21.事務員の人 「改めまして、ワシはこの忍術学園の学園長をしておる、大川平次渦正と申す」 「あ、これは、ご丁寧に。私は香織と申します。えっと、…学園長さんと、お呼びしても」 「よいよい、好きに呼びなされ」 生徒が増えたようじゃ、と学園長さんは笑った。土井さんも、黒木くんたちが土井先生と呼んでいたので、そう呼ばせてもらうことにした。先生って呼ぶのなんて生まれて初めてだな。 こうして私はこの忍術学園で、帰り方が解るまで御世話になることになった。 この日の夕方、学園長さんが夕礼を開いて、わたしがここで事務員として働くことになったということを生徒さんたちに話をしてくれた。もちろん、別世界の人間だという話はしなかった。南蛮という場所で海賊、基、水軍をやっていた。という設定にしてくれた。船が転覆して、漂流して、戦に巻き込まれて、それで歩き回っていたら山にいてー…という設定らしい。だから刀を持っていたり、銃を持っていたということは説明できる。 と、土井先生が言っていた。 なるほどね、私はそういう設定で此処にいるのね。覚えておこう。ボロ出したりしないようにせんと。 南蛮は広いから、見たことのないその銃もきっとあるだろうと。 「では香織殿、一言、挨拶を」 うぇええええ無茶振りやめてください 思っていた以上に生徒さんはいっぱいいた。すごいいっぱいいる。物凄いいっぱいいる。なにこれすごい緊張する。 おい!どうした香織!お前はいつも一回りも二回りも違う男どもに船で「酒に飲んで潰れるくらいなら死んでしまえ!」と叫んでいるじゃないか! 「あー、えっと…色々あって、此処で事務員として、御世話になることになりました。香織と申します。 あ、怪我はもう、ほぼ完治しました。ご心配おかけしてしまったみたいで申し訳ありません。…えっと、とりあえず、宜しくお願いいたします…」 ぺこりと頭を下げ、台の上から降りる。 拍手がパラパラと聞こえた。なにこれ、テレる。 そして私は忍術学園の忍者のたまごたちと共同生活を始めることにした。 「この部屋をお使いください」 「え、こんな広い部屋…」 「いいんですよ、どうせ使っていないんですから」 「すいません、ありがとうございます土井先生」 「いえ、お気になさらず」 そうしてなんやかんやで一日が終わった。 私はもう自由に歩けますアピールを校医の新野先生という方と善法寺さんにしまくって、あの部屋から脱出できたのだ。あの部屋ちょっと薬臭くてツラかったなんて話は秘密だ。 「あ、あの土井先生」 「なんでしょうか?」 「私はこの学園で銃を撃ってもいいでしょうか」 「ゑ」 「あ、いや、誰かを撃つ的な意味ではなく、一応肩とか腕を怪我していたので、銃の感覚が鈍ってしまったのではないかと思いまして…」 そう、そうなのだ。3日間ぶっ通しで寝続けその後は寝たきりで御飯を食べるだけの生活をしていたのだ。体が鈍っていないわけがない。本当ならば今すぐにでもダッシュしたり飛び跳ねたり身体の異常を確認したいところなのだが、今来ているのは着物だ。気軽に飛び跳ねたり出来るような服ではない。ちょっと無理がある。 「あぁ、それでしたら運動場の端に狙撃場がありますよ。あそこなら誰も近寄りませんので、好きに使ってくださって大丈夫です」 「本当ですか!ありがとうございます!」 明日はコマツダさんという人と一緒に事務の仕事をすることになっている。それが終わったら門前の箒掃除と洗濯物を片付ける。明日の仕事はそれだけみたい。終わったら銃の手入れも兼ねて狙撃場借りよう。 「ならば許可書を出しておきますね」 「何から何まですいません。」 「いえいえ、そんなにお気になさらないでください。何か困ったとこがありましたら、私か、学級委員の、あの四人に聞いていただければいつでも対処しますので。それでは、私はこれで」 「はい、おやすみなさい」 音もなく消える。やべぇ興奮する土井先生まじで忍者じゃんイケメンだしハァハァするわ。私もあんな感じになれるかなちょっとこんど授業見学させてもらえないかな。 とりあえず今日は疲れた。 まさか別の世界にくるだなんて思ってもいなかった。私の常識が全然通じない。何もかも初めて触れるものだ。もしちょっとでもボロをだしたら、殺されるかもしれない。当たり前だ。私は異人なのだから。 「夜分遅くに失礼します。一年は組学級委員長の、黒木庄左ヱ門です」 「同じく一年い組の今福彦四郎です」 「え?どうしたの?」 スッと開く扉の向こうにいたのはあの可愛い二人でした。ねぇそれ寝間着?寝間着なの?可愛いね?すげぇ可愛いね? 「香織さん、あのこれ、お返しするのすっかり忘れてて…」 「あぁ刀。すっかり忘れてたよ。持っててくれたのね。ありがとう」 今福くんから手渡されたのは、あの船で借りっぱなしだった刀であった。ずっと手に掴んでいたからだろうか。こいつもこっちに来てしまったのか。やれやれ私の刀でもないのにこれから世話を焼かなければならないのか。ミホークのおじさまに聞かれたら笑われちゃいそう。 血が付いていないというところを見ると、今福くんが手入れをしてくれたのだろうか。すごいな本当にありがとう。 「あの、香織さんは剣術が得意なんですか?」 「ん?あぁ、実は銃より得意だよ。でも刃こぼれとか手入れが面倒だからあんまり使ってないんだけどね」 「そ、そうなんですか…」 「……」 下を向いてモジモジする。え、なに会話終わり?でいいんっだよね? どうしたの?何か他に言いたいことある? 「あの、香織さん」 「ん?」 「その…」 「どうしたの黒木くん」 下をむいてまたモジモジしはじめる。え、どうしよう何かあったんだろうか。トイレ?トイレなの? 「ぼ、僕等のこと、名前で呼んで欲しい!な、なんて……」 「あ!庄左ヱ門ズルい!僕も!僕も名前で呼んでください!」 急にどうしたの…!そんな可愛いこといって! 「その、もっと、香織さんと、仲良くなりたいと、思いまして…」 「僕も!僕も呼んでくださいー!」 「むしろ呼んじゃっていいの?」 いつか帰るのだ。一線おいておいた方がいいと思い、私は今まで苗字呼びを心がけてきた。だが、本人からその要望があるのなら喜んで名前で呼ばせてもらう。 「んんー、庄ちゃんと彦にゃんでどうだろうか」 「鉢屋先輩と尾浜先輩と」 「同じような呼び方しますね…」 じつはちょっとあの呼び方に憧れていたのだ。 だって、可愛いし。 「あ!それから!」 「ん?」 「学園長先生がお呼びでした!」 「それ先に言うべきじゃないの!?!?」 彦にゃんたら超うっかりさん!!!!!!!! 私はごめん!と手をあわせて教えてもらった学園長室への道を急いだ。うん、ちょっと息は上がるけど走れるっちゃ走れるな。今度素振りもしよう。 失礼しますと一言声をかけ、部屋の中に入ると、学園長さんは「待っておったよ」といってヘムヘムというワンちゃんとやっていたであろう将棋盤をかたした。ヘムヘム二足歩行だけじゃ物足りず将棋までやるのかパネェな。 「さて、香織殿や」 「はい」 「お主を此処で、事務員として雇うと言ったがのう」 「え、もうクビなんです?」 「いや、そうではないわ!」 落ち着きなされ!と怒られちゃった。だって何か今の言い方じゃ「やっぱり出て行け」とか言われるのかと思っちゃったよ。 「事務員は、表の顔。裏では傭兵として、お主を雇おうと思っているのじゃが、どうじゃろうか」 なるほど、そうきたか。 ------------------------------------- ヲマケ 「宜しくお願いします…」 パチパチパチパチ… 「はい!」 「どうした乱太郎」 「香織さんっておいくつなんですか?」 「あ、私は今年で19になるよ」 「「「「え!?!?」」」」 「え!?」 いや……14ぐらいかと思ったって… お前らそれはよいしょしすぎだろ………… (21/44) |