…!仙蔵様、男じゃん!!!!!


なるほど、理解した。豪雨により厚い雲がかかっているから、月も太陽も降りて来たってか。今ならいなくても大丈夫だからって、こっち来たってか。そういうことだったのか。だから不破様たちは、天気が悪くなったら気を付けろと言ったのか。この神様達か、この神様達の事を言っていたのか。もっと、解りやすく、説明してくださいよ…!!!


勢いに任せ仙蔵様の膝から逃げ五体投地をかまし謝罪をしたが、むしろ膝から逃げた時点でもう無礼なことしてるっていうのは、うん、私理解してる。もう私は、死罪を免れることはないのだということも覚悟している。多分そろそろ「焼け焦げよ!」とか言われるって言うのも覚悟してる。


「夏子、」

「ど、どうか…!どうかお許しを……!!」

「…私は怒ってなどいないぞ?」

「……へ、」

「怒ってなどいない。ただ、」



仙蔵様が何かを呟きかけた


その時、




「遅くなってすまん!伊作が急に忘れ物したって戻るもんだから…」

「すまない留三郎、すっかりあれを持ってくるのを忘れてて…!」



後ろの襖が勢いよく開き、



「え?なにこれ、仙蔵いきなりパワハラ?」
「うわ可哀相に。お前人間だな?大丈夫か?」
「変なことされてない?」
「孕まされてないか?」

「おい貴様ら到着早々失礼すぎるわ。死ね」

「神にあるまじき発言だな」
「野蛮、信じらんない」

「なんだと焦がすぞ」




またとんでもないのが入ってきたと、

私の涙はあふれ出る一方だった。


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