「平様、」

「そうだ、我が名は平滝夜叉丸と言う。七松小平太様の側近であり闇淤加美神を務める神だ。お前は、人間か…?」
「あ、はい、そうです。白浜夏子と申します」
「そうかそうか、お前が私を助けてくれたのだな、礼を言う。本当にありがとう」
「い、いえ、その、」

男かよ……この声男だよな…………。なんだよ女神かと思ったじゃないか…。男か…。なんだろうこのコレジャナイ感…。

ビショビショになってしまった袴をぎゅっぎゅとしぼりながら、私の頬に手を当てるこの神様は、水の神様らしい。久々知様とはまた違うのか。久々知様は海。平様は水。ううん、日本の神様とは幅が広くて本当に数が多いなぁ。また知識がどんどん増えていく。

このままでは服が重いと袴を絞り水気をとっていると、一瞬私の体が真っ赤な火に包まれた。ビックリして肩を強張らすと、その火の玉は小さくなって私の体に入っていった。あ、なにこれあったかい。すると不思議なことに、服の水気はその火の熱で飛んだのか、元通りの袴の手触りになり、髪から滴り落ちていた水も、パッと止み、私の体は一瞬で乾いた。


「乾いたか?」
「ぎゃぁ!!」


背後に誰かいただなんて気付かなかった。ポンと置かれた手はほんのりあったかく、私は勢いよく後ろを振り向いた。あ、この人さっき大湯の場所に飛び込んできた人。人っていうか神様。
真っ赤な目はまるで孫兵くんのようで、凄い綺麗な顔をした女神様だった。うわぁカッコイイ。


「すまない、迷惑ごとに巻きこんでしまった」
「あ、その、いえ、別に」

「私の名前は火之迦具土神の田村だ。田村三木ヱ門という」


……嗚呼、なんてことだ……この人も男だなんて…………。この世はどうかしてる…。


「お前は、この湯屋唯一の人間でいいのか?」
「は、はい。そうです」
「他に人間は?」
「いませんけど…」

「では聞くぞ夏子。お前、喜八郎から、赤い数珠と青い数珠を渡されていないか?」

「……数珠…?」


田村様は、これくらいの数珠だと手で大きさを表現しながら私に問いかけた。そうだ知らないかと続いて平様も私に詰め寄り問いかけた。
数珠。そういえば喜八郎兄ちゃんが湯屋に来たとき、次に来るまで預かっててくれと言われ手渡されたやたらと綺麗な数珠が二つあった。腕にジャラリとはめられたのだが、それはあまりにも綺麗過ぎて、水仕事をするときにはめているのをためらうほどだった。というわけで、私は小さい巾着を蛞蝓から貰い、いつも懐にしまっていたのだ。

緑色の巾着を懐から出し、紐をとき、中からしまっていた数珠を二つ取り出すと、平様と田村様は驚くように目を見開いた。


「これのことでしょうか?」

「そうだ!やはりお前が持っていたのか!」
「えっ、これはお二人の物なのですか…」
「バカ八郎に奪われたのだ!それは私たちの御神体だ!」

「なんですと!?」

「おかげで私は力を保つことが出来ずあんな醜い姿になっていたのだ!!」

「た、大変申し訳ありません…そうとは知らずたまにつけてたりしてました…」

「別にそれぐらい構わん。大事に持っていてくれたのだな。ありg痛ァッ!?!?」
「い"っ!?!?」

「!?」


お返ししようと思い数珠を手に乗せ平様と田村様に差し出すと、平様と田村様の手がバシッ!!!と思いっきり何かで叩き落された。えっ、なんで。誰。




「夏子ちゃん、僕が来るまで持っていてと言ったはずだけど?」



「喜八郎!」
「喜八郎!?」

「きっ、喜八郎兄ちゃん!?!?」

「アホ夜叉丸とアホヱ門なんかにあげちゃダメでしょう?これは僕が夏子ちゃんにプレゼントしたものなんだから。ねぇ?」
「だっ、え!?なんで!?い、いつきたの!?」

お二人の手を叩き落したのは、あろうことかさっきまでこの場にいなかった、喜八郎兄ちゃんのテッコ様でした。私の視界を遮るように私の前に立ちふわりと私の頬を両手で包んだ。手袋が冷たい。たった今、本当にたった今来たのだろうか。んーと私を愛でるように額に頬に鼻に何度もkkっきききっきキスを落としては久しぶりだねぇと私の体はふんわりと包みこまれた。あ、土の匂いがする。喜八郎兄ちゃんだ。まごうことなき喜八郎兄ちゃんだ。

「逢いたかったよ夏子ちゃん、この前は挨拶もせずに帰ってごめんね?」
「いや、その、別にそれは、えっ!?い、いつ!?いつ来たの!?」
「おやまぁこんなに髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃって可哀そうに。タカ丸さんがいたら綺麗にしてくれたのにねぇ」
「話聞けよ!!」

「喜八郎貴様、よくも私の大事な御神体をこんなとこr痛ッ!!!」

喜八郎兄ちゃんが私を抱きしめを開放しうっとりしたように私の頭を撫でていると、平様が喜八郎兄ちゃんに詰め寄り肩を思いっきり掴んだ。だが喜八郎兄ちゃんはそれに振り向きもせず指を一振り。ひとさし指をくいと折り曲げると、平様から出てきた(こんな言い方すると変だけど)大量のごみの中からタライが飛び出し、平様の後頭部へそれは直撃した。アッー!!!と私が反応するが一瞬遅く、平様が痛みに耐えることが出来ず平様は頭を押さえてしゃがみこんでしまった。

「喜八郎兄ちゃんんんん!?!?!?」

「弟役、部屋何処か余ってるよね?」
「まま、ま、松の間が、ひ、一部屋」
「金ならある。その部屋借りるよ。夏子ちゃん、あとでお部屋おいで」
「は、はい!」

「待て喜八郎…!!話はまだ終わっていない!!!」

嵐のように喜八郎兄ちゃんはこの場をかきみだしていって、人とは思えないジャンプ力で(あ、人じゃなかった)喜八郎兄ちゃんは二階へ三階へとびうつり、スタスタと言われた部屋へと向かっていった。平様もそれに続いて追いかけるように待て!と手を伸ばした。が、追いつくわけもなく、チッと舌打ちをすると恐ろしいほどに綺麗な毛並みをした、これまた久々知様とは違った姿の龍へと姿をかえ喜八郎兄ちゃんを追うように上層階へ飛んで行った。
残されたのは呆然と立ちすくむ田村様と私の横にいた久々知様と竹谷様。大川様はいつの間にか消えてた。それから、ゴミの山。うわぁ……これは掃除が大変そうだ……。

「おい兵助、田村、手を貸せ」
「いいよ」
「は、はい」

「夏子、お前のためにひと肌脱いでやるよ」

「竹谷様?」


ぽふんと頭をに手をおかれ、ぐしゃぐしゃと髪の毛を撫でまわされた。ぽかんとする私の腕を久々知様が引っ張り、私は一旦大湯外へと出された。竹谷様は一体何をなさるのかと、私は数珠を手に握ったまま見つめていた。竹谷様は首に手を当てゴキッと肩を回すと、ゴミの山に手を突っ込んだ。

目を疑った。積み上げられたゴミが、一瞬で緑に覆われ、樹が生え、草が生え、花が咲き、ゴミというゴミ、すべてが自然に還ったような光景になってしまった。

緑の山から竹谷様が腕を出すと、今度は田村様が腕を舞わせるように動かし、火の海が緑や木や花を全て燃やした。

続くように久々知様が大湯の釜を指差しふわりとゴミの方へ指を動かす。水が踊るように大湯から飛び出し燃える火を包み込んだ。

火は消火され、残ったのは色々な燃えカスだらけ。田村様が火力を調節しながら、燃え尽きるものは全て燃やし、残ったのは燃えた大木の燃え残り。つまり、木炭。


「おほー、お前らは賢いなぁ。気付いて運びに来てくれたんだな?」

「え…うわっ」

「頼んだぞ、新野先生にも宜しく伝えてほしいのだ」


足元をわさわさと動くのは、新野先生の所にいるはずのススワタリちゃんたちだった。竹谷様に擦り寄る者もいれば、一直線に木炭を運び出すものもいる。大量のススワタリちゃんたちが木炭を一気に運びだし、大湯は、いつも通りの綺麗な姿へと戻った。





「信じられない……!」





神様というのは、此処まで凄い存在なのか。

一連の出来事があまりにも信じられなくて、これが現実のなのかすら区別がつかない。ワッ!と盛り上がった上の階にいた神様のお客様がたや、周りにいた蛞蝓や蛙の声で、私はハッと気を取り戻した。
いやなんかもう、本当に、こんなすごい神様を、何故私なんかの人間がお相手させていただいているのか分からない。この方々無で、向こうの世界はきっと成り立たないんだろうなぁと、改めて実感した。いざというときの神様頼み、いやぁ、こんなのみちゃったら頼らずにはいられないわな…。


「田村、行け。夏子は後で寄越す」

「は、はい!では、竹谷様、久々知様、失礼いたします」


ふわりと舞ったのは三本の足がある烏で、真っ黒い羽を残してそれは上層階へ飛んで行った。なんていうんだっけ、八咫烏?

綺麗だなぁと見上げていると、ガシッと掴まれた私の肩。



「さて夏子、」

「ゆっくり、話しような?」



あ、詰んだわ。
































「久々知様!!竹谷様!!!お手数おかけいたしましてそしてご迷惑をおかけいたしまして大ッッッッッッッッ変申し訳ありませんでしたァアアアアアア!!!!!!」


竹谷様の肩に担がれ私は大湯からお二人の部屋へ連行された。ポイと部屋に投げ捨てられた私は、畳であるにも関わらず思いっきり距離を取りスライディング土下寝をかました。

っていうか、私は此処へ腹を斬る覚悟で飛び込んだ。だってそうだろう。酌をしていたのに勝手に部屋を離れあろうことかお客様の忠告を無視し勝手な行動をし、まぁあのタキヤシャマル様とやらが助かったからよかったけれど、その過程で様々な力をお借りした。あろうことか山のような量のゴミの後処理をさせてしまうだなんて………!!!私は従業員失格だ!死ぬ!いや死んだ方がいい!こんなヤツいないほうがいいにきまってるぁぁあああ!!!


「いいい今蛙から刃物借りて此処で切腹させていただきますので何卒介錯の方を宜しくお願いいたします……!!!」

「落ち着け夏子」
「誰も夏子の死は望んじゃいないのだ」


「……へ」


再び距離を詰められガバッと私の体は、逞しい筋肉の竹谷様に包まれました。アッー!苦しい!!


「良くやったなー夏子!お前がいなきゃ滝夜叉丸のヤツ多分死んでたぞ!」
「あそこまで膨れ上がった憎悪の塊は中々壊すことは困難なのだ」

「あ…」

「お前本当に人間か?変わった人間もいるもんだなぁ」
「ここ最近じゃ滅多に見ない信仰心のある人間だな夏子は」

「………」

「三郎と雷蔵たちがお前を気に入ったのも解るのだ」
「孫兵たちも懐いてたしなぁ」



「………や、やめてくださいよ…」


「夏子?」



「……わ、私、そんなにいい子じゃないですよ…」



やいやい褒められる言葉の雨に、私は居心地が悪くなり、抱きしめる竹谷様の体を押し離した。


「…皆様に出会うまで……正直神様なんて、…い、いないと思ってましたし………。此処に来るまで、神様なんて、本当、…信じてませんでした…。っていうか、今でも…正直皆さんの存在、信じきれてない部分も、少々ありました……。でも、さ、さっきのみなさんのあのお力みて、あぁ、やっぱりこの国には、この世界には、皆さんのような方々が必要なんだなぁ…って、やっと思えるようになりました…」


失礼な話だ。気に入ってくれて、愛でてくれて、贈り物までしてもらったりしているのに、私はまだこの"神様"という存在を少しだけ、信じられていなかった。皆人の姿だし。なんか、現実味がなかったという方が正しいのかもしれないけど。


「…失礼ですが……此のままの自分の気持ちでお二人に好いて貰っても、失礼だと思ったので言わせていただきました……。気分を害したのなら…もう、私は呼ばなくて結構ですから…」


お二人の笑顔が、結構心にグサッと来ていた。だって、私はこんななのに、お二人は私に笑いかけてくれて、なんか、こう、やりきれない。



「いや、お前はそのままでいいんだよ」

「…竹谷様?」

「口ではそう言ってるけど、信じてる。お前は、神と言う存在を信じてる。きっと今夏子の頭の中が整理しきれていないだけだ。信仰心がなければこんなとこすぐに辞めてるだろうし、何しろあの滝夜叉丸を助けることなんか出来なかっただろうな」
「……でも、」

「お前が俺たちの存在をどう思っていようと、俺たちは夏子が大好きだよ。こんなに人間の側が心地いいなんて思ったこと、今まで生きてて一度もないのだ」
「…久々知様………っ、」



「あー、泣くな泣くな。お前が俺たちのことどう思ってようと、俺たちがお前のこと嫌うわけないだろ?」

「大丈夫大丈夫、お前はどの蛞蝓よりどの蛙より良い子なのだ。よしよし」



ガラにもなく、ふぇーと涙を流してしまった。お二人の手と言葉が、あまりにもあったかくて。

この世界の神様というものは、人間というものを本当に大事にしてくださっている。あんな力を持っていれば、私を殺すことなど容易いはずなのに。あんな失礼なことを言っても、お二人は私を受け止めてくださった。嗚呼、あったかい人たちだなぁ。……神様達、ね。

ぐしぐしと涙を袖でふき、私は一旦部屋を出させていただくことにした。あの三人があまりにも気になったからだ。

久々知様と竹谷様には、後で必ず戻ってくると言い許可を貰った。今夜は長いなぁ。


「出来るだけ早く帰って来いよ」
「しょ、精進致します」

「帰ってくるとき酒持ってきてくれるか?」
「お任せあれ!」


部屋を出て階段を降りようとした其処に、私を迎えに来ていたであろう喜八郎兄ちゃんがいたのは蛇足だ。










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おまけ絵







































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