ガッシャーーーンッ!!



「おぎゃぁああああああああああ!!」


「夏子ったら静かにおしよ。海神様方がお帰りになってからずっとその調子じゃないかい」
「何さ、夏子は雷嫌いなのかい?」
「そうみたいだね。良かったねぇ今日は休みで」

「もうあの大きい音まじで無理…!なんであんたら平気なの…!」


ガラスが勢いよく割れたような大きい音。恐らく近くに落ちたであろうその落雷音に、私は大声を出して布団を思いっきり被った。天気が悪い。今日は最悪な天気だ。

雨は土砂降り風は勢いよく吹き荒れ、加えて雷まで鳴り始めた。今朝方早くに喜八郎兄ちゃんたちを見送った後、朝食を食べ終えた久々知様と竹谷様も湯屋をあとにした。朝方はまだうっすら曇っていた程度なのに、昼であろう今、もう夜なのかと勘違いするほどに空は真っ暗闇に包まれていた。雷は先ほどから鳴りやむことを知らず、風は勢いよく建物に吹き付ける。大きな音とかそういうのが苦手な私は防音室でもないこの部屋でじっとするしかない。昨日休みだったのに竹谷様達に引っ張りだされて休日出勤だったので、振り替え休日として今日休ませてもらえることになったのだ。あ、もちろん竹谷様から給料は頂いた。それはもうバッチリとね。

天気が荒れるとお二方は仰っていたが、此処まで荒れるとは正直想定外。天気の神様とかいないのかな。怖すぎだろなんだよこれ。布団に潜っていても光った瞬間は布団の隙間から入り込み視界は少し明るくなる。その度にギュッと目を瞑って耳を押さえた。

ガラガラとなる雷は遠のく気配はなく、まだ暫くなり続きそうだと考えるとぶっちゃけ泣きたい。もうやだ倉庫の中とかに閉じこもりたい。いやでも部屋の外出るとなるとあの廊下通らなきゃいけないしあの廊下通るということは雷めっちゃ近くで見ることになるしもうやだ最悪泣きたい死ぬ。

一瞬おさまったかな…と油断して布団から顔を出した。すると、私の周りの布団は全て撤去されており、蛞蝓たちはいつもと違った様子でいた。化粧は濃く、香りは強く、髪はいつもより洒落ていて、普段使わない可愛い簪やら櫛やらを花魁遊女のようにつけていた。うわ、仕事し難そう。これはまた大層なお化粧ですこと。凄い神様でも来るのかな。まぁ私仕事休みだし今日という今日は関係ないけど。…………関係ないよね?

ピカッと障子の向こうが光り、一瞬で布団の中に戻った。あぁもう勘弁してください。


「夏子!夏子!あたしらもう仕事行くけど一人で大丈夫だね!?」
「ぶぇぇえ行かないでよ一人にしないで!」

「何言ってんだい今日この部屋で休みはあんただけだよ!」
「今日は悪いけどあんたに構ってる暇ァないんだ!お大事にね!」

「薄情ものォオオオオ!!」


布団から顔を出さずに蛞蝓たちを恨むと、皆「行ってくるね!」と言いながら私がくるまる布団をぽんと叩いて出て行った。くそう!裏切り者め!お前ら雷怖くないのかチクショー!
あーもう竹谷様も久々知様も雨だから持ち場が忙しくなるとは言ってたけどまさか本当に帰られるとは!怖いよ!喜八郎兄ちゃんも泥土掘りたいとかあほか!やめろ!滝夜叉丸様とか三木ヱ門様にご迷惑かけるな!





ガラガラガラガラ……!!




「〜〜〜〜〜っ!!」

声にならない叫び声をあげて私はぎゅっと布団を掴み目を瞑った。早く通り過ぎろー!!怖い。怖い。怖い。


そうこうしているうちに、部屋には私以外には誰もいなくなったようだった。チラリと布団から外を見回すが部屋の中に蛞蝓の気配はない。散らかった化粧品や着物の帯やら簪やら、香水の匂いもかすかにする。本当に、今日は一体何の日だ。簪なんか普段使わないくせに。ピカッと光った空に再び布団の中に顔を引っ込めた。あーもう勘弁してくれよ。雷だけは本当に苦手なんだから。

こういうときにケータイとウォークマンでもあれば音楽ガンガンききながらメールやらTwitterやらして時間を潰せたのに…。どうして私は荷物を車の中に置いてきてしまったのでしょうか…。まぁああったとしても電池切れて話にならないと思うけどね。この部屋コンセントとかあんのかな。いやないかな。あったとしても何に使うんだろ。この世界ケータイとかないしな。電気はあるけど。ネット離れ出来ない若者問題とかあったけど私はこの通り、ネットもなくても生きていけてる。若者を馬鹿にしてたニュースキャスターに見せてやりたい。

呑気な事を考えながら布団の中で時が経つのをまっていると、ドンッ!と何かが落下するような音がして、思わず身を強張らせた。何が落ちたんだろう。物が落ちたのかな。それとも今のは地震かな?いや地震にしては音が重すぎたな……。


考え込むのもつかの間。うとうとと意識が徐々に遠のき始めたその時、ドカドカと大きな足音が聞こえて来た。とんでもなく大きな足音(走る音?)と、何人もの蛞蝓の声。ふと布団の中から顔をだすと、雨は未だ降り続いているが、不思議なことに風と雷は止んでいた。サァサァと雨がふるだけの外を眺めているとその足音は徐々にこちらの部屋に近づいてきているようだった。


「お待ちください!!そちらはただの使用人の部屋に御座います!」

「大丈夫だ安心しろ兄役、人間に用事があるだけだ!」

「夏子は今日は!た、体調を崩しておりまして!」
「何を言う隠すな兄役!捕って食うだけだ、安心しろ!」
「とっ、!?ただの人間の小娘でございますぞ!?」




「とととtっとととttっ捕って食われる………?!?!?!?!?」




誰とも知らぬでかい声。お待ちください!と制止するのは兄役の声と蛞蝓たちの声。そしてその会話の中に、私の名前と「捕って食うだけ」という明らかに穏やかではない物騒な言葉。私はその名前も顔も知らない(恐らく)お客様に貞操を狙われている。




ええええええええらいこっちゃ……!!!



ただでさえ稲荷様方やら池田様やらからこの大事な貞操守り抜いてきたのにぽっと出のどうでもいい神様なんかに捧げてたまるか!嘘やん!誰やねんこの下半身節操無!私はまだ純情でいたい!
勢いよく部屋に飛び込み障子を力いっぱい閉め部屋の電気を消して私は推しいれの中に飛び込んだ。布団がいっぱいで隙間がないが、布団と布団の間に身を隠した。ぐぬぬ狭い。だが背に腹は代えられん。布団と布団の間にもぞもぞと潜り込み身を隠し、そっと襖を閉めた。小さく開けていても向こうにバレたら最悪だ。此処はじっと身を隠してその節操無さんが過ぎ去るのを堪えることにした。それにしても、一体誰だ。
なんで

スパン!と音が鳴る扉。恐らく部屋が開かれた。ミシリというのは畳の音。



「入ってくるなよ」



恐らく兄役たちに向けたその一言で、部屋の扉は再び閉められた。ひぇええええええ!!FUTARIKIRI!!!!のしのしという足音は確実に私の方へ近寄ってる!おかしいじゃんこれ絶対おかしいじゃん!絶対バレてるじゃん!なんだかわからないけど私絶対に此処にいるってバレてるじゃん!なんなん本当に!やめろよ!こっち来んな!あっち行け!誰だ!やめろ!来んな!

のしのし近寄る足音は、ピタリと押入れの前で止まった。


「おい、いるんだろ」



なんだよチクショウめっちゃ怖ェよ!



「よっ!」

「!!?!??!?!」


目の前の布団がわしっと掴まれたと思ったのもつかの間、私の身体は勢いよく畳に投げつけられた。嘘やん。なんでよ。人間業じゃない。あ、人間じゃないか。



「お前夏子か?」
「!は、い…」

「そうかお前が夏子か!この間は私のとこのヤツが世話になったな!」
「え?」

「それでなんで隠れてたんだ?」
「あ、いや、その…」

「私が怖いのか?」
「……顔見えません」


外は真っ暗闇。部屋の電気も消してしまったし、目の前の神様がどのような人なのかは全く解らないが、恐らく、男性の声。っていうか目の前の方は私の姿が見えているのか。私はおそらく目を見て話すらしていないはずだ。さっきまで明るい部屋にいたのに急に真っ暗な部屋にしたのだから、目がまだ暗さに追いついていない。声は聞こえるが顔が解らん。誰だ。不破様方のお友達様だろうか。


「そうか、こう暗いと顔も解らんもんな」
「あ、はい」

「まぁいい、とりあえず、抱かせろ」
「は!?!?!?」


尋常ではない力で引っ張られた腕。抵抗するのもむなしく放り投げられたの布団は、恐らくさっきまで私が隠れていた布団。


「違います違います!!これそういう布団じゃないです!!わ、私の寝具です!!」
「大丈夫だ!細かいことは気にするな!」
「いやいやいやそういう事言ってるんじゃなくては、話を聞いてくだsああああああ!!」

恐らく服が引っぺがされている。おかしい。この人の手の速さおかしい。意味が解らん。顔も見えないのに体求めるとか頭おかしい。何処の低能神様だ。




「ぎゃぼおおおおおおお!勘弁してください勘弁してください!!っていうか貴方誰ですか!!!!」
「え、私か?私は、」


私の服を剥ぎ取る腕を引っ掻きまくっていたその時、パチッと、部屋の電気がついた。








「あ、長次……!」

「小平太……!!」







何故か笑顔で電気のひもを引く、お客様。


私を押し倒して服を引っぺがしてる、お客様。



そして、半裸の私。









その姿は、私もよく知る、屏風画そのままの、



風神様と、雷神さまであり、








「………小平太…様…?」
「お!私の事知ってるのか!?」


「七松、小平太様ですか……!?」







にっかり笑ったその笑顔と、聞き覚えのある避けるべきであった存在の名前に、


私は貞操を諦めた。

退 

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