館内は、騒然としていた。


「な、なるほど、この台風の原因は七松様と中在家様の仕業だったのですね。納得できます」

「さっきまで長次と喧嘩しててな」
「…もそ」

「あら、原因はなんだったんですか?」

「私が早く湯屋に行きたいと言っただけなのにまだ仕事が終わってないと長次が引き止めるから」
「…また、滝夜叉丸に迷惑がかかる……」


大湯につかる神様が二人。その二人に使えるのは、あろうことか人間の私。大湯のスペースの外にいる蛞蝓と蛙達は通路に出てこちらを覗き込んだり仕事をしていたりしていた。こんなに静かな湯屋は初めてだ。っていうか、今日此処貸切なんだ。お二人が来るからそういう状態なんだろうか…。凄い……。

脱がれた服を畳んで籠に入れて、着替えを外の椅子の上に置いた。結局休みだったの位働かされているという悲しい現実。…仕方ない。行くぞと七松様に手を引かれたのだから。


私を追いはぎする七松様に凄い力で拳骨を落としたのは、こちらも名はよく聞く中在家長次様というお方だった。ふへへへと不気味に笑いながら拳骨を落としたそのお姿があまりにも怖すぎて思わずチビるところだった。七松様が背負うのは良く見るあの太鼓。中在家様は羽衣の様な物を手に持ち、あぁ、これはまさしくという外見だった。よく美術の教科書とか歴史の教科書で見るそのままのお姿。雷神風神図、そのまま。

あぁついにとんでもない中のとんでもない神様がご来店なされたと全身の血の気が去って行った感覚はまだ覚えている。七松様といえば気を付けろ気を付けろと何度も何度も言われてきた私(人間)が最も警戒すべきお相手の名前。今までご来店された凄い神様方にはほとんどの確率で注意されてきたお方。その相手が今、私の服を脱がそうとしている。出会って10秒で服をヤられそうになった。これは、とんでもない人が来たもんだ。私がご満足させられるような相手ではない。

中在家様は怯え震えあがる私を視界に入れ、七松様を私から引っぺがすように髪の毛を鷲掴み畳に正座させた。対する中在家様はドカリと腰を下ろし胡坐をかいて声は小さいが畳を這うような低い声でもそもそと七松様に説教を始めた。七松様は殴られ出来たこぶを涙目で押さえながらうんうんと小さく頷きながら中在家様の説教をずっと聞いていた。時には「ごめんなさい…」と捨て犬の様な小さい声を出したりもしていた。この瞬間、私の中のお二人の権力は 中在家様>>>l越えられない壁l>>>七松様 と確定した。あんだけ危険視するべきと言われていた御方がごめんなさいと言ったのだ。恐らく七松様より中在家様の方が上のはず。


「そういえば滝夜叉丸が世話になったな!夏子が助けてくれたんだって?」
「あ、いや、別に私大したことしてませんから…」
「いやいや、あいつも感謝していたぞ!」

「雷蔵も…世話になった……」
「えっ、不破様ご存じなんですか?」
「…もそ……」


そういえばかなり前に来た不破様からのお手紙に書いてあった「天気が悪くなったら気を付けろ」というのは、このお二人を意味していたのかもしれない。荒れに荒れた天気の中訪れたのがこの神様方。そして皆々様が気を付けろと言った七松様という雷神様。部屋から出たらとって食われるから部屋から出るなと書いてあったのだろう。すいませんでした不破様。部屋にいたのに見つかりました。約束守れなくてすいません。クソ野郎ですいません。


「夏子、背中洗ってくれー」
「はい」


投げられたタオルを手に取り、私は石鹸をそれに付けた。そういえば雷神様のあの背に刺さってる太鼓みたいなやつは取り外し可能だということを知り思わず二度見した。穴とか傷口とかない……。どうなってんだこの構造………。じ、人体の不思議…。神体と言うべきなのか…。

ガシガシとこする背中。やっぱり刺さってた痕はない。すげぇ不思議と私は入口に立てかけておいた太鼓を見つめた。そういえば中在家様のあの布だか袋だかは洗っていいのかな…。確認しておこ。


「七松様は、」
「なんだ?」
「やっぱり、そのー、偉い方なのですか?」
「!なはは!面白いこと聞くな夏子は!」

半裸の神様に笑われる私。だってどう聞くのが正しいのかとか良く解らないし…。

「そうだな!私は凄いぞ!」
「やっぱりそうですか」

「緊張するか?」
「いや、今はそんなに」
「大物だな!」

「良い方だって解りましたし」
「そうか?とって食うかもしれんぞ?」
「それだけはご勘弁を!」

ザバリと流した体中の泡を踏みながら、私は頭にお湯をかけてシャンプーを手に伸ばした。この長さとこの量…。4プッシュぐらいで足りるだろうか……。
やたらと毛量の多い七松様の頭に手を突っ込みガシガシと泡立てていると、湯釜に入っていた中在家様が淵に腕をかけ、「雷蔵は、」と口を開いた。


「お前を探していたのか…」
「はい、そうみたいです」
「……随分、嬉しそうにしていた…」
「また遊びに来てくれるって言ってました!」

「…手紙を書いていたが……」
「受け取りました!もちろん返事もお返ししましたよ!」


不破様から中在家様の話は一切聞かなかったけど、中在家様は不破様と仲が良いという話を聞かせてくださった。よく本を貸し借りしたりする仲なのだとか。下界で面白い本はないのかと聞かれ、私の知る中でオススメの作家さんをススメてはみたが、全て読んだと言われてしまった。す、すげぇ。どんだけ本お好きなんだろう。
ってことは不破様も本好きなのかなぁ。

それからぽつぽつと中在家様は不破様と鉢屋様がどれほど必死に私を探していたのかということを話してくださった。あっちこっち転々と移動したり時には中在家様のお力をお借りしたりと。っていうか神様の移動速度より私の家の転勤速度の方が早かったってどういう事なんだろう。何で今まで見つからなかったんだろう。それもそれでおかしい。転勤しすぎ。転勤族の中の転勤族じゃんうち。神様より早いとか最強じゃん。


「…なぁ夏子、」
「はい?」


頭を洗っている最中の七松様の視線は、ぐるりと私に向かった。



「その手紙はどうやって届けた?」
「文箱を、見知らぬお客様が届けてくださると」


「……それってもしかしてさ、」




七松様が何かを言いかけたそのとき、




上の、大戸が勢いよく開いた。





蛙と蛞蝓は全員視線を上に向け、

向けたと思ったら次の瞬間、

全員五体投地のように床に伏せた。











「あいつじゃないか?」











泡だらけの頭の七松様が指差し、

中在家様は、よう、と手を挙げ






「夏子、私の名前は忘れていないな?」


「あー………仙蔵様、でしたっけ?」

「そう、いい子だな」






見覚えのある麗しいお客様は私の目の前に降り立った。



仙蔵様のお隣に立つもう一人のお客様と目があい、私は深々とお辞儀をした。





「ようこそいらっしゃいませ」

「潮江だ。潮江文次郎という。こいつのように気楽に話してくれて構わない」

「潮江様」

「そうだ。夏子であってるな?三木ヱ門が世話になったな」

「あ、三木ヱ門様とお知り合いなんですか!」

「随分と仲が良いみてぇだな。三木ヱ門から話は聞いてる」

「テレますなー」



「おい長次、私たちも一緒にいいか?」

「もそ…」


「なんだ小平太みっともねぇな。泡だらけじゃねぇか」

「なははは!夏子に頭洗って貰ってる途中だ!」





まるで修学旅行の雰囲気だなぁと、私は呑気に思っていたのだが、










湯屋が、今までにない緊張感で、



静寂に包まれていたのを



私は知る由もなかった。











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おまけ絵
















































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