「聞き分けの悪い奴だ!!七松様こそこの世のすべてをおおさめられているお方だと何度言えばわかる!!」
「何を言うか!!潮江様こそこの日ノ本全ての神の頂点に立たれておられるお方だ!!七松様に潮江様がどれほど手を焼かれていると思っているんだ!!」
「貴様…!今七松様を侮辱したな!?許さんぞ!!今一度言ってみろ三木ヱ門!!その減らず口黙らせてやる!!」
「望むところだ!丁度潮江様を崇めぬものから順に焼き払うつもりだったのだ!!お前のその醜い角から焼き払ってやろう!!」
「……これ何喧嘩?」
「さぁ」
喜八郎兄ちゃんに連れてこられた部屋。近づくにつれなぜか喜八郎兄ちゃんが借りている部屋の近くには沢山のお客様が集まっていた。部屋になにかあるかなと思いつつも喜八郎兄ちゃんに(何故か)抱えられ廊下を進む。喜八郎兄ちゃんが廊下を歩いてくるのに気付いたお客様は道を開けるように体を壁に寄せ頭を下げて行った。「邪魔だよ」と一括すると、喜八郎兄ちゃんの周りにいたお客様は急ぎご自分の部屋へ戻られるように走り去っていった。
私を廊下に降ろしてスッ、と扉を開けると、中では怒り狂ったように取っ組み合う平様と田村様のお姿が。此処へ来られたのは喜八郎兄ちゃんにとられた数珠を取り返すためだと聞いたはずなのだが、数珠はもう既に腕に。取っ組み合いの言葉は、どうやらもう数珠の話ではなく、別の話題にうつっているらしく、「ナナマツサマ」やら「シオエサマ」やらと中々聞き覚えのあったりなかったりする名前が出てきていた。
「あ、あの、平様」
「大体貴様のその横暴な態度、昔から気に入らなかったのだ!!潮江様は確かに素晴らしい御方だが七松様には遠く及ばん!!あの方こそ私の上に立つ方にふさわしい!!」
「た、田村様?」
「ハッ!いつも七松様に振り回され中在家様に助けを求めている者の台詞とは思えんな!!立花様と共にこの世を照らしておられる潮江様こそ崇めるにふさわしい!!」
「帰っていい?」
「おやまぁ、諦めが早いねぇ」
喧嘩をするお二人の横をすいと通り抜け私の身体は座り込んだ喜八郎兄ちゃんの膝の上に落ち着いた。胡坐をかく喜八郎兄ちゃんの足の上に座りお二人の喧嘩をただじっと見つめていた。
なんというか、激しい。言葉も暴力も。水も炎も飛んでいるのに部屋になんの影響も与えていないのも不思議だが、神様だからなと考えればなんだって納得できるようになってきた私の思考やばい。洗脳状態にあるなこりゃ。
「喜八郎兄ちゃんの御咎めは?」
「さっき怒られたような怒られなかったような」
「聞いてなかったんだね」
「だって話長いんだもん」
そりゃ説教なんだから長いに決まってんだろ!とは言えず、差し出された煮豆をぱくっと口に含んだ。美味しい。酒を飲みながら「あれ止めてよ」という喜八郎兄ちゃんの適当さったらねぇ。まぁそりゃお客様の頼みなら何でもするけど、さてこの喧嘩どう止めよう。恐らく二人の世界。喜八郎兄ちゃんが戻ってきたことすら気づいていなさそうだ。声かけたところでシカトされるのは目に見えてる。となると、手はない。おずおずと喜八郎兄ちゃんを見上げると、ふんと鼻で息を吐き、すぅと息を深く吸った。
「ねぇ、夏子ちゃん来たけど、いつまで喧嘩してるつもり?」
静かに、だけど確かに怒っている声が、部屋に響いた。水は平様の手に、炎は田村様の手に消えていく。はっと意識を戻したようにお二人の視線は私の目を確実にとらえていて、突然の事に私は肩をビクッと震わせた。今の二人の目は確実に私を殺さんとしていた目だった。怖ェ。
「……す、すまない夏子、見苦しい所を見せたな…」
「…忘れてくれ……」
「あ、いえ、別に、お気になさらず。私こそこんな恰好で…」
見苦しいだなんて。喜八郎兄ちゃんに膝の上で抱きしめられている姿してる私に投げかける言葉ではない。
「そ、そうだ、数珠、返してもらえたんですね!良かったですね!」
必死に話題を別の方向へ持って行こうと試みる。その言葉は運よくお二人の耳に響いたらしく、「あぁ、」と気が抜けたような声で己の手首を見た。お二人の手首は、さっきまで私が懐にしまっておいた青と赤の数珠が通っていた。喜八郎兄ちゃん返したのか。偉い偉い。
お二人は喜八郎兄ちゃんを挟むように座につき、杯を手に取った。喜八郎兄ちゃんの膝の上から失礼し、まずは田村様の杯に酒を。次いで平様の杯に。喜八郎兄ちゃんはもう完全なる自由人で、酒樽をそのままかっくらっていた。オットコマエー。
「そうだ夏子、此度はお前に飛んだ迷惑をかけた…。何か詫びをしたいのだが、」
「い、いえいえとんでもない!!あれぐらい此処の従業員として当然ですから…!」
「そうもいかん、何かせねば私の気がすまん。何でも言ってくれ、私にできることがあれば何でもする」
「私も同じだ。久々知様と竹谷様の側についていたのに巻き込んでしまった。礼の一つや二つさせてくれ」
「いやぁそうは言われましても……」
ぶっちゃけあんなの自分の自己満足だ。私がやらなきゃ誰もやらないだろうという考えで勝手に体が動いて平様をお助けしただけ。久々知様にももういいと言われたけれど、それを無視してやったのも私の意思。お二人からお礼をされるようなことは何一つとしてしていないと思うのだけど…。
平様と田村様の目は真剣だった。再び喜八郎兄ちゃんの足の上に収まり頭の上には喜八郎兄ちゃんの顎。くそっ、身長高いの羨ましいとか思ってないんだからねっ。
「…本当に、特にないんですけど……」
「……驚いたな、人間で此処まで無欲とは。…どうする三木ヱ門」
「どうするって……何かないのか?何か欲しいとか、何か私たちに出来ることとか…」
「えぇー……」
「着物とかはどうだ?」
「いやぁほぼこれですし…」
「簪はどうだ?」
「…タカ丸兄ちゃんから貰いましたし…」
「櫛はどうだ?」
「蛞蝓から貰いましたし…」
「……お前本当に人の子か?」
「し、失礼な!」
此処から出たいとは今はそんなに思ってないし、言ったところで出来なさそうだし。此処にいる限り何かが欲しいとかそういうことを考えてもられないし、っていうか欲しい物とか特にないし…。流行物とか解んないし……。
「あっ、じゃぁ、ま、また遊びに来てください!い、いつでもいいんで……………………とかは、……ダ、ダメでしょうか…」
これならと思い、私はとっさに口に出した。これならまたお逢い出来るし、お店の売り上げも上がるし。それにもっと「神」という存在について、もっともっと知りたい。馴れ馴れしいと思われたかもしれないけれど、私の一番欲しいものはこれだ。
「……本当にそんなんでいいのか…」
「は、はい。もちろん、お時間があればで結構ですので…。」
「…お前変わってるな」
「さっきから失礼ですよ平様!!」
「そう思うのも仕方あるまい。人間は強欲で傲慢と我々は思っているのだからな。人間に振り回され我々が生まれたといっても過言ではあるまい」
「…っ」
「バカ夜叉丸、口にはお気を付け。夏子はその人間なのだからね」
「あぁすまん、お前を傷つけるために言ったのではない。許してくれ」
「い、いえいえ。そうだと、私自信も思ってますから」
「此度の滝夜叉丸のあの塵の様な姿も人間の勝手な行いから生まれてしまった姿だ。私だってさすがにあれはどうすることも出来なくて此処へ駆け込んだ」
「迷惑をかけた」
「気にするな」
あぁなんか、うん、仲良いんだな。本当は。ちょっと意見が合わないだけで、本当はずっと仲良しさんなんだろうなぁ。今の一瞬の会話で良く解った。
そんでもって恐らく喜八郎兄ちゃんもタカ丸兄ちゃんも仲良しさんなんだろうなぁ。羨ましい。
「では夏子、我々と友、という存在になるというのはどうだ?」
「へっ、」
ぐるりと向けられた首。田村様の口から出たのは、友になろうという言葉だった。
「そ!そんな恐れ多い!」
「喜八郎とは随分と親しそうな呼びあいをしているではないか」
「そ、それは昔からの…」
「時が立たなければ友にはなれないか?私はお前のような人間となら友になりたい!」
「それはいい考えだ!恐らく夏子という人間にも我々のような者に思うことも多々あるだろう。腹割って話せるような仲になろうではないか」
「此処はお前がいた世界とは違うだろう。生きにくい世界、少しでも心の拠り所があってもいいのではないだろうか?」
「それとも、これでは、礼にはならんだろうか…」
……随分と、このお二人は相手の感情を読み取るのがお上手のようだ。
まさに、私が思っていることをズバッと当てられた気分だ。
確かに、蛞蝓たちと友人になった。蛙とも喧嘩するような仲になった。だけど元の世界に比べたらまだまだ遠慮している部分はあるだろう。蛞蝓たちよりは、神様という存在の方が人間には近いだろうし。
それに………友達が増えるというのはとても嬉しいことだ。それが人間だろうと蛞蝓だろうと蛙だろうと神様だろうと。
「……いいんですか?」
「悪いわけないだろう!人間という生き物、我々も勘違いしてる部分があるだろうしな、」
「夏子さえよければ、もっと砕けた呼び方をしてくれてもいい!お前なら名で呼んでもいいぞ!喜八郎のように呼んでも構わん!」
「お兄ちゃん呼びは僕とタカ丸さんの特権だよ」
「何をバカげたことを。だったら名で呼んでくれればいい」
「そうだ、それが仲良くなるための一歩だと思え!」
「………み、三木ヱ門様!」
「そうだ!それでいい!」
「た、タマキシャサル」
「滝夜叉丸だ」
「滝夜叉丸、様!」
「次は間違えるなよ…」
私に名を間違えられたのがよほどショックだったのか、滝夜叉丸様はがっかりしたように肩を落として、三木ヱ門様にはプギャーされていた。なんかすいませんと頭を下げると半笑いでいいと手をふられた。だって名前長いから……。
「さて夏子、我々は急遽此処へ来たのでな、明日の日が昇る前に帰る」
「あ、お急ぎなのですね…」
「近いうちに来る。もっと仲良くなりたいからな!それまで待っていてくれ」
「は、はい!待ってます!」
「タカ丸さんも連れてくるね。今日はどうもありがとう」
「ううん、タカ丸兄ちゃんにもよろしく言っておいてね」
「うん、任せておいて。さ、久々知様たちのお部屋にお戻り。また来るときに連絡するね」
「うんうん、待ってるね!」
立ち上がり入り口の処で一度正座をし、深く深く頭を下げた。
「それでは失礼いたします。またお会いできます日を楽しみにしています。お休みなさいませ」
「今日は本当にありがとう夏子」
「また必ず来るからね」
「私たちの事忘れるなよ」
「はい!」
障子を閉めて、私は廊下をかけて食堂へ走った。何でもいいから美味しい酒くれと酒樽をひったくり、階段をかけ久々知様と竹谷様の待つべき部屋に戻ったのだった。
失礼しますと声をかけるとおう!と逞しい返事が。中へ入るとお二人ともまだ起きていて、窓から外を眺めていた。
「竹谷様、明日晴れますか?」
「いや、残念ながら大荒れだな」
「えっ!?」
「雷、雨、恐らく突風もある」
「うわぁぁぁ」
「夏子、十分気を付けるのだ」
「…?はい、もちろんです」
「出来れば部屋から出るなよ」
「……は、はい…?」
確かに窓から見上げた空はどんよりと曇っていて、とてもいい夜とは言えないような空模様だった。お酒ありますけどと言うと、久々知様と竹谷様は喜んで杯を出した。
「二人はどうだった?」
「はい!お友達になってくださいました!」
「それはよかったのだ」
「俺らとも友達だろ?」
「いいえ、服を脱がすような変態は友とは言いません」
「辛辣…」
そういえば天気が悪かったら外に出るな。それ不破様にも言われたな。
酒を注ぎ豆腐料理を運び、夜はまだまだこれからだとも思ったのに、久々知様も竹谷様も私がいない間にそうとう飲まれていたのか、顔を赤くしてもう飲めないと杯を逆さに置いた。
急ぎ布団を引き寝所を整えたのだが、まぁその、予想通り私の身体は布団の中に引きずり込まれるわけでございまして。よかった今日先に名札ひっくり返しておいて。最近残業代凄いからな。気を付けよう。
「夏子、次は天気のいい時に俺の背に乗せてあげるのだ」
「!本当ですか!嬉しいです!」
「俺は?」
「ぜ、是非尻尾をまたもふもふと…!」
「お前本当にこれ好きだなぁ」
「ひいいい幸せ!」
かけられた布団の中でもふりと私の腹に乗る何か。それは竹谷様の尻尾で、私は嬉しくて布団にもぐりこんで尻尾に抱きついた。
盛大に笑われたなど、言わなくても察してください。
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おまけ絵
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