20.人ではない

「事務員?」
「そうじゃ!此処に留まりなされ!」
「が、学園長!?」

煙の中から現れたご老人は土井さんから"学園長"と呼ばれた。学園、長、ってことはここで一番偉い人ですよね?私今寝間着っぽい着物で布団の上に座ってますね?これ絶対失礼ですよね?

「え、うあ、その」
「よいよい、そのままでよい。無理に身体を動かさんでよいわ」

いやさっきまで扉パァンッ!て開けたり土井さん揺さぶったりしてたんですけどね。
骨に異常はないっぽいのでほとんど回復に近いですわ。これも能力者だから、なんだろな。

「話は全部聞かせてもらったわ」
「え!」
「わしにも、虎の姿というものを見せてはもらえんだろうか?」


そう言うとこの学園長さんは布団の横に座った。チラリと視線を送れば、土井さんは静かに小さく頷いた。


学園の長ってことですもんね。

ってことは見せておいたほうがいいんですもんね。


私は意識を集中させるわけでもなく、いつものように、ふわりと虎に姿を変えた。もう人間だったときの面影は一ミリもない。

能力を操りきれないときは大変だった。髪の毛だけ残っていたり、腕は人間のままだったり。一番ひどいときなんか顔は人間のまま、身体が虎になってしまったときもある。あれは普通に恥ずかしかった。

その後マルコ隊長の指導のと、完全な虎の姿に変えることが出来るようになったのだ。猫耳と尻尾だけってことも出来るようになった。それは船の変態どもに狙われるからあまりやらないけれど(主にエース)。

これでどうでしょう、とでも言わんばかりの視線を送り学園長さんを見る。やはりこの世界にはこのようなことが出来る人はいないんだろう。学園長さんも少し目を見開いた。


「…どうやら、先ほどから話をしていたことは全て、本当のようじゃの」
「……えぇ、多分」

いつの間にか学園長さんの背に座っている土井さんが答えた。
っていうか何処で話聞いてたんだろ。


「では、えーと、香織殿、でよろしかったかな?」
「あ、はい」

「元の世界に帰る方法がわかるまで、ここにいてくだされ。あなたはわしの大事な生徒の命を救ってくださった。右も左もわからぬこの地に放り出すなんてことは出来ますまい。」

「…」



学園長さんの声は、パパのように優しい。きっと私が不安にならないようにと言ってくれたのであろう。

でも私は、此処にいるわけには行かない。
私は異世界の人間なのだ。此処の人とは全然違う生き方をしてきている。この手は汚れきっている。
こんな穢れを知らないような黒木くんや今福くんのような子がいっぱいいるんだろう。側にいてはいけない。きっと少なからず悪影響を与えると思う。

それに人間が、虎になるだなんて、受け入れてもらえるわけがないんだ。

白ひげ海賊団の中には能力者がたくさんいた。もちろんパパも能力者だった。
だから、あんなにすんなり私を受け入れてくれたのだろう。


だが、あの憎い船長は違った。


あいつは初めてみた能力者が私だった。そして私を"人間じゃない"とまで言ってきた。

人間以外の生き物には首輪をはめないといけないと。

まだ幼かった私は反撃することもできず捕まった。
それからは地獄のような日々を送った。私は人間じゃないから、犬と同じような食べ物しか食べられない。私は人間じゃないから、"人間"には逆らえない。私は人間じゃないから大人しく言うことを聞かなければならない私は人間じゃないから人を殺さなければならない私は人間じゃないから盗みを働かなくてはならない私は人間じゃないから床を舐めなければならない私は人間じゃないから黙って彼を愛さねばならない私は人間じゃないから人間じゃないから人間じゃないから人間じゃないから人間じゃないから




「…私は、人間じゃないから」




口に出して、しまったと後悔する。

こんなことを言っても、何も変わらないというのに。











「香織さんは、人ですよ?」








そう小さく言うのは、黒木くんだった。







「香織さんはどう見たって人間じゃないですか。そりゃ、虎になれるって不思議な力を持ってますけど、不思議な力を持った、普通の人ですよ。僕等を助けてくれる、優しい心を持った人です」

「そうです!僕等と同じ、二本の腕も足もあるし、目も耳も二つだし。口もあるし、鼻もあるし。僕等と何も変わりませんよ!」

「今福くん…」


「虎になれるだなんて、俺等からしたら香織さんのその力超羨ましいですよ」
「人の変装は出来ても動物にはなかなか化けるの難しいしなぁ」

「尾浜さん、鉢屋さん…」


「過去に何があったのかは知りませんが、貴女は我々と何も変わりませんよ。ちょっと変わった能力を持っている、人間です。」

「土井さん…」



なんて、優しいんだろうか。

思わず涙がこぼれそうになる。

こんな私を人だと言ってくれる。全く拒むこともなく、普通の人間だと言ってくれる。


まるで、船にいるみたいに、あったかい。



「香織殿、どうか此処にいてくだされ。貴女のような方はいてくださるのならば、大歓迎ですぞ」








もうだめだ。



頬を涙が滑り落ちる。






「…お言葉に、甘えさせていただきます……」














こうして私の

『海賊香織の別世界へトリップ物語〜ドキッ!忍者だらけのはちゃ☆めちゃ生活〜』

が始まったのであった。






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「では、虎になれるというのは、学級委員長委員会及び、学園長先生と私だけの秘密にしておきましょう」
「その方が良いじゃろう」

「「香織さん!!」」
「なぁに黒木くんに今福くん」

「い、いつかまた!」
「背中に乗せてください!」

「べ、別に構わないけど」

「あの、その、もしよろしければ…」
「私たちも、乗せて欲しいなー……なんて…」

「いいですよ。いいんですけど、土井さんお腹、どうしたんですか?」

「いつもの胃炎です」

「庄左ヱ門は冷静だな…ッ!胃が……!!」

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