「夏子!こっち来い!滝夜叉丸は俺たちがなんとかする!」
「……」
「おい夏子!!」

「あ、いや、その、ちょっと待ってください」

「…夏子?」

タキヤシャマル様という方のヘドロのような体の中へ手が伸びた。伸びたというか、伸ばされた?ニュルリとのびたジェルみたいな(いやヘドロなんだけど)手?が私の手に絡みついて体へ伸びた。まるで触れてくれと言われているように。その先で待っていたのは、トゲのような何か。なんだろうこれ。固い棒?え?なにこれR18入るん?違うよね大丈夫だよね?

触ったことのあるような、固い何か。なんだっけこの感覚……。

「夏子、」
「うぉっ!!久々知様!?」

何だっけ何だっけと唸っていると、足の間から龍の姿となった久々知様がスルリと入ってきた。今私は恐れ多いが久々知様にまたがってしまっている。が、湯釜の淵にいるよりは安定していていい。すいませんと言うと気にするなと久々知様は仰った。

「どうした?」
「あ、久々知様……此処になんか…固い棒みたいな………」
「…棒?」

完全に龍の姿となった久々知様はゆるりと体をうねらせて、タキヤシャマル様の方をじっと見た。私の手は未だにその棒に触れている。……いや、その周りにもなんだかいろいろくっついてるぞ。ゴミ…?いや………鉄くず…?

「……ハンドル…?」

「ハンドル?」
「……ハッ、く、久々知様!!こ、ここ!!この方の体に、じ、自転車のハンドル刺さってます!!」

「何…?」


跨っていた久々知様から降り、私はその自転車のハンドルに両手を伸ばして思いっきり引っ張った。深くて取れない。どういうことなの。
っていうか、もしかしてこの方の体…他にも何か刺さっているのか…!?え!?それ緊急事態じゃないの!?

しかし、身体はゆっくり離れて行った。

「えっ、ちょっと、久々知様!?」


「滝夜叉丸、こうなったのはお前の失態だ。喜八郎との喧嘩はお前の問題だろう。夏子は今俺たちの世話で忙しい。他の蛞蝓を使え。これは、お前の失態だ。田村、お前もだ」


「は、はい……!大事なお時間を、…た、大変申し訳ありませんでした……!」

「く、久々知様…?」
「行くぞ夏子、これはお前が出る場じゃない」
「え、ちょっと…」

ふわりと体は宙を泳ぐように大湯の釜から離れて行った。久々知様は見下ろすようになんとか様と田村様にそう言い放つと、竹谷様の方へと近寄った。

…だけど、どうしても後ろでお湯を浴びている神様をほっておくことなどできなくて、私は久々知様から飛び降りてまた湯釜へ戻った。何度も名前を呼ばれて引き止められたけど、どうしても、どうしてもこの方をほっとくことは出来なかった。

湯釜をあっちこっち移動して、さっきの場所を見つける。この角度だ。手を思いっきり突っ込むと、見つかったさっきの自転車のハンドル。



「〜〜〜〜っっ!!!」
「夏子!!」

「ちょっと待っててくださいねタ、タ…!?タ、タキシャマサル様!?」
「何もあってねぇぞ夏子」

「今これ抜きますから!!痛いですか!?苦しいですか!?今助けますから!!ちょっと待っててくださいね!!」

「…夏子……、」



どう引っ張ってもうんともすんとも言わない。右へ動かしても左へ動かしても全く動かない。さてどうしたもんか。
だけどこのまま放っておくわけにも行かない。どうにかしてこれを抜き出さないと、きっとこのお方は苦しんでるはず。この階に蛞蝓がいない。蛙もいない。なんでだ。ヘドロみたいな体だから誰も助けに来ないの?臭いから?

それはあまりにもひどいことじゃないの?だってここは、湯屋でしょ?神様の疲れを癒すところなんでしょ…?それなにのなんで…。


「た、タキマシャサル様!!」
「滝夜叉丸な」
「たき、た、滝夜叉丸様!!今お助けしますから……!!ちょ、ちょっと…!待っててくださいね…っ!!」

ぐっと握りしめ思いっきり引く。はいダメ。押してダメなら引いてmはいダメー!!!

うーんどうするかなー、と腕を組んで唸ると、


「夏子!その方は御腐れ神ではないぞ!」


「え!?大川様!?」
「このロープを使うんじゃ!!」
「あ!?あ、はいぃ!!」

突然空(天井か)から落ちてきた、あ、いや降りてきた大川様。いつぶりにお目にかかったのだろう。突然大川様はパンと手を叩いて魔法のようにロープを出した。なに今のすげぇ。やっぱり大川様魔法使いか。とんでもねぇな。

全員一階に降りてくるのじゃ!と大声で叫ぶと、ドタドタと凄い足音が建物の中に響き渡った。そして一階に集まった蛙や蛞蝓は大湯のスペースを覗くように壁から何人も顔を覗き込んできた。
その間に受け取ったロープを自転車のハンドルらしきものにぐるぐると巻きつけ、引っ張っても取れないようにぐいぐいと確認しながら巻きつけ巻きつけ。

「竹谷様…?」
「俺に任せろ!」

犬の姿のまま、私の手にあったロープを銜えて風の如く一階を走り回って蛞蝓や蛙に届けてくださった。

「夏子!全員に届いたぞ!」



「ありがとうございます!!引っ張ってくださいーーーーーーーーーーーい!!!」



うおおおおおと雄々しい雄叫びとともに、ロープはビンと張った。徐々に体は後ろに傾き、滝夜叉丸様に突き刺さってる自転車がズルズルと出てきた。



「ギャァァアやっぱり自転車だエライこっちゃァァアアアアーーーーッッ!!!滝夜叉丸様大丈夫ですかーーーーーッッ!?!?!?」

「夏子ー!大丈夫かー!」
「たたたた竹谷様ァァァアアーーーッッ!!私よりこの方ヤバイですってじじじじじ自転車とk……ギャァァアア便器とか出てきましたよこりゃアカーーーン!!!」

一心不乱にロープを引っ張り、ガシャガシャと出てくるゴミに絶叫しながらも手は休めない。一体どういう状況なんだこれ。全然意味が解らない。っていうか、滝夜叉丸様って何の神様なんだ?なんでこんなゴミまみれなの?

雪崩のように出てきたゴミに呆気にとられていると、隣に立っていた田村様が「滝夜叉丸…」とつぶやいた。その声にはっとなり、滝夜叉丸様を見上げる。大きさが縮んでる。おっ、これもういっちょ頑張れば助かりそうじゃないの?いやどこがゴールか解んないけど。

チョロッとはみ出てるものに触れるとそれは釣り糸。これが最後か。湯釜に飛び乗り釣り糸を引っ張った。


ポン、と心地いい音とともにそれは抜け、血が噴き出るようにぶしゅーっと何かが飛び出てきた。思わず目を瞑り姿勢を崩すと、私の体は綺麗な、それはそれは綺麗な水にコーティングされるように包まれた。





「夏子!!」

「おい夏子!!」





















……不思議だ…。水の中なのに……息が…できる……………。






ぷかぷかと、湯釜の中から浮かんできたのは、嗚呼、女神とかこういう方の事を言うのかというぐらい、美しい神様だった。




























「お前が私を救ってくれた者か!礼を言おう!恩に着る!我が名は闇淤加美神、平滝夜叉丸だ!この平滝夜叉丸、憎き喜八郎のせいであんなに醜い姿になっていたのだ!これが私の本来の美しさ、本来の姿!神の中でこれほどのサラサラストレートヘアーであり美貌をもちあわせたものは私以外にいないであろう!なんといってもこの平滝叉丸、あの七松小平太様の元で優秀な働きを初めとして中在家様の…………――――――

























助けなきゃよかった。

その一言が頭を過ったのであった。

退 

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